社会心理学研究
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特集(モノグラフ)
技術の累積的文化進化に関する実験的アプローチ:Buskellの4つのタイプと行動実験のための操作的定義
須山 巨基中分 遥
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2024 年 40 巻 2 号 p. 83-99

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抄録

Cumulative cultural evolution is the process of cultural change where knowledge and/or skills accumulate across multiple generations through cultural transmission. It is a characteristic feature specific to human culture, enabling us to produce and improve complex technologies beyond individual capabilities. Various experiments have been conducted on the cumulative cultural evolution of technology. However, due to the lack of specificity in general definitions, the operational definitions necessary for experimental design often differed from study to study. Hence, we introduce Buskell’s (2022) definition of cumulative cultural evolution as a highly concrete definition that is helpful for experimental design. Buskell proposed four types of definitions of improvement: adaptability, efficiency, complexity, and heterogeneity. Reviewing previous literature, we confirmed that these four types of definitions can be applied to previous experiments on cumulative cultural evolution, suggesting that Buskell's concrete definition is useful for those who plan to design an experiment on cumulative cultural evolution in future research. Additionally, we discuss how incorporating perspectives from social and cultural psychology could impact and advance research on cultural evolution.

はじめに

心理学の目的の一つとして,多様な人間行動の記述やその多様性を生み出す原因を説明することを含めることができる。こうした行動や多様性の理解の一助になっている考え方の一つに適応論的アプローチがある。近年,進化心理学が生まれたことで,人の認知や身体構造が進化によって形作られてきたことが心理学の中で広く理解されるようになってきた。進化のプロセスである「変異・継承・自然選択」はより適応的な形質のみを後世へと伝達していき,我々の身体のみならず心や社会構造にも影響を及ぼしてきたと解釈できる(長谷川他,2022)。こうした適応論的アプローチに着目し,進化心理学やその他の隣接する領域を概観した際に生じうる疑問の一つは,人間の多様で複雑な文化はいかにして生じたのかという疑問である。ここで言う文化とは,比較認知科学や進化人類学において「人から人へと伝達される情報の総体」と定義されるものである(e.g., Mesoudi, 2011a)。この情報として定義される文化は人から人へと伝達される過程でまるで進化するかの如く変化しながら人間に適応していくと仮定できる。そしてまた,人間に適応した文化は人間に対する淘汰圧となり,相互に影響を与え合うことが指摘されている(二重継承理論;Boyd & Richerson, 1985: Cavalli-Sforza & Feldman, 1981; Richerson & Boyd, 2008)。この文化進化のプロセスによって,人間は石器の時代から鉄塊を空へ飛ばし,目に見えない電波を送信し合い,多様な政治制度を創出し,世界を魅了する美術作品を創出している。ゆえに,人間の行動の多様性を理解するためには,この文化の動態,すなわち文化進化のダイナミクスを理解する必要があるだろう。

本論文では,文化進化研究においてとりわけ重要となる累積的文化進化(cumulative cultural evolution)に焦点を当てる。累積的文化進化とは,例えば「有益な改良が文化的に伝達され,時間とともに徐々に蓄積されるプロセス2)」(Derex, 2022, p. 1)と定義することができる。しかし,「改良(improvement)」が複雑さや適応度,または効率性といったどの次元を指しているのか不明であったため,過去の累積的文化進化研究を遡ると個別の実験によって検証される操作的定義は「作成した塔の高さ」「コンピュータ上で作成した架空の薬品から得られる利得」など異なっていた。そのため,何をもって累積的文化進化と呼べるかは個別の研究から演繹することは容易ではない。また統一的な累積的文化進化の定義においても以下で議論するように「有益な改良が蓄積する」といった抽象度が高い定義となっており,実験デザインの設定に必要となる具体的な操作的定義とは抽象度が大きく異なるという問題がある。心理学者が新たに,累積的文化進化の実験を行うに際して必要となるのは,実験により検証可能な具体的な操作的定義である。しかし,累積的文化進化に関する抽象的な定義では,異なる研究で見られた操作的定義のつながりを見出すのが困難であり,また抽象度が高いという点から実験を試みる心理学者のさらなる貢献を阻害する可能性がある。

こうした背景に対して,本論文の目的は,第一に,新規に累積的文化進化の実験研究をはじめるにあたって必要となる累積的文化進化の定義を明確化することである。定義の抽象度が高いという問題は,文化進化研究において実験が成される中で認識され,Mesoudi & Thornton(2018)によって累積的文化進化の基準が設定された。さらにBuskell(2022)によって累積的文化進化について何が改良されるかより明確な定義がなされている。とりわけ,Buskell(2022)は何が改良されるのかについて,4つのタイプ「適応性」「複雑性」「効率性」「異質性」に分け,具体的な技術の例を挙げることで各タイプについて詳細な解説を行っている。Buskell(2022)の設定した定義は,改良について具体性が高いため,実験の操作的定義の設定において有用性が高い定義といえるだろう。

第二に,具体的に累積的文化進化の実験の事例を複数紹介することで,どのようにBuskell(2022)の4つのタイプの改良の定義がこれまでの実験において満たされているのかを確認する。従来の多くの研究はBuskell(2022)が4つのタイプを提唱する前に行われている(また,2022年以降の論文においても,Buskell(2022)のどの定義を満たすのか明確に議論されていないケースが存在し得る)。したがって,先行研究によってはBuskell(2022)のどのタイプについて検討しているのか曖昧な研究も少なくはない。また,Buskell(2022)の研究は概念的整理が目的であるため,これまでの累積的文化進化の実験研究がどの定義に当てはまるのかについて十分に議論されていないという問題もある。そこで,本研究では従来の研究がどのような意図のもとに行われたのかを紹介しつつ,これらの研究がBuskell(2022)の基準に合わせるとどのタイプを検討しているのか解釈する。これらによって,先行研究に対してもBuskell(2022)の改良に関する定義が適用されることを確認する。

以下ではまず,第一の目的である心理学者が実験をデザインする際に設定する操作的定義を定める際に有用となる累積的文化進化の定義について紹介する。次に,Buskell(2022)が設定した具体性の高く実験に用いる操作的定義として有用な定義が,これまでの累積的文化進化の実験に対して問題なく適用されることを示す。最後に,Buskell(2022)の定義の限界点を指摘しつつ,今後の累積的文化進化の実験室実験において期待されることについて議論する。特に,社会心理学がこれまでに培ってきた集合知,集合的無知,集団のジレンマ,社会的ネットワークといった集団レベルで生じる現象に関する実験的アプローチ,文化心理学が集団間の文化の差異について比較してきたさまざまな知見や方法論が文化進化研究を発展させるのみならず,これらの研究領域に新たな研究主題をもたらす可能性について述べることで結びとする。

累積的文化進化の定義

累積的文化進化が実験室実験によって再現されたとする研究は数多く存在している。しかし,上述のように「参加者が自ら作成した紙飛行機の飛距離」「作成した塔の高さ」「コンピュータ上で作成した架空の薬品から得られる利得」など,何が累積的に進化したかに関わる指標は研究ごとに異なっている。2018年以降,実験のみならず理論的研究も含め,累積的文化進化という概念を整理する試みがなされた。その代表として,ここで文化進化研究を牽引してきたAlex Mesoudiらによる累積的文化進化の中核となる基準(中核的基準)(Mesoudi & Thornton, 2018)を紹介する。この中核的基準は,従来の「有益な改良の蓄積」より,基準が正確に定義されるものである。ただし,実験計画の操作的定義としては,まだ抽象度が高い定義となっている。一方,文化に関する哲学研究を行ってきたAndrew Buskellによる4つのタイプ分けに基づく累積的文化進化の改良の定義は,具象性が高い定義となっている。以下では,まず,Mesoudi & Thornton(2018)を紹介した後に,Buskell(2022)の4つのタイプについて紹介する。

累積的文化進化の中核的基準:Mesoudi & Thornton(2018)

Mesoudi & Thornton(2018)は,Tomasello(1999)に基づき4つの中核的基準を示している。それらは,(i)主に個人の試行錯誤学習によって,とある行動に変異が生じ(行動の結果としてのプロダクトを含む,e.g., 製作された道具),(ii)新たな(ないしは改良された)行動が社会学習を通して個人や社会に伝播する,(iii)そうして学習された行動が遺伝的適応度の代理となる指標ないしは文化的適応度を示す指標を高める3),(iv)そして上記の(i)から(iii)の3段階が時間とともに連続的な改良をもたらす,というものである。なお,ここでは石器などの文化的なプロダクト(完成品)も行動に含めているが,これらは製作するという行動の結果であるため,Mesoudi & Thornton(2018)はこれらを「行動」に内包させている。

第一の基準(i)は,主に個人がさまざまな行動を試す(e.g., 新たな石を素材として石器を作る)ことで,とある行動に変異が生じるようなケースを想定している。ただし,社会的な過程における伝達のエラーによって,とある行動が変容するケースも考えられる。例えば,Aという石材を用いる石器の作り方を教わるが,学習者が誤ってA’という別の石材を使う行動であると学習してしまうような場合である。よって,個人が既存の行動を取り続ける場合や,常に忠実な行動の模倣がなされる場合は,行動の変異は生じず(i)の定義が満たされない。そもそも変異が生じないため累積的文化進化は起き得ない。

第二の基準(ii)は,生じた行動の変異が他者へと伝達されることを想定している。そのため,その文化が他者へと伝達される前にその文化を保持する個人ないしは集団が死亡する,ないしはその行動を完全に忘却した場合などは(ii)の定義が満たされず,文化の伝達が止まるため累積的文化進化は起き得ない。なおMesoudi & Thornton(2018)では明示されていないが,文字記録などで情報を伝達する場合には,誰にも伝達せずに死亡したとしても,文化伝達することができるため,累積的文化進化と呼べるケースが存在する可能性があるだろう。

第三の基準(iii)は,学習された行動が遺伝的適応度の代理となる指標ないしは文化的適応度を示す指標(以下では「成績(performance)」と呼ぶ)を高めるとする点であり,例として,移動ルートや採餌の効率性,刃物の耐久性や切れ味,美術品や服飾の美的魅力などがこうした指標として挙げられている。Mesoudi & Thornton(2018)は,Boyd & Richerson(2005)Tomasello(1999)らが累積的文化進化の定義の中に「改良(improvement)」が明示的に含まれることを示しているが,その指標が曖昧であることを指摘している。この点については,Buskell(2022)が詳細に整理しているので,次節にて紹介したい。

そして,第四の基準(iv)は,行動の変異と社会学習が,逐次的(sequential)に成績を改良させることで時間をかけて繰り返して起きるというものである。この基準によって,逐次的な改善がされない文化,繰り返しの改良がない文化は,累積的文化進化から除外される。また,Mesoudi & Thornton(2018)はこれら4つの基準によって,文化進化が遺伝的な進化と類似性を持つことを指摘している。基準(i)は変異,基準(ii)(iv)は継承,基準(iii)は適応という進化のプロセスに対応することを述べている。

このようにMesoudi & Thornton(2018)の中核的基準に基づく定義は,文化進化がいかに進化のプロセスと対応するかを,変異・継承・適応の観点から示すものであり,累積的文化進化に関してより詳細な定義を与えるものである。しかし,改良が明示的に含まれるが,具体的に改良されるものが何であるのかに曖昧性が残るものであり,実験における操作的定義と比較しても抽象的な定義である。以下では,この改良という点を明確に示したBuskell(2022)の累積的文化進化における改良の定義を紹介する。

改良されるのは何か:Buskell(2022)の4つのタイプ

上述のように,累積的文化進化の定義には「改良(improvement)」が明示的に含まれている。改良されるものは,基準(iii)で述べられる「遺伝的適応度の代理となる指標ないしは文化的適応度を示す指標」(Mesoudi & Thornton, 2018)という定義がなされているが,本人たちも指摘している通りこの定義は曖昧さが残るものである。この定義に対して,Buskell(2022)はこれまでの理論研究・実証研究に基づき,累積的文化進化によって改良される「指標」を以下の4つのタイプに区分している。それらは,適応性(adaptiveness),複雑性(complexity),効率性(efficiency),異質性(disparity)である。特に,Buskell(2022)は定義を行うにあたって具体的な例を挙げて解説している。例えば複雑性の定義として文化を構成するユニットの数を挙げており,具体例としては道具の材料や種類といった計測可能で具体的な基準を挙げている。こうした具体例をともなう計測可能な定義は,心理学実験を行う際の操作的定義として実験をデザインする際に特に有用である。そのため以下では,Buskell(2022)の4つの定義について彼が用いた例も含め詳細に紹介する。

適応性(adaptiveness)

狩猟技術,食の禁忌や加工技術,植物の知識など,さまざまな地域において人類の生物学的適応度を高める文化が存在する。文化の適応性(adaptiveness)ないしは適応度(fitness)とは,累積的文化進化の文脈においてはその文化を持つ個体の生物学的な適応度を高めるという意味で用いられる(これはミーム学で想定される文化それ自体が他の文化より魅力的であり拡散されるという,文化それ自体を対象として定義される適応性とは異なる4); cf. Dawkins, 2016)。ここで,適応度とはその文化を持つ個体が環境に適応しているかを示す指標であり,具体的には成体となった子孫の数などが該当する。ある文化の適応度が累積的に高まるプロセスとして次のような場合が考えられる。例えば,人間の認知プロセスによって適応度を高めるような文化が拡散される場合(adaptive filtering mechanism; Enquist & Ghirlanda, 2007)を挙げることができる。または,その文化を持つ個体がより多くの子孫を残すという場合も考えることができる。

複雑性(complexity)

時計や電子計算機といった技術は,幾重の工程に渡って多数の部品を組み合わせることで完成する,複雑な文化的プロダクトである。文化の複雑性は,特に技術の累積的文化進化において主要なトピックである。Buskell(2022)は文化の複雑性の定義として,(1)文化を構成するユニット数(number of units),(2)熟練度(skillfulness),そして(3)相互作用複雑性(interactive complexity)の3 つを挙げている。

第1に,ユニット数はある技術を作り出す上で生じるプロセス,または完成されたプロダクトのいずれかに着目するかに応じて二通りの計算方法がある(Oswalt, 1976)。プロセスに注目する場合は,目的に達成するまでの行動の種類や回数(e.g., 石を削る,磨く),道具(e.g., 石材,ハンマー)などを挙げることができる。これらは二者択一ではなく,組み合わせることもできる。また,プロダクトに注目する場合は,完成品を作り上げるまでに使用した材料の数を数えることもできる(これをテクノユニットとも呼ぶ;Oswalt, 1976)。実際に累積的文化進化の実験室実験でもユニット数(用いた材料の個数)を文化進化の指標とすることが可能である(須山,2019)。

ただし,石器や編み物(e.g., 籠)といった,最初期のヒト族(hominin)が持っていた技術の複雑性の進化は必ずしもユニット数で評価できない場合がある。なぜなら,同じ回数石器を削ったとしても個体の持つ技術の熟練度によってプロダクトは変化し得るためである。この,熟練度(skillfulness)が2つ目の基準である。特にアシュール石器であるハンドアックス(握り斧,handaxe)は単に石核(石材)を反復して削るといった動作で表現できない熟練した技術が必要であることが指摘されている。こうした技術の熟練度は文化を習得する難しさとして定義でき,具体的には習得に要する時間や文化の習得時のエラーの発生確率(誤って異なる文化を学習する,文化を学習し損ねる)として表現できる。後述するHenrich(2004)のタスマニアにおける技術の累積的文化進化の研究においても,熟練度を技術の複雑性として操作的に定義しており,熟練度が高い技術ほど伝達においてエラーが生じやすく習得するのが困難であることを想定している。

しかし,熟練度のみでも技術の複雑性を捉えられない場合がある。この例として,Buskell(2022)は園芸技術を挙げている。園芸技術は,剪定や種まきに際して,植物・気候といったさまざまな知識が関わっており,これらの技術・知識は互いに関連する構成要素となっている。こうした構成要素間の相互作用として技術の複雑性を捉えることができる。これが,第3の定義である相互作用複雑性(interactive complexity)である。

これらの3つの複雑性は,それぞれ互いに重なったり衝突したりするものである。また,複雑性は適応度と関連すると考えるが,精巧な精密時計を作る技術など必ずしも直接的に適応度に関連しないものがある。

効率性(efficiency)

ある獲物を狩るのに適した狩猟具を用いることで,一度の狩りでより効率的に短時間で多くのカロリーを得ることができる。効率性(efficiency)の累積的文化進化は,ある機能を達成するための経済性(economy)や技巧性(artfulness)として定義される。Buskell(2022)は効率性を,(1)道具や行動それ自体の効率性の向上と(2)分業と専門化による効率性の向上に整理している。前者の道具やそれ自体の効率性の向上として,例えば矢尻の材料の変化(木製から,石製,鉄製)ないしは縫い針に糸を通すような穴がついた変化などを挙げることができる。これにより,衣服を縫い合わせる手順が減るのみならず,細かい縫製が可能になったことが例として挙げられている(Gilligan, 2010)。後者の分業と専門化による効率性の向上については,狩猟具の製作や共同的な狩猟の例などが挙げられる。例えば石器の作成において,石の採掘,石を割り刃を作成,柄の作成,接着剤の付着といった作業を,分業化し専門化することで,より効率的に道具を製作することが可能となる。Buskell(2022)は,文化進化において特定の機能を目的とした効率性はしばしば適応性と同じように扱われるケースも存在し,これは多くのケースで理に適っているとしているが,両者は複雑に交互作用するものであることも指摘している。この一つとして,高い効率性を追求することは,他の選択肢を排除することとなり,環境変動などによってその文化を持つ個体の適応性が下がる場合がある(e.g., 環境変動により,ある狩猟技術を用いても獲物が狩れなくなる)。

異質性(disparity)

異質性は,これまでの適応性,複雑性,効率性と性質が異なっている。適応性,複雑性,効率性はある文化的伝統(e.g., ある地域や集団)に着目しており,その伝統内における文化進化(e.g., タスマニアにおける釣具)のみで定義できる。一方で,よりマクロな視点に立ち,文化的伝統間の差異に着目することで,その差異を文化の異質性として定義できる(Buskell, 2018)。特に,このアプローチを用いることで,単独の文化的伝統のみでは捉えることができない,人類全体として,私たちが利用できる文化の種類を増やしてきたという重要な点についてアプローチできる(Morin, 2016)。異質性は,新たなイノベーションを生み出しやすくするという点で,適応性,複雑性,効率性と関連している。異質性が増大することにより,集団にとって利用可能な文化形質(e.g., 技術)が増え,それらを組み合わせる,ないしは組み替えることで,よりイノベーションが起きやすくなる可能性がある(Enquist et al., 2011)。一方で,さまざまな文化的伝統の間で交流が数多く行われることで,ある文化的伝統における固有な文化が失われ,異質性が減少することでイノベーションが生じにくくなる。この点は,本論文の「集団サイズと社会ネットワーク」の節にて詳細に議論する。

Buskellによる改良の定義と実際の実験の指標

上記の4つのタイプ分け(Table 1)は,Buskell(2022)が,2022年になって,これまでの実験や観察研究を整理して提唱したものである。よって,これ以前の実験研究は,これら4つのタイプの違いを意識しておらず,この定義とこれまでの累積的文化進化の実験研究で行われた定義が乖離しているという可能性がある。また,それ以降の実験であっても,この定義を考慮せず実験が行われている可能性がある。もし,乖離があるのであれば,次の2つの可能性が考えられる。第1に,Buskellの改良の定義そのものが累積的文化進化の実験を包含できておらず不十分な可能性がある。第2に,定義から外れるものが実は累積的文化進化の研究としての要件を満たしていない可能性である。そのため,以下では具体的な実験を紹介するが,各実験において「累積的文化進化」が起きたと主張するものが4つのうちのどれに当てはまるのかが論文の著者によって明示されておらず,本論文の著者らによる再解釈であることに留意されたい。

Table 1 Buskell(2022)による累積的文化進化における改良されるものの4つのタイプ

タイプサブタイプ説明
適応性(adaptiveness)文化を持つ個体の生物学的な適応度
複雑性(complexity)ユニット数(number of units)目的に達成するまでの行動の種類や回数,道具や材料の種類
熟練度(skillfulness)文化を習得する難しさ
相互作用複雑性(interactive complexity)構成要素間の相互作用として技術の複雑性
効率性(efficiency)道具や行動それ自体の効率性ある機能を達成するための経済性(economy)や技巧性(artfulness)
分業と専門化による効率性
異質性(disparity)文化的伝統間の差異

累積的文化進化の実験

Buskell(2022)の4つのタイプと累積的文化進化の実験

前節では,Buskell(2022)が提唱した累積的文化進化において改良されるものの4つのタイプである適応性,複雑性,効率性,異質性について紹介した。ただし,これら4つのタイプ分けは,Buskell(2022)が,2022年になってこれまでの実験や観察研究を整理して提唱したものである。よって,これ以前の実験研究は,これら4つのタイプの違いを意識して実験を行っているとは限らず,実験によってこれら4つのタイプのどの「累積的文化進化」に対応するのかが論文によって明示的に示されていない。以下では,これまでの累積的文化進化実験に関する主要な実験を紹介する。なお,ここでの目的は,Buskell(2022)の4つのタイプの定義が,2022年以前に行われた実験も含めて適用可能であるかどうかを検討することにある。具体的には,各実験の詳細とともに累積的文化進化の操作的定義を紹介し,これらの実験がBuskell(2022)の4つのタイプに合致するのか確認する。

本節では技術の累積的文化進化の実験として,コンピュータ上で仮想の道具を作成する実験と現実の素材を用いる実験を紹介するが,これらには以下のような特徴がそれぞれ存在する。コンピュータ上で実験を行うことで,文化の適応性を直接定義できたり,さまざまな要因を統制したりすることが可能となる。一方,現実の素材を用いた文化進化実験においては,統制は困難であるが,現実に存在するであろう要因の関連をそのまま実験室上で反映できる。特に,これらの実験では,効率性と複雑性が交絡していることを後に議論する。最後に,これらの実験の紹介に加え,よりマクロな視点,すなわち集団を対象とした累積的文化進化の実験を紹介する。上記の文化進化実験では,複数人で行われる実験も存在していたが,集団の規模や構造そのものの操作は主たる目的となっていない。集団サイズそのものが,適応性や複雑性に影響を与えることを示す研究があるためこれらを紹介する。また,集団に焦点を当てることで,複数の集団を比較する際に生じる異質性について議論することが可能となる。以下では,第一にコンピュータ上で架空の技術を作成する実験,第二に現実の素材を用いた実験,第三に集団の性質を操作する実験を紹介し,それぞれの研究をBuskell(2022)の定義に照らし合わせながら解釈していく。

コンピュータ上で架空の技術を作成する実験

Buskell(2022)が指摘するように,累積的文化進化の4つのタイプはすべて関連し合っているため,一部のみを観察することは困難である。しかし,コンピュータ上で課題を統制することで,あるタイプの累積性のみを検討することは可能である。その視点に立つと,Mesoudiと彼の共同研究者が一連に行っている仮想矢尻実験(virtual arrowhead task)(i.e., Mesoudi & O’Brien, 2008)は複雑性や効率性を統制した上で適応性を検討する理想的な課題になっている。以下では,まずこの課題の概要を説明し,その後にこの課題が社会学習に関して文化の適応度に関わるバイアスを検証するのに利用されてきたことを紹介する。

コンピュータを用いる文化進化実験では,ある文化を構成するパラメータの任意の組み(空間的座標)に対して,特定の利得(適応度)を対応づける適応度地形(fitness landscape)を用いた実験を行うがことが多い。上述した仮想矢尻課題において,参加者はコンピュータ上で矢尻を作成し,その矢尻の形に応じて適応度地形上の特定の利得(カロリー)を得る課題を行った(Figure 1)。言い換えるなら,適応度地形とは作成された任意の技術を適応度に対応させる関数である。

Figure 1 仮想矢尻実験課題の実験スクリーン

注)画像はMesoudi & O’Brien(2008)を参考に作成された実験プログラム(Nakawake & Kobayashi, 2022)の画面。

この課題において,参加者は矢尻の高さ,幅,厚さ,色,形といったさまざまな要素(次元)を数値として変更し,その後狩りに行き矢尻に応じた利得(カロリー)を得るという課題を複数回行った。この課題において,参加者はこの多次元の適応度地形の中で,どの値が最も高い利得が得られるのかを探索したと解釈できる。例えば,矢尻の高さについて着目するなら,高ければ高いほど利益が増えるとは限らず,Figure 2に示すように,ある最適点から離れれば離れるほど得られる利得が低くなるような状況であった。こうした適応度地形は,利得に関連する要因(次元)を増やしていくことで,より複雑になる。つまり,この課題の利点は本来矢尻を改良するために必要な複雑性(i.e., 弓矢を作成するために必要なコンポーネントの数を調整)や効率性(i.e., 分業することでより効率的に矢を作成する)をコンピュータ上で数値を押すだけで済ませることで統制し,必ずある値を持つ矢尻は一定量の得点を得られるため,現実に存在するさまざまな要因を捨象した実験デザインとなっている。また,現実では獲物が枯渇する,獲物からの攻撃を受けて負傷するといったさまざまな適応性に関連する不確実性が存在するが,これらが統制されている。

Figure 2 適応度地形の例

注)この例では,全体で最も適応度が高い全域最適と部分的に高い局所最適が存在する.この例では,局所最適から矢尻の高さが高くなるほど適応度が下がる。

参加者は,この課題を複数回繰り返しながら,なるべく多くの利得を得ることを求められた。なお,この実験では参加者が一人で矢尻を作り,狩りを行うのではなく,並行して他の参加者も課題に参加しており,状況に応じて他の参加者の矢尻の形状や利得情報を閲覧できる状況であった。この操作により,社会学習場面を導入した。こうして課題空間を統制した課題を使うことで,適応性を累積的に進化させるために参加者がどのような社会学習方略を使っているのかを検討できる。

Mesoudiはこの仮想矢尻課題と呼ばれる実験パラダイムを使用し,さまざまな研究結果,特に社会学習に関わるバイアスが累積的文化進化を生み出す上でどのように働くか見出している。ただし,この研究の当初の目的は社会学習に関わるバイアスそれ自体の研究ではなく,社会学習が結果として矢尻の多様性(矢尻の形状の分散)にどのような影響を与えるのか検討するために実施された(Mesoudi & O’Brien, 2008)。この研究では,グレート・ベースン(アメリカ合衆国のカリフォルニア州とネバダ州に跨がる地域)と呼ばれる地域の石器の分布に関する問いを検討するために行われた。グレート・ベースン内には矢尻の多様性が多い地域,矢尻の多様性が低い地域があった。Bettinger & Eerkens(1999)はこれらの地域の違いは地理的ないしは生態学的要因ではなく,文化伝達,すなわち社会学習によるという仮説を立てた。具体的には,集団内で社会学習がなされない場合,個人がそれぞれ独立に試行錯誤学習を行うため,その地域での矢尻の多様性が高くなる。一方で,文化伝達が多く行われる場合は,矢尻の類似性が高まり,集団の多様性が低くなる。Mesoudi & O’Brien(2008)は,この仮説を検討するために仮想矢尻課題を用いて,個人の試行錯誤学習のみが可能な個人学習条件と他者の矢尻を観察できる社会学習条件を設定し検討した。その結果,社会学習条件では,参加者は優れた矢尻をコピーするため,矢尻の形状はすぐに収斂し,また比較的高い利得が得られることが示された。一方で,個人学習条件では矢尻の形状が収斂することはなく,社会学習が可能な条件よりも利得が低下することが示された(Mesoudi & O’Brien, 2008)。

その後,この実験課題はさまざまな社会学習に関する研究に用いられている。例えば,Mesoudi(2011b)は(1)ランダムな個体から模倣する(バイアスなし),(2)最も他者がコピーしている値を模倣する(多数派同調バイアス),(3)前試行で最も利得が高かった個体から模倣する(利得バイアス),(4)複数個体の平均的な矢尻を模倣する,といった複数の社会学習の選択肢を用意したとき,参加者は(3)の利得バイアスを最もよく使用することを示した。また,Atkisson et al.(2012)は他にも最も他者から参照されている個体から学ぶバイアスである名声バイアスも利得バイアスと同程度使用されることを示した。他にも,Mesoudi et al.(2014)は,仮想矢尻課題を英国や中国といった複数の文化圏で実験を行い,その結果,社会学習を行う頻度に文化差があることを見出した。

なお,仮想矢尻課題は,Mesoudi以外の研究グループによっても行われている。Nakawake & Kobayashi(2022)は,仮想矢尻課題を個人で行う条件に加え,矢尻を持った架空の他者が出現する状況を設定している。条件として,自分より適応度の高い技術を持つ他者と遭遇する正の社会学習条件と,適応度の低い技術を持つ負の社会学習条件を設定している。この結果,正の社会学習条件においては,Mesoudiの研究と同様に参加者の成績が個人学習と比較し向上したが,負の社会学習条件は得られる情報の量が個人学習条件よりも多いにもかかわらず成績が向上しないことを見出した。

仮想矢尻課題は複雑性や効率性といった,現実場面では適応性と場合によっては不可分なパラメータを統制している分,現実に生じ得るさまざまな要因を捨象した実験となっている。しかし,複雑性や効率性を統制しているからこそ,適応性を上げるために参加者がどのような社会学習を使用するのか明らかにすることが可能となるため,実験計画法の観点から考えると利便性が高い。また,複雑な要因を捨象しているため,数理研究との対応付けも安易にすることができる。例えば,Nakawake & Kobayashi(2024)は,仮想矢尻課題をベースに,将来世代へと技術が伝承されるとき,自らの利得を下げてでも将来世代のために探索を行うのかを検討している。この課題においても,探索量と技術の適応度の関係を客観的に指標化しているため,実験に対応した数理モデルの構築や計算機シミュレーションの結果も合わせて論文にて報告している。

現実の材料を用いる実験

仮想矢尻課題の利点は,仮想的な技術を設定することで,複雑性や効率性を無視して,適応度を定義できる点であり,これにより適応度に関するバイアスを検証することができる。一方で,現実の技術の適応度は,複雑性や効率性と関連し合う場合がある。複雑性で紹介した腕時計の例からもわかるように複雑なものほど適応度が高いといった関連性が生じる場合がある。こうした現実における技術の文化進化を検証するためには,実際に現実に存在する材料を用いた実験を行う必要がある。以下では,累積的文化進化において現実の材料を用いた研究を紹介する。ただし,先述したように,以下で説明する研究はBuskell(2022)の定義に沿って行われた研究ではない。したがって,これらの研究がどのような経緯で行われたのかを概観したのち,実際の素材を用いた一連の研究についてBuskell(2022)の基準に合わせて解釈を行っていく。

そもそも累積的文化進化を実験室上で行う目的として歴史的には文化伝達の忠実性が累積的文化進化にどれほど必要であるか検討するといった背景が存在している。ヒトからヒトへと文化が継承されていく過程,言い換えるならば社会学習が行われる過程で情報があまりに抜け落ちてしまうと一から学び直すのと変わらなくなる。Tomasello et al. (1993)はヒトが進化の過程で忠実に情報を伝達するメカニズムを獲得し,まるでラチェットの爪のように伝達メカニズムによって情報が逆方向へと回らないよう文化の劣化を防ぐようになったと考えた(Tennie et al., 2009)。この伝達の忠実性が重要であることを示した初期の研究として,Lewis & Laland(2012)がある。

累積的文化進化を生み出す要因は複数挙げることができ,それらは既存の技術の改良やその組み合わせ,そして新規に発明される技術などが当たる。そうした要因の中で,Lewis & Laland(2012)は既存の技術の劣化を防ぎつつ,累積性を高めるために必要な要素は文化伝達の忠実性であることをシミュレーションで表した。これを裏付けるように,ヒトと類人猿といったヒト以外の霊長類を比較した多くの実験研究では,類人猿の伝達の能力がヒトの伝達能力に劣ることが多いことを示している(Dean et al., 2012; Galef, 1988; Tomasello, Savage-Rumbaugh, & Kruger, 1993; Visalberghi & Tomasello, 1998)。

では,人間のどのような社会学習方略が技術の累積性を支えているのか。Lewis & Laland(2012)やその他のシミュレーション研究(e.g., Acerbi & Tennie, 2016; Enquist & Ghirlanda, 2007; Enquist et al., 2010; Kempe et al., 2014)のみでは,実際にそこで想定されているような社会学習方略が,現実の文化の累積性に寄与しているのかは定かではない。また,ヒトとそれ以外の霊長類を比較している研究でも,実験の課題をヒト以外の霊長類でもできる難易度まで落としていることから,具体的にどのようなメカニズムが支えているのか特定することは大抵困難である。そこで,従来の社会心理学で用いられるような社会学習理論(Bandura & Walters, 1977)に基づく実験研究や観察研究が行われるようになった。

Caldwell & Millen(2009)は,さまざまな社会学習場面を操作しながら文化伝達を参加者に行わせることで,各種の社会学習場面が伝達の忠実性をどれほど高めるのか検討した初期の研究である。この研究では,参加者になるべく飛距離が出るような紙飛行機を作成することを求めた。実験では,参加者が数珠つなぎのように順番に飛行機を作成し,一つ前の参加者(前世代の参加者)から社会学習が行える設定となっていた。どのような社会学習場面が飛行機の飛距離を伸ばすのか検討するために,さまざまな条件を設けて検討した。まず,前世代の参加者が飛行機を作成する動作(プロセス)が見られる条件(動作条件),前世代が作成した飛行機の完成物(プロダクト)しか見られない条件(完成物条件),そして前世代の参加者が教育者となって教えられながら作成する条件(教育条件),またここで示した動作条件,完成物条件,教育条件のさまざまな組み合わせによって作られた条件の計7条件(動作のみ,完成物のみ,教育のみ,すべて込み,動作と完成物のみ,動作と教育のみ,完成物と教育のみ)のうち,どの条件で累積的文化進化が見られるのか,つまりどの条件で最も飛距離がでる飛行機が作られるのかを検討した。その結果,すべての条件で世代が進むとともに飛行機の飛距離が累積的に進化することが示された。一方,予想と異なり,伝達の忠実性が高いほど飛距離が増加するといった効果は認められなかった。

Caldwell & Millen(2009)の研究ではどのような伝達プロセスでも累積的文化進化が確認されてしまい,教育などの忠実な伝達システムが累積的文化進化に必要であるか議論の余地を残す結果になった。これに対してWasielewski(2014)は参加者にとって作り慣れていない籠を作成することを求める実験でこの点を検討した。この実験では参加者に葦と粘土を渡し,なるべく多くの重りをのせられる籠を作るよう求めた。さらに,この実験では完成物条件,動作条件に加えて,統制条件として個人学習条件を設定した。こうした新規の籠を作る場合では,動作それ自体の社会学習が重要になることが予測される。なぜなら,葦の結び方や粘土の固定方法などは完成物それ自体を見ただけでも内部構造が理解できないため,模倣することが困難だからである。その結果,完成物条件や個人学習条件では世代が進んでも籠の改善は見られなかったが,動作条件では世代が進むとともにより多くの重りをのせられる籠が作成されるようになった。よって,未経験な課題においては完成物だけではなく動作まで必要であることが示された。

同様に,Zwirner & Thornton(2015)は,輪ゴム,紐,新聞紙など11種類の素材を用いながら籠を作り,なるべく多くの米を運ぶことを求めた。この実験では,参加者が入れ替わることはなく繰り返し同じ参加者が籠を作成する条件(統制条件),参加者が2回作成したら入れ替わり,入れ替わりの際に前の参加者が作成した籠を観察できる条件(完成物条件),そして同じように入れ替わるが,前の参加者の作成した籠を見るのではなく,直接前の参加者から作り方を教わる条件(教育条件),最後に前の参加者が作っている最中に観察ができる条件(動作条件)が設定され,これらが比較された。その結果,いずれの社会学習条件(完成物条件,教育条件,動作条件)においても世代交代が進むに連れ,より多くの米を運ぶ籠を作成することに成功した。つまり,文化伝達による劣化が生じ得ない統制条件に比べ,どの社会学習場面であっても,累積的文化進化は生じることが示された。ただし,籠の壊れやすさにおいてのみ,他の伝達条件に比べ,教育条件で顕著に籠が壊れにくくなることが示された。また,教育条件では,他の文化伝達条件に比べ,教育者と生徒との間で同じような素材を使ってかごを作る傾向が示された。よって,教育といった情報の忠実性を高く担保できる状況では,個人が試行錯誤するような行動の変異は少なく,それによって成績が向上することが示唆された。

石器技術は人類が初期から持っていた文化の一つである。この石器技術を作成する上でどのような社会学習能力が必要であったのか実験的に検討したのがMorgan et al.(2015)の研究である。この研究では実際に人類が作成してきたオルドワン石器に着目し,オルドワン石器が作成され,伝達されるプロセスにどのような伝達メカニズムが必要であるかを実験的に検討した。伝達の方法はCaldwell & Millen(2009)に似て,完成物を見せるだけの条件(完成物条件),前世代の参加者が作成しているところを見せる条件(動作条件),そして教育条件があった。ただし,教育条件はさらに3つに細分化され,指差しや言語を介さないで教える条件(非言語教育条件),ジェスチャーで教えられるが言語は使えない条件(ジェスチャー教育条件),そして言語も含めて教えられる条件(言語教育条件)が設けられた。この実験の特徴は,最初の世代で石器を作るのは実験参加者ではなく,石器を作った経験を持つ熟練の研究者(実験協力者)である。伝達を5世代分繰り返した結果,すべての条件で徐々に石器の完成度が減少し,特に完成物条件と動作条件で減少が顕著に見られた。一方,教育を行った3つの条件ではさほど減少は見られず,特に言語教育条件ではほとんど減少は見られなかった。ここからMorgan et al.(2015)は少なくともオルドワン石器を作っていた時代には,初期の教育行動があったのではないかと考察した。また,オルドワン石器のような難易度の高い課題では,伝達の忠実性に応じて成績が異なることを初めて示した研究になった。

では,現実の素材を使用した研究の結果をBuskell(2022)の4つのタイプに合わせて再解釈を行うと,どのような議論が可能となるのか。いずれの研究においても,参加者は効率性の累積的進化を求められている。つまり,参加者は限られた時間,限られた材料を用いて目的を達成する技術を作成することが目的であった。一方で,参加者はこれらの技術を作成したからといって必ずしも直接的な利得を得ていたとはいえないため,適応性の研究であると強く主張することはできない。ゆえに,物理的な材料を用いた現状の多くの研究は4つのタイプの中でも効率性を検討しているといえるだろう。つまり,Caldwell & Millen(2009)は紙飛行機の効率的な作り方が文化伝達の途上でどのように進化するのか検討している研究であり,Wasielewski(2014)Zwirner & Thornton(2015)は限られた材料と時間の中で効率的に籠を作成することを求めた実験であると解釈することができる。Buskell(2022, p. 287)の中でも述べられている通り,Caldwell & Millen(2008)において著者らがBuskellが改良を4つのカテゴリに分ける前から,累積的文化進化とは複雑性や効率性の世代間伝達を通じた改良と論じている。よって,上記のように効率性に焦点を当てる解釈は,一定の了解が得られるであろう。

ただし,Buskell(2022)に照らし合わせて考えてみると,多くの研究はもう一つの累積性のタイプである複雑性を操作的に定義してなかったことから,いくつかの異なる結果が得られたといえるだろう。つまり,紙飛行機を作成する課題では材料を一つだけ使用するため,学習者が覚えなければならない技術は比較的単純であった。そのため,どのような社会学習場面であっても再現性の高い模倣ができるため,累積的文化進化がどの条件でも見られてしまった。一方,複数の材料を組み合わせなければならない課題では複雑性が高いため,忠実性の高い社会学習場面で累積的文化進化が加速したと考えることができる。一方,Morgan et al.(2015)の研究では材料は少ないものの,石を打つ角度や力など見ただけでは模倣しにくい課題も同じように複雑性が高いといえるだろう。また,Buskell(2022)に照らし合わせるならば効率性における技巧性が高かったと言い換えられるかもしれない。

ゆえに,今後こうした物理的な材料を用いた課題を使用する際,効率性のみならず,複雑性をなんらかの形で指標化し,複雑性が課題の中でどのように進化するのか検討していくことが求められるだろう。例えば,スパゲティと粘土を用いてできるだけ高い塔を作成させる課題をCaldwell & Millen(2008)は行った。この課題ではスパゲティを柱,粘土を接合部として使用するため,須山(2019)Caldwell & Millen(2009)の教育条件とZwirner & Thornton(2015)の統制条件を比較し,効率性と複雑性がどのように進化するのか検討した。その結果,どちらの条件でも効率性は上昇し,世代が進むにつれて塔の高さが高くなることが示された。一方,教育条件では複雑性が低くなるものの,統制条件では複雑性は変化しなかった。つまり,文化伝達は複雑性を抑制しつつ,効率性を上げることが示された。今後はこの研究のように,効率性と複雑性をそれぞれ独立の指標として操作的に定義し,累積的文化進化の実験室実験を行っていく必要があるだろう。

社会構造からみる累積的文化進化

集団サイズと累積的文化進化

複雑性を累積的に進化させなければ効率性が進化しない課題において,教育といった社会学習方略だけが複雑性を上昇させる方法ではない。累積的文化進化研究者は累積性を維持することが困難な課題において技術を高める集団の大きさを増加すると累積的文化進化が見られることを示している。以下では集団サイズが複雑性の高い技術の累積的文化進化の中でどのように適応度(または効率性)を上げるのか説明する。

集団サイズが累積的文化進化を生み出していることを示した初期の研究はHenrich(2004)による理論研究である。この研究ではオーストラリアの南方に位置するタスマニアにおける文化消失の原因を人口減少によるものであるとし,単純なモデル研究からこれを示唆するような結果を見出した。この研究では,文化の適応度を0(改良された文化が存在しない状態)から無限(値が高くなるほど文化の改良がされた状態)の値として表現した。そして,ある世代では各成員がある平均と分散から定義される分布から抽出される文化的適応度をそれぞれが持つと設定した。そして,世代間の文化伝達として次の世代の成員が前世代で最も値の高い成員から学ぼうとする利得バイアスによって社会学習するという設定を入れた。ただし,最も成功した成員から学ぼうとしても必ずエラーが生じ,最も成功した個体よりも低い値を平均とし,前世代と同じ分散から成員の値が定まるとした。この仮定のもとでは,集団サイズが限りなく大きいと,平均が前世代の成功者の値よりも低くても,分散によって,累積的に文化は進化する。一方で,集団サイズが小さいと,徐々に平均に引っ張られ,文化は消失する。他にも多くのモデル研究が累積的文化進化における集団サイズの影響を検討した(Kempe et al., 2014; Kobayashi et al., 2016; Powell et al., 2009; Shennan, 2001)。また,観察研究によって集団サイズの影響を検討した研究も成されている(Bettencourt et al., 2007; Hill et al., 2014; Kline & Boyd, 2010)。

そして観察研究とシミュレーション研究をつなぐ実験室実験の研究からも集団サイズの重要性が示されている(Derex et al., 2013; Muthukrishna et al., 2014)。その実験研究の一つとして挙げられるのがMuthukrishna et al.(2014)である。彼らはHenrich(2004)のモデルのように,集団サイズと文化進化の関連を,文化の消失および累積的文化進化の両方の側面に着目し実験を行った。その結果,集団サイズが十分に大きくないと,優れた文化が失われていくこと,また十分に大きければ維持されることを実験的に示した。実験課題として,彼らは山登りに使われる紐結びの方法を伝達することを求めた。最初の世代の参加者は,トレーニングを受けた実験者から,紐結びの結び方を教育され,その後,一人で紐結びを結ぶよう求められた。結んだ後,次の世代の参加者のために結び方の説明書を書くことを求められた。この実験において伝達条件は2つあり,一子相伝のように一人ずつ実験に参加する条件(個人条件)と,集団が集団に伝達するように五人ずつ伝達する条件(集団条件)を設定した。10世代まで伝達を行った結果,個人条件では技術が劣化し紐結びの複雑性は徐々に減っていったのに対し,集団条件では紐結びの複雑性が維持された。つまり,この実験は,十分な集団サイズが担保されなければ文化は衰退していくが,逆に集団サイズが十分に大きければ文化は維持されていくことを示した。同様に,彼らは異なる課題(描画ソフトウェアを用いて,複雑な図形を書く)でも同じような結果を再現している。

Derex et al.(2013)は,別の課題を用いて集団サイズの影響について同様の結果を見出している。この課題では,参加者は道具を作成する2つの異なる課題のうち,毎試行いずれかの課題を選び,取り組んだ。1つの課題は,矢尻を描き,その形によって特定の利得を得る課題であった(単純課題)。もう1つの課題では,漁獲用の網を作るよう求められ,網の形状に応じた利得を得る課題であった(複雑課題)。参加者は,道具を作って利得を得た後に,他の参加者の情報を見ることができた。具体的には,どちらの課題に参加したか,どのような道具を作成したか,その道具でどれほど利得を得たかの3点である。この実験課題において,操作されたのは参加者の集団サイズである。集団のサイズを2, 4, 8, 16人と操作することで,集団サイズが文化の維持に与える影響を実験的に検討した。その結果,単純課題ではどの集団サイズでも文化の維持が見られたが,複雑課題においては集団サイズが大きくなければ,文化の維持がされないことが示された。加えて,文化の多様性も集団サイズが大きいほど,見られることが示された。この結果は,Henrich(2004)の理論モデルの結果が実験室で再現されることを示すものである。

Buskell(2022)の定義の観点から上記の論文の再解釈を試みる。まず,集団サイズの増大は次世代へ忠実に情報を伝達するシステムとして作用することが示された。この効果は特に複雑性を高めなければ効率性が高まらない課題において顕著であることが実験的に例証されている。Henrich(2004)のモデル研究の場合,0から無限までの値を取るパラメータはBuskell(2022)の4つのタイプの内,適応性や複雑性のいずれかのパラメータであると言い換えることができる。つまり,0から値が離れるほど,より適応的(i.e., 多くの食料を獲得できる道具が生まれる),あるいはより複雑(i.e., より複雑な道具を作る技能が生まれる)に文化が累積的進化していると捉えても差し支えないだろう。事実,Henrich(2004)は論文の中で,適応度を示す‘adaptive’,‘maladaptive’といった単語や,複雑性における熟練度を示すskillfulといった単語を用いてこのパラメータを説明しており5)Buskell(2022)も論文の中でHenrich(2004)のモデルは複雑性の指標の一つである熟練度(skillfulness)に関するモデルであると解釈している。ではこの視点に立ったとき,Muthukrishna et al.(2014)Derex et al.(2013)Henrich(2004)のモデルを検討している実証研究と呼べるのだろうか。

Derex et al.(2013)から見てみると,彼の実験では複雑な課題と単純な課題を参加者は解かなければならなく,かつ失敗すると最悪の場合参加者は「死ぬ」という設定がなされており課題が強制的に終わってしまう。複雑な課題を解ければより高い利益が得られるため,この課題は複雑性と適応性を巧みに表現した課題になっているといえるだろう。ゆえに,複雑性と適応性が交絡しているHenrich(2004)のモデルを表現していると言って差し支えないだろう。

一方,Muthukrishna et al.(2014)の研究の場合どうであろうか。Derex et al.(2013)の実験における設定の一つが一定の利益を毎試行得ていないと課題が強制終了になる点である。この設定を加えるとで複雑性を高めていくことが生存確率を上げることになるため,複雑性と適応性が交絡した研究になっている。一方,Muthukrishna et al.(2014)の場合,参加者は紐の結び方,または絵の描写の方法を次世代へと伝達していった。このとき,どちらの課題も一度見ただけでは模倣することが困難なため,複雑性が高く設定された課題であるといえるだろう。一方,参加者はこれらの課題に取り組む際に,適応度は設定されていなかった。これらの点から,Muthukrishna et al.(2014)の研究は,複雑性の高い状態を検討する課題であり,かつおそらく効率性を検討する課題でもあるものの,Derex et al.(2013)のように適応性を検討する課題になっているのかについては議論の余地が残っている。

しかし,すべての研究の知見を合わせると,集団サイズは累積性における3つのタイプ—適応性,複雑性,効率性—の累積性を向上することがわかった。しかし,ここまで説明してきた研究では最後のタイプである異質性については検討されてきてなかった。以下では異質性を検討した社会ネットワークの研究を紹介していく。

社会ネットワークと累積的文化進化

集団サイズや忠実な模倣能力が担保されていても累積的文化進化が生じない場合がある。それは,Buskell(2022)の4つのタイプにおける異質性が担保されなければならない状況である。上述したように異質性のみ他の3つのタイプの累積性と異なる部分がある。それは異質性のみがマクロな指標になっている点である。異質性が高いとは集団間で多様な文化が保持されていることを意味し,低いとは集団間で保持されている文化が均一であることを指す。これまで紹介してきた研究では異質性が必要である状況を再現した研究はなかった。以下では,異質性がなければ効率性が上がらないような状況でどのようなメカニズムが必要であるかを紹介していく。

集団のサイズと並んで,累積的文化進化に大きな影響を及ぼす要因が社会ネットワークである。このネットワークが集団の成績に影響を与える際に重要となるのが先述した適応度地形である。例えば,ネットワークが密につながっている状態を考えてみよう。適応度地形が単純である場合(e.g., ある一つの最適点しか存在しない;単峰型適応度地),集団の誰かがいずれは最適値を見つけることができ,その最適値が緊密なネットワークを伝い集団のメンバー全員に迅速に共有されるはずである。

一方,こうした緊密なネットワークの状態で,課題が複雑な適応度地形(多峰型適応度地形)をしている場合を考える。この場合,個人が最適値に到達するのは非常に困難な状況である。この状態では,全体から見ると利得が低いにもかかわらず比較的に簡単に見つかる局所的に最適な地点に誰かが到達すると,集団のネットワークを伝い素早く全員がその局所最適の文化をコピーすることになる。その結果,集団全体がその文化の近傍を探索することになるため,最適値に到達することは困難になる。

上記のように複雑な適応度地形では緊密なネットワークは局所最適にはまってしまうことを検討するために,参加者を社会ネットワーク上に繋げて行った実験がいくつかある。例えばLazer & Bernstein(2012)はシミュレーションによって,どのような社会ネットワークであれば十分な探索が担保され,複雑な適応度地形でも集団のパフォーマンスが維持されるのか検討した。彼らは社会ネットワーク研究においてしばしば使われる完全ネットワーク(全員が全員と接続した過剰に緊密な状態),線形ネットワーク(数珠つなぎのような構造で接続された状態),そしてランダムグラフ(構造がない状態)の3つのネットワークのパフォーマンスを調べた。各エージェントは最初に適応度地形の中をランダムに探索する。探索した結果の成績が出てきたときに,もし自分よりも成績の良いエージェントがいた場合はそのエージェントの探索していた場所を模倣する。もし自分よりも成績の良いエージェントがいなければ近視眼的に適応度地形の探索を続ける。つまり,自分のいた地点からなるべく離れない場所の探索を行う。この探索と社会学習のプロセスを複数回繰り返し,社会ネットワークごと,そして課題ごと(単峰か多峰か)に成績がどのように異なるのか確かめた。

その結果,単峰型適応度地形の場合,完全ネットワークの成績が試行の序盤から急激に改良された。一方,線形ネットワークやランダムグラフでは,最も良い地点の共有が相対的に遅いため,完全ネットワークほど早く最適解に収束しなかった。一方,多峰型適応度地形の場合,完全ネットワークは局所最適にとどまってしまい,何試行続けたとしても成績は上昇しなかった。しかし,線形ネットワークでは最初の試行における急激的なパフォーマンスの上昇は見られないものの,試行が進むとともに完全ネットワークの成績を上回った。

こうしたネットワークの重要性は累積的文化進化の文脈でも実験的に検討されている。Derex & Boyd(2016)は参加者を実験室実験に募り,社会ネットワークの構造の違いが累積的文化進化に与える影響を検討した。彼は参加者に6種類のベースとなる薬品のレパートリーの中から3つ選択して調合し,その調合の出来具合で利得が得られるような課題を行わせた。これらの組み合わせのうち,特定の組み合わせを選ぶと新たなベースとなる薬品を開発でき,その場合,その薬品は次回以降,ベースの薬品の一つとしてレパートリの中に加えることができる。こうして追加された新たなベースとなる薬品を使うことによって,さらに別のベースとなる薬品を作成することができた。このような複雑な工程を経てでき上がった薬品をベースとして用いると,より高い利得が得られることが可能となる設定であった。最初の6種類を用いることで作ることが可能な新たなベースとなる薬品は2通りある。つまり,この最初の2通りのベース薬品は,それ以降の薬品を作る際の経路を表現している。この2通りを経路Aと経路Bとするとき,それぞれの経路でより優れた薬品を作ることができるが,最終的に最も優れた薬品を作るには経路Aと経路Bの両方を経て生成される薬品を作る必要があった。この実験において,参加者は2つの経路があるなどは事前に知らされていなかった。

参加者はこの課題をやりながら,その都度,他の参加者が作成した薬品とその利得を知ることができた。ただし,条件によって誰から情報を知ることができるかが異なっていた。完全接合条件では,毎試行の終わりに自分以外の5人の参加者がどのような薬品を調合し,どれほどの利得が得られたか知ることができた。一方,部分接合条件では,情報を入手できる相手に制約が加わっていた。すなわち,最初の半分の試行を同じ1人の参加者の情報を知ることができ,後半の試行で,毎2試行ずつ,5人のうち異なる参加者の情報を知ることができた。実験を行った結果,完全接合条件では2つの薬品の経路のうち,1つの経路のみが発見され,2つの経路を合わせた最も高い利得が得られる薬品が発見されることはなかった。一方,部分接合条件では,2つの経路が発見される確率が高く,かつ最も利得の高い薬品も集団によっては発見されることがあった。すなわち,最終的に最適値に到達できたのは,ネットワークが疎な部分接合条件のみであり,集団サイズだけでなく,人々の繋がり方に着目する必要性を示唆するに至った。

Lazer & Bernstein(2012)のような適応度地形を用いた研究は他にもいくつか行われているが,社会ネットワーク構造の影響の有無は研究ごとに異なっているため,いまだに決定的な結論には至っていない(cf. Mason & Watts, 2012)。しかし,階層構造のある適応度地形を用いたDerex & Boyd(2016)の研究は,他でも行われており現在では頑健な結果が得られている(Derex & Boyd, 2015)。これはLazer & Bernstein(2012)のような課題空間では参加者がランダムウォークのような探索を行うと確率的に最適解を見つけてしまうため,集団サイズが十分確保されると社会ネットワーク構造の影響が消えてしまうからだと考えることができる。一方,Derex & Boyd(2016)のような階層構造があり,複雑性と効率性が交絡している課題では,疎らな社会ネットワーク構造が異質性を高めるために必要になるといえるだろう。このネットワークが疎らであるということは,大きな集団があるのではなく,複数の小集団が緩やかに繋がっている状況に類似している。小集団の間で情報がある程度,閉じているのであれば集団間の異質性が高くなり,それぞれ独自の経路を用いた薬品を作成する。そのため,集団が作成した別経路の薬品を組み合わせることで,より高い薬品を製作できたと解釈できる。Buskell(2022)の4つのタイプで改めて解釈し直すと,このように異質性の担保が必要な状況とそうでない状況に依存して社会ネットワークが必要であるか否かが鮮明にわかってくる。今後,実験的に社会ネットワークの構造の影響を検討する場合は,異質性の観点を導入することが望まれる。

展望

本論文の目的とまとめ

本論文の目的は,第一に,新規に累積的文化進化の実験研究をはじめるにあたって必要となる累積的文化進化の定義を明確化することであった。まずはより詳細な定義としてMesoudi & Thornton(2018)による累積的文化進化の中核的基準を紹介した。しかし,中核的基準は抽象的な定義としては十分であるが,実験で設定する操作的定義としては抽象度が高く,特に何が改良されるのかという具体的な定義についてBuskell(2022)の定義を紹介した。Buskell(2022)は,累積的文化進化における「改良」を4つのタイプ「適応性」「複雑性」「効率性」「異質性」に分け,それぞれについて,詳細な例とともに解説し,実験の操作的定義の設定において具体性が高いことを確認した。

第二に,これまでの実験を含むさまざまな累積的文化進化の実験を紹介し,Buskell(2022)の改良の定義によってそれぞれの実験が具体的にどの累積的文化進化の側面を検討していたのかを捉え直した。これらの研究を紹介するにあたり,実験方法や内容によって大きく分けて4つ紹介した。1つがコンピュータ上で行う架空の技術作成課題であり,この課題は複雑性や効率性を統制した上で適応性を生み出すためにどの社会学習方略が使用されるのか検討していた。次に,現実の素材を用いた一連の研究を紹介し,複雑性と効率性が交絡しているような状況では,忠実な情報伝達メカニズムが必要であることを例証した。また,忠実な情報伝達だけが複雑性と効率性が交絡している文化を進化させるわけではないことを示すために,集団サイズという社会構造に着目した研究を示した。最後に,累積的文化進化の4つのタイプの内,異質性のみが特殊であることを述べた上で,異質性を担保しないと効率性が上がらない状況下では疎らな社会ネットワークが必要であることに触れた。

もし,Buskell(2022)による「改良」の定義と実際の実験における操作的定義の間に乖離があり,既存の実験を捉えることができない場合,2つの可能性(定義自体の問題,実験自体に問題)が想定されていた。しかし,Buskell(2022)の定義を問題なく適応できたため,定義や実験それ自体に問題がないことを確認でき,この定義はこれまでの累積的文化進化の実験と整合性があることが確認された。

本論文の主たる2つの目的について上記の通りであるが,以下ではさらなる展望として,文化の適応性(適応度)に関わる議論としてMesoudi & Thornton(2018)の中核的基準とBuskell(2022)の4つのタイプの定義との相違点,そしてBuskell(2022)の4つのタイプを所与としたときに,今後の実験室実験に何を期待するのか述べていく。

文化的適応度に関する議論

文化的適応度に関する,Mesoudi & Thornton(2018)の中核的基準は基準(iii)であり,累積的文化進化によって改良されるものは,学習された行動が遺伝的適応度の代理となる指標ないしは文化的適応度であるとしている。この基準とBuskell(2022)の4つのタイプは整合性が取れているのだろうか。まず適応性(adaptiveness)は,その名前が示すように,中核的基準が想定する遺伝的適応度の代理となる指標そのものであると考えることができる。一方で,他の3つのタイプである複雑性,効率性,異質性はそれ自体が必ずしも個人の適応度を高めるのかは明確に定義されていない。では,残りの3つのタイプである複雑性・効率性・異質性はどのように,適応性と関連する概念であるのか。

適応性と効率性

まず,適応性と効率性の関連を考えてみる。特定の機能を目的とした効率性はしばしば適応性と同じように扱われるケースも存在している。例えば,ある矢尻によって効率よく多くの獲物を狩ることができるというMesoudi & O’Brien(2008)の実験研究であれば,矢尻の効率性の向上がそのまま遺伝的適応度を高めるため,効率性と適応性が表裏一体の課題になっていると言い換えられる。このように効率性は大抵の場合,適応性を高める。例えばBuskell(2022)が例として上げているように,分業化と専門化による効率性の向上は分業に関わるすべての成員の適応性を高める可能性がある。

一方で,常に効率性が適応性を向上させると解釈するには注意が必要である。例えば,Caldwell & Millen(2008)の実験では,時間内に粘土とパスタを使ってできるだけ高い塔を作るという課題であるが,高いパスタの塔を作る技術によって適応度が高まるような状況とは考えにくいだろう(この実験において塔に応じて報酬が得られる設定になっていない)。よって,累積的文化進化の実験室実験を行う研究者は常に自ら行う課題が適応性と効率性が相関している課題なのか否かについて考えながら実験操作の方法を考えていく必要があるだろう。例えばMesoudiによる一連の仮想矢尻課題やDerex et al.(2013)による集団サイズの実験では,課題のフレームとして生み出す技術が適応度を上げることを述べている。こうした実験における工夫が累積性のどのタイプを検討しているのかに対して大きな影響を及ぼすだろう。また,今後の研究では従来の研究が想定していたような社会学習場面や社会構造が交絡しているこの2つの累積性のいずれに作用しているのかを明らかにしていく必要があるだろう。

適応性と複雑性

次に,適応度と複雑性の関連に着目する。両者の関連としてさまざまなパターンを想定できる。一つとして例えば,適応度を高めるような効率的な狩猟技術は複雑性を要する,というように複雑性が効率性と関連する概念であり,効率性を介して適応度と関連する可能性が考えられるだろう。例えば,Suyama & Sato(2020)では,電子回路の進化シミュレーションを行い,複雑な回路を生み出すと適応度地形が広がり,効率的な電子回路が進化しやすくなることを示している。

このように複雑性と効率性は,互いに正の関連を与えるケースも考えられるが,一方で負の関係も考えられる。例えば,上述した須山(2019)がその例に当たるだろう。この研究では,複雑性が必ずしも効率性を高めないことを文化伝達によって明らかにした。

ゆえに,実験室実験で累積的文化進化を研究したい研究者は複雑性がどのように他のタイプの累積性と関わるか意識しながら実験計画を立てなければならない。社会学習方略がどのように効率性を高めていくのか検討したい研究者は場合によって複雑性を実験から取り除きたい場合があるだろう。そうしたときはMesoudi & O’Brien(2008)のようにコンピュータ上の課題を開発することでそうした交絡要因を除去することができるだろう。また,複雑性が効率性を向上させるために必要となる状況において集団構造の影響を検討したいと考えたとき,一つの方法はZwirner & Thornton(2015)のように複数の材料を用意し,仮想矢尻実験におけるパラメータ数のように課題空間を複雑にする方法が考えられる。このときに,Buskell(2022)が指摘するようなユニット数を測定することでユニット数の複雑性が効率性にどれほどの影響を及ぼすのか検討できるだろう。

適応性と異質性

異質性の定義を集団間の文化形質の多様性と定義するならば,異質性の研究は文化進化の主要な研究テーマの一つであるだろう。例えば,Boyd & Richerson(2005)は文化進化を取り上げる際の冒頭でなぜ南部と北部のアメリカ人によって思考や行動に差異があるのか紹介している。このように心理学の中では文化心理学などが扱っているテーマである文化差を説明するために文化進化論が扱われる場合がある。

しかし,累積的文化進化において異質性が適応性の向上に果たす役割については筆者が知る限りMaxim Derexが行っている研究以外ない。この原因はいくつか考えられる。例えば,異質性,または文化多様性を客観的な指標で測定する方法などが発達しておらず,これを実験的に再現することのハードルが高い可能性がある。ただし,実験研究ではないが文化の多様性に関連する研究は存在している。AIなどによる包括的な知能が文化多様性を消失してしまい,新たなイノベーションの阻害になるといった主張が生態学者と社会心理学者の共同研究からなされており(Nakadai et al., 2023),このトピックについてはさらなる実証研究が望まれる状態である。社会学習方略や集団サイズなどはすでに多くの実証研究がなされており,実験研究が担うべき問いが減少している中で,実証研究が次に担うべき問いはおそらくこうした異質性の研究になるかもしれない。

今後の展望

ここまでで,Buskell(2022)の累積的文化進化における改良に関する4つにタイプの定義を従来の実験室実験に当てはめるとそれぞれの研究が何を検討してきたのかがより明瞭になることを示した。また,この定義を使用することで累積的文化進化の実験研究においてどの側面が未だに検討の余地が残されているのかを見出すことができた。

この定義のうち,複雑性に関しては,統制された実験が十分に行われていないのが現状である。しかし,Buskell(2022)のユニットの数といった複雑性の指標は,そのまま複雑性の累積的文化進化に関する実験の操作的定義として利用できるほど具体性の高い定義である。上記では,Caldwell & Millen(2008)のパスタ塔課題の中でどれほどパーツが使われているかに基づいて複雑性を定義できることを示した。他にも,Zwirner & Thornton(2016)のような実験を考えた際に,籠を完成させるまでに使用した動作の数などをコーディングし,それが文化伝達の中でどのように進化するのか見ることができるだろう。今後,これらの操作的定義を用いた実験が望まれる。また,異質性と累積的文化進化についてはさらなる実験が期待されるテーマである。

特に,これまで社会心理学では,集団といった対象を実験的に操作する実験が数多く行われており,集合知,集合的無知,集団のジレンマといった集団レベルで生じる現象について数多くの研究が成されてきた(e.g., Kameda et al., 2022)。また,文化心理学は集団の差異をこれまで扱ってきた研究分野であり,集団の異質性の文化進化の実験を行うことでさまざまな協力が可能であるかもしれない(例えば,Mesoudi et al.,(2014)は,社会学習の頻度について文化差の研究を行ったが,集団の異質性を焦点においた実験を行う余地はある)。このように,実験的操作の精緻化と行動を指標化することを行ってきた文化心理学を含む社会心理学の周辺領域が今後累積的文化進化の実験室研究に大きく貢献できる可能性があり,これらの研究領域に新たな研究主題をもたらす可能性がある。

脚注

1)本研究はJSPS科研費21K18018および22K18150の助成を受けたものです。本論文の投稿にあたり,編集者の豊川航先生と2名の査読者の先生には,的確かつ有益なご指摘をいただきました。ここに感謝申し上げます。また,本文にフィードバック下さった越水麻央さん,瀬川莉さんに感謝申し上げます。

2)原文では“the process by which beneficial modifications are culturally transmitted and progressively accumulated over time”。

3)原文では“the process by which beneficial modifications are culturally transmitted and progressively accumulated over time”。

4)個人の適応度にかかわらずともそれ自体が認知的に魅力的であるため,伝播する文化があると考えられる。例えば,反直観的な物語のキャラクターなどである。これらは,多くの人に広まりやすい性質を持っているが,これらのキャラクターを文化的に獲得することが必ずしも適応度を高めるわけではない。文化自体の持つこうした認知的な要因は,認知アトラクター(cognitive attractor)ないしは文化アトラクター(cultural attractor)として議論されており,Miton(2023)の説明が詳しい。ただし,反直観性といったそれ自体は適応度に関わらない文化が他の文化的要素と組み合わさることで適応的な機能を持ち得る。これについては,中分他(2024)が詳しい。

5)ただし,Henrich(2004)はモデル研究であるため,これらが具体的に実験状況の何に相当するか明確にすることは難しい。モデル上のパラメータであるため,適応性,複雑性,効率性のどれであってしても解釈として問題ない(異質性に関してのみ,集団間の性質であるため議論できない)。ただし,このモデルの著者を含むMuthukrishna et al.(2014)では複雑性の進化であるとしている。

引用文献
 
© 2024 日本社会心理学会
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