論文ID: 2022-007
The concept of relative deprivation refers to the feeling of being unfairly deprived of a deserved outcome compared to others. Previous research suggests that individuals who experience high levels of relative deprivation are more prone to aggression towards those in weaker positions. In this study, we conducted two pre-registered online surveys, a correlational study with 363 participants (Study 1) and an experimental study with 264 participants (Study 2), to examine whether individuals who feel relative deprivation are more inclined to attribute the unemployment status of a third party to personal factors. In Study 1, no significant correlation was found between them. In Study 2, we observed a significant impact of personal relative deprivation on the extent to which the unemployment status was attributed to personal factors. However, the experimental manipulation of relative deprivation did not yield a significant effect. Based on these results, we discuss the relationship between the discourse of self-responsibility for the unemployed and relative deprivation.
2007年に行われた大規模な国際調査によると、「とても貧しい人たちの面倒をみるのは、国や政府の責任である」という質問に対して「そう思わない」と回答した人の割合は、ほとんどの国で10%未満だったのに対して、日本は38%であった(Kohut et al., 2007)。この調査結果は、日本に住む人々が、経済的弱者に対して相対的に厳しい態度を持っていることを示している。一方で、総務省統計局による労働力調査(基本集計)によると,2022年4月現在の完全失業者は193万人、非労働力人口のうち家事も通学もしていない者(無業者)が15~34歳では57万人、35~44歳でも36万人に及んでいる(総務省統計局,2022)。このように、失業者や無業者など働いていない状態にある人々(以下、非就業者とする)という社会的に立場の弱い集団の存在が社会問題になっている一方で、彼らに対する「自己責任」論が、無視できない影響力を持っている(湯浅,2008)。自己責任論は、非就業状態にある人々が働いていない要因、現在の苦境やそこから抜け出す責任などを彼ら自身に帰する論説であるが、こうした論説を支持することは、社会の実態を知ろうとし、社会問題に向き合う努力をなおざりにすることになりかねない。例えば転職経験者に対して離転職の契機を尋ねた調査からは、職場環境や待遇への不満、就業者と会社のミスマッチなどが、人々の離職や非就業状態と多分に関係していることが見えてくる(雇用開発センター,2011)。さらに小葉松(2005)は、90年代以降フリーターと若年無業者が増加した背景には、90年代初頭に労働集約財を中心にした輸入の急増による製造業就業者の激減があると指摘している。
このように、自己の要因以外にもさまざまな外的要因が想定されるにもかかわらず、なぜ非就業の自己責任論は支持されがちなのだろうか。本研究は、人々が非就業者をはじめとした、社会的・経済的に立場の弱い他者へと非難の矛先を向ける背景に、相対的剥奪が関与している可能性について実証的に検討する。相対的剥奪とは、他者と比較して、自身もしくは内集団が不当に不利益を被ったと認識することで生じる不快な体験のことを指す(Smith et al., 2012)。相対的剥奪は、集団間比較を伴う集団的相対的剥奪と、対人比較(集団内比較)を伴う個人的相対的剥奪に分類されるが、そのうち個人的相対的剥奪は、ストレスを高めたり(Crosby, 1976)、剥奪状態から自己を回復させる努力を引き起こしたり(Callan et al., 2008; Hafer & Olson, 1993)と、個人の心理過程や個人的な行動などの反応を予測することが指摘されている。
人が個人的相対的剥奪状態に陥ると、そこから回復するための手段として、より立場の弱い他者への否定的態度の表出がなされることがある。これは、Steele(1988)の自己肯定化理論や、Berkowitz(1989)による欲求不満–攻撃仮説で説明されているようなメカニズムである。例えばGreitemeyer & Sagioglou(2017)の実験は、個人的相対的剥奪の経験が他者に対する敵意を助長し、攻撃行動を増加させることを示している。否定的態度が表出する対象には、自分よりも低い地位にある他者が選ばれやすいようである。速水(2006)は、近年の若者たちが路上生活者をはじめとした社会的弱者を攻撃する背景に、社会的弱者を自分とは異なる人間として捉え、「自分より下」の存在を見下げることで自信を取り戻そうとする心理が働いていると述べている。また石井・沼崎(2011)は、将来の成功と関連すると教示されたテストの結果が平均よりも低いとフィードバックされた男性は、女性に対してよりネガティブな態度を向けることを示している。この結果は、自己価値への脅威にさらされた男性は、不快感を解消するために、自己高揚的な機能を持つ偏見を増加させたと解釈されている(石井・沼崎,2011)。これらを踏まえると、相対的剥奪状態に陥った個人は自己高揚動機が高まり、自分より弱い立場にある、攻撃しやすい対象に対して、ネガティブな態度や感情を向ける可能性がある。
本研究では、個人的相対的剥奪の程度によって、現在就業している人が非就業者の状況を「自己責任」であると見なす程度が異なるのかどうかを検証する。これまで行われたいくつかの研究では、外国人や移民に対する否定的態度や偏見、攻撃行動と、相対的剥奪との関連が検討されてきた。例えばYoxon et al.(2019)は、ヨーロッパ9ヵ国の国際比較を通して、個人レベルの相対的剥奪が反移民的偏見に影響することを明らかにした。彼らは、比較を伴う個人レベルの主観的な困窮度が高まると、排他的なイデオロギーに同調し、反移民的態度を抱くことで、自分の生活に対する統制感を回復することを示した。本研究では、移民と同じような立場にある、非就業状態にある人々に対する自己責任論にも、個人的相対的剥奪が影響している可能性について検討する。そうすることで、移民や外国人と違って、同一の生活圏・文化圏に所属している者という点で自身と類似しており、社会的資源を共有している者同士であっても、相対的剥奪の効果が見られるのかどうかを検証する。
こうした目的を果たすために、若年層の就業者を調査対象とし、相関的研究(研究1)と実験的研究(研究2)の両方の手段を用いて、相対的剥奪が非就業状態の原因帰属に及ぼす影響を検討する。非就業の原因を当該非就業者自身に帰する程度の測定には、伊藤・唐沢(2013)による非就業状態の原因帰属項目の原因帰属項目を用いる。この尺度は、第三者の非就業状態の原因を個人、社会の不平等、運命の3因子に帰属する程度を測定するものであるが、このうち、非就業の原因を「向上心の不足」や「モラルの低さ」、「その状況から抜け出す努力の不足」などに帰属する程度を問う個人的帰属因子が、本研究でいう、非就業状態にある人々が働いていない要因、現在の苦境やそこから抜け出す責任などを彼ら自身に帰する傾向、すなわち「自己責任」に該当すると考えた。
また、本研究では、学歴・収入などの客観的な社会経済的地位(以下、SESとする)を示す指標、および主観的SESを統制変数に加える。先行研究では、両者はともに、ネガティブな対人態度や行動と関連があることが示されてきた。客観的SESについては、所得や学歴の低さが複数の対象への偏見を強めること(Carvacho et al., 2013)、あるいは、所属階層の低さが非倫理的な行動と関連することが見出されている(Piff et al., 2012)。そして、国全体を準拠集団とした人々の主観的な階層を尋ねる指標(Adler et al., 2000)である主観的SESは、その低さが人種/民族的マイノリティに対する偏見を強めるという相関的、因果的知見(Hines & Rios, 2021)がある一方で、その高さが精神疾患を持つ人の偏見の強さと正の関連を持つという知見(Foster et al., 2018)があり、研究間で結果の方向性は一貫していない。しかし、いずれにせよ、客観的SESと主観的SESは、本研究の従属変数である非就業の自己責任論と少なからず関連する変数であることが予想される。他方で、客観的SESや主観的SESは、本研究の主たる独立変数である個人的相対的剥奪との関連も指摘されている。主観的な個人的相対的剥奪と社会的地位および向社会性の相互関係を検討したCallan et al.(2017)によると、両SESは個人的相対的剥奪と中程度の負の相関を持っていた。これらを考慮して、本研究では客観的SESと主観的SESを測定し、これらの効果を統制しても、個人的相対的剥奪の高さが非就業状態の当該人物への帰属を促すのかどうかについて検討する。
研究1では、個人的相対的剥奪と非就業状態の当該個人への帰属には正の関連があるという仮説(仮説1)を検証する。個人的相対的剥奪感の個人差を尺度によって測定し、個人的相対的剥奪感を強く抱く人は非就業状態の原因を当該個人に帰属させる傾向が高いかどうかを検討する。
方法参加者楽天インサイト株式会社(以下、調査会社とする)のモニタ登録者のうち、フルタイムの勤め人、自営業、派遣・契約社員400名(うち女性200名)に調査を依頼した。対象年齢は若年層(18歳から34歳)とし、収入や職場における地位の個人差を一定程度統制することを試みた。各調査で400~482名の対象者からデータを収集していた先行研究(Greitemeyer & Sagioglou, 2017)に基づき、予算の範囲内で設定可能な最多のサンプルサイズとした。
調査項目と手続き研究者が対象の属性とサンプルサイズを決定したうえで、調査会社に調査依頼および回答の回収業務を委託した。調査会社が保有する登録者情報のうち、年齢が本研究の対象と合致する人々にスクリーニング調査が送られ、ここで就業形態が「勤め人(フルタイム)、自営業、派遣社員・契約社員のうちいずれか」という募集条件に適合した人が本調査へと進むよう設計された。集計値が目標サンプルサイズである400名を超えたところで調査を打ち切り、調査会社が独自に設定した注意力確認(自由記述欄に不正な回答を行った対象を除外)が行われた後、残った有効サンプルから指定したサンプルサイズのデータがランダムに抽出され、納品された。
調査では、参加者に調査概要を説明し、インフォームド・コンセントを得た後、以下のような項目に対して順に回答を求めた。なお、ここでは本研究に関わる項目についてのみ詳述する3)。
スクリーニング調査では、回答者の就業形態を尋ねて対象者抽出に用いた後、さらに学歴と収入について尋ねた。性別、年齢、居住都道府県については、調査会社が保有する登録者情報が提供された。
個人的相対的剥奪感の測定には、Callan et al.(2011)のPersonal Relative Deprivation Scale(以下、PRD尺度とする)を日本語訳したものを使用した。日本語への翻訳は、社会心理学に精通しており円滑な英語運用能力を有する教員2名に依頼した。「私が手にしているものと、私と似たような人たちが手にしているものを比較すると、私は、何かを奪われているような気分になる」、「私は、私と同じような人たちと比べると、優遇されているように思う」(逆転項目)、「私と似たような人たちが成功しているのを見ると、私は腹立たしい気持ちになる」、「私が手にしたものと、私と同じような人たちが手にしたものとを比べたとき、私は自分がかなり恵まれていることに気づく」(逆転項目)、「私と似たような人たちがもっているものと比べると、私は自分がもっているものに不満を感じる」の計5項目を、「1:全くそう思わない」~「6:非常にそう思う」の6件法で尋ねた。
非就業状態の当該人物への帰属は、伊藤・唐沢(2013)による非就業状態の原因帰属項目を用いて測定した。この尺度には、不平等帰属4項目、個人的帰属3項目、運命的帰属2項目の3因子9項目が含まれており、「1:まったくそう思わない」~「7:とてもそう思う」の7件法で測定した4)。
主観的SESを測定する尺度として、Yanagisawa et al.(2013)による幼少期の主観的SES、現在の主観的SES、各3項目に、「1:全くあてはまらない」~「5:とてもそう思う」の5件法で回答を求めた。さらに、主観的階層を「仮に現在の日本社会全体を五つの層に分けるとすれば、あなたはどこに位置すると思いますか?」という教示のもと、「上」、「上の中」、「中の上」、「下の上」、「下の下」の5つから回答させた。
各設問内の項目は回答者毎にランダムに表示されるよう設定し、調査の途中には、回答への注意不足を検出するために、非就業状態の原因帰属項目に「この項目では、「どちらでもない」を選んでください」というDirected Questions Scales(DQS)を1項目挿入した(三浦・小林,2018)。
調査にあたって、OSF上に事前登録を行った5)。本研究は追手門学院大学研究倫理委員会の承認を得て(承認番号2021-27)、2021年11月30日から12月2日にかけて行われた。
結果6)分析対象者総回答者400名のうち、DQSで指示された回答を選択しなかった35名、学歴を問う項目に(6)その他と回答した2名を除く、363名(うち女性194名)を分析対象とした。平均年齢は27.32歳(SD=3.88)であった7)。
記述統計量本研究の分析には、HAD17_202(清水,2016)を使用した。主観的SES得点を算出するために、志水他(2021)に倣って現在の主観的SESを問うた3項目(α=.62)を合算・平均して、回答者の主観的SES得点とした8)。
個人的相対的剥奪感について、逆転項目処理を行った上で5項目のPRD尺度の信頼性係数を算出したところ、α=.55と低く、尺度の内的整合性が疑われた。また、逆転処理する前の信頼性係数がα=.62と処理後の係数よりも高く、逆転項目が適切に機能していない可能性が疑われた。本尺度は本研究における主要な変数であるため、一定程度以上の信頼性が必要であると判断して、2つの逆転項目を除外した3項目(α=.79)の平均点を個人的相対的剥奪感の指標とすることとした。
各変数について、平均値および標準偏差を算出した(Table 1)。非就業状態の原因帰属項目は、不平等帰属がα=.79、個人的帰属がα=.79、運命的帰属がα=.50であった。運命的帰属の信頼性係数は低いが、2項目であることを踏まえてそのまま合成した。
変数名 | 平均値 | 標準偏差 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 個人的相対的剥奪感 | 2.96 | 0.97 | — | ||||
2 主観的SES | 2.63 | 0.79 | −.17** | — | |||
3 非就業の自己責任論指標 | 0.00 | 1.09 | .08 | .11* | — | ||
4 非就業の不平等帰属 | 4.19 | 1.09 | .13* | −.01 | .00 | — | |
5 非就業の個人的帰属 | 4.02 | 1.16 | .17** | .13* | .94** | .14** | — |
6 非就業の運命的帰属 | 3.58 | 1.13 | .28** | .07 | .00 | .21** | .35** |
**p<.01, *p<.05, †p<.10
非就業状態の原因帰属3因子において、不平等帰属と運命的帰属を統制した個人的帰属の指標を作成するため、まず、非就業状態の個人的帰属を目的変数、不平等帰属と運命的帰属を説明変数とした重回帰分析を行い、残差得点を算出した。この残差得点を用いることによって、不平等/運命的帰属の影響が取り除かれた個人的帰属が、個人的相対的剥奪感とどのように関連するのかを検討することが可能となる。以下では、この残差得点を「非就業の自己責任論指標」と表記する。
相関分析個人的相対的剥奪感、主観的SES、新たに作成した非就業の自己責任論指標、非就業状態の原因帰属の3因子(不平等帰属/個人的帰属/運命的帰属)間の関連について検討するため、ピアソンの積率相関係数を算出した。変数間の相関係数をTable 1に示す。個人的相対的剥奪感と非就業の自己責任論指標との間に関連は見られなかった(r=.08, p=.141)。
階層的重回帰分析仮説1を検証するために、非就業の自己責任論指標を目的変数とし、性別と年齢、学歴・収入、個人的相対的剥奪感、主観的SESの主効果を検討する階層的重回帰分析を行った。Step 1では性別と年齢、そして客観的SESの指標となる学歴・収入と主観的SESを投入し、Step 2で個人的相対的剥奪感の主効果を投入した。その結果(非標準化偏回帰係数)をTable 2に示す。
変数名 | Step 1 | Step 2 |
---|---|---|
切片 | −0.97[−1.94, 0.00]* | −1.46[−2.56, −0.37]** |
年齢 | 0.03[0.00, 0.06]* | 0.04[0.01, 0.07]* |
性別(男性=0) | −0.03[−0.25, 0.20] | −0.01[−0.23, 0.22] |
学歴 | −0.11[−0.24, 0.02] | −0.10[−0.23, 0.04] |
収入 | 0.00[−0.15, 0.16] | 0.01[−0.15, 0.16] |
主観的SES | 0.16[0.02, 0.30]* | 0.18[0.04, 0.32]* |
個人的相対的剥奪感 | 0.11[−0.01, 0.23]† | |
R2 | .03* | .04* |
ΔR2 | .01† |
非標準化係数(b)([ ]内は95%信頼区間)**p<.01, *p<.05, †p<.10
Step 1のモデルは有意であり(R2=.03, F(5, 357)=2.54, p=.028)、また、Step 2における決定係数はR2=.04と、効果は小さいものの有意であった(F(6, 356)=2.72, p=.014)。しかしながら、Step 2におけるR2の増分は有意ではなく(p=.062)、非就業の自己責任論指標と個人的相対的剥奪感の関連も有意ではなかった(b=.11, p=.062)。なお、各モデルにおけるVIF値は1.3未満であり、多重共線性の問題はないと判断した。
考察研究1では、個人的相対的剥奪感と非就業状態の当該人物への帰属との関連についてフルタイムの勤め人を対象とする質問紙調査により検討した。個人的相対的剥奪感と非就業の自己責任論指標との間に関連は見られなかった。また重回帰分析においても、個人的相対的剥奪感と非就業状態の当該人物への帰属との関連は有意に近い傾向にとどまり、決定係数の増分も有意ではなかった。よって、仮説1は支持されなかった。
続く研究2では、個人的相対的剥奪感の個人差変数を再度測定し、非就業の自己責任論との関連を検討するとともに、場面想定法を用いて相対的剥奪の有無を操作した群とそうでない群を比較し、非就業状態を当該人物に帰属する程度に差が見られるかどうかを検討する。
研究1では、自分を他者と比較して不満であると感じる程度は、非就業状態の要因を当該人物へと帰属させる傾向と相関しないことが示された。
研究2では、これらの変数間の関連を再度検証すること、ならびに、相関的な検討にとどまった研究1に対し、相対的剥奪の有無を操作する手続きを加え、これらの因果的な関連を検討することを目的とする。個人が現実世界で感じる慢性的な剥奪と、実験操作によって喚起された急性の相対的剥奪感とでは、従属変数に及ぼす影響に差異があるかもしれない。序論で述べたような背景にもとづけば、相対的剥奪感が喚起された群は、統制群と比べて、非就業状態の原因を個人的な性格などの内的要因に帰属させやすいことが予測される(仮説2)。
研究2でも、研究1と同様、学歴・収入などの客観的SESと主観的SESを測定し、統制変数とする。また、相対的剥奪の操作と同時に個人的相対的剥奪感の個人差を尋ね、両者を非就業の自己責任論指標に対する説明変数として分析モデルに投入することで、操作と個人差の影響をそれぞれ別個に検討する。
さらに、相対的剥奪の操作が意図通りに機能したかを確認するために、操作の後にポジティブ感情とネガティブ感情を評定する尺度を加える。これは、相対的剥奪と感情変数との関連の深さを指摘し、相対的剥奪の操作を行う際に感情を測定して分析の際に考慮することを提案したSmith et al.(2012)、相対的剥奪は憤りや怒りの感情の予測因子だとするFolger & Martin(1986)やBuunk & Janssen(1992)を踏まえたものである。
方法参加者パネルサンプルプロバイダ(Lucid Holdings, LLC)を介して、調査会社にモニタ登録している者を対象として参加者を募集し、スクリーニング調査で、年齢は18歳から34歳、職業が、正社員、派遣社員(フルタイム)、または公務員(正規職員)と回答した351名(うち女性162名、無回答41名)に対して調査を実施した。研究1を踏まえ、また研究費予算内で設定可能な範囲として上記のサンプルサイズを設定した。
調査項目と手続き9)参加者に、性別、年齢、PRD尺度に回答させた。その後、実験的に剥奪感を誘発することに成功している先行研究(Sim et al., 2018; van den Bos et al., 2015)をもとに作成した、2種類のうちいずれか1つのシナリオを参加者に読ませて、相対的剥奪の有無を操作した。操作確認に回答させた後、シナリオを受けての参加者の感情を尋ねる項目、非就業状態の原因帰属項目、主観的SES、学歴と収入について回答を求めた。また、非就業状態の原因帰属項目に関しては、調査票においてこの項目が唐突に問われることによる回答しにくさを解消するため、尺度の教示に、総務省統計局(2022)の調査を引用し、現在の日本には93万人の無業者がいるという情報を含めた。そのほか、基本的には研究1と同じ項目を用いたので、以下には異なる点のみ記述する。
実験操作では、相対的剥奪群と統制群の両者に、それぞれの条件にそった場面を描いたイラストと文章を用意し、描かれた場面を具体的に想像するよう教示した。まず、両条件に共通して以下の文言が与えられた。
あなたは、今所属している会社が、自分の頑張りを評価してくれていると感じています。そして、その会社の福利厚生や自分のポジションに対して、かなり満足しています。
社長は今年、会社の売り上げが上昇したため、一時金として、社員に特別ボーナスを支給することを決定しました。
相対的剥奪群には、以下のような文言を呈示した。
支給の際、社長は、特に理由を説明せずに、特別ボーナス額は社員によって異なることを明らかにしました。あなたは今年10万円を受け取る予定ですが、同僚たちはだいたい皆、20万円を受け取る予定であると知りました。
一方、統制群には次のような文言を呈示した。
支給の際、社長は、特に理由を説明せずに、特別ボーナスは全社員で同額であると明らかにしました。あなたは今年10万円を受け取る予定ですが、同僚たちも皆、10万円を受け取る予定であると知りました。
シナリオ作成の際に参照したSim et al.(2018)に倣い、本研究では、両条件において参加者が受け取るとされたボーナス額は同額の10万円とした。そうすることで、受け取った額の違いではなく、他者と比較したことによる剥奪の影響を知ることができると考えた。そして、操作確認として、「10万円のボーナスはどれだけ公平だと思いますか?」、「あなたはどれだけ公平に扱われたと感じましたか?」、「10万円というボーナス額は、どの程度正当だと思いますか?」、「あなたは今回のボーナスに対して、どの程度感謝していますか?」という4項目を7件法で尋ねた。
シナリオによって喚起された感情については、「あなたの現在の気分にあてはまる程度をお答えください」という教示のあと、ネガティブ感情3項目(イライラした、敵意をもった、うろたえた)とポジティブ感情3項目(やる気がわいた、誇らしい、強気な)の計6項目に、「1:全くあてはまらない」~「6:非常によくあてはまる」の6件法で回答を求めた。項目は、川人他(2015)による日本語版PANASのネガティブ、ポジティブ2因子から選出した。さらに、シナリオに関する自由記述として、シナリオの内容や理由、感情について、回答者に自由に記述させた。
個人的相対的剥奪感は、Callan et al.(2011)の尺度を柏原・清水(2022)が日本語訳したもの(5項目6件法)で測定した10)。
本調査は大阪大学大学院人間科学研究科行動学系研究倫理委員会の審査を得て実施され(承認番号HB022-32)、2022年7月6日にデータを収集した。調査にあたって、OSFに事前登録を行った11)。
結果12)分析対象者インフォームド・コンセントに同意しなかった者や途中離脱した者40名、非就業状態の原因帰属項目と操作確認項目中に挿入した2つのDQSの両方に回答失敗した者21名、学歴と年収について「7:回答しない」を選択した27名(それぞれ3名と24名)を除く、計263名(うち女性124名(未回答1名))を分析対象とした(相対的剥奪群:n=127、統制群:n=137)。平均年齢は26.70歳(SD=4.42)であった。事後検定力分析を行った結果(効果量f2=.11、有意水準α=.05、サンプルサイズ=127(相対的剥奪群))、検定力はpower(1−β)=.80であり、本研究のサンプルサイズは妥当であると判断した。
記述統計量相対的剥奪の操作以外の各変数について、平均値および標準偏差を算出し(Table 3参照)、尺度のクロンバックα係数を求めた。PRD尺度5項目はα=.52と低かったが、事前登録に記載した通り順項目のみで信頼性係数を算出したところα=.80であったため、個人的相対的剥奪感の指標としては後者を使用した。シナリオによって喚起された感情については、ネガティブ感情がα=.80、ポジティブ感情がα=.72であり、非就業状態の原因帰属項目については、社会的帰属α=.80、個人的帰属α=.77、運命的帰属α=.57であった。主観的SESは、α=.71であった。
変数名 | 平均値 | 標準偏差 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 相対的剥奪の操作(統制群=0) | — | — | — | |||||||
2 個人的相対的剥奪感 | 3.50 | 1.02 | .03 | — | ||||||
3 主観的SES | 2.71 | 0.86 | −.02 | −.10 | — | |||||
4 ネガティブ感情 | 3.17 | 1.23 | .36** | .28** | −.05 | — | ||||
5 ポジティブ感情 | 2.94 | 1.06 | −.19** | −.05 | .33** | −.10 | — | |||
6 非就業の自己責任論指標 | 0.00 | 1.20 | −.11† | .16** | .10 | −.07 | .15* | — | ||
7 非就業の不平等帰属 | 4.22 | 1.18 | .04 | .33** | −.08 | .30** | −.01 | .00 | — | |
8 非就業の個人的帰属 | 4.12 | 1.24 | −.10 | .25** | .10 | .01 | .18** | .97** | .16** | — |
9 非就業の運命的帰属 | 3.39 | 1.33 | .02 | .34** | .03 | .32** | .17** | .00 | .49** | .23** |
**p<.01, *p<.05, †p<.10
本研究における相対的剥奪の操作が有効であったかどうかを確認するために、操作確認の4項目それぞれについて、群間で対応のないt検定を行ったところ、ボーナス額に対する公平感は、相対的剥奪群(M=3.20, SD=1.72)よりも統制群(M=4.53, SD=1.77)の方が有意に高く(t(287.49)=6.16, p<.001, d=.77)、公平に扱われたと感じる程度も、相対的剥奪群(M=3.34, SD=1.86)と比べて統制群(M=4.28, SD=1.77)が有意に高かった(t(286.04)=4.36, p<.001, d=.55)。また、統制群(M=4.45, SD=1.65)の回答者の方が、相対的剥奪群(M=3.09, SD=1.57)の回答者よりも、ボーナス額を正当であると感じており(t(287.62)=7.15, p<.001, d=.84)、同じく統制群(M=5.11, SD=1.56)の方が、相対的剥奪群(M=3.59, SD=1.65)よりも有意にボーナスに対して感謝していた(t(287.42)=8.38, p<.001, d=.95)。
群間で喚起された感情に違いがあるかどうかを検討するため、日本語版PANASのネガティブ項目、ポジティブ項目を従属変数とした対応のないt検定を行った。ネガティブ感情は相対的剥奪群(M=3.63, SD=1.20)が統制群(M=2.74, SD=1.10)より有意に高く(t(286.55)=−6.73, p<.001, d=.77)。ポジティブ感情は相対的剥奪群(M=2.74, SD=1.07)が統制群(M=3.13, SD=1.00)より有意に低かった(t(285.81)=3.22, p=.002, d=.38)。
総じて、本研究の操作は、相対的剥奪を誘発するのに有効であったと判断された。
相関分析本研究で測定した変数間の関連性を調べるために、ピアソンの積率相関係数を算出した。結果をTable 3に示す。相対的剥奪の実験操作と非就業の自己責任論指標の相関はr=−.11とごく小さく(p=.085)、本研究の仮説は支持されなかった。一方で、個人的相対的剥奪感と非就業の自己責任論指標との関連は、r=.16(p=.008)と有意であった。
階層的重回帰分析相対的剥奪群は統制群よりも非就業状態の原因を当該個人へと帰属させるという仮説を検討するため、研究1と同様の手順で算出した非就業の自己責任論指標を従属変数とした階層的重回帰分析を行った。Step 1には統制変数として学歴・収入、性別、年齢、主観的SESを、Step 2には個人的相対的剥奪感、さらにStep 3には相対的剥奪の操作(統制群=0、相対的剥奪群=1)を投入した。結果(非標準化偏回帰係数)をTable 4に示す。
変数名 | Step 1 | Step 2 | Step 3 |
---|---|---|---|
切片 | −0.46[−1.64, 0.72] | −1.40[−2.71, −0.09]* | −1.30[−2.60, 0.01]† |
年齢 | 0.01[−0.03, 0.04] | 0.01[−0.02, 0.04] | 0.01[−0.03, 0.04] |
性別(男性=0) | −0.12[−0.41, 0.18] | −0.10[−0.39, 0.19] | −0.11[−0.40, 0.18] |
学歴 | −0.11[−0.29, 0.08] | −0.12[−0.3, 0.07] | −0.12[−0.31, 0.06] |
収入 | 0.11[−0.02, 0.25] | 0.11[−0.03, 0.24] | 0.10[−0.03, 0.23] |
主観的SES | 0.13[−0.05, 0.31] | 0.17[−0.01, 0.35]† | 0.17[−0.01, 0.35]† |
個人的相対的剥奪感 | 0.22[0.08, 0.37]** | 0.23[0.09, 0.37]** | |
相対的剥奪の操作(統制群=0) | −0.28[−0.57, 0.01]† | ||
R2 | .02 | .06* | .07** |
ΔR2 | .03** | .01† |
非標準化係数(b)([ ]内は95%信頼区間)**p<.01, *p<.05, †p<.10
学歴・収入(客観的SES)、性別、年齢、そして主観的SESを投入したStep 1のモデルは有意ではなかった(R2=.03, F(5, 257)=1.32, p=.258)。個人的相対的剥奪感を投入したStep 2におけるR2の変化量は有意であり(F(3, 260)=2.59, p=.009)、個人的相対的剥奪感が非就業の自己責任論指標に及ぼす影響は有意であった(b=.22, p=.002)。Step 3では相対的剥奪の操作の効果を検証したが、R2の変化量は有意ではなく(F(4, 259)=2.81, p=.065)、自己責任論指標に対する影響は有意ではないものの負であった(b=−.28, p=.061)13)。各モデルにおいてVIF値は1.4以下であり、多重共線性の問題はない。
考察研究2では、研究1と同様に就業者を対象にして、会社におけるボーナスの不平等支給という仮想場面を呈示する相対的剥奪の操作を導入し、その操作が非就業状態の当該人物への帰属に及ぼす影響を検討した。客観的SESの指標である学歴と収入、主観的SESを投入したモデルと、これに個人的相対的剥奪感を投入したモデルとを比較した結果、研究1とは異なり、個人的相対的剥奪感は非就業の自己責任論指標に対して正の効果をもち、非就業の自己責任論に対する説明力が後者のモデルにおいて強まった。しかしながら、相対的剥奪の操作が行われた群は、統制群と比べて非就業状態の原因を当該人物に帰属させるという効果は見られず、仮説2は支持されなかった。
本研究では、若年層の就業者を対象にして、個人的相対的剥奪と、非就業状態にある人に対する自己責任論との関連を検討するために、相関的検討(研究1)と実験的検討(研究2)という2つの研究を行った。相関分析の結果からは、就業者が普段の生活の中で抱く慢性的な個人的相対的剥奪感と、非就業の自己責任論指標との間に明確な関連は見られなかった。性別と年齢および客観的SESと主観的SESを統制した重回帰分析の結果を見ると、個人的相対的剥奪感と非就業の自己責任論指標との間には、研究1においては有意な関連が見られず仮説は支持されなかったが、研究2では有意な正の関連が見られた。しかし、研究2において、実験操作によって誘発された急性の相対的剥奪感は、非就業状態の当該人物への帰属に対して正の効果を持たなかった。よって、個人的相対的剥奪と非就業の自己責任論指標との間の因果関係は明確には検証できず、むしろ操作された相対的剥奪は自己責任論指標に対して有意ではないものの負の影響を示唆するものであった。
研究2において、条件間の操作確認では有意な差が認められ、同じく操作によって喚起されたポジティブ感情、ネガティブ感情との関連性は先行研究(Sim et al., 2018)と一致していた。そのため、仮説2が支持されなかったのは、使用したシナリオ自体の不備によるものだという可能性は考えにくい。
想定とは異なる結果が得られた理由は、以下の2点が考えられる。まず1点目は、相対的剥奪の操作を受けた群が、非就業状態にある人に対して共感的になり、本人の責任を少なく見積もった可能性である。本研究の相対的剥奪群では、ボーナスが他の同僚と比べて自分だけが半額ほどであるというシナリオを呈示している。この相対的剥奪の操作の後に示された非就業者に対して、欲求不満に由来する攻撃的な態度を示すのではなく、また、同じ資源を共有していながら異なる立場(就業者か非就業者か)にある対象とは捉えずに、むしろ、彼らの陥っている状況は自分と同じく理不尽に剥奪された結果であると考えやすかったのかもしれない。自分自身が会社から不当な待遇を受けたという意識を活性化させた人々は、非就業者に対しても、彼らは(自らが呈示されたシナリオと同じく)不当な待遇の結果として今の状態にあるのだと考えた可能性がある。
2点目は、実験操作によって誘発された相対的剥奪感は、個人差として測定した相対的剥奪感とは異なり、非就業状態の当該人物への帰属に影響しない可能性である。言い換えると、非就業状態の原因を当該人物へと帰属させるのは、実験によって一時的に喚起された急性の相対的剥奪感ではなく、慢性的な相対的剥奪状態なのかもしれない。van Rongen et al.(2022)は、相関的研究と実験的研究の両方の手段を用いて個人的相対的剥奪と食物の選択行動の関連を検討して、個人差としての、つまり慢性的な個人的相対的剥奪感とカロリーの高い食物の選択行動に正の関連を見いだした。この知見を踏まえると、一時的ではない、日々の生活で鬱積した個人的相対的剥奪感を抱えている人こそ、自己高揚に積極的に動機づけられると考えることもできる。
上記の考察についてはあくまでも推測の域を出ないが、操作によってもたらされる急性の相対的剥奪感が、従属変数に対してこのような(先行研究からの想定とは異なる)効果を持つ可能性については、今後明らかにすべき課題である。
一方で、本研究の結果は示唆に富んでもいる。これまでに、個人的相対的剥奪と非就業者への自己責任論との関連を検討した研究は、管見の限り存在しない。本研究では、日常的に自分と似た他者との比較による剥奪を感じている人は、非就業状態に対して、非就業者本人に非があるというような個人的要因への原因帰属を行う場合があることが示された。こうした結果は、人々のダブルスタンダードな心理を反映している。すなわち、自身と類似した人々と比較して奪われている、満足していないと感じている人が、より剥奪状態にあると予想される集団(本研究では非就業者)に対しては、個人を責めるような原因帰属を行う傾向がある、ということである。Pettigrew et al.(2008)や柏原・清水(2022)が移民への態度として示したように、慢性的な個人的相対的剥奪感は、調査対象者にとってある種の外集団に当たるような社会的弱者に対して、よりネガティブな態度を抱かせるのかもしれない。これまでの研究では、個人的相対的剥奪を感じている人は、職場での待遇改善のために努力する(Hafer & Olson, 1993)などの自己回復を行うことが知られてきたが、本研究ではその自己回復の手段の1つとして、弱者の瑕疵が自己責任であると認知することで、脅かされている自身の立場を相対的に向上させようとすることが示唆された。またGreitemeyer & Sagioglou(2017)は、個人的相対的剥奪が慢性的に高い人は他者に対して攻撃的であることを示したが、本研究では、弱者の陥っている状況の原因を推論する際にも、個人的相対的剥奪感の効果が及ぶ可能性を示唆した。
今後の展望として、個人レベルのみならず、集団レベルの相対的剥奪を考慮した測定をすることが考えられる。Pettigrew et al.(2008)によれば、相対的剥奪の比較のレベルと従属変数のレベルが同じであるとき、両者間の最も強い関係が得られるという。これはつまり、ある集団の外集団に対する偏見や態度を尋ねる際に、それを最も強く予測するのは、個人的相対的剥奪ではなく、集団的相対的剥奪であるという指摘である。本研究では、調査対象である就業者に、非就業者に対する集団的な剥奪感を尋ねることはできていない。研究2で得られた、就業者の個人的相対的剥奪感と彼らの持つ非就業者に対する自己責任論との正の相関の背景には、就業者が非就業者という外集団に対して抱く剥奪感が作用していた可能性も考えられる。自分は必死に働いているが、世の中には働いていない人もいる、その状態は公正ではない、というような推論である。加えて、今回のような同僚同士の比較の文脈ではなく、集団間で比較させることで剥奪を操作した場合、非就業者への自己責任論にどのような影響が見られるのかについて検討したり、集団的相対的剥奪と個人的相対的剥奪との交互作用を検討したりすることも有益であろう。
本研究の限界として、注意力チェックは行ったものの、回答に際するバイアスの存在が示唆される結果がいくつか示されたにもかかわらず、その補正を行うことができなかった点がある。例えば非就業状態の原因帰属項目の3因子は、伊藤・唐沢(2013)ではいずれも無相関だったのが、本研究では有意な正の相関を示していた。このことは、ひとつひとつの項目を吟味することなく、すべての項目に同様の回答をした参加者が少なからずいたことを示しているのかもしれない。しかしこの尺度には逆転項目が含まれておらず、その検証は難しい。また、PRD尺度には5項目中2項目の逆転項目が含まれているが、逆転項目を処理する前の信頼性係数(研究1:α=.62、研究2:α=.69)の方が、処理後(研究1:α=.55、研究2:α=.48)よりも高かった。本研究では順項目のみで指標化することで対処したが、この結果も、前述のようなバイアスの所産である可能性は否めない。特に後者については、PRD尺度の項目の難解さも影響しているかもしれない。今後は、回答に際するバイアスに積極的に対処できるような調査設計や項目内容の改善を検討したい。
本研究では、相対的剥奪と非就業状態の当該人物への帰属との間に、頑健な正の関連が見られたわけではなく、また両者の因果関係が明らかになったわけでもない。そのため、結果の解釈には留意しなければならないものの、相対的に剥奪されている、劣っていると感じている人々が、弱者の格差是正のための努力ではなく、下方比較に労力を割いてしまう可能性を示唆している。冒頭で述べたように、非就業者に対する自己責任論を支持することは、彼らが陥っている社会の実態を知ろうとする努力、そして社会問題に向き合う努力をなおざりにする。本研究は、対人比較や日々の不平等の経験が、社会的弱者の瑕疵を個人に帰属させる傾向を高める可能性を暗示している。今後も相対的剥奪研究を進めることで、多くの人々が相対的剥奪に端を発する非就業者への自己責任論に対して自覚的になるきっかけとしたい。
1) 本研究のデータとマテリアルは、付録としてOpen Science Framework: https://osf.io/6rkud/ で提供する。本研究の結果の一部は、日本社会心理学会第63回大会において発表された。
2) 論文の執筆にあたり、関西学院大学の清水裕士氏、柏原宗一郎氏に助言を頂きました。この場を借りて深く感謝申し上げます。
3) 調査票の内容は電子付録を参照。
4) 本研究は仮説を事前に設定しており、その際には個人的帰属のみを主要な従属変数として分析するように明記しているが、相関分析の結果や他の因子との関連も考慮すべきであるという観点から、事前登録した分析方法とは異なる指標を用いた検討を行っている。
5) 事前登録(研究1)のURL: https://osf.io/ynpxm
6) 事前登録時には、公正世界信念を個人的相対的剥奪感と非就業状態の当該人物への帰属を調整する変数として検討することを計画していたが、データ収集後に、本研究の分析モデルは適切とは言えないと判断した。測定した公正世界信念を含めたモデルを分析した結果は電子付録に示す。モデルに公正世界信念の下位次元を含めても、結果に大きな違いはない(Table S1、Table S3参照)。
7) データ収集後、勤め人(フルタイム)とそれ以外では、派遣・契約社員はフルタイムの勤め人よりも比較的雇用関係が弱かったり、自営業はそもそも雇用されていなかったりするので、非就業者との関係が異なる可能性があると考えた。自営業、派遣・契約社員(n=29)を除外して分析しても、結果に大きな違いはない(詳細は電子付録のTable S2、Table S4を参照)。
8) 事前登録時には、幼少期の主観的SESと現在の主観的SES、そして主観的地位の得点を合算することにしていたが、査読者のコメントを踏まえて、志水他(2021)の算出方法に倣うことにした。なお、志水他(2021)には主観的SESの指標作成手続きが記述されていないので、第2著者の清水裕士氏に確認した。
9) 調査票の内容は電子付録を参照。
10) 研究1の実施時には、Callan et al.(2011)の5項目尺度を日本語に訳して用いた研究が見当たらなかったため、著者らが訳した項目を使用した。しかし、研究2では、その後公刊された論文(柏原・清水,2022)で用いられた項目に変更した。
11) 事前登録(研究2)のURL: https://osf.io/63nzc
12) 研究1と同様、事前登録時には、公正世界信念の調整効果を検討することを計画していたが、データ収集後に、本研究の分析モデルは適切とは言えないと判断した。測定した公正世界信念を含めたモデルを分析した結果は電子付録に示すが、ここで報告する結果と大きな差異はない(Table S5、Table S6)。
13) 電子付録には、感情変数をモデルに加えた分析結果を掲載している。ネガティブ感情とポジティブ感情を分析に投入しても、結果に大きな違いはない(Table S7参照)。