2025 年 40 巻 3 号 p. 208-215
Research on priming effects repeatedly shows that human reactions are often unconsciously biased. Recognizing biases in one’s own reactions and identifying their true cause (the prime) is challenging, leading previous studies to conclude that it is difficult to suppress priming effects. This study investigates the possibility that directing attention to the causes of one’s own reactions might suppress priming effects, even if identifying their cause is difficult. An experiment using exposure to romantic priming influenced male participants’ sentencing judgments of a female suspect and subsequently biased their ratings of the suspect’s attractiveness in an impression evaluation task. However, the priming effect in the evaluation task was suppressed when the participants were asked to report the reasons for their sentencing judgments. The results suggest that directing awareness to the causes of one’s reactions can suppress priming effects. This offers a new perspective on the mechanisms of priming and controlling their influence.
一般的に,人は意識的な熟慮によって,合理的な判断をするものであると考えられている。しかし,実際には,人の反応の多くは環境の手がかりによって無自覚の内に歪められる。特定の先行刺激(プライム)と接触したことで,後続の反応が無自覚の内に歪められる現象は,プライミング効果と呼ばれる(Aarts et al., 2004; Bargh, 1999)。プライミング効果は,認知(Srull & Wyer, 1979),感情(Isen, 1987),行動(Bargh et al., 1996),動機づけ(Bargh et al., 2001)など,かつては意識的な自覚を伴うと考えられていた反応の多くにおいて,幅広く観察されている(レビューはDijksterhuis (2010)参照)。
人は自らの反応を常に意識しているわけではないが,量刑判断のような合理的な説明が求められる状況においては,自らの反応の理由を振り返ろうとする。しかし,人間の内省能力には限界があるため,反応に至った理由を正確に報告できるとは限らない(Nisbett & Wilson, 1977)。たとえば,容疑者の魅力の評価は,量刑判断を無自覚の内に歪めることが知られている(Kramer et al., 2023)。量刑判断のような熟慮が求められる状況においても,無自覚の内に反応が歪められることは重大な問題である。
人は自らの反応を歪められることを好まないため(Sagarin et al., 2002),プライミング効果が自覚された場合には,反応の歪みを取り除こうと試みる。Schwarz & Clore(1983)による研究では,天気が良い日には,無自覚の内に高揚した気分によって,やはり無自覚の内に生活満足度の報告が歪められることが報告されている。しかし,天気の影響を実験者から指摘された条件では,プライミング効果は抑制されていた。このように,反応を歪める原因を自覚することは,意識的な修正を促すことで,プライミング効果を抑制させると考えられる。しかし,そもそも自らの反応が歪められている可能性を疑うことは稀である。また,自らの反応の背後にある心的プロセスに意識的にアクセスすることは困難であるため,自らの反応の理由や原因について尋ねられたとしても,真の原因(プライム)を特定することは難しい。よって,これまでの研究では,自らの手でプライミング効果を抑制することは困難であると考えられてきた(同様の議論は,Bargh(1999),Dijksterhuis(2010),及川・及川(2010)参照)。
プライミング効果の影響を抑制するためには,自らの反応の歪みに気づくことや,真の原因を特定する必要があるのだろうか。まず,自らの反応が歪められている可能性を自覚することは困難であったとしても,反応の原因に注意を払うことは可能である。次に,真の原因を特定することは難しいとしても,自らの反応の理由について尋ねられれば,人は何らかのもっともらしい理由をその場で作話して報告する。プライミング効果を扱った研究の参加者の多くは,自らの反応の歪み(プライミング効果)や,その原因(プライム)には気づかないが,反応の原因について尋ねられると誤った報告をする。たとえば,Bar-Anan et al.(2010)による研究では,恋愛を連想させる刺激(恋愛プライム)に接触した男性参加者は,後続の授業選択課題において,女性教員による授業を選択しやすかった。しかし,その授業を選択した理由について実験後に尋ねられると,多くの参加者は「授業内容に興味があったため」と報告し,恋愛に関する刺激に影響された可能性に言及する者はいなかった。このように,人は報告が困難な質問に対しては無自覚の内に作話を行う。それでも,報告者はあくまでも自らの反応の原因を正確に報告できていると信じている(Nisbett & Wilson, 1977)。
自らの反応の真の原因を特定できず,誤った原因に注目することは,その後の反応にどのように影響するだろうか。感情誤帰属の研究では,興奮や緊張の原因が外的に帰属された場合,それが誤帰属であったとしても,興奮や緊張が緩和されることが報告されている。Ben-Zeev et al.(2005)による研究では,テストを実施する前に「緊張を促す可聴域外のノイズ」が呈示されると教示された条件では,プライミング効果によるテスト不安の影響が緩和されていた。すなわち,テスト不安から生じた緊張の原因が「緊張を促すノイズ」に誤帰属されることで,緊張が緩和されたと考えられる。このように,たとえ真の原因(プライム)が特定されなかったとしても,もっともらしい別の原因に誤帰属されることで,プライミング効果は無自覚の内に抑制される可能性が考えられる。
自らの反応の原因に注目することは,反応の歪みを自覚することや真の原因を特定することではなく,もっともらしい別の原因への誤帰属を促すことで,プライミング効果を抑制させる可能性が考えられる(Ben-Zeev et al., 2005)。しかし,これまでの研究では,実験者が参加者の反応の歪みやその原因を指摘することで,プライミング効果の抑制を促す手続きが用いられてきた。よって,自らの手でプライミング効果を抑制することができるかは,依然として明らかではない。このような問題に鑑みて,本研究では,Ben-Zeev et al.(2005)の研究を概念的に追試するとともに,その適応範囲を拡張するために,現実的な意思決定場面において,自ら反応の原因を振り返る手続きを用いた検討を行う。
本研究では,自らの反応の原因に注意を払うことで,たとえ反応の歪みに無自覚であったとしても,自らの手でプライミング効果を抑制できる可能性について検討する。まず,従来のプライミング効果の研究手続きに則り,プライムへの接触による概念の活性化が,後続の課題での反応に及ぼす影響(プライミング効果)について検討する。さらに,自らの反応の原因を振り返り報告するように求めることで,作話に伴う誤帰属によって,その後のプライミング効果が抑制される可能性について検討する。
本研究では,恋愛を連想させるプライムとの接触(恋愛プライミング)が,合理的な判断が求められる量刑場面での反応に及ぼす影響について検討する。平等主義的な判断が強調される現代社会においても,恋愛や性を想起させる刺激は,配偶者獲得動機を高めることで(沼崎,2017),伝統的な性役割期待やジェンダーステレオタイプに基づく反応を導くことが報告されている(Park et al., 2011)。すなわち,恋愛プライミングは,配偶者獲得に関する目標(恋愛目標)を活性化させ,その目標を達成するための手段として,ジェンダーステレオタイプの活性化を導くと考えられる。恋愛目標の活性化は,配偶者候補となる対象の魅力を高める一方で,配偶者候補から外れる対象の魅力を低下させることが報告されている(Maner et al., 2012)。量刑判断においては,容疑者の性別や魅力といった事件とは無関係な情報を量刑に反映させるべきではないが,容疑者の魅力が低く評価されるほど,量刑が重くなることが報告されている(Sigall & Ostrove, 1975)。また,ジェンダーステレオタイプ的な認知は,性役割態度から逸脱する者,たとえば「女性は温かい人であるべきである」という規範から逸脱する者の印象を悪化させるため(Bareket & Fiske, 2023),女性容疑者に対する量刑を重くする方向に判断を歪めることが予測される。実際に,沼崎他(2006)の研究では,恋愛プライミングは男性参加者において,ジェンダーステレオタイプ的な認知を促し,伝統的な性役割態度と一致しない女性に対する敵意的偏見によって,魅力の評価を低下させることが報告されている。本研究では,このようなステレオタイプ的な認知について検討するために,具体的な人物像を想定させることを避け,対象となる女性容疑者については最低限の情報のみを提示する。
恋愛プライミングの効果は,交際中の者とそうでない者とでは,異なる影響を及ぼすことが指摘されている(Maner et al., 2009)。Maner et al.(2009)の研究では,恋愛目標のプライミングは,交際中でない参加者においては異性に対する自動的な注意を高めるが,交際中の参加者においては魅力的な異性に対する自動的な注意を低下させることが示されている。また,Maner et al.(2008)の研究では,交際中の参加者における恋愛目標の活性化は,交際相手としての魅力が高い異性への自動的な注意を低下させるが,交際相手としての魅力が低い異性への注意には影響しないことが示されている。交際中に魅力的な他者への注意が低下することは,関係への脅威を軽減し,現在のパートナーとの関係を維持するために役立つ。そのため,交際中の者においては,恋愛プライミングの影響が見られないか,むしろ逆効果となる可能性が考えられる。さらに,配偶者獲得動機は,性的指向に一致する対象への反応に影響し,性的指向に一致しない対象への影響は見られないことが確認されている(Maner et al., 2008)。以上のことを踏まえ,本研究では,交際中でない異性愛者の男性参加者を対象として,恋愛プライミングが女性容疑者に対する量刑判断に及ぼす影響について検討する3)。女性容疑者に対する量刑判断,ならびに魅力の評価における恋愛プライミングの影響は性別によって調整されるため,男性参加者にのみ観察され,女性参加者においては観察されないと予測される。
本研究ではさらに,自らの反応の理由について報告するように求めることが,その後のプライミング効果に及ぼす影響について検討する。自らの反応の理由について報告するように求められなければ,恋愛プライミングの効果は持続し,容疑者の魅力の評価の低下が観察されると予測される。一方で,自らの反応の理由を報告するように求められた条件では,作話に伴う誤帰属によって,恋愛プライミングの効果は抑制され,容疑者の魅力の評価の低下は観察されないと予測される。
心理学の入門授業を受講する大学生296名(男性168名,女性126名,性別不明2名,Mage=20.14,SD=1.38)が,コースクレジットを謝礼とするオンライン実験に参加した。参加者は,恋愛プライミング2(ありvs.なし)×理由の報告2(ありvs.なし)の4条件のいずれかにランダムに割り振られた。現在交際中の恋人がいると報告した者84名,性別が不明な者2名,恋人の有無や性的志向性が不明または異性愛者以外の者9名,乱文構成課題の回答に不備が見られた者5名,量刑判断課題の回答に不備が見られた者24名の合計124名を分析から除外し,172名(男性102名,女性70名,Mage=20.04,SD=1.31)のデータを分析の対象とした。
本研究は,著者の所属機関に設置されている倫理審査委員会の承認を受けて実施された(承認番号:SJ21005)。参加者は,実験への参加は任意であること,データは個人が特定されない形で厳密に管理されること,いつでも回答の拒否や中断が可能であること,それによって不利益が生じることはないことなど,研究参加に関する倫理的な配慮についての説明を受けた後,参加に同意した上で実験に参加した。実験の参加中ならびに参加後において,不満を訴えた者や,データの利用を拒否した者はいなかった。
手続き参加者は,実験刺激を作成するための予備実験として,3つの独立した課題を行うと説明された。実験は,恋愛概念のプライミング(乱文構成課題),量刑ならびに理由の報告(量刑判断課題),概念活性化の測定(印象評定課題)の3つのフェイズから構成されていた。
恋愛概念のプライミング(乱文構成課題)恋愛概念の活性化を操作するために,Baker(2010)を参考にして作成された乱文構成課題を実施した。参加者は,5つの単語セットから4つを選んで文法上適切な文章を構成するように求められた。恋愛プライミングあり条件では,10問中8問に恋愛関連語が含まれていた。恋愛プライミングなし条件では,完成時にほぼ同じ文法構成になるように問題が作成されていたが,恋愛関連語は含まれていなかった(Table 1)。
恋愛プライミングあり単語セット | 恋愛プライミングなし単語セット |
---|---|
好きな人と,桜は,春を,見に行きたい,必ず | 家族と,桜は,春を,見に行く,必ず |
映画の,チケットを,シーンと,見る,キス | 映画の,チケットを,シーンと,見る,食事 |
常に,デートが,カレンダーに,楽しみだ,私は | 常に,ゲームが,カレンダーに,楽しみだ,私は |
始めて,毎日,経った,同棲を,半年が | 始めて,毎日,経った,バイトを,半年が |
魅力的な,大学が,異性と,私は,関わりたい | 魅力的な,大学が,ペットと,私は,関わりたい |
女性容疑者に対する反応を測定するために,白岩・唐沢(2015)の方法を参考にして作成された量刑判断課題を実施した。量刑判断課題では,熟慮的な判断そのものが恋愛プライミング効果の持続や抑制に影響することを避けるために,直感的な判断を求める課題が採用された。参加者は,自らが裁判員として選ばれた場面を想定し,写真の女性容疑者4)が関与する傷害致死事件のシナリオを読み,容疑者の量刑を決定するように求められた。事件の内容は,容疑者が同僚と借金問題で口論したあげく近くの花瓶で被害者の頭部を殴打し,容疑者はすぐに救急車を呼んだが,被害者は死亡したというものであった。直感的な決定を促すために,量刑は最大40年5)から減刑したい年数分,画面上に表示されたハンマーの画像をクリックまたはタップすることで行われた。その後,シナリオを正しく理解していることを確認するために,参加者は容疑者が罪を認めていたか否かを回答するように求められた。
理由の報告「理由の報告あり」条件の参加者は,自らの量刑の理由について報告するように求められた。理由の報告を促すために,参加者は自らの量刑の理由について,1殺人罪に対して相応しいと感じた,2情状酌量の余地に対して相応しいと感じた,3再犯の可能性に対して相応しいと感じたの3つの選択肢から最も適したものを選ぶ,あるいは,自由記述で回答するように求められた。「理由の報告なし」条件の参加者は,次の印象評定課題(概念活性化の測定)の後に,同様の質問に回答した。自由記述を選択した参加者は9名であった。恋愛に関する理由を報告した者はいなかったため,これらの参加者も分析の対象とした。
概念活性化の測定(印象評定課題)恋愛概念の活性化の度合いを測定するために,量刑判断課題での女性容疑者について印象評定課題を実施した。参加者は,女性容疑者の写真を再度提示され,「先ほどの事件の容疑者はどれくらい魅力的ですか?」という質問に対して,1(全く魅力的でない)から7(非常に魅力的である)までの7件法で回答するように求められた。「理由の報告なし」条件の参加者は,この質問に続いて,自らの量刑の理由について報告するように求められた。恋愛プライミング条件では,男性参加者の量刑判断が厳しくなり,容疑者の魅力が低く評価されるが,「理由の報告あり」条件では,恋愛プライミングの効果は抑制され,容疑者の魅力の低下は観察されないと予測される。
実験操作への気づきの確認最後に,プライミング操作の影響への気づきの確認を実施した。参加者は,先の課題への回答が,後の課題への回答に影響した可能性があると思うかどうかを回答し,影響した可能性があると回答した場合には,影響の内容を報告するように求められた。プライミング操作の影響に言及した者はいなかった。
減刑した年数に対して,参加者の性別2(男性or女性)×恋愛プライミング2(ありorなし)の分散分析を行った結果(Figure 1),有意な交互作用効果が認められた(F(1, 168)=4.59, p=.034, η2=.026)。下位検定の結果,男性参加者において,恋愛プライミングの単純主効果が有意であり(F(1, 168)=4.21, p=.042, η2=.024),恋愛プライミングあり条件(M=20.25, SD=11.04)では,恋愛プライミングなし条件(M=24.45, SD=9.81)と比較して,減刑した年数が少なかった。女性参加者においては,恋愛プライミングの単純主効果は認められなかった(F(1, 168)=1.20, p=.274, η2=.007, n.s.)。これらの結果は,男性参加者から女性容疑者に対する量刑は,恋愛概念の活性化によって厳しくなるという,本研究の予測と整合している6)。
女性容疑者の魅力の評価に対して,参加者の性別2(男性or女性)×恋愛プライミング2(ありorなし)×理由の報告2(ありorなし)の分散分析を行った結果(Figure 2),恋愛プライミングと理由の報告の交互作用効果が認められた(F(1, 164)=4.64, p=.033, η2=.025)。下位検定の結果,理由の報告なし条件において,恋愛プライミングの単純主効果が有意であり(F(1, 164)=7.37, p=.007, η2=.040),恋愛プライミングあり条件では(M=2.13, SD=1.26),恋愛プライミングなし条件(M=3.08, SD=1.40)と比較して,女性容疑者の魅力の評価が低かった。さらに,恋愛プライミングあり条件において,理由の報告の単純主効果が有意であり(F(1, 164)=5.76, p=.018, η2=.03),理由の報告あり条件では(M=2.93, SD=1.54),理由の報告なし条件(M=2.12, SD=1.26)と比較して,女性容疑者の魅力の評価が高かった。これらの結果は,自らの反応の理由を報告することで,プライミング効果が抑制されるとする,本研究の予測と整合している。
なお,参加者の性別の主効果(F(1, 164)=9.67, p=.002, η2=.053)が有意であり,女性参加者(M=3.13, SD=1.43)は,男性参加者(M=2.45, SD=1.28)と比較して,女性容疑者の魅力の評価が高かった。
本研究では,恋愛に関する概念の活性化が,女性容疑者に対する量刑判断に及ぼす影響について検討した。恋愛プライミングは,配偶者獲得動機を高め,交際中ではない異性愛者の男性参加者において,女性容疑者の魅力の評価を低下させ,その結果として,量刑判断が厳しくなると予測された。このような予測と整合して,恋愛プライミング条件の男性参加者は,女性容疑者の魅力を低く評価し,また,女性容疑者に対して厳しい量刑を示していた。
さらに,本研究では,自らの判断の理由に注目することで,プライミング効果が抑制される可能性について検討した。量刑判断の理由を求めない統制条件では,恋愛プライミングによって女性容疑者の魅力の評価が低下したが,理由の報告を求める実験条件では,プライミング効果は観察されなかった。これらの結果は,プライムの存在やその影響に無自覚であっても,自らの手でプライミング効果を抑制できる可能性を示唆する重要な知見である。プライミング効果の抑制を扱うこれまでの研究では,実験者が参加者の反応の歪みやその原因を指摘することで抑制を促す手続きが用いられてきており,参加者が自らの手でプライミング効果を抑制することは困難であると考えられてきた(同様の議論は,Bargh(1999),Dijksterhuis(2010),及川・及川(2010)参照)。自らの反応の理由に注意を払うことは,無自覚の影響をコントロールするために有効な手法となる可能性が考えられる。
本研究の統制条件における恋愛プライミングの効果は,量刑判断後も持続していた。一般に,目標プライミングの効果は目標が満たされた時点で完結するが(Förster et al., 2005),目標が満たされるまでは持続することが知られている(Bargh et al., 2001)。量刑判断は恋愛目標を満たすものではないため,本研究の統制条件における恋愛プライミング効果は,量刑判断後も持続したと考えられる。今後の研究においては,目標が満たされることで恋愛プライミング効果が抑制される可能性についても検討する必要があるだろう。
恋愛プライミングは,配偶者獲得動機を高め(沼崎,2017),ジェンダーステレオタイプ的な認知に基づく判断を強化すると考えられる(Park et al., 2011)。恋愛プライミングは,男性参加者における女性容疑者の魅力の評価を低下させ,また,厳しい量刑を導いていた。女性参加者においては,恋愛プライミングは量刑判断には影響しなかったが,魅力の評価には影響していた。これらの結果の背景には,女性容疑者は配偶者候補から外れることや,伝統的な性役割態度から逸脱することが寄与していたと考えられる(同様の議論は沼崎他,2006参照)。また,恋愛プライミングは,配偶者獲得動機を高め,男性参加者と女性参加者に対して異なる影響を及ぼした可能性が考えられる。たとえば,女性においては,配偶者獲得動機の高まりは,配偶者としての適性を示す優しさに関連する特性を高めることが報告されている(Griskevicius et al., 2007)。一方で,男性においては,配偶者獲得動機の高まりは,男性的な特性である攻撃性を高めることが報告されている(Ainsworth & Maner, 2014)。量刑判断の研究においても,男性参加者に比べて,女性参加者は量刑判断を軽くする傾向があることが指定されている(猪八重他,2009)。そのため,女性参加者においては,たとえ恋愛プライミングによって女性容疑者に対する魅力の評価が低下したとしても,厳しい量刑判断のような攻撃行動を導かなかった可能性が考えられる。恋愛概念の活性化によって,異性の容疑者や,性役割に一致しない容疑者に対する量刑判断が厳しくなる可能性が示唆されたことは,裁判におけるバイアスの存在を浮き彫りにしており,日本の裁判員制度においても重要な知見である。今後の研究では,恋愛プライミング効果の性差について,より詳細に検討する必要があるだろう。
限界と展望本研究は,プライミング効果の抑制メカニズムについて新たな知見を提供しており,自動的な影響をコントロールする方法に関する重要な示唆を与えるものであると考えられる。しかし,本研究にはいくつかの限界点があり,結果の解釈には慎重を要する。
第一に,プライミング効果を抑制するためには,自らの反応に注意を向ける必要はなく,ディストラクターとなる思考を挟むだけで十分であるという代替説明が考えられる。プライミング効果は,無関係なフィラー課題を挟んでも持続することが報告されているため(Aarts et al., 2004),単なる意識的思考だけではプライミング効果を抑制するためには不十分である。しかし,先述したように,恋愛目標を満たす思考であれば,恋愛プライミング効果を抑制できる可能性は考えられる。今後の検討課題である。
第二に,本研究では,プライミング効果の指標として,量刑判断や魅力の評価に現れる間接的な反応の歪みを用いており,恋愛概念の活性化や配偶者獲得動機そのものを測定していない。今後の研究においては,概念の活性化や動機づけを直接測定することも必要だろう。
第三に,本研究では,恋愛プライミングの効果として,恋愛目標の活性化と,その目標を達成するための手段となるジェンダーステレオタイプの活性化の2つのプロセスが想定されていた。しかし,ジェンダーステレオタイプは必ずしも恋愛目標の活性化に従属するとは限らず,恋愛プライミングによって直接活性化され,その後の判断に影響する可能性も考えられる。今後の研究では,恋愛プライミングに伴う異なる心理過程を個別に検討していく必要がある。
第四に,本研究の対象は日本人大学生に限定されており,より多様な対象への一般化には注意が必要である。恋愛観や量刑判断の基準は年齢や経験によって異なる可能性があるため,今後はより多様な人々を対象とした検討が必要である。
第五に,恋愛プライミング以外の概念活性化が同様に抑制されるかは未検証である。プライミング効果の研究では,認知(Srull & Wyer, 1979),感情(Isen, 1987),行動(Bargh et al., 1996),動機づけ(Bargh et al., 2001)など,さまざまな概念の活性化が自動的な影響を及ぼすことが報告されている(Bargh, 2017)。自らの反応の理由に注目することが,他の概念活性化の影響の抑制にも寄与することを示すことは,今後の重要な課題として残されている。
留意すべき点や今後の課題は数多く残されているが,本研究はプライミング効果が抑制する仕組みの一端を浮き彫りにし,自動的な影響をコントロールする方法について考える上で重要な示唆をもたらすことが期待される。意識的な熟慮による合理的な判断は,有限の認知資源の投入を要するため(Baumeister, et al., 1998),日常の判断のすべてを意識的に行うことは現実的ではない。そのため,人の反応の多くは無自覚の内に働く自動的なプロセスに依存している(Bargh, 2017)。意識的なプロセスと自動的なプロセスの相補的な関係を理解することは重要な課題だが(及川・及川,2010),自動的な影響をコントロールするための方法については,依然として不明な点が多く(Oikawa et al., 2011),今後も検討を進める必要がある。
1)本研究結果は日本心理学会第86回大会で発表された。
2)本研究は第1著者の所属機関である同志社大学心理学研究科の倫理委員会の承認を得て実施された(承認番号:SJ21005)。
3)より多様な恋愛形態を含めることも重要な課題であるが,本稿では異性愛に焦点を絞った議論と実証研究を行う。
4)女性容疑者の写真はSofer et al.(2017)で使用された日本人の魅力的な顔100%の平均顔を使用した。
5)傷害致死事件の量刑年数として現実的な範囲(20年から30年)に収まるように,減算式の課題を設定した。なお,すべての参加者は実験後,現実の傷害致死事件の年数について説明を受けたが,他のオンライン実験参加者への情報洩れを防ぐため,実験目的と実験操作については説明されなかった。
6)乱文構成課題の回答に不備が見られた者1名,量刑判断課題の回答に不備が見られた者6名を除外した,恋人ありの参加者77名を対象に,減刑した年数に対して,参加者の性別2(男性or女性)×恋愛プライミング2(ありorなし)の分散分析を行った結果,交互作用効果が認められなかった(F(1, 73)=0.002, p=.96, η2=.00003)。この結果は,Maner et al.(2008, 2009)と一致する結果であり,交際中の人物は異性に対して恋愛プライミングの影響が異なる可能性が示唆されたことは,有益な示唆を提供することが考えられる。