社会心理学研究
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書評
栗田季佳(著)『見えない偏見の科学:心に潜む障害者への偏見を可視化する』(2015年,京都大学学術出版)
松田 昌史
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2015 年 31 巻 2 号 p. 143

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はじめに

著者から「障害や偏見についてあまり関心のない人に、『あなたに関係ないことじゃないよ』と伝えるつもりで執筆したので、そういう意味では障害やステレオタイプ、集団間葛藤といった領域以外の方に書評を書いていただけると嬉しいです」と希望があったという。某編集委員が人選を進め、本評者に白羽の矢が立てられた。

正直、自分が評者に選ばれてしまったことに落胆した。自分が「障害や偏見に関心のない人」とみなされたのだから。今日の良識人にとって平等主義が正義である。差別主義者や偏見の持ち主だと評されることは恥だ。加えて、ステレオタイプや集団間葛藤は社会心理学の重要トピックである。評者も社会心理学徒の端くれとして関心はあるし、偏見のない良識人であるという自負もあった。

しかし、本書を読みはじめてすぐに評者の自信は瓦解した。著者の目論見と編集委員の見立ての通りであった。

無意識の偏見を暴き出す

本書は「顕在的偏見」と「潜在的偏見」の区別を重要視する。顕在的偏見とは、意識的・意図的過程に属する偏見である。たとえば言語報告や質問紙調査への回答など、意識的コントロールが可能な領域である。一方、潜在的偏見とは、無意識的・自動的過程である。たとえば表情や課題の反応時間など、意識的コントロールの困難な領域に対応する。健常者を対象に2つを分離して測定したところ、障害者に対する顕在的偏見(質問紙で測定)は示さないものの、潜在的偏見(Implicit Association Testで測定)は少なからず存在していた。

評者のように、平等であろうと意識的に務めている者であっても、無意識下では偏見を有しているかもしれないのである。潜在的偏見は本人には無自覚な差別行為を引き起こす可能性が指摘されており、看過しがたい。

人の目を気にする者はより潜在的偏見が強い

さらに、潜在的偏見の強さは、偏見抑制動機との関連があるという。偏見抑制動機とは文字通りであるが、その源泉に2種類ある。ひとつは「内的偏見抑制動機」であり、個人の価値観や感情に基づくものである(「偏見を持つことは私の個人的信念に反する」など)。内的動機の強い人は潜在的偏見も弱い。他方の「外的偏見抑制動機」とは、社会規範や周囲からの非難を懸念するなど、他者からの影響に基づくものである(「人前では偏見を示さないようにしている」など)。そして、外的動機の強い人々は、むしろ潜在的偏見が強かった。

評者は「偏見に関心のない人」と某編集委員に思われたことを恥じていた。それはまさに外的偏見抑制動機に根ざしたものである。思えば、偏見への反発を内在化したことはなかったかもしれない。これまで、無自覚のうちに差別的言動をしてこなかったかと気もそぞろとなる。評者同様、落ち着かなくなった読者がいるかもしれない。

差別や偏見は仕方がない!?

安心してほしい。本書は、そのような無自覚な偏見者をあげつらうことを目的としているのではない。真の目的は、偏見や差別は人間の本性に根ざす現象であることを冷静に指摘し、それを受け入れた上で障害者差別に対してどのような解決策があり得るかを議論する点にある。

本書は障害者に対する偏見には4つの合理的理由があると述べる。1つめは、生命維持のためのリスク回避である。障害や形態異常は感染症のシグナルであり、それを嫌悪し回避することは合理的なのだ。2つめは、互恵性規範である。障害者は能力が制限されており、こちらの協力に対する返報が見合わない可能性がある。そのため協力関係が作りにくいので忌避される。3つめは、社会的アイデンティティに基づく内外集団の差別化である。自分と異なる特徴を持つ者を冷遇し、同じ特徴を持つ仲間を優遇することが自尊心の向上に寄与するからである。4つめは、文化的自己観に基づく説明である。東洋では他者と協調し、多数派を支持する文化的背景がある。そこでは、多数派から逸脱するものは排斥されることとなり、まさに障害者が少数派として差別されるのである。

差別や偏見のない社会へ向けて

差別や偏見が人間の本性であると切り捨てることは、本書が指摘するように、もう一方の人間の本性が許さない。その本性とは、単独では非力な種である人間が、集団での相互協力を達成するという生存戦略である。個体の脆弱さを補うため、人間は他者との交流や協力を快く感じ、集団を形成・維持するようプログラムされている。相互協力が規範として外在化もされている。

最終章では、人間の相互協力傾向を前提とし、先の4つの差別原因のそれぞれに対する理論的な解決策が展開されている。具体的な内容は本書をご覧いただきたい。

おわりに

本書は3部構成になっている。Ⅰ部は障害者への偏見の頑健さの提示、Ⅱ部は偏見の認知プロセスを解明する一連の実験研究、Ⅲ部は偏見解消のための論考である。一般/初学者はI部とⅢ部を通読するだけでも障害者差別問題への理解が深まるだろう。社会心理学の専門家はⅡ部の内容を踏まえておくことが必要だろう。

そして、自らを平等主義で偏見のない人物であると自負する者こそ、その自信の試金石とすべきであろう。

本書には本学会より今年度の出版賞が授与された。

 
© 2015 日本社会心理学会
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