社会心理学研究
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原著論文
職場において感謝がワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスに与える効果:応答曲面分析を用いた検討
正木 郁太郎
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2023 年 39 巻 1 号 p. 15-30

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Translated Abstract

Although many studies on gratitude indicated positive effects of gratitude on various attitudes and behaviors, how the effects of gratitude expression and receipt differ in the work context remains unclear. The current study distinguished the expression and receipt of gratitude and examined their effects on work engagement and contextual performance. The results showed that both expression and receipt of gratitude had a positive effect on work engagement and contextual performance, and the difference between their effects was not statistically significant. In addition, the results showed the congruence effect of expression and reception of gratitude on work engagement from response surface analysis. This study contributes to the literature on workplace gratitude by identifying the congruence effects between these two aspects of gratitude.

問題

近年、企業においてメンバー間のポジティブかつインフォーマルなコミュニケーションとしての「感謝」(gratitude)が注目されている。例えば、メンバー間で感謝のカードを交わす「サンクスカード」などの取り組みが知られるほか、新型コロナ禍に伴う大規模なテレワーク導入によって社員間の感謝のコミュニケーションが減少したことの問題提起を行う調査や実証研究もある(藤澤,2020; 正木・久保,2021)。しかし感謝のさまざまな肯定的な影響が一般市民や大学生を対象とした心理学の研究で実証される一方で、感謝が組織や職場で果たす機能を検討した研究は限られる。このように組織や職場における感謝の役割を検討する意義は二つある。

第一に、感謝を含む感情やその表出は潜在的に人の行動を大きく左右しうる一方で、そもそも組織行動においてそうした感情やその表出が持つ機能を扱った研究が少ない点が挙げられる。 Ashkanasy & Dorris(2017)によれば近年に感情労働やポジティブ心理学の研究などが増えるまで、組織行動の文脈における感情を扱う実証研究は不十分だったとされる。したがってその歴史の浅さゆえに、感謝などの比較的新しく注目された感情の研究はきわめて少なく、感情研究全体の中でみてもさらなる検討が求められている。

第二に、企業組織では日常生活以上に、利益と見返りから成り立つ交換的規範(exchange-based norm)が働きやすく、義務が曖昧な中で信頼や親しさなどにより特徴づけられる共同的規範(communal norm)は顕在化しづらい( Fehr et al., 2017)。また日々の仕事には報酬が伴うために、一つ一つの行動の原因が金銭的動機に帰属されやすく、善意からのものと解釈されづらい可能性も考えられる。一方で、企業組織における自発的な助け合いの重要性を指摘した研究は多く( e.g., 鈴木,2013)、助け合いを支える研究の必要性は十分にある。そのため、日常生活において共同的規範や助け合いと深く関わる感謝が、これらの背景を持つ組織でも効果を発揮するのかを検討することに、組織現象を理解する重要な意義がある。

こうした前提に基づいて、職場における感謝を扱う先行研究を振り返ると、具体的な研究課題が複数残されている。本研究では特に行動として表明される感謝に注目し、数ある課題の中でも「感謝を表明すること」と「感謝を受けること」の効果の違いや、両者の乖離( e.g., 自分は他者に感謝を表す機会は多いが、他者から感謝を受ける機会がないこと)の帰結に注目する。そして職場において感謝を表明する程度と受領する程度が「釣り合う」と主観的に感じられることの意義について、日常生活における感謝を扱う研究の知見を援用し、実証研究を行う。

感謝の理論と実証研究

感謝とは、受益者(beneficiary)が社会的交換関係を通じて何らかの利益を受けた際に利益提供者(benefactor)に対して抱く肯定的な感情と定義され、ポジティブかつ対人関係に深く関わる道徳的感情の一つとして研究が行われてきた( Emmons & McCullough, 2003)。ただし感謝には三つの研究視点があることも知られている。まず感謝の感情的側面(以下「感謝感情」)に注目すると、(1)感謝の感じやすさという個人の内的かつ安定的な特徴を指す「特性」(以下「感謝特性」)、(2)特定の出来事に対して一時的に感じる「状態」(以下「状態的感謝」)の二種類がある( Watkins & McCurrach, 2021)。加えて先行研究には(3)感謝を表明するまたは受けるといった行動的側面(以下「感謝行動」)に注目したものもある( Grant & Gino, 2010; 蔵永他,2018; 正木・村本,2021)。さらにいえば、感謝行動の中には、自分が「感謝を表明する」ことと、他者から「感謝を受ける」ことの両方が含まれており、それぞれに注目した研究がある。感謝行動が注目を集める背景には、それが実験的介入に用いられてきたという方法上の理由に加えて、状態的感謝は社会的交換関係の中で生起するために、内心で感じるだけでなく、相手に対して表現されやすいことも理由に挙げられる( Fehr et al., 2017)。

本研究ではこうした多側面の感謝の中でも特に、対人関係において表明される感謝行動に焦点をあてる。その理由は、昨今の新型コロナ禍の職場においては感謝を受ける機会の減少が特に問題視されており(藤澤,2020; 正木・久保,2021)、こうした行動の変化が従業員の他の態度や行動に及ぼす影響について、考察の助けとなる実証的な論拠を得ることを本研究が目指すためである。以下では、感謝全般に関するさまざまな理論のうち、感謝行動に特に関係する研究を、感謝の表明と受領の各々に関係するものの順にレビューする。

まず感謝の「表明」は状態的感謝と密接に関わるものと捉えられてきた。すなわち、人は一般に状態的感謝を感じた後にそれを表明すると考えられるほか、感謝行動を実験的に取ることで状態的感謝が喚起されることも知られている( Emmons & McCullough, 2003)。こうした背景を踏まえて、感謝の表明の機能を理論的に説明する際には、感謝感情の研究で参照されてきた次の二つの理論が援用されることが多い。一つめが、 Fredrickson(2004)の拡張—形成理論である。この理論はポジティブ感情には思考と行動の幅を拡張し、長期的に有用な個人的・社会的資源を獲得することを促す機能があるとしている。特に感謝感情はポジティブな情報への注目を促すとともに、多様な相手に対する支援行動を促す点で拡張的であり、支援を通じて対人的な絆という社会的資源を培う点で形成的だとされる。二つめの道徳感情理論( McCullough et al., 2001)も似た点を指摘している。この理論は感謝感情の道徳性に注目し、感謝感情には自身が受けた恩恵に対する注意を促し、向社会的モチベーションを喚起することで、向社会的行動を動機づける機能があるとしている。なお、ここで想定される行動の対象者は感謝感情を感じた相手だけでなく、第三者に対しても拡張される。

もう一方の感謝の「受領」については、これとは異なる二つの理論によって効果が説明されることが多い。一つめの説明は Algoe(2012)による“Find, remind, and bind”理論である。この理論は感謝の機能を対人関係の構築と円滑化の観点から捉えており、感謝には自身のニーズに対して応答的でよい関係を築けるパートナーを新たに見つけ出すか(find)、既存の対人関係の中から再認させ(remind)、関係を強固にする(bind)機能があるとされる。前掲の二つの理論と似た機能を念頭に置きつつも、対人関係に特化して議論を行う点が違いといえる。具体的な研究例として、自分が何らかの形で助けた他者から感謝を受けることで、その人物との対人関係改善(またはその知覚)が生じ、ポジティブな効果を生むと論じる研究がある( Lee et al., 2019)。二つめの説明は自己効力感や自身の社会的価値の確認に注目するものである( Grant & Gino, 2010; Lee et al., 2019)。これらの研究では、自分が誰かに利益をもたらす行動を取った後、それに対して感謝を受けることで、自分が取った行動が適切だったことを確認できるほか、それを通じて自己効力感や他者から見た自分の社会的価値の知覚が高まることでポジティブな効果が生まれると説明される。例えば Grant & Gino(2010)の研究では、職場内で上司から感謝を受けることで、そうした社会的価値の知覚が高まり、向社会的行動( e.g., 給与に必ずしも反映されない営業活動)が促されるという結果が得られた。

職場における感謝の研究とその課題

ただし、従来の多くの研究は学生や一般市民を対象に行われており、企業組織における感謝の機能に注目した研究は限られる。企業組織は本質的にメンバー間の協働の体系と定義されるほか(Barnard, 1938 山本他訳 1968)、仕事は一般に部署やチームといった集団の協働によって成り立つものが多いために、チームワークやそれを円滑にするための諸要因の研究が必要とされることも多い( Dasborough et al., 2020; Sawyer et al., 2022)。しかし前掲の通り、企業には交換的規範が優勢になりやすいなどの日常生活にはないさまざまな特徴があることから、日常生活を対象に得られた知見がそのまま援用可能とは限らない( Fehr et al., 2017)。例えば個人がある組織に居続ける理由や帰属意識を扱う組織コミットメントの研究では、組織コミットメントには情緒的愛着のみならず、サンクコストや給与などに関係する存続的コミットメント、ならびに組織に参加し続ける義務感に関する規範的コミットメントなどの多様な要素が存在することが指摘されている(服部,2020)。このように特に組織における人の行動は利害関係やそれに対する知覚にも左右されやすいことから、金銭的ではなく社会的・情緒的な報酬にとどまる感謝のやり取りが日常生活と同じく、またどこまで効果的か定かでない。したがって従来の感謝の理論に依拠しつつも、企業組織という固有の場で感謝がいかなる態度や行動を促すのかについて慎重に検討する必要がある。

こうした背景のもと、企業組織における感謝を扱った実証研究が近年増えている。それらの中には、特性と状態、行動のどの視点から感謝を扱う研究もあり、企業組織において重視されるさまざまな要因に与える効果やそのメカニズムが検討されている。ここでは本研究に直接関わる感謝行動の研究に絞って詳述する。

まず感謝の表明については、問題行動の減少やさまざまなパフォーマンスとの関連を指摘する研究が例として挙げられる。例えば Locklear et al.(2021)は職場で二週間にわたる感謝日記を用いた介入を行い、介入が問題行動を減らすことを示した。異なる観点で池田(2015)は日本のある企業を対象に、感謝を表明することを目的とした朝礼への参加と感謝特性の間に相関がみられること、また感謝特性が視点取得を媒介して各種パフォーマンスを高める効果を検討した。これらの効果が生じた説明として、 Locklear et al.(2021)は感謝介入がポジティブな情報への注意を促すことに言及しているほか、池田(2015)は拡張—形成理論に基づいて感謝感情が視点取得を促すことを理由に挙げている。なお感謝行動と感謝感情が密接に関わると仮定するならば、組織における状態的感謝と感謝特性の効果に関する研究も議論の参考になる。 Ford et al.(2018)は日記式調査を用いて、組織に対して抱く感謝感情が組織市民行動を促し、非生産的行動も減らすことを示した。また Sun et al.(2019)は3時点で行われた調査結果をもとに、仕事で抱く感謝感情が、翌日の組織市民行動や、上司に対する提案行動につながることを示した。このほかにも経験サンプリング法を用いた調査や( Spence et al., 2014)、マインドフルネス介入が感謝感情を媒介して支援行動を促すことを示した研究など( Sawyer et al., 2022)、複数の研究が組織市民行動や支援行動に対する感謝感情の肯定的な影響を示している。これらの影響は道徳感情理論で説明されることが多く、直接の利益提供者以外に対する行動も促される点も道徳感情理論に基づく予測と一致している。

次に感謝の受領を扱った研究の代表例としては、上司から感謝を受けることが自発的な行動を増やすことを示した Grant & Gino(2010)の研究や、援助者が被援助者から感謝を受けた経験が翌日のワークエンゲイジメントを高めることを日記式調査で示した研究がある( Lee et al., 2019)。これらの研究では、感謝の受領が自身の社会的価値の認識を促すことや( Grant & Gino, 2010)、感謝の受領が他者との関係性を充実させることが効果を説明するメカニズムとして考えられている( Lee et al., 2019)。さらに感謝行動は集団内で第三者から観察されやすく、また拡散されやすいという予測もあり、感謝行動の効果を個人レベルと集団レベルに区別して論じる研究もある( Fehr et al., 2017; 正木・村本,2021)。

以上の通り、組織でも感謝行動はさまざまな要因に対して肯定的な効果を与える可能性が指摘されている。そして感謝の表明は向社会的モチベーションを喚起することや、物事のポジティブな側面に対する注意を促すことで効果を発揮し、感謝の受領は自身の社会的価値の認識や対人関係の充実を介して効果を発揮するものと考えられてきた。一方で前段落の通り先行研究では、同じ概念や、または互いによく似た特徴を持つ概念が感謝の表明・受領の双方の研究で従属変数として使用されることが多かった。例えば、向社会的行動や問題行動(の抑制)といった自発的に他者や組織を思いやる行動や、ワークエンゲイジメントなどの組織や仕事に対する前向きな態度などが使用されることが多かった。このように、感謝の表明と受領がまったく異なる対象に影響することを示した研究や、同じ概念に対する感謝の表明・受領の効果を同時に比較した研究は限られる。したがって、先行研究では感謝の表明と受領が作用する心理的メカニズムが異なるのか、それとも同じなのかについて検討が不足しているといえる。もし両者が作用する心理的メカニズムが部分的にでも異なるなら、一方の効果を統制したうえでも、他方の効果が十分に残ることがありうる。また異なる従属変数に対して異なる効果を持つことも十分に考えられる。しかしこうした二種類の感謝行動の効果の違いは未検討のままであり、両者を同時に測定したうえで効果の違いを慎重に検討する必要がある。

本研究の目的1: ワークエンゲイジメントに対する感謝行動の効果

以上の研究課題を踏まえて、本研究では感謝の表明と受領を区別し、相互に独立に効果を持つのか、また異なる変数に対して異なる効果を持つのかを検討する。具体的には、ワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスの二つの要因に対する感謝行動の効果に注目して研究を行う。

ワークエンゲイジメントとは、仕事に対するポジティブで充実した心理状態を指し、仕事に対する活力や熱意、没頭によって構成される概念である( Schaufeli et al., 2002)。向江(2018)によれば、ワークエンゲイジメントは離職意図の低下や仕事の結果など、心理的変数と仕事のパフォーマンスに関する多岐にわたる変数との間にポジティブな関係があるために、多くの研究で注目され、また研究上の重要性も高いとされる概念である。さまざまな要因がワークエンゲイジメントを高めるメカニズムを説明する主な理論が「仕事の要求度—資源モデル」(JD-Rモデル)である。このモデルではワークエンゲイジメントと、それと対になる概念であるバーンアウトの規定因が議論されるが、ワークエンゲイジメントに特に関わる要因として、仕事におけるさまざまな「資源」の存在が挙げられる( Bakker et al., 2014)。資源の中には「仕事の資源」と「個人の資源」の二種類があり、前者は(1)仕事に関する心身の負担を軽減し、(2)目的達成を促し、(3)個人の成長や発達を促進し続けるための物理的、社会的、組織的な仕事の側面であると定義される。他方の個人の資源とは、仕事におけるさまざまなポジティブな自己評価であり、周囲の環境をうまくコントロールし、影響を与えることができるという個人の感覚のことを指し、自己効力感や組織内自尊感情などが含まれる。先行研究では自己決定理論( Deci & Ryan, 2000)などをもとに、働く者がこれらの資源を十分に有している(と感じている)ときにワークエンゲイジメントが高まるとしてメカニズムが説明されている。 Bakker & Demerouti(2007)によれば、仕事の資源は組織における人の成長や学習、達成を助け、それにより働く者が組織内で自律性や有能感、円滑な対人関係形成などの基本的な欲求を満たすことにつながり、それゆえに仕事に対するやりがいとしてのワークエンゲイジメントを培いやすいと考えられている。また Bakker et al.(2014)によれば個人の資源はそれ自体が上記の三つの基本的な欲求を満たすことにつながるほか、高い目標設定や遂行におけるレジリエンスを促すことで、ワークエンゲイジメントを向上させると考えられている。

本研究でもこの議論をもとに、二種類の感謝行動が仕事と個人の資源として機能し、ワークエンゲイジメントを高めると理論的に推測する。まず感謝を「表明する」ことやそれに伴う状態的感謝には、向社会的モチベーションの喚起のほかに、自身が日々受けるサポートなどの物事のポジティブな側面に注目することを促す特徴があるとされる。この特徴がJD-Rモデルにおける個人の資源の効果と同様に機能し、目標遂行を支えることで、ワークエンゲイジメントを高めるメカニズムがあると予測する。

また、感謝を「受領する」ことは自身の社会的価値の認識や、他者との関係性の充実を介して、向社会的行動を促進することが知られている。これもJD-R理論における個人の資源の効果と同様に、自身の社会的価値を確認することが仕事における有能感や所属の欲求を直接充足することを通じて、ワークエンゲイジメントを高めるのではないかと予想する。

これらを踏まえて本研究では、感謝の表明と受領の経験はともにワークエンゲイジメントを独立に促すと予想する(仮説1a, 1b)。ただし表明と受領の効果は必ずしも同程度ではなく、一方が他方よりも強い可能性も考えられる。前述の通り、感謝の受領には自己効力感や仕事における自身の社会的価値を直接高める可能性が指摘される一方で( Grant & Gino, 2010)、感謝の表明は自身が援助を受けた場合に生じるために、そうした機能は無く、目標設定や目標遂行を支えて間接的に働く者の欲求充足を促す可能性が考えられるにとどまる。そのため、本研究では感謝の受領の方が直接的に有能感や所属の欲求を充足すると考え、感謝の表明よりも効果が強いと予想する(仮説1c)。

  • 仮説1a. 感謝を表明する経験が多いほど、ワークエンゲイジメントも強い。
  • 仮説1b. 感謝を受領する経験が多いほど、ワークエンゲイジメントも強い。
  • 仮説1c. 感謝を受領する経験がワークエンゲイジメントに与える正の効果は、感謝を表明する経験がワークエンゲイジメントに与える正の効果よりも強い。

本研究の目的2: 文脈的パフォーマンスに対する感謝行動の効果

次に、感謝行動は文脈的パフォーマンスにも正の効果を与えると予想する。文脈的パフォーマンスとは、組織において中核となる職務が機能するための、広範囲の組織的・社会的・心理学的環境を支援する行動を指す概念である( Borman & Motowidlo, 1997; 池田・古川,2008; 田中,2012)。これは職務そのものに貢献する狭義のパフォーマンスを指す「課題的パフォーマンス」と対をなす概念で、組織市民行動にも近しい概念である。文脈的パフォーマンスには主に五つの内容が含まれるが、本研究ではその中でも他者を助け、協力する行動が特に感謝行動と関連が深いと考え、これに注目する。

先行研究では状態的・特性の両方の感謝感情が利益提供者や第三者に対する向社会的行動を促すことが指摘されるほか、組織市民行動との相関と因果関係を示した研究もある( Ford et al., 2018; 池田,2015; Sun et al., 2019)。この効果は特に感謝感情や、「感謝を表明する」経験について指摘されており、道徳感情理論や拡張—形成理論に基づいて、感謝が当人の思考と行動の幅を広げること、あるいは向社会的モチベーションを高めることが背景にあると考えられている。

これを踏まえて本研究では感謝行動の中でも、感謝の「受領」よりも、感謝の「表明」の方が、文脈的パフォーマンスのうち対人協力の行動に対して強い正の効果を持つと予測する(仮説2a~2c)。感謝感情を感じ、表明することは、利益提供者に対するものに限らず向社会的モチベーションを促すと考えられている。一方で感謝の受領の効果は、こうしたメカニズムよりも、自身の社会的価値の認識の向上や、他者との関係構築が本質であると指摘されてきた( Algoe, 2012; Grant & Gino, 2010)。たとえそうであっても、感謝を受けることで他者を助けることができるという自信が強まり、さらなる対人協力につながる可能性は十分に考えられる。しかしたとえ自ら起こす行動に対する自信が強かったとしても、その行動を取るに足るだけの理由やモチベーションがない場合には、そうした行動は起きにくい( Parker et al., 2010)。したがって直接的に向社会的モチベーションを高める効果があるとされる感謝の「表明」の方が、向社会的行動の一種である文脈的パフォーマンスを促す効果がより強いのではないかと予測する。

  • 仮説2a. 感謝を表明する経験が多いほど、文脈的パフォーマンスも高い。
  • 仮説2b. 感謝を受領する経験が多いほど、文脈的パフォーマンスも高い。
  • 仮説2c. 感謝を表明する経験が文脈的パフォーマンスに与える正の効果は、感謝を受領する経験が文脈的パフォーマンスに与える正の効果よりも強い。

本研究の目的3: 感謝の表明と受領の主観的な均衡の効果の検討

そして二種類の感謝行動を区別することで、新たな課題を実証的に検討することも可能になる。中でも本研究で注目した課題が、感謝の表明と受領の主観的な均衡の効果である。二種類の感謝行動を同時かつ同じ測度で測定することで、例えば「双方の頻度が同程度である」状況や「感謝の表明の頻度が受領の頻度よりも多い」という状況を特定することができるようになる。感謝行動を扱った先行研究にはこうした両者の一致または乖離から生じる問題を指摘するものもわずかにある( e.g., McNulty & Dugas, 2019)。また、組織における心理・行動メカニズムの研究の中には、組織内で自他の特徴が似通うことの重要性を指摘するものもある( e.g., van Vianen, 2018)。先行研究の蓄積が十分でなく理論的に十分な仮説を事前に導出することが困難なため、上記の限られた先行研究を参考にしつつ、感謝の表明と受領の両者を同時に分析した場合に論理的に考えられる二つの論点をもとに探索的に検討を行う。

一つめの論点が、感謝の表明と受領は「ともに高まる」ことにポジティブな効果があるのか、それともどちらかが特に高まる場合に効果的なのか、という論点である。前掲の仮説群1・2では、感謝の表明と受領には異なる心理的メカニズムが働き、独立にポジティブな効果をもたらすことを仮説とした。これを踏まえると、感謝行動の効果はどちらか一方だけが高い場合ではなく、両方が高まるほどより効果を発揮すると推測できる。この点に似た内容を検討した先行研究として McNulty & Dugas(2019)の研究がある。この研究ではカップルを対象に調査が行われ、パートナーから得られる感謝が少ない場合には自身が感謝を多く表明するほど結婚関係に対する満足度が低下し、パートナーの感謝頻度が多い場合には自身の感謝頻度が満足度を高める傾向がみられた。この研究からは、少なくとも感謝を受領する頻度が表明する頻度を下回ると好ましくない影響が及ぶ可能性と、双方が高まる場合に好ましい影響が生じやすくなる可能性が示唆される。加えて、集団場面を想定して、異なる観点から同様の可能性を指摘する研究もある。 Locklear et al.(2021)は、自組織のメンバーが感謝を頻繁に表明しているという知覚を「感謝規範」と定義し、2週間にわたって自分が感謝を感じた経験を記す感謝日記を用いた介入を行った。その結果、感謝規範を強く知覚していた者(自組織のメンバーが他者に感謝を表明する頻度が多いと回答した者)に感謝日記による介入の効果が強くみられた。この研究は、感謝規範が存在する集団では元々感謝を感じる経験に対する感受性が高く、したがって自身が誰か・何かに対して感謝を表明することの効果も強まりやすいと解釈している。これらの研究を踏まえると、感謝行動は自分だけが感謝を表明する場合よりも、自分も周囲も感謝を表明していると知覚する場合に、特に強まると予測できる。

  • 仮説3a.感謝する頻度と感謝される頻度がともに高いほど、ワークエンゲイジメントが高くなる。
  • 仮説3b.感謝する頻度と感謝される頻度がともに高いほど、文脈的パフォーマンスが高くなる。

二つめの論点が、感謝の表明と受領の頻度が「一致する」場合に特にポジティブな効果を生むのかという論点である。一つめの論点との違いは、感謝の表明と受領の頻度が多いか少ないかにかかわらず、両者が同程度行われていると知覚することに意義を求める点にある。すなわち、自分の感謝表明の頻度が少ない場合には受領の頻度も少ない方が、受領の頻度が少ない場合には表明の頻度も少ない方が、ポジティブな効果を生むといった可能性を議論する。組織における心理・行動メカニズムを説明する理論の一つに、Person-Environment Fitの理論がある( van Vianen, 2018)。この理論では周囲の価値観や特徴、ニーズなどと自身のそれが一致する場合に、人は対象に対して魅力を感じるほか、集団に対する所属欲求が満たされるといった心理的メカニズムが想定されている。そしてその結果として、職務満足や組織コミットメントが高まるほか、相対的に効果は弱いが組織市民行動を促す効果もみられる( van Vianen, 2018)。感謝行動についてもこうした自他の特徴の一致の効果がみられるかは定かでない。例えば McNulty & Dugas(2019)では、たしかに感謝を受領する頻度が低く、表明する頻度が多いことが問題となることは示唆されるが、反対に感謝の受領の頻度の方が多いことが問題かは不明瞭である。そこで本研究ではこの「一致」の効果については明示的な仮説を立てずに、探索的に研究を行う。

分析手法

本研究では企業内で縦断調査を実施することが困難だったため、横断調査のデータを用いて分析を行う。そのため、先行研究をもとに理論的には一定の因果関係を想定しつつも、実証的には因果関係を検討できない点に留意が必要である。そのうえで、本研究では特に仮説3a・3bの感謝の表明と受領の双方が高まることに関する仮説のほか、両者の一致に関する効果の有無を検討するために、両者を同じ調査で測定し、「応答曲面分析」(response surface analysis)を用いて分析を行う。

応答曲面分析とは、同じ測度で測られた二つの独立変数の値が一致することの効果を詳細に検討することができる分析手法である( Edwards & Parry, 1993)。この分析ではまず、中心化を施した独立変数AとB, 両者の交互作用、そして各独立変数の二乗項を含む重回帰分析を行う。そしてこの分析を通じて得られた多項回帰式をもとに、三次元上に応答曲面を描くことで、二つの独立変数の効果を詳細に検討できる。「二つの独立変数の値の一致」の効果を評価するために多くの研究で用いられる手法は、二変数の差の絶対値や二乗値を用いるものだが、応答局面分析ではそれにまつわる二つの問題を克服できる( Barranti et al., 2017)。一つめの利点は、応答局面を描くことで結果を直感的かつ総合的に理解しやすいことである。二つめの利点は、差得点を用いる伝統的な手法よりも詳細な仮説の検討ができることである。例えば5件法の二つの独立変数の一致度の効果を検討する際、「ともに5点」の場合も「ともに1点」の場合も差得点は「0点」となってしまう。応答局面分析ではこうした情報量の減少を伴う得点加工が行われないために、前者の一致と後者の一致のどちらの方が従属変数の値が高まるかなど、詳細な仮説の検討が可能になる。本研究の主題に関しても、感謝を表明する頻度と感謝を受ける頻度が「ともに非常に多い」という一致と、「ともに非常に少ない」という一致は、含意も異なるものと推測できるため、差得点を用いた分析ではなく、感謝を表明する経験の頻度と感謝を受ける経験の頻度をほとんど同じ表現と選択肢を用いた質問で測定し、応答曲面分析を用いて検討する。

方法

調査対象者・調査時期

日本の情報通信業の企業A社の従業員を対象に、2021年2月から3月にかけて質問紙調査を実施した。あらかじめ同社のスタッフと議論し、同社のサービス開発と第三者による学術研究の二つの目的を兼ねている旨を明示し、同社が調査主体となって調査を実施した。調査はオンラインで行われ、調査の主旨を調査ページの冒頭で説明したうえで、同社の社員を対象に任意かつ匿名で回答を求めた。社内のポータルサイトのトップ画面に回答URLを掲示して回答を募集し、最終的に281件の回答が得られた。上記ポータルサイトはA社およびグループ会社の社員が閲覧可能で、閲覧できた社員の総数は約7,900人だった。ただし同ポータルサイトには多くの他の情報も掲示されるほか、時間の経過とともに表示順の優先度も低下していく。したがって閲覧権限がある者が必ず期間内に調査募集の情報を閲覧し、URLにアクセスしたとは限らない。そのため正確な回答率を算出することはできないが、総数に対して回答数が占める割合は約3.5%だった。このようなシステム上の制約ゆえに、本研究に関心を持った者のみが回答するなど、サンプリングの偏りが生じている可能性がある。

平均年齢は47.64歳(選択肢の階級値を用いて計算した概数)、男性205名、女性75名、性別無回答が1名だった。回答者の平均年齢は同社全体の平均年齢の約46歳よりもやや高いが、極端な偏りがあるとまではいえなかった。厚生労働省が令和3年に実施した賃金構造基本統計調査では、対象の労働者の平均年齢は43.1歳であり、全国平均よりもサンプルの年齢はやや高いが、大幅に逸脱しているとまではいえなかった。

すべての分析には統計ソフトR(ver.4.0.5)を用いた。また、著者は調査対象企業の研究アドバイザーを務めている。一般的に、研究の透明性を担保するためには潜在的な利益相反関係が存在する旨を開示することが望ましい。そのため本論文の執筆や発表は契約や業務の範囲外だが、一定の潜在的な利益相反関係が存在する旨をここに開示する。

変数

感謝の経験

先行研究には仕事上の感謝感情を測定する尺度はあるが( Cain et al., 2019)、仕事上の感謝行動を測定する一般的な尺度は存在しない。そこで本研究では、調査対象企業のスタッフと議論し、独自に10項目の質問を作成した。その中には、(1)自分が誰かに感謝する頻度と、(2)誰かから感謝を受ける頻度を聞く質問が5項目ずつ含まれていた。各5項目では、働く中で異なる相手と交わす感謝の頻度を質問した。感謝の受領を具体例として挙げると、次の質問項目の「上司から」の表現を括弧内の4通りに変更した合計5項目を用いた。「上司から、感謝の気持ちを伝えてもらっている」(同僚から/部下や後輩から/他部署の人から/社外の人から)。本研究は感謝行動の中でも職場内で交わすものに注目したが、調査協力企業のサービス開発目的も兼ねて実施された調査だったため、他部署や社外の相手に関する項目も含まれていた。すべての質問には「まったくない」から「とてもよくある」までの5件法で回答を求めた。尺度構成の方法は後述する。なお感謝行動の程度を質問した先行研究には、項目に対する同意・非同意をたずねるものも、頻度をたずねるものもある( e.g., Locklear et al., 2021)。加えて McCullough et al.(2002)は感謝特性の研究において、感謝特性には強度、頻度、スパン(感謝を感じる相手や局面の種類)、密度の四つの側面があるとしている。したがって感謝行動の程度を頻度でたずねることは、最良とは限らないが、考えられる選択肢の一つだと考えた。

ワークエンゲイジメント

Schaufeli et al.(2019)のUWES-3を用いた2)。ただし同社内のアンケートで用いられた他の質問項目との整合性を保ち、回答者の回答負荷を下げるために、選択肢を変更して用いた。具体的には「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」「仕事に熱心である」「私は仕事にのめり込んでいる」の3項目に対して、「あてはまらない」から「あてはまる」までの5件法で回答を求めた。十分に高い信頼性が確認されたため(α=.84)、3項目の平均値をワークエンゲイジメントの得点として用いた。なお、ワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスの項目は学術研究目的ならびに調査結果のフィードバックの目的にのみ使用し、A社のサービス開発目的で直接の使用はしなかった。

文脈的パフォーマンス

池田・古川(2008)の文脈的パフォーマンスの「実行レベル」に関する質問のうち、「同僚に対する協力」の因子の因子負荷が高い質問項目を抜粋して用いた。この尺度には他にも「職場に対する協力」「自己の職務への専念」の2因子に関する質問項目が含まれていたが、感謝の感情や行動は対人関係において生じるものであり、相互の利他的行動を促す特徴を踏まえて、対人関係に直接関係する「同僚に対する協力」に関する質問項目だけを用いた。ただし、池田・古川(2008)の尺度には「同僚の仕事の成功を褒めている」といった同僚への声がけに関する項目など、ポジティブな言語的コミュニケーションとしての特徴が感謝と似た内容が含まれていた。そこで、感謝の経験との相関が過剰に高くなることが懸念されたために、こうした質問項目を除外した中から因子負荷が高い次の3項目を用いた。具体的には「同僚が仕事に関わる問題を解決できるよう進んで援助している」「自発的に職場内の同僚を援助している」「同僚に対してアイディアや意見を提供している」の3項目に対して、「あてはまらない」から「あてはまる」までの5件法で回答を求めた。十分に高い信頼性が確認されたため(α=.89)、3項目の平均値を文脈的パフォーマンスの得点として用いた。なお、同尺度には同僚以外の特定他者を想定した項目が含まれていなかったため、本研究では「同僚に対する協力」のみを測定した。

統制変数

統制変数として、性別、年齢、役職を分析に用いた。性別は「男性」「女性」「その他・答えたくない」で回答を求めた。「その他・答えたくない」という回答はきわめて少数だったため、以降の分析からは除外した。年齢は5歳間隔で「20歳以上25歳未満」から「60歳以上」までの9個の選択肢で回答を求めた。ただし回答者の年齢の偏りを踏まえて、「20代から30代」「40代」「50~54歳」「55歳以上」の四つのカテゴリーに再分類した。役職に関する選択肢には調査対象企業内の固有名称を用いたため詳細は割愛するが、最終的に「組織長以上」(36名)と「一般社員・その他」(245名)の2値に変換し、分析に用いた。

結果

感謝行動に関する因子分析

まず、本研究で独自に作成した感謝行動を測定する10項目に対して、探索的因子分析を行った(最尤法、プロマックス回転)。平行分析で推奨された3因子構造を想定した因子分析を行ったところ、「他部署」「社外」の相手に感謝を表明することに関する2項目が複数因子に対して.40以上の負荷を示した。本研究は職場内の感謝行動を研究対象とするために、この2項目は除外することが理論的観点からも望ましいと考えた。また応答曲面分析は二つの独立変数の一致の効果を統計的に検討し、解釈を行うために、二つの独立変数の内容や測定単位が対になるように変数作成を行う必要がある。そこで感謝の表明だけではなく、感謝の受領についても「他部署」「社外」に関する質問を除外し、合計6項目で再度探索的因子分析を行った。平行分析では3因子構造が推奨されたが、不適解となったため、2因子構造を採用した( 表1)。それぞれの因子に対して強い負荷を示した質問項目をもとに、因子1は感謝の表明、因子2は感謝の受領に関する因子と解釈し、それぞれの質問項目の平均値を得点として用いた(α=.87, .87)。

表1 感謝の行動に関する探索的因子分析
表明 受領 共通性
同僚に対して感謝の気持ちを伝えている .97 −.04 .89
部下や後輩に対して感謝の気持ちを伝えている .79 .04 .65
上司に対して感謝の気持ちを伝えている .74 .03 .58
同僚から、感謝の気持ちを伝えてもらっている .01 .93 .88
部下や後輩から、感謝の気持ちを伝えてもらっている .01 .81 .67
上司から、感謝の気持ちを伝えてもらっている .02 .69 .50
因子寄与 2.13 2.03
因子間相関
表明 .60
受領
α .87 .87

NOTE: 数値は因子負荷。.40以上の負荷がみられた箇所を太字で示した。

記述統計量と相関係数

分析に使用する変数に関してリストワイズ除去を行ったうえで、各指標の記述統計量と相関係数を算出した( 表2)。感謝行動に関する二つの変数の平均値は約3点という5件法の理論的中点に近く、極端な回答の偏りはみられなかった。しかし、感謝の表明の平均値は受領の平均値よりも統計的に有意に高く( t(273)=12.52, p<.001)、回答者は自分が普段感謝を表明する頻度の方が、感謝を受領する頻度よりも多いと知覚している傾向がみられた。

表2 記述統計量ならびに相関係数
平均値 標準偏差 相関係数
2 3 4 5 6 7 8 9 10
1 感謝の表明 3.66 0.83 .55*** .18** .31*** −.02 .03 −.10 .09 −.03 .11
2 感謝の受領 3.08 0.79 .17** .22*** .01 .14* −.08 .03 −.09 −.04
3 ワークエンゲイジメント 3.09 0.86 .41*** .09 −.14* −.06 .16* .03 .15*
4 文脈的パフォーマンス 3.70 0.80 .11 −.13* −.14* .22*** .03 .23***
5 性別(男性=1, 女性=0) 0.73 0.44 −.27*** .02 .16** .06 .11
6 年齢(20代~30代ダミー) 0.23 0.42 −.29*** −.34*** −.32*** −.16**
7 年齢(40代ダミー) 0.22 0.42 −.34*** −.32*** .16*
8 年齢(50~54歳ダミー) 0.29 0.45 −.38*** .09
9 年齢(55歳以上ダミー) 0.26 0.44 −.08
10 役職(組織長=1, その他=0) 0.13 0.34

NOTE: p<.10, * p<.05, ** p<.01, *** p<.001。 N=274。

感謝行動とワークエンゲイジメント、文脈的パフォーマンスの関係

仮説1a~1cと仮説2a~2cを検証するために、重回帰分析を行った( 表3)。ただし二つの経験には中程度の正の相関がみられたため( r=.55, p<.001)、両者を同時に用いた重回帰分析に加えて(Model 3, 6)、どちらか一方だけを用いた重回帰分析も実施した(Model 1, 2, 4, 5)。

表3 重回帰分析の結果
従属変数 ワークエンゲイジメント 文脈的パフォーマンス
Model 1 Model 2 Model 3 Model 4 Model 5 Model 6
感謝の表明 .16** .08 .27*** .20**
感謝の受領 .19** .14 .23*** .12
性別(男性=1, 女性=0) .05 .03 .04 .06 .04 .05
年齢(40代ダミー) .04 .05 .05 −.04 −.03 −.03
年齢(50~54歳ダミー) .18* .21** .20* .20** .23** .21**
年齢(55歳以上ダミー) .12 .15 .15 .11 .14 .13
役職(組織長=1, その他=0) .11 .14* .13* .19*** .23*** .20***
R2 .08*** .09*** .09*** .19*** .17*** .19***
調整済み R2 .06 .07 .07 .17 .15 .17
N 274 274 274 274 274 274

NOTE: p<.10, * p<.05, ** p<.01, *** p<.001。係数は標準化偏回帰係数(β)を記載した。VIFはどのモデルでも5未満だった。年齢は「20代~30代ダミー」をベースカテゴリとした。

まずワークエンゲイジメントを従属変数として用いた場合、Model 1では感謝の表明が多いほど(β=.16, p<.01)、Model 2では感謝の受領が多いほど(β=.19, p<.01)、ワークエンゲイジメントが高かった。ただし両者を同時に分析に用いたModel 3では感謝の受領の正の効果が統計的に有意傾向にあるだけだった(β=.14, p<.10)。したがって、感謝をする経験の正の効果に関する仮説1a、感謝を受ける経験の正の効果に関する仮説1bは、両者を統制し合う場合に効果が弱まるものの、部分的には支持された。

次に仮説1cを検討するために、 Shrout & Yip-Bannicq(2017)が推奨する偏回帰係数の値が等しいか(差がゼロか)に関する統計的検定をModel 3を用いて行った。同論文で作成されたRのシンタックスを用いた分析の結果、二つの感謝行動の偏回帰係数に統計的に有意な差はみられなかった( p=.63, 差の値の95%CIは[−0.20, 0.33])。したがって、Model 3では感謝を受ける経験の効果だけが統計的に有意傾向だったため、それを根拠に効果差を議論する伝統的な基準では仮説に沿った結果が得られたが、Shourt & Yip-Bannicq(2017)の基準に照らすと本研究の仮説1cは支持されなかった。

続いて文脈的パフォーマンスを従属変数として用いた場合、Model 4では感謝の表明が多いほど(β=.27, p<.001)、Model 5では感謝の受領が多いほど(β=.23, p<.001)、文脈的パフォーマンスの得点も高かった。また両者を同時に分析に用いたModel 6においても、感謝の表明の正の効果が統計的に有意であり(β=.20, p<.01)、感謝の受領の正の効果も統計的に有意傾向にあった(β=.12, p<.10)。したがって、感謝を表明する経験の正の効果に関する仮説2a,感謝を受ける経験の正の効果に関する仮説2bは支持された。また、Model 6では後者の効果が有意傾向にとどまったため、伝統的な基準では仮説2cに沿った結果が得られた。ただし Shrout & Yip-Bannicq(2017)が提案する偏回帰係数の差の検定は統計的に有意ではなかったため( p=.53, 差の値の95%CIは[−0.30, 0.16])、仮説2cは支持されなかった。

なお前掲の一連の重回帰分析では異なる相手と交わす感謝行動の平均値を用いて分析を行ったが、感謝行動は特定の二者間で交わす中で効果を特に発揮する可能性が残る。また、本研究では文脈的パフォーマンスを特に同僚に対する支援として測定したことから、同僚と交わす感謝行動に特に強い効果がみられる可能性もある。そこで本研究では感謝行動を交わす相手を区別し、上司と交わすもののみを使用した分析、同僚と交わすもののみを使用した分析、部下・後輩と交わすもののみを使用した分析の、合計3回の重回帰分析を従属変数ごとに行った3)。しかしどの組み合わせでも偏回帰係数の差の検定は統計的に有意ではなかった( ps>.097)。

まずワークエンゲイジメントと上司の組み合わせでは、感謝を表明する経験の正の効果が有意で(β=.15, p<.05)、感謝を受ける経験の効果は有意ではなかった(β=.08, n.s.)。文脈的パフォーマンスも同様に、感謝を表明する経験の正の効果が有意で(β=.20, p<.01)、感謝を受ける経験の効果は有意ではなかった(β=.01, n.s.)。

次にワークエンゲイジメントと同僚の組み合わせでは、感謝を表明する経験の効果が有意ではなく(β=.05, n.s.)、感謝を受ける経験の正の効果が統計的に有意だった(β=.16, p<.05)。文脈的パフォーマンスについては、感謝を表明する経験の正の効果(β=.20, p<.01)、感謝を受ける経験の正の効果のどちらも統計的に有意だった(β=.15, p<.05)。

最後にワークエンゲイジメントと部下・後輩の組み合わせでは、感謝を表明する経験の効果が有意ではなく(β=.05, n.s.)、感謝を受ける経験の正の効果が統計的に有意傾向にあった(β=.14, p<.10)。文脈的パフォーマンスについては、感謝を表明する経験の正の効果(β=.15, p<.05)、感謝を受ける経験の正の効果のどちらも統計的に有意だった(β=.17, p<.05)。

応答曲面分析を用いた感謝行動の一致効果の分析

次に、感謝の表明と受領を同程度経験していると知覚することの効果(一致の効果)、ならびに両者がともに増加することの効果を検討するために、多項回帰式を用いた応答曲面分析を行った( 表4)。なおすべての分析は、 Shanock et al.(2010)が推奨する手法をもとにして感謝の表明と受領の得点を理論的な中央値(3点)で中心化し、RのRSAパッケージを用いて行った。応答曲面分析ではまず、二つの独立変数( X, Y)とそれぞれの二乗項( X2, Y2)および交互作用項( X* Y)、統制変数を用いた重回帰分析を実行する必要がある。そしてその結果をもとに、応答曲面の形状に関する複数の係数( a1a4, p10, p11)ならびに各々の信頼区間や有意確率を計算する。これらの係数は、回帰式をもとに作成された応答曲面の形状に対応しており、曲面が YXとなる直線(LOC; line of congruence)に沿って直線的に傾いているか( a1)、U字型または逆U字型に曲がっているか( a2)を判断できる。加えて、 Y=− Xとなる直線(LOIC; line of incongruence)に沿って直線的に傾いているか( a3)、U字型または逆U字型に曲がっているか( a4)を判断できる。なお、曲面の「尾根」にあたる直線を XY平面上に投影した際の当該直線の切片と傾きは Yp10p11× Xで表現され、この p10ならびに p11の大きさから、二つの独立変数が一致する際に最も従属変数の値が大きくなる(つまり Y=0+1× Xとなる)のか、それとも特定の値で一致する際に最も大きくなるのか、その効果を厳密に検討することができる。

表4 応答曲面分析に関する重回帰分析の結果
ワークエンゲイジメント 文脈的パフォーマンス
b SE β b SE β
切片 2.80 0.14 *** 3.27 0.14 ***
X: 感謝の表明 0.37 0.14 .36** 0.09 0.10 .10
Y: 感謝の受領 −0.04 0.14 −.04 0.24 0.10 .24*
X2 −0.22 0.09 −.33** 0.07 0.06 .11
X×Y 0.22 0.13 .27 −0.13 0.09 −.17
Y2 −0.10 0.08 −.10 0.03 0.06 .03
性別(男性=1, 女性=0) 0.06 0.12 .03 0.09 0.11 .05
年齢(40代ダミー) 0.08 0.15 .04 −0.02 0.15 −.01
年齢(50~54歳ダミー) 0.37 0.14 .19** 0.38 0.14 .22**
年齢(55歳以上ダミー) 0.25 0.14 .13 0.26 0.14 .15
役職(組織長=1, その他=0) 0.30 0.15 .12* 0.47 0.13 .20***
R2 .13** .20**
N 274 274
Response Surface Test
a1 0.33 0.11** 0.33 0.09***
a2 −0.10 0.08 −0.03 0.06
a3 0.41 0.26 −0.14 0.18
a4 −0.54 0.25* 0.23 0.16
p10 −1.20 0.62 7.90 13.59
p11 1.74 0.84* −0.73 0.49

NOTE: p<.10, * p<.05, ** p<.01, *** p<.001。各列の数値はそれぞれ偏回帰係数( b)、標準誤差( SE)、標準化偏回帰係数(β)。年齢は「20代~30代ダミー」をベースカテゴリとした。

まずワークエンゲイジメントに関する分析の結果について述べる( 表4および 図1)。 a1の正の効果が統計的に有意であり( b=0.33, p<.01)、 a2の効果は統計的に有意ではなかった( b=−0.10, n.s.)。したがって 図1の応答曲面は、二つの独立変数がともに高まるにつれて、従属変数の値も直線的に高まる形状だといえる。したがって本研究の仮説3aは支持された。

図1 ワークエンゲイジメントに関する応答曲面

次に a3の効果は統計的に有意ではなく( b=0.41, n.s.)、 a4の負の効果は統計的に有意だった( b=−0.54, p<.05)。これらの値は、 図1の応答曲面の Y=− Xの直線に沿った傾きの形状に対応しており、 a4の負の値が統計的に有意であることから、両者が一致する場合に従属変数が最も高くなる逆U字型の形状があるといえる。一方で、 a3の値が統計的に有意ではないことから、二つの変数のどちらかが高い場合に特にワークエンゲイジメントが高まるといった直線的な関係はみられなかった。以上をもとに応答曲面を図示した結果が 図1であり、視覚的にも、二つの独立変数が一致する場合に従属変数が最も高い値を取ることが解釈可能だった。

そして、 p10の値の95%信頼区間には0が含まれており( p10=−1.20, p<.10, 95%CI[−2.42, 0.02])、 p11の値の95%信頼区間には1が含まれていた( p11=1.74, p<.05, 95%CI[0.10, 3.38])。 Humberg et al.(2019)が提案する「尾根」の形状に関する判断基準に基づけば、本分析で得られた応答曲面の「尾根」は2つの独立変数がちょうど一致する直線上( YX)に位置すると判断することができる。したがって、感謝の表明と受領のどちらかが他方を超過することなく、ちょうど均衡する場合に、ワークエンゲイジメントは最も高くなると解釈するに足る結果が得られた。

なお、 表4の多項回帰式の結果と 表3の重回帰分析の結果は、特に感謝の表明と受領の一次項の係数が大きく異なっている。これは 表4の分析ではそれぞれの独立変数の二乗項および交互作用項を加えたことによるものと推測できる。応答曲面分析は応答曲面の形状を分析することには長けているが、「二乗項と交互作用項を統制した際の X(または Y)の効果」は解釈が困難なため、多項回帰式の個々の係数自体を解釈することは推奨されていない( Barranti et al., 2017)。そのため 表4の分析結果は仮説1・2の検証には用いず、仮説3a以降の検証にのみ使用した。

また前掲の分析と同様に、感謝を交わす相手を区別し、上司、同僚、部下・後輩の三回の応答局面分析を行った。分析の結果、「上司」と交わす感謝行動を扱ったモデルでは、 表4の分析とほぼ同じ結果が得られたが、 a3の負の効果がさらに統計的に有意だった( b=0.41, p<.05)。したがって上司との間で交わす感謝行動の結果は仮説3aを支持し、両者が一致することの効果もみられた。一方で「同僚」と「部下・後輩」と交わす感謝行動を扱ったモデルでは、 a1の効果はどのモデルでも統計的に有意だったが( a1>0.19, ps<.01)、その他の係数( a2a4)はどれも統計的に有意ではなかった。したがって仮説3aは支持されたが、感謝の表明と受領の一致の効果は上司以外との間ではみられなかった。

次に文脈的パフォーマンスに関する結果について述べる( 表4および 図2)。この分析では a1の値は正であり統計的に有意であり( b=0.33, p<.001)、感謝の表明と受領の経験がともに増すほど文脈的パフォーマンスの得点も高まっていた。したがって本研究の仮説3bは支持された。一方で、 a2a4の他の値はどれも統計的に有意ではなかった。したがって感謝の表明と受領の経験が一致するほど、一致しない場合と比べて文脈的パフォーマンスの得点が高まるという関係はみられなかった。この結果は「上司」「同僚」「部下・後輩」を分けて三回の応答局面分析を行った際にも変わらなかった。

図2 文脈的パフォーマンスに関する応答曲面

考察

職場における感謝行動の効果

本研究では日常生活における感謝行動の研究を援用し、職場における固有の態度としてのワークエンゲイジメント、ならびに行動としての文脈的パフォーマンスに対する感謝行動の効果を検討した。以下では感謝研究における本研究の三つの意義を順に整理し、考察する。

本研究の一つめの意義は、職場における感謝行動の効果を調査データを用いて確認し、企業外の日常生活を対象とした研究との共通点や差異を検討したことにある。重回帰分析を用いた分析の結果、感謝を表明する経験と受ける経験のどちらにもワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスに対する正の効果がみられた。日常生活を対象とした研究でも感謝の感情や行動が向社会的行動や援助行動と関わることは度々指摘されており、文脈的パフォーマンスとの関係についていえば、企業組織を対象とした本研究の結果は先行研究とも共通点が多いといえる。したがって、交換関係が顕在化しやすい企業組織においても、また表明と受領の二つの感謝行動に対しても、先行研究の知見は一定程度援用可能と考えられる。一方で、感謝行動が仕事への熱意を含むワークエンゲイジメントと関わることは、日常生活を対象とした研究にはない結果とも解釈できる。本研究では詳細なメカニズムまでは明らかにできなかったが、企業組織では、感謝行動は日常生活と同程度またはそれ以上に多様な態度や行動と関係する可能性がある。

本研究の二つめの意義は、感謝の表明と受領の二つの行動の効果の差異を検討した点にある。しかし、二者の効果の差については明確な結論が得られなかった。二つの経験の効果を相互に統制した後に、一方の効果のみが統計的に有意になることをもって「効果に差がある」と判断する経験的な基準に基づけば、文脈的パフォーマンスに対する正の効果は感謝を「表明すること」の方が強く、ワークエンゲイジメントに対する正の効果は感謝を「受領すること」の方がやや強かった。しかし Shrout & Yip-Bannicq(2017)が推奨する二つの経験の偏回帰係数の差の検定では、差は統計的に有意ではなく、仮説1cと仮説2cは支持されなかった。この理由については理論と方法の二つの理由が考えられる。まず理論的理由として、感謝の表明と受領の効果には似た心理的メカニズムが存在し、区別しがたい可能性がある。本研究では二者の因子間相関が.60と高かった。また特定の企業で行われた従業員同士が感謝のメッセージを任意で交わすイベントのデータを分析した正木・久保(2021)の研究でも、感謝の表明数と受領数の相関係数は約.70と高かった。これらを踏まえると、長期的にメンバーがともに働く企業組織では特に、感謝を多く表明する者は多く受け取る性質があり、結果的に似た心理的メカニズムで効果を発揮する可能性が考えられる。一方で方法上の理由として、本研究が横断的な質問紙調査を手法に用いたことに由来する限界とも解釈できる。感謝の表明と受領を同じ測度で、一回の質問紙調査で同時に測定したことにより、回答者が両者を明確に区別できなかった可能性がある。組織内での日常的な感謝のやり取りのログデータを使用し、時系列も踏まえて分析するなどにより、異なる結果が得られる可能性もある。今後の研究ではこうした理論・方法の両面の可能性を見据えて、二つの感謝行動の効果を議論する必要があると考えられる。

感謝の表明と受領の均衡の効果

本研究の三つめの意義が、二つの感謝行動の両方を扱った点にある。分析の結果、ワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスのどちらを従属変数として使った場合にも、LOCの正の傾きが統計的に有意だった。すなわち、感謝を表明する頻度と受領する頻度がともに増すほど、ワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスも向上していた。したがって、二つの感謝行動はどちらかだけが増えればよいのではなく、双方が増えることによって、一層効果を発揮するものと考えられる。この結果は、他者の感謝行動の頻度が高い場合に自分の感謝行動や感謝日記による介入効果が強まったことを指摘した McNulty & Dugas(2019)Locklear et al.(2021)の研究とも重なる。

感謝を表明する頻度と受領する頻度が一致することの効果は、ワークエンゲイジメントのみにみられた。言い換えれば、両者が同程度行われる場合に、どちらかに偏る場合よりも、ワークエンゲイジメントが高かった。Person-Environment Fitの理論に基づけば、組織や他者と自分の特徴が一致する場合に、相互の類似性が高まって対象に対する魅力が高まり、また自分に合った集団に所属する欲求が満たされることで、職務満足などが高まるとされる。本研究の結果もこれと一貫しており、感謝の表明と受領の頻度が釣り合う場合に、自分に合った対人関係や組織の中で働くことができていると感じ、ワークエンゲイジメントが高まる傾向がみられたと考察できる。本研究はこの点を新たに応答曲面分析を使用して厳密に検討し、感謝の表明と受領が少なくとも主観的に一致することの意義を示した点で、職場における感謝の研究の新たな研究課題を示すことができたと考えられる。

ただしこの効果は上司との関係で特に顕著であり、他の相手との間では明確にみられなかった。この背後には主に二つの理由が考えられる。第一に、組織行動の研究ではリーダーシップ研究が豊富であることからも示唆される通り、上司との対人関係が態度や行動に強い影響を与えるものと考えられる。Person-Environment Fitの研究の中でも対上司の一致はPerson-Supervisor Fitとして独立したテーマとなっている( van Vianen, 2018)ことから、他の相手以上に自分と似た特徴を持つことが重視されたとも考えられる。しかし第二の理由として、質問方法の違いも考えられる。本研究で用いた質問項目の中で、明確に同一人物を想定して回答が可能だったのは上司に関する項目だけで、同僚や部下・後輩については、感謝の表明と受領で違う人物や複数の人物を想定することも可能だった。こうした違いにより、明確に相手を特定できた対上司においてのみ効果がみられたのかもしれない。

そして文脈的パフォーマンスにはこうした感謝の表明と受領の頻度の一致の効果はみられなかったため、感謝の表明と受領の一致が幅広い行動を喚起するとまではいえなかった。本研究ではその理由を定量的に検討することはできなかったが、文脈的パフォーマンスは感謝行動の頻度の一致以外に不一致によっても動機づけられる可能性もありうる。例えば、自分が感謝を表明する頻度の方が感謝を受ける頻度よりも多く、他者から恩を受けることの方が多いという自覚がある場合には、その恩返しをするために、一層他者への支援に積極的になる可能性がある。今後の研究ではこうした感謝の頻度の不一致の効果も検討する必要がある。

本研究の実践的意義

次に本研究から得られる実践的な含意について述べる。職場では報酬や評価体系などが明確であるがゆえに、日常生活以上に交換的規範が優勢になることが推測できる。それゆえに、日常生活における感謝感情・行動の研究を援用しつつも、その有効性を改めて職場を対象とした研究で確認することが求められている( Fehr et al., 2017)。また昨今のテレワークの拡大を経た感謝を交わす機会の減少は現代の職場の課題として度々指摘されており(藤澤,2020; 正木・久保,2021)、職場における感謝行動の意義が改めて問い直されているともいえる。本研究では因果関係は明らかにできなかったが、こうした問題に対して二つの示唆が得られたと考えられる。

第一に、感謝行動は日常生活だけでなく、職場でもワークエンゲイジメント向上や同僚間の助け合いの促進に寄与する可能性がある。逆に言えば、新型コロナ禍のテレワーク拡大を経て感謝を交わす機会が減少したことが、職場の対人関係のぎこちなさを増し、助け合いの減少につながった可能性もあると推測できる。感謝行動が唯一の対人関係の改善手段とまではいえないが、数ある手段の一つとして、意識的に感謝を交わす試みも有用と推測できる。ただし本研究では、自分が感謝を表明する頻度の方が、感謝を受ける頻度よりも多いと平均的に考える傾向もみられた。この背景には、事実として感謝行動の頻度が異なる可能性もあるが、たとえ他者から感謝を表明されてもそれを聞き流してしまう、または単なる社交辞令と解釈しがちであるなど、何らかの認知バイアスが存在する可能性も考えられる。本研究の限定的な結果から明確な主張は困難だが、こうした主観的なバイアスを軽減するために、サンクスカードのような取り組みにより、インフォーマルな感謝の表明を可視化し把握可能にすることも有用かもしれない。

第二に、感謝行動は誰かが一方的に送るだけでなく、職場で互いに交わすことでさらなる効果を発揮するものと考えられる。本研究では感謝を表明することにも、受けることにもいくつかの肯定的な効果がみられたが、両者がともに増加する場合や一致する場合に特にワークエンゲイジメントが高まっていた。また、理由は明らかにできなかったものの、前述の通り上司との関係においてこの効果が特にみられた。したがって、例えば上司が率先して部下に対して感謝を表明するだけでなく、部下からも感謝を表明する機会を設けるなど、特に上司・部下関係においては互いに感謝を交わす習慣作りが有用と考えられる。

本研究の限界

最後に本研究の限界を述べる。第一に、本研究は横断調査に基づく相関関係の分析であり、感謝行動の効果の因果関係は検討できていない。日記式調査などを使用した先行研究では感謝の感情や行動がワークエンゲイジメントや組織市民行動に先行し、時系列上の因果関係を示したものもあるため、本研究でも感謝行動が独立変数であると仮定したが、逆因果の可能性は否定できない。

第二に、本研究は単一企業で得られた結果にとどまり、一般化可能性に限界がある。そもそも対人的なコミュニケーションに積極的な従業員が多い企業と、そうでない企業など、特徴が異なる企業の間では感謝行動の効果が異なるかもしれない。また、特に新型コロナ禍ではテレワーク導入が大きく進んだ企業がある一方で、そうでない企業も多くみられる。テレワーク導入によって感謝行動を含むコミュニケーションの様相が従来のものから大きく変化したことを指摘する研究もあることから(藤澤,2020; 正木・久保,2021)、働き方やコミュニケーションを取り巻く環境が異なる企業で感謝行動の効果を比較し、検証を重ねる必要がある。

第三に、本研究は大企業の中で部署を特定せずに行った調査であり、マルチレベル分析を行うことができなかった。感謝感情を含む感情表出の規範は組織によって異なり、また集団内で拡散し、蓄積される性質を持つと推測されていることを踏まえてマルチレベル分析を用いた先行研究もみられる(正木・村本,2021)。対して本研究では感謝行動の部署レベルの効果と個人レベルの効果を区別できていない点に限界がある。

第四に、本研究では感謝行動とソーシャルサポートの区別ができていない。 Sun et al.(2019)ではソーシャルサポートが感謝感情を喚起し、それが組織市民行動を促すという時系列上の因果関係がみられたが、本研究で得られた感謝行動の効果がソーシャルサポートの受領・提供の効果と交絡している可能性は否定できない。また本研究では感謝行動の頻度の一致を重視し、その効果についても探索的に検討を行った。しかしソーシャルサポートの提供に対して感謝行動を受けることで報いられるなど、異なる要因によって主観的な釣り合いが保たれる可能性も残される。本研究ではこうした幅広い可能性を検討しきれておらず、数ある釣り合いの一側面しか明らかにできていない。

最後に、本研究で扱った感謝行動はどれも頻度についての回答者の主観的報告である。したがって、 McCullough et al.(2002)にみられる頻度以外の形式( e.g., 密度や強度)を用いた場合に同様の結果が得られるかは定かでなく、さらなる検討が必要である。また、本研究でみられた感謝行動の授受の釣り合いの効果は、あくまでも「主観的にみて、感謝の表明と受領の機会が同じくらいある」と知覚することの効果にとどまり、客観的に見て感謝行動の機会が同数あることを必ずしも意味しない。したがって、今後の研究ではこうした感謝行動の主観的な知覚と客観的な頻度をともに測定して効果の違いを検討することも求められる。

脚注

1) 著者の調査実施当時の所属機関(東京大学大学院人文社会系研究科)の研究倫理審査を経て実施された(承認番号UTSP-20038)。

2) 質問項目は島津明人氏のウェブサイト(https://hp3.jp/tool/uwes)を参照し、掲載された引用情報に従った。

3) 六つの変数を同時に独立変数に設定して重回帰分析を行ったところ、VIFが最大で3.81と大きかった。また 表3の分析では「感謝する」「感謝される」各三つの変数同士の相関ならびに信頼性係数が十分に高いことを根拠に、各三つの変数の平均値を得点として用いた。これらの点を踏まえて、六つの変数を同時に独立変数として互いに統制して用いることには問題があると判断し、三つの独立した重回帰分析モデルを用いた。

References
 
© 2023 日本社会心理学会
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