社会心理学研究
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書評
江崎貴裕(著)『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN:組織と人の行動を科学する』 (2022年,ソシム)
三浦 麻子
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2023 年 39 巻 1 号 p. 31

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本書は〈組織や社会の「ルールの法則性」に焦点を当て、「ルール作りの基礎教養」ともいうべき新しい概念(=ルールデザイン)を、独自の切り口(=数理モデル思考)から構築する〉ものである。著者の江崎氏は東京大学先端科学技術研究センター特任講師、つまり研究者である(しかも社会心理学者との共著( Ezaki et al., 2016)もある)と同時に、株式会社infonerv創業者、つまりビジネスパーソンでもある。〈研究だけでなく、データ解析技術を自ら社会に役立てることにも挑戦している〉事例のひとつがおそらく一般書の出版で、本書は3冊目の著作にあたる。

数学に強い苦手意識を持つ人(例えば、評者)は、題名を見るなり敬遠するかもしれない。私が知人から本書を紹介された時の第一声も「うわぁ難しそうな本…」だった。しかし豈図らんや、「数理」モデルっぽい表現は一切ない。数式に目の潰れるような思いをさせられずに読み進められる。重要な語・フレーズが太字にされ、図表が豊富なほか、行間を広くとる、地の文と事例・研究例を背景色で区別する、各章で強調色を変えるなど、視認性を高める工夫も豊富だ。科学論文を読みつけている私たちにはむしろ読みやすい構成だし、私たちの多くは組織人でもあるから、自らの社会生活上の問題の整理・改善にも役立つ。あるいは第6章「人工知能とルールデザイン」は、生成AIが社会を席巻し、その底知れない「能力」にある種の畏怖を感じざるを得ない時代に入った今でこその面白さがある。よくできた本だ。手強い。

一方、そうであるからこそ、本書は数学的な意味での「数理モデルの勉強」がしたいというニーズには必ずしも合致しないだろう。著者自身が本書を語る宣材動画も拝聴したが、これこそ「数理モデル」思考だ!という勘所はまったくわからず、むしろ「この人は社会心理学者なんじゃ?」という印象を受けた。つまり、社会心理学者の社会の捉え方と本書の言う「数理モデル思考」は極めて近いと言ってよい。実際本書では、「数理モデル」を〈数学的な過程からデータの振る舞いを説明する道具〉であるとしつつ、〈「このようなルールのもとでは、人はこのように行動するだろう」という想定〉を、〈数学的に記述されていない場合は、単に「モデル化」と呼んでおいたほうが良いかもしれません〉とカッコ書きで述べつつも、〈ある種の「数理モデル化」〉だとしている。となれば、社会心理学者が数多提出してきた「モデル」も「数理モデル」だということになる。そんなつもりはなかったが、私たちも数理モデラーなのか。オラなんだか賢くなった気がすっぞ。いや、多くの場合はそうではないだろうが、しかしその深淵は本書からは覗き難い。

本書では、前半でルール(何らかの目的の状態を達成するために設定された、人が従わなければならない行動の制約を与えるもの)が想定通りに機能しないメカニズムについて分析され、後半では〈これからのルールデザイン〉のために考えるべき視点が説明される。ルールが失敗する原因は、1)ルール内的要因、2)個人的要因、3)集団的要因、4)環境的要因の4つに階層化されており。おそらく社会心理学者もこう整理するだろうし、なじみ深いキーワード・研究も多々紹介される。現代的なテーマに紙幅が割かれた後半ではやや数理モデル色の濃い記述が増えるが、読みにくさまで感じることはない。いやはや、実に手強いではないか。

大事なことなので2度書いた。なぜ手強いと感じるかといえば、さて社会心理学者にこうした書籍が書けるだろうかと考えたからだ。本書の良さであり、評者(不遜な言い方をすれば、多くの社会心理学者)に乏しいのは、「切り口」ベースの俯瞰的な視点だろう。この視点があれば、領域・分野横断的に、何に焦点を当てても書ける。さらに、その「切り口」が「数理モデル」という極めて抽象度が高いものであるために、具体的に展開可能な範囲はほとんど無限大である点も強みである。例えば本書では人間社会、特に組織における「ルール」に焦点が当たり、効果的にそれが機能するための仕組み作りとしてのルールデザインが謳われるが、対象はルールに限らず、あるいは人間社会にも限らない。社会心理学者も、井戸の中で互いの知見の「新しさ」を競うばかりではなく、それらが抽象度を高めた場合にどのような類似性・共通性を持つかを考えるべきなのだろう。ただし、抽象的なものが所与としてあり、それをトップダウン的に現象に適用するいわば「神の視点」を持たず、行き先を知らぬままボトムアップ的に現象から得られた知見の抽象化を試みる「民の視点」でそれに取り組むのは、なかなか困難な道のりではある。

References
 
© 2023 日本社会心理学会
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