社会心理学研究
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原著論文
新型コロナウイルス感染禍とシステム正当化
村山 綾三浦 麻子北村 英哉
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電子付録

2023 年 39 巻 2 号 p. 64-75

詳細
抄録

Three studies examined the relationship between threats to the Japanese healthcare system during the COVID-19 pandemic and perceived system justification in Japan. Study 1 confirmed the validity of the Japanese version of the General System Justification Scale (Kay & Jost, 2003). Study 2 examined the relationship between the perceived threat to the healthcare system, the dependency on that system, and system justification. The results showed that the perceived system threat was not associated with system justification while dependency on the healthcare system was found to be associated with perceived legitimacy toward the healthcare system as well as with dependency on the government. Finally, Study 3 manipulated the system threat through criticism of Japan’s healthcare system during the pandemic by a foreign journalist and examined its effect on system justification. The results showed no effect of system threat on system justification. The applicability of system justification theory to Japanese society was discussed.

問題

本研究の目的は、新型コロナウイルス感染禍における医療の逼迫に見られる、国や政府などのマクロレベルのシステムへの間接的な脅威(Napier et al., 2006)が、システム正当化への動機づけを高める可能性について、日本社会を対象に複数の研究を通して検討することである。その際、システム正当化の程度を測定する日本語版を作成して、再検査信頼性と基準関連妥当性を検討する。

システム正当化理論(Jost & Banaji, 1994; Jost & Hunyady, 2002)では、現状の社会制度やシステムを、ただそこに存在するという理由で人が受け入れ、また、そのシステムを維持することに動機づけられると主張している。ここでいうシステムは、さまざまな社会構造、たとえば、婚姻関係、家族関係、社会集団、経済、政府など、多岐にわたる大きな概念として定義されている(Jost, 2019)。これまでの研究で、現状のシステムによって不利益を被っている社会集団や、下位集団に所属する人たちでさえ、システムの維持を肯定する傾向が示されてきた(e.g., Calogero & Jost, 2011; Jost & Kay, 2005; Jost et al., 2003)。さらにこの理論では、背景となる3つの動機づけが重要であることが提案されている。具体的には、(1)人がもつ、一貫性や確実性への認識論的動機、(2)自らの存在価値や人生に対する脅威のマネジメントや低減といった実存的動機、(3)周囲との関係性を良好に保ちたいという関係的動機が仮定されている(Hennes et al., 2012)。

個人差として測定されるシステム正当化への動機づけの強さは、次のような個人の志向や態度、イデオロギーとの関連が指摘されている。たとえば、保守的な政治志向(Azevedo et al., 2017; Jost et al., 2017)や、人生満足度の高さ(Napier & Jost, 2008)とシステム正当化の動機づけの強さには、正の関連が示されている。Jost(2020)によるアメリカでの全国規模の調査では、一般システム正当化とナショナル・アイデンティティや右翼的権威主義との間に、中程度から弱い正の相関関係が示された。また、経済システム正当化(Jost & Thompson, 2000)や、ジェンダーシステム正当化(Jost & Kay, 2005)など、特定のシステムの正当化への動機づけの高さは、一般システム正当化よりも、保守主義や右翼的権威主義と、より強い正の相関関係にあることも示された。

このようなシステム正当化動機を強めるきっかけとなる要因が、いくつか指摘されている(e.g., Jost et al., 2005; Kay et al., 2005; van der Toorn et al., 2011; van der Toorn et al., 2015)。まず、システムへの批判や脅威は、システム正当化動機を強める。2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロは、その例として取り上げることができる。事件直後、当時の政権の支持率は50%から90%に急上昇し、多くの国民が現状の政権維持を望んだ。また、システム正当化による現状維持志向につながる態度の前提として、現にあるシステムに依存していることも重要となる。水不足に悩まされたカリフォリニア市民401名を対象としたインタビュー調査では、水の安定的な確保について政府による支援を必要としている市民ほど、政府の正当性を強く認識し、政府の決定に従っていた(van der Toorn et al., 2011)。このように、システム正当化への動機づけは、外的な要因によっても強められる。

システム正当化動機を強めるきっかけとなる要因の中でも、特にシステムに対する批判や脅威については、多くの実験研究が行われてきた。その背景には、システム正当化理論が想定している現状維持プロセスがある。すなわち、ただそこに存在するだけで現状のシステムを維持しようとする動機を人が実際にもっているとしたら、そのシステムへの批判や脅威に対してさまざまな理由をつけて抵抗し、システムの正当化を強めようとすると考えられる(Jost, 2020)。Jost(2019)によると、2005年から2017年の間に報告された少なくとも38の実験研究において、現状のシステムに対する批判、挑戦、脅威の操作がシステム正当化動機を強めていた。たとえばニューヨークの高校生を対象にした研究では、アメリカ社会を批判する文章を読んだ場合に、個人に対する脅威(スマートフォン使用による健康への悪影響)や統制条件の文章を読んだ場合と比べて一般システム正当化の得点が高かった(van der Toorn et al., 2017)。また、実験的に強められた一般システム正当化の高さは、保守的な政治的態度とも正の関連をもっていた。このように、システム正当化は、現状を肯定的に捉える個人差としての側面に加え、外的要因によって正当化への動機づけが強められる状況の影響という側面からの検討も可能であることが示されてきた。

さて、すでに「システム正当化」というキーワードを含む論文が3,000を超えて公刊されている一方で(Osborne et al., 2019)、日本国内の実証研究はまだ少なく、それも相関的検討がほとんどである。たとえば森永他(2022)は、個人差としてのシステム正当化と女性の人生満足度との関係を複数の調査から明らかにしている。日本はジェンダー格差が大きい国で(World Economic Forum, 2021)、女性が低地位であるが、このような格差が存在する日本の社会システムを肯定的に捉える女性ほど、人生満足度が高い傾向にあった。不利な集団に所属することで生じるネガティブ感情を短期的に低減し、社会の現状をより良いものに感じさせるという、システム正当化による緩和機能(Jost, 2020)が確認されたこの研究結果は理論と一貫しており、日本社会においても本理論の適用が可能であることを示唆する。しかし、実験操作を伴う因果効果を扱った実証研究は、未だほとんど行われていない。

一方で、次のようないくつかの特徴的な事情を考えると、日本社会をシステム正当化理論から理解する意義は大きい。第一に、日本は北朝鮮によるミサイル発射や他国との領土問題など、物理的に近接した地域に安全保障上の懸念を有しており、システム脅威が現実問題として存在する。このことは、たとえば理論の妥当性が主に検証されてきたアメリカとは大きく異なる点といえる。第二に、日本はしばしば、現状維持の傾向が強い社会であるとされる。たとえば世界規模で変化や対応が求められる気候変動対策への一般市民の反応に関わる調査や分析から、日本人は気候変動対策に対して相対的に無関心、または否定的であったり、対策によって自らの生活が不便になったりすると考えていることが示されている(e.g., 木原他,2020; 小杉他,2018)。また先述の通り、日本社会ではジェンダー格差が大きいが、国会議員や大学教授、医師に占める女性の割合がなかなか向上しない。たとえば大学などの高等教育機関の女性教員比率は2020年のOECD加盟国32カ国中、最下位の30%、医師の女性比率はOECD加盟37カ国の中で最低(21.8%)となっている。加えて、社会システム全体の運営という視点で見ても、1955年以降、保守政党とされる自由民主党が長期にわたって政権を担っている。こうした特徴からも、システム正当化理論に基づく説明が、日本社会に対して有効かを検証する試みは重要であると考えられる。

ただし、実験操作を伴うシステム正当化研究については、近年いくつかの問題も指摘されている。Sotola & Credé(2022)は、2022年2月までに出版された、116の実験操作を含むシステム正当化論文を対象に、再現性や出版バイアスについて分析した。その結果、全体としてサンプルサイズが小さく検出力が低いことや、出版バイアスの存在が示唆された。実験操作の主効果の平均検出力(平均再現率)の推定値は14%、実験操作を含んだ交互作用効果の推定値は19%であった。実験操作の種類では、システム脅威の再現率が最も低く、QRP(好ましくない研究行為)の可能性を示した一方で、システムへの依存では相対的に再現率の推定値が高く、QRPや出版バイアスの可能性も他の操作と比較して低かった。2015年以降の研究では、再現率の向上は見られなかったものの、QRPへの関与の低下が示唆され、全体として研究結果の信頼性が改善している可能性も示された。先述の通り、システム脅威はシステム正当化動機を強める重要な要因として位置づけられており(Jost, 2020)、Jost(2019)ではシステム脅威の操作の効果が強調されていたが、さらなる研究結果の蓄積が必要であるといえるだろう。

新型コロナウイルス感染禍とシステム正当化

本研究では、日本の国全体のシステムと連動する典型的な下位システムとして医療システムを取り上げ、新型コロナウイルス感染禍の日本社会を対象としてデータ収集を行う。近年、国家や政府など、マクロレベルのシステムと連動する、よりミクロなシステムに対する脅威や依存も、マクロレベルのシステムに対する正当化知覚につながると指摘されている(Proudfoot & Kay, 2014)。医療システムについて、世界195カ国を対象とした医療へのアクセスとその質を比較した結果によると、日本は12位と高いレベルに位置している(GBD 2016 Healthcare Access and Quality Collaborators, 2018)。国民皆保険、フリーアクセス(保険証があれば、どの医療機関でも自由に受診できる)、健康診断による病気の早期発見、治療といった医療システムが、国民の良好な健康状態の維持に寄与していると考えられる。また、たとえば国民皆保険ではないアメリカ社会などと比べると、適切な医療を適切なタイミングで受けられるという点において、特定の社会集団間での不平等の問題も少ないといえるだろう。

しかしながら、新型コロナウイルス感染拡大により、多くの国民が医療システムへの脅威を目の当たりにした。たとえば、感染拡大以前から指摘されていた医療従事者の人的資源不足は、感染拡大期の医療ならびに保健所業務の逼迫を生み出した(村上,2022)。加えて、人工呼吸器の装着やワクチン接種の順番など、希望するタイミングで適切な医療サービスを受けられるかどうかという点において、格差や不平等も発生した。多くの人々にとって、感染拡大という状況は、フリーアクセスへの脅威や、医療システムへの依存を実感する機会を与えたと考えられる。

また、感染拡大に対応した社会状況は、特に女性や子ども、高齢者など、社会における劣位集団に不利益をもたらした。たとえば、観光・サービス業の経営状況の悪化から、非正規雇用者の解雇が多く発生した。女性雇用者における非正規雇用労働者の割合は2020年時点で54.4%(男性では同22.2%)で(内閣府,2022)、解雇の問題は女性に対してより深刻な影響を与えたと考えられる。また、職種による感染リスクの差も大きく、社会インフラの現場で働くエッセンシャルワーカーは、リモートワークが可能なホワイトカラーよりも高リスクだったと考えられる。新型コロナウイルス感染拡大という状況要因は、日本の医療システムに脅威を与えると同時に、日本社会の格差や不平等を顕在化させ、国民のシステム正当化動機を強めた可能性が高い。このような状況下で、日本の医療システムを国全体のシステムと連動する典型的な下位システムと捉え、システム正当化理論の日本社会への適用を検討する意義は大きいと考えられる。

以上を踏まえ、本研究では、Jost(2019)Sotola & Credé(2022)において注目されたシステム脅威の操作を行う実験的検討を含む複数の研究を通して、システム正当化理論の日本社会への適用可能性について多面的に検討する。まず研究1では、Kay & Jost(2003)の一般システム正当化尺度を日本語に翻訳し、尺度の妥当性と信頼性について検証する。続く研究2では、現状の社会システムを正当化しやすい個人の傾向との関連が予測される変数について、新型コロナウイルス感染禍における日本社会を対象に相関的検討を行う。そして研究3では、新型コロナウイルス感染禍による日本の医療システムへの脅威を実験的に操作し、システム正当化動機が強まる可能性を検討する。研究1で妥当性を検証した一般システム正当化尺度は、研究2においては個人差を、研究3では実験操作によって強まると仮定されるシステム正当化の動機的側面を測定するために用いる。

研究1

概要

システム正当化の程度を測定する尺度は、これまでに一般システム正当化(Kay & Jost, 2003)、経済システム正当化(Jost & Thompson, 2000)、政治システム正当化(Jost et al., 2009)、ジェンダーシステム正当化(Jost & Kay, 2005)などを測定するものが開発されている(Jost et al., 2014)。このうち本研究では、状況要因によって動機づけられた一般的なシステム正当化を測定するために作成され、後に他の個人差変数との相関的検討でも活用されているKay & Jost(2003)の8項目尺度(General System Justification Scale: G-SJS)を採用する。まず、G-SJSの日本語版を作成し、その妥当性と信頼性を検証するためのWeb調査を実施する3)。次に、得られたデータに基づいて、単一因子構造の適合度、内的一貫性、基準関連妥当性、および再検査信頼性を検討する。

方法

尺度の翻訳

General System Justification Scale(Kay & Jost, 2003)の8項目について、まずはDeepLを用いて日本語にしたものを第1著者が確認し、日本語としての理解のしやすさを基準に一部修正した。次に、研究の目的を知らない日英翻訳の専門家にバックトランスレーションを依頼した4)。その内容を著者らで確認し、議論の上で最終的な日本語版(以下、JG-SJSとする)を作成した(Table 1)。

Table 1 Items and confirmatory factor analyses of JG-SJS (Study 1, Wave 1)

One-factorTwo-factor with multiple loadingTwo-factor without multiple loading
MeanSDF1F1F2F1F2
JG-SJS1一般的に、社会は公正であると思う。3.731.63.62.66.66
JG-SJS2*一般に、日本の政治制度はあるべき姿で運営されていると思う。3.641.54.73.52.28.77
JG-SJS3日本社会は抜本的な改革が必要である。3.241.40.52.74.60
JG-SJS4日本は世界で最も住みやすい国である。5.421.84.43.44.44
JG-SJS5ほとんどの政策は社会全体の利益のために役立っている。4.041.47.70.69.69
JG-SJS6誰もが富と幸福を公平に手に入れることができる。3.421.73.47.52.52
JG-SJS7*私たちの社会は年々悪くなっている。3.471.48.52.67.56
JG-SJS8社会は、人々が通常、相応のものを得るようにできている。4.551.57.59.64.64
Inter-factor corr.58.82
GFI.93.97.95
AGFI.87.93.90
CFI.86.93.89
RMSEA.12.08.11
SRMR.07.04.06
AIC56218.2555909.5256094.11

Notes: Reposonses on the reversal items (*) are inverted by subtracting the response value from 10. Factors were extracted by the ML method in each analysis.

手続きと参加者

2022年10月中旬に、クラウドソーシングサービス(株式会社クラウドワークス)の登録者を対象に第1回調査を行った。募集対象年齢は18歳から70歳の日本在住の日本国籍者とし、2,000名を限度に回答を募集した。所要時間は5分程度で、手取り42円の謝金を支払った。第1回調査の回答者のうち対象外の年齢を回答した12名を除く1,988名を対象として、2022年11月中旬に第2回調査を行ったところ、1,725名から回答を得た。所要時間は1分程度で、手取り17円の謝金を支払った。

調査項目

第1回調査は、現在も継続中のパネル調査の第1波として行われたもので、本研究では分析に用いなかった項目も含む36問で構成されていた5)。本研究ではJG-SJS(1まったくそう思わない~9非常にそう思う)、イデオロギーの自己認識(0左~10右、わからない)を分析対象とする。

第2回調査は、前述のパネル調査の第2波として行われたもので6)、本研究ではJG-SJSを分析対象とする。

また、いずれの調査においても、回答に際して十分な注意が払われているかどうかを確認するために、JG-SJSに回答選択肢を指定するDQS(Miura & Kobayashi, 2016)を1項目挿入して、指定以外の選択肢を回答した場合はその時点で調査から離脱させた(離脱数:第1回20, 第2回10)。

結果

分析にはR4.2.1を利用した。第1回調査で分析対象としたのは1,989名(うち男性779名、平均年齢39.7歳(SD=10.28))、そのうち第2回調査にも回答したのは1,725名(うち男性671名、平均年齢40.3歳(SD=10.25))である。

尺度の構造の確認と内的一貫性

JG-SJSについて、第1回調査データを対象として、いくつかの因子分析を行った。確認的因子分析の結果をTable 1に、探索的因子分析の結果をTable S1にまとめている。まず、G-SJSで想定されている1因子構造で確認的因子分析(最尤法)を行った。各種の適合度指標は一般に許容とされる範囲の下限程度あるいはそれを下回る値であった。そこで、探索的因子分析(最尤法)を行ったところ、Table S1にある通り、1因子構造が不適切というわけではないが、2因子構造(プロマックス回転・第1因子:項目1, 4, 5, 6, 8, 第2因子:項目2, 3, 7)の可能性も示唆され、項目2については両因子に同程度の負荷量をもっていた。そこで、2因子構造(項目2が第1因子と第2因子に多重負荷を設定するモデル・多重負荷を設定しないモデル)の確認的因子分析を行ったところ、多くの適合度指標が許容範囲にあるのは多重負荷を設定するモデルで、多重負荷を設定しないモデルはごくわずかに1因子モデルを上回る程度の適合度であり、また、2つの因子の相関はr=.80程度とかなり高かった。

こうした結果を総合的に検討し、また、先行研究との比較を可能にするという観点から、本研究ではJG-SJSをG-SJSと同じく1因子構造をもつ尺度として扱うことにした。なお、第2回調査データを対象として同一の分析を行った場合も、同様の結果が得られた(Table S2)。内的一貫性の指標としてω係数を算出したところ、第1回調査と第2回調査ともにω=.80であった。

基準関連妥当性

JG-SJS全8項目の回答値の平均を算出し、これをシステム正当化得点とした。第1回調査データを用いてシステム正当化得点とイデオロギーの自己認識のピアソンの積率相関係数を求めたところr=.20であった。イデオロギーの自己認識(左–右あるいはリベラル–保守)とG-SJSをはじめとするいくつかの尺度で測定されたシステム正当化との単相関について、12カ国で実施された60の研究で得られた結果をまとめたJost(2019)によると、絶対値のばらつきは大きい(r=.07~.75)ものの、59の研究で正の有意な相関が得られている。本研究でも同様の結果が得られたことから、JG-SJSは一定の基準関連妥当性を有すると考えられる。

再検査信頼性

第1回調査と第2回調査のいずれにも回答したケース(n=1,725)を対象として、システム正当化得点間のピアソンの積率相関係数を求めたところ、r=.78であった。このことから、JG-SJSは高い再検査信頼性を有すると考えられる。

研究2

研究2では、新型コロナウイルス感染禍の日本社会を対象として、システム正当化との関連が示されているシステムへの依存と脅威を中心に、相関的検討を行う。まず、ミクロレベルのシステムに対する脅威や依存と、マクロレベルのシステムに対する正当化知覚との関係を指摘したProudfoot and Kay(2014)に基づき、以下の仮説を検証する7)

H1. コロナ禍における医療システムへの脅威知覚の程度とシステム正当化との間に正の関連が見られる。

H2. 医療システムへの依存と、そのシステムに対する正当性知覚には正の相関関係が見られる。

加えて、システム依存と正当性知覚について、ミクロ−マクロレベルの連動も確認する。もし、ミクロレベルのシステムがマクロレベルのシステムと連動するとしたら、日本の医療システムへの依存の知覚は、日本の社会システム全体に対する依存と関連する可能性が高い。そして、医療システムに対する正当性知覚は、日本の社会システムに対する正当性知覚とも関連することが予想される。

H3. 医療システムへの依存と政府(マクロシステム)への依存の程度には正の相関関係が見られる。

H4. 医療システムに対する正当性知覚とマクロシステムへの正当性知覚(コロナ対応に対する政府への信頼/JG-SJS)には正の相関関係が見られる。

さらに、研究1で作成した尺度の妥当性の検証という観点から、以下の仮説についても検討する。

H5. 保守的なイデオロギーの自己認識とJG-SJSとの間には正の関連が見られる8)

H6. 安全保障上の脅威(国に対する直接的な脅威)知覚の程度とシステム正当化との間に正の相関が見られる。

以上の仮説に加え、いくつかの変数とシステム正当化との関係も探索的に検討することとした。まず、現在の日本における医師の不均衡な男女比率を肯定的に捉える程度と医療システムに対する脅威知覚、ならびに正当性知覚との関係も探索的に検討する。先に述べた通り、日本ではジェンダー格差が大きく、2020年の女性医師の比率はOECD加盟34カ国で最下位の22.7%である(OECD, 2022)。このような医師の男女比率の不均衡も既存の医療システムの一部に含まれるとしたら、コロナ禍における医療システムに対する脅威や正当性知覚の程度の高さは、現状の医師の男女比率を肯定的に捉えることと関連するのではないかと考えられる。次に、感染拡大に対する不安の程度とその他の変数との関係性についても、新型コロナウイルス感染禍の日本社会における人々の心理状態の理解という観点から探索的に検討する。

方法

手続きと参加者

事前登録(https://osf.io/cwr9a?view_only=6c31fd5212654cd89fc9a62f530a3937)を行った後、データを収集した。2022年3月に株式会社クラウドワークスの登録者を対象に実施した。サンプルサイズ設計は、Rのpwrパッケージを用いた検出力分析に基づき行った(r=0.24, α=0.05, β=0.8)。r=0.24は社会心理学の研究において推奨される中程度の効果量である(Lovakov & Agadullina, 2021)。この設計に基づき168名を限度に協力者を募集し、日本国籍をもつ168名(男性86名、女性82名、平均年齢39.19歳(SD=9.52))が調査に参加した。所要時間は7~8分程度で、手取り88円の謝金を支払った。なお、調査時期は新型コロナウイルス感染禍にあり、第6波と呼ばれた感染者多数状況のピークを越えた頃であった。また、ロシアによるウクライナ侵攻開始から間もない頃でもあった。

調査項目9)

社会経済地位(10件法)、イデオロギーの自己認識(研究2では、0リベラル~10保守、わからない)を測定した。また、日本の安全保障への脅威知覚について「日本は、周辺諸国からのさまざまな脅威にさらされていると思う」、「日本の安全保障を脅かす外国からの圧力や攻撃は、いつ起こってもおかしくないと思う」の2項目(6件法)で測定した。

次に、日本の医療システム、ならびに新型コロナウイルス感染症に関連する内容として、コロナによる医療逼迫に対する脅威知覚(「コロナ対応による医療体制の逼迫(ひっぱく)は、日本の医療制度を脅かしていると思う」、「新型コロナウイルス感染拡大時には、医療崩壊(適切な受診、治療がかなわないこと)がいつ起こってもおかしくないと思う」の2項目)、医療システムに依存していると感じる程度(「現在の自分の生活は、日本の医療制度による恩恵を受けていると感じる」、「日本の医療制度なしでは、自分の生活は立ち行かなくなると思う」の2項目)、医療システムに対する正当性知覚(「現在の日本の医療制度は、全体としてはうまく機能していると思う」、「日本の医療制度は他国と比べて素晴らしいものである」の2項目)を6件法で尋ねた。さらに、現在の日本における医師の男女比率を示した上で、医師の男女比率の差に関する肯定的反応(「現在の医師の男女比率は正当なものだと思う」、「医師という職業において男性の比率が高いことは当然だと思う」)を6件法で測定した。

マクロレベルのシステムについては、JG-SJS(研究1と同様の項目)、政府に依存していると感じる程度(「現在の自分の生活は、政府による政策の恩恵を受けていると感じる」、「政府によるさまざまな政策なしでは、自分の生活は立ち行かなくなると思う」の2項目、6件法)、政府のコロナ対応への評価(「あなたは、政府のコロナ対応を全体としてどの程度評価していますか」)の1項目、6件法で測定した。

最後に、新型コロナウイルス感染症に対する不安の程度(「あなたは現在、新型コロナウイルスに対してどの程度不安に感じていますか」)も6件法で測定した。

結果と考察

JG-SJS(全8項目)の内的一貫性はω=.83で、研究1と同程度の値を示した。次に、2項目で測定した変数のω係数は.69–.86であった。以降の分析には、それぞれ平均値を算出して用いた。

測定変数間の関連を検討するために相関分析を行った(Table 2)。まず、医療システムへの脅威知覚は、医療システムに対する正当性知覚と関連が見られなかった(r=.08)。一方、医療システムへの依存は、医療システムの正当性知覚(r=.36)と関連していた。したがって、仮説1は支持されず、仮説2は支持された。次に、医療システムへの依存は、政府への依存(r=.34)、政府のコロナ対応への好意的な評価(r=.17)とも関連したが、JG-SJSとの間には関連が見られなかった。以上から、仮説3は支持、仮説4は部分的に支持された。最後に、JG-SJSは、保守的なイデオロギーの自己認識と正の相関(r=.22)が見られ、仮説5は支持された。一方、安全保障上の脅威知覚とは有意な負の相関(r=−.20)が見られ、仮説6は支持されなかった。

Table 2 Mean, standard deviation, and correlation coefficients of measured variables

MeanSD12345678910
1. 社会経済地位4.521.67
2. 保守的イデオロギー5.181.68.18*
3. 安全保障脅威4.410.88−.17*−.05
4. 医療システム脅威4.660.89−.06−.01.14
5. 医療システム依存4.131.00.02−.07.11.25**
6. 医療システム正当性4.210.79−.08−.02−.01.08.36**
7. 医師男女比率正当性3.270.97−.02.03.03−.12−.03.15
8. 政府への依存3.280.95.08−.01.00.11.34**.24**.14
9. JG-SJS4.371.04.08.22**−.20**.00.11.36**.09.42**
10. 政府コロナ対応評価3.180.98.15*.06.02.01.17*.19*.03.41**.49**
11. コロナ不安4.341.05.10−.07.03.54**.34**.12−.09.20*.00.11

Note. 保守的イデオロギーの平均値は「わからない」と回答した18名を除く、n=150に基づき算出した。

** p<.01, * p<.05

なお、探索的に検討した医師の男女比率に対する正当性知覚と他の変数の関連は、いずれも認められなかった。また、コロナ不安は、医療システムに対する脅威(r=.54)、医療システムへの依存(r=.34)、ならびに政府への依存(r=.20)と有意な正の相関関係を示した。

研究3

概要

研究3では、新型コロナウイルス感染症の第1波の際に外国人記者が日本の医療状況について書いた実際の記事を用いて、システム脅威の程度を実験的に操作するWeb実験を行う。新型コロナウイルス感染症に関わる日本の医療システムに対する外部からの批判は、システム脅威を高め、日本全体の社会システムの正当性知覚につながることが予想される。Napier et al.(2006)は、ハリケーン・カトリーナに対するアメリカ政府の対応を外部(外国人ジャーナリスト)から批判された場合、アメリカの政治的リーダーや政策への支持が高まることを指摘した。また、その支持は、批判内容とは無関係な政策にも及んでいた。新型コロナウイルス感染禍をある種の自然災害と捉えると、日本の医療システムに関する脅威が高まった場合、日本社会でも同様に、システム正当化への動機づけが強まることが予想される。

さらに、研究2の探索的検討では他の変数との関連が見られなかったが、医師の男女比率に対する肯定的反応について、実験操作の影響を検討する仮説を立てる。一般システム正当化は、ジェンダーシステム正当化と強い正の相関関係を示す(Azevedo et al., 2017)。したがって、医療システムに対する脅威によって一般システム正当化動機が強まるとしたら、現状の医療システム(医師の男女比率)に存在する不平等への肯定的反応を強める可能性があると考えた。

以上の議論を踏まえた上で、研究3において検証する仮説は以下の通りである。

仮説

H1. コロナ禍における日本の医療状況に対するシステム脅威は、システム正当化動機を強める。

H2. コロナ禍における日本の医療状況に対するシステム脅威は、日本の医療制度に対する正当性知覚を強める10)

H3. 実験操作によって強められたシステム正当化動機は、医師の不平等な男女比に対する肯定的反応を強める。

これらの仮説に加えて、本研究ではシステム脅威が愛国心を強める可能性も探索的に検討する。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ直後に、アメリカ人大学生の間で国に対する同一視が高まったことが示されている(Moskalenko et al., 2006)。また、9.11テロ事件のビデオ映像を見た大学生は、自由の女神などの愛国的なシンボルを好意的に評価した(Lambert et al., 2010)。van der Toorn et al.(2014)は、システム正当化を達成するための1つの手段として愛国心の向上を挙げている。システム脅威に対して一般システム正当化と愛国心が同一の方向で関連するのか、それとも異なる傾向を示すのかについて合わせて検討することとした。

方法

参加者

事前登録(https://osf.io/a6g2r/?view_only=4e5bfbd1df034f46be3466ad22292d98)を行った後、データを収集した。2022年3月に株式会社クラウドワークスの登録者を対象に実施した11)。事前計画では、最大で4つの独立変数を含むモデルを想定し、Rのpwrパッケージを用いた検出力分析に基づきサンプルサイズを設計した(f2=0.05, α=0.05, β=0.8)。Webを用いた実験では効果量が小さい可能性があることや、社会心理学ではCohen(1992)の基準よりも効果量が小さいという指摘(Lovakov & Agadullina, 2021)を考慮し、f2=0.05とした。295名を限度に協力者を募集し、日本国籍をもつ295名(男性119名、女性167名、回答なし9名、平均年齢40.20歳(SD=11.70))が最終的に分析対象となった。所要時間は7~8分程度で、手取り88円の謝金を支払った。

実験デザイン

外部からの批判による下位システム(医療)への脅威の程度を操作する参加者間1要因2水準の実験デザインであった。

手続き

参加者はランダムに脅威高、低のいずれかの条件に割り当てられた。脅威高条件では、日本の医療システムが感染者増で崩壊の危機にあるとする外国人記者による批判的な記事を、低条件では新型コロナウイルスの感染拡大を最小限にとどめているとする外国人記者による肯定的な記事を呈示した。その後、続く質問項目に回答を求めた。すべての項目に回答を終えた参加者には、本研究の目的と、研究に用いた記事が実際に提供されているサイトのリンクを示し、デブリーフィングを行った。

測定変数12)

脅威の操作チェック項目として、「この外国人記者による記事は、当時の日本の医療体制がどの程度危機的な状況にあると主張していますか」という質問に6件法で回答を求めた。

従属変数を以下の通り測定した。複数項目で測定した変数については、内的一貫性の指標としてω係数を算出した。まず、医療システムに対する正当性を「現在の日本の医療制度は、全体としてうまく機能していると思う」、「日本の医療制度は他国と比べて素晴らしいものである」の2項目、6件法で測定した(ω=.69)。日本社会全体に対する正当性については、研究1, 研究2と同様のJG-SJS(8項目)を用いて測定した(ω=.81)。また、愛国心の程度について、World Value Survey Wave 6(Inglehart et al., 2014)で用いられた7項目(e.g., 「他のどんな国の国民であるより、日本国民でいたい」、「今の日本について恥ずかしいと思うことがいくつかある(逆転項目))を使用し、5件法で回答を求めた(ω=.74)。

最後に、医師の男女比率の差に関する肯定的反応についても、研究2同様に、現在の日本における医師の男女比率を示した上で、「現在の医師の男女比率は正当なものだと思う」、「医師という職業において男性の比率が高いことは当然だと思う」の2項目に6件法で回答を求めた(ω=.80)13)

仮説や探索的な検討に関連するこれらの変数に加えて、記事に対する賛同の程度についても、6件法で測定した。

結果と考察

まず、脅威操作のチェックを行ったところ、脅威高条件(M=4.78, SD=0.88)で、低条件(M=2.46, SD=0.98)よりも、外国人記者による記事が当時の日本の医療制度を危機的状況であると主張していると判断されていた(t(293)=21.49, d=2.50, p<.001)。以上から、操作チェックは成功していたと考えられる。

次に、医療システムへの脅威が日本社会のシステム正当化動機(仮説1)、ならびに日本の医療システムの正当性(仮説2)を強めるかどうかを検討するために、条件間の平均値をそれぞれ比較した。その結果、日本社会のシステム正当化については、条件間で有意な差は見られなかった(高条件(M=4.18, SD=1.07)、低条件(M=4.28, SD=1.00), t(293)= 0.86, d=0.10, p=.39)。また、医療システムについては、脅威低条件(M=4.04, SD=0.83)で高条件(M=3.67, SD=0.93)よりも正当性が有意に高く評価された(t(293)=3.61, d=0.42, p<.001)。これは仮説と異なる方向性の結果である。したがって、仮説1, 仮説2は支持されなかった。

仮説1が支持されることを前提とした仮説3は支持されないことになるが、事前に計画していた分析は行うこととした。実験条件(脅威高=1, 低=0)、JG-SJS, これらの交互作用項を独立変数とし、医師の男女比率の差に関する肯定的反応を従属変数とする重回帰分析を行った。その結果、JG-SJSのみが有意な正の効果を示し、システム正当化の傾向が強いほど現状の医師の男女比率について肯定的であった(b=.18, 95% CI: .07–.30, p=.002)。実験条件(b=−.03, 95% CI: −.15–.08, p=.56)ならびに交互作用項は有意ではなかった(b=.02, 95% CI: −.09–.14, p=.70)。

続いて、独立変数のうちJG-SJSを愛国心に置き換え、実験条件との交互作用項を含む重回帰分析を行ったところ、愛国心の高さが医師の男女比率の差に対する肯定的反応に有意に影響していた(b=.25, 95% CI: .14–.36, p<.001)が、実験条件(b=−.05, 95% CI: −.16–.06, p=.41)ならびに交互作用項(b=−.03, 95% CI: −.14–.08, p=.62)は有意ではなかった。脅威条件ごとの平均値にも、有意な差は見られなかった(高条件(M=2.99, SD=0.57)、低条件(M=2.97, SD=0.57), t(293)=0.28, d=0.03, p=.78)。

なお、システム正当化と愛国心の相関係数を算出したところ、r=.63(p<.001)と中程度の正の関連が見られた。これらの結果から、下位システムに対する外部からの批判は愛国心を強めることはなかったが、愛国心の強さはシステム正当化同様に、現状の医師の男女比率に対する肯定的反応に影響することが示された。また、愛国心を統制変数とし、階層的重回帰分析を用いて仮説3を再度検証したところ、愛国心の高さのみが、現状の不平等な医師の男女比率の肯定的反応に有意な影響を及ぼし(b=.22, 95% CI: .08–.36, p<.01)、システム正当化の有意な効果は認められなかった14)

総合考察

本研究では、システム正当化理論に基づき、新型コロナウイルス感染禍の日本の医療システムを対象とした検討を行った。

3つの研究を通して、JG-SJSの内的一貫性は十分な値を示していた。保守的イデオロギーとの関係についても、研究1, 2において理論と一貫した正の相関が認められた。尺度の確立という点では一定の成果が得られ、研究3での愛国心と正の相関が得られたことも尺度の妥当性の傍証となりうると考えられる。ただし、Jost(2019)で示されている通り、イデオロギーとシステム正当化との関連の強さは国によってばらつきがある。システム正当化は、変化への抵抗や現状の不平等の受容という点で保守的イデオロギーと共通する要素をもつとされる(Jost, 2019; Nilsson & Erlandsson, 2015)。イデオロギーは、先行研究と同様に1項目のみを用いて測定したが、日本の政治的な特徴は他国と異なる部分もある。今後はイデオロギーの測定をより詳細にすることで、保守的な要素のどの部分が日本におけるシステム正当化と関連が強いのかという点について検討可能である。

研究2では、システム正当化の程度を個人差として測定したが、システム脅威に関する仮説は、理論と一貫する結果は得られなかった。特に安全保障に関しては、脅威を知覚しているほどシステム正当化の程度が低いという、仮説と異なる方向性の結果が得られた。また、医療システムに対する脅威知覚は、システム正当化と関連しなかった一方で、コロナに対する不安や医療システムへの依存の強さとは関連を示した。本研究を実施した時期は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって間もない頃であり、日本においても防衛問題について議論がなされはじめていた。また新型コロナウイルス感染拡大の過去最大の波が生じたタイミングでもあった。身近に存在する差し迫ったシステム脅威に対しては、むしろ現状のシステムへの変化を期待したり、脅威に対する責任を負うと考えられる政府に対する否定的な反応を生じさせたりする可能性もある。特に、アメリカとは異なる政治的、地理的状況にある日本では、安全保障上の脅威がシステム正当化を動機づけるというプロセスが生じにくいかもしれない。あるいは、本研究の測定前にすでに知覚されていたシステム脅威によって正当化が動機づけられ、脅威の低減が生じた状態で本研究に参加した者が少なくなかった可能性もあるだろう。これらのことを踏まえると、一時点でのデータ収集に基づく相関的検討でシステム正当化理論が仮定するシステム脅威とシステム正当化との関係を検討することには限界があるかもしれない。

実験的検討を行った研究3でも、脅威操作によるシステム正当化動機の強まりは認められなかった。この結果から、今後の検討に向けた課題や改善点が考えられる。第一に、本研究では、外国人記者が日本の医療システムを危機的状況だと主張している程度を操作チェック項目として測定した。この項目の得点が条件間で異なることから、脅威の操作は成功していたと判断した。一方、仮説や探索的検討とは関連はないものの、本研究で測定した記事に対する賛同の程度は、脅威高条件(M=4.12, SD=1.01)の方が、脅威低条件(M=3.51, SD=0.84)よりも得点が高かった(t(293)=5.61, d=0.65, p<.001)。システム正当化は、システムが有する問題や欠点を否定したり、最小化したりすることでなされる(Jost, 2019)。そのため、本来であれば記事内容への賛同の程度は条件間で差がない、もしくは脅威高条件で低くなることが期待できる。本研究で設定した状況では、新型コロナウイルス感染禍における日本の医療システムに対する外部からの批判は認識されていたとしても、システム脅威の観点からは操作の程度が弱い、もしくは不適切だった可能性がある。

第二に、実験で用いた独立変数と従属変数の対応関係にも再考の余地がある。本研究では、医師の現状の男女比率も医療システムの一部として想定していたが、研究2では、医師の男女比率の正当性知覚と医療システムの正当性知覚との間に有意な相関が認められなかった。また、脅威の操作は現状の医師の男女比率の正当性知覚に影響を及ぼさなかった。さらには、愛国心を統制変数とした場合、システム正当化が現状の医師の男女比率に対する正当性知覚に及ぼす影響も見られなくなった。新型コロナウイルス感染禍における日本の医療システムと、日本社会全体の仕組みの維持、および医師の不均衡な男女比率の問題に対する反応は、予測したような連動性のある問題として捉えられていなかったということかもしれない。そのため、今回の検討では、愛国心の影響の方が、システム正当化よりも強く示された可能性がある。下位–上位システムの連動をより強く想定しうるような独立変数の操作、ならびに従属変数の設定を検討する必要がある。

脅威に関する仮説は支持されなかったが、本研究の結果は、システム正当化研究の国内での進展に向け、いくつかの点から意義を見出すことができる。まず、依存については先行研究と一貫する結果が得られた。特に研究2で示されたように、医療システムへの依存が、医療システムの正当性知覚や政府への依存、さらには政府のコロナ対応への肯定的評価と関連する点は興味深い。次のステップとして、医療システムへの依存を実験的に操作するような研究を行えば、脅威の操作を行った本研究の結果との比較が可能であろう。

なお、医療システムや政府への依存は、コロナ不安とも有意な正の相関関係を示した。また、コロナ不安は医療システムへの脅威の程度とも関連していた。日本では、新型コロナウイルスへの感染率や死亡率が世界の国よりも相対的に低いにもかかわらず、感染に対する不安の程度が非常に高かったことがわかっている(YouGov, 2021)。不安は、システム正当化につながる不確実性の低減欲求や脅威マネジメント欲求(Jost, 2020)にかかわる変数と捉えることもできる。日本社会においては、特に不安の強さがシステムへの依存や脅威を生み出す可能性もあるだろう。

次に、脅威操作についても、今後異なるレベルや対象を扱うことで、その有効性や理論との整合性の検証を進められるだろう。本研究では新型コロナウイルス感染禍の日本の医療システムに対する脅威を実験的に操作し、一般システム正当化との関係性について検討した。これまで比較的平等で公平なサービスを提供していたシステムに新型コロナウイルス感染禍による不平等が勃発した、という特殊な状況を対象とした研究ゆえに、本研究の結果のみから、システム正当化研究における脅威操作の有効性について結論を出すことはできない。一方で、過去最大の感染の波を経験したタイミングの貴重な研究知見ともいえる。今後はパンデミック収束後、ふたたび安定した医療システムが提供できている時期に同様の研究を実施し、本研究の結果と比較することで、新型コロナウイルス感染禍における日本社会の特徴をあらためて検討できるかもしれない。また、日本社会全体を対象とするような、よりマクロなシステムへ直接的な脅威や、教育など、他の下位システムへの脅威の実験操作を伴う検討を行うことで、本研究の結果の一般化可能性についても議論したい。

まとめると、本研究では、Kay & Jost(2003)による一般システム正当化尺度の日本語版を作成し、個人差としての測定、および実験によって動機づけられるシステム正当化の程度を測定し、下位システムとの連動の観点から仮説の検証を試みた。個人差を測定する尺度としては、おおむね信頼性の高い結果が得られたと考えられる。一方、実験的検討についてはさらなる知見の積み重ねが必要である。また、システム正当化は、本研究で扱ったものに加え、ジェンダー、経済、政治に特化して検討する場合もある。特に経済システムは、正当化することと気候変動に対する懐疑的な態度との関係が明らかになるなど(e.g., Hennes et al., 2016)、現在の社会問題との関連も強い。必要な社会の変化を生み出す際に、システム正当化動機は、それを阻む要因ともなりうる。引き続き、日本社会における本理論の適用可能性について検討を進める必要があるだろう。

脚注

1) 研究1の実施に際しては、大阪大学大学院人間科学研究科の承認を、研究2および3の実施に際しては、近畿大学総合社会学部の承認を得た。

2) 本研究の一部は、科学研究費基盤研究B(22H01076)、ならびに科学研究基盤研究C(19K03218)の補助を得た。

3) Jost氏から許可を得た上でG-SJS (Kay & Jost, 2003)の翻訳作業を行った。

4) バックトランスレーションについて、Lisa K. Honda氏の協力を得た。ここに記して感謝します。

5) 調査票のプレビュー画面はhttps://osf.io/vsdgyから参照できる。

6) 調査票のプレビュー画面はhttps://osf.io/ty3u2から参照できる。

7) 査読者からのコメントを受けて事前登録した仮説の順序を変更したが、仮説の内容自体に変更や修正はない。

8) 研究2では、JG-SJSの尺度構造、ならびに内的一貫性の確認を行うために必要なサンプルサイズ設計をしていなかったため、研究2を実施した後に研究1を行った。一方、研究2の事前登録時には、研究1でも検証した基準関連妥当性に関わる仮説を記述していたため、重複はするがそのまま記載することとした。

9) 調査票のプレビュー画面はhttps://osf.io/awq69から参照できる。

10) 政府のコロナ対応への肯定的反応を強めることも事前の仮説として立てていたが、調査票に誤り(教示は6件法にもかかわらず選択肢は7つ)があったため、仮説検証の対象から除外した。

11) 研究2の参加者は研究対象から除外した。

12) 調査票のプレビュー画面はhttps://osf.io/62mqfから参照できる。

13) 研究2と同様、イデオロギーの自己認識、コロナウイルスに対する不安の程度に関する測定も行ったが、事前の主要な分析計画に含まれていないため、分析対象からは除外することとした。

14) 査読者からのコメントを受けて、当該分析を追加した。ここに記して感謝します。

引用文献
 
© 2023 日本社会心理学会
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