論文ID: 2023-015
Helping behavior towards individuals with anxiety and worries often begins with “awareness,” which involves considering the potential from another individual’s appearance and contextual information. However, real-life support situations are not always those where information is clearly expressed. In this study, we defined early awareness as the empathic arousal that occurs when an observer detects low-intensity negative emotional expressions in others, and we examined the cognitive factors influencing this judgment. In a preliminary experiment, 18 videos expressing low-intensity negative emotions were created. In the main experiment, 52 university students were shown these videos in a sequence of 3 seconds each and were asked to identify the videos that caught their attention, providing reasons through free responses. The 583 free responses were classified into 16 items, and a generalized linear mixed model was used to analyze the presence or absence of awareness as the dependent variable. Five positive and six negative influencing factors were identified. This experiment provided insights into the characteristics of cognition and desirable attitudes for observers during the early stages of awareness, which are crucial for providing empathic support.
不安や悩みを抱える人に対して何らかの支援の手を差し伸べるためには,他者の不安や悩みに「気づく」ことから始まる。対人支援場面は小さな親切のような場面から人の命に係わる緊急場面まで多岐にわたる(高木,1998)が,いずれの場面も援助行動の発端は目の前の他者を認知(目の前にいない場合は頭の中で想起)する段階から始まり,外見的情報や文脈的情報から他者が何か問題を抱えている可能性について判断することといえる。また医療,介護,教育等のあらゆる対人支援の専門領域においても,他者の小さな変化に対する気づき能力はあらゆる状況で重要視されている。自殺対策領域では「自殺の危険を示すサインに気づき,適切な対応(声をかけ,話を聞いて,必要な支援につなげ,見守る)を図ることができる人」を自殺予防のためのゲートキーパーと定義し(政府広報オンライン,2019),対人支援に関連するあらゆる分野の人々にその知識が普及されることが推奨されている。理論的にも,対人支援場面の基礎的な理論として「援助行動の生起過程」はこれまで多くの研究者がモデルを提示しており,いずれも相手への気づきから始まる。例えばTaylor et al.(1997)のモデルである援助行動への意思決定過程は「欲求への知覚」から始まる。また高木(1998)の援助授与の生起過程モデルも「他者の問題への気づき」から始まり複数の段階を経て実際の援助の実行に至るとしている(電子付録1,以下付録と記す)。
しかし現実の支援場面においては,常に他者が不安や悩みを明示的に表出し,周囲の人々が確信をもって気づくことができる場面のみとは限らない。島田・高木(1994, p. 37)は悩める人が援助要請の意思を決定する際に抑制的な影響を及ぼす状況認知的要因をKJ法にて分類し7要因15項目を上げている(付録2)。潜在的被援助者(以下,被援助者)が,明確な援助要請の意図をもって周囲の人に「助けてほしい」と言葉に出して援助を求めるような直接的な援助要請行動ができる場合は「欲求への知覚」や「気づき」は比較的容易と考えられる。しかし実際は支援を必要としている人が自ら援助要請行動を起こすことができない場面も多く存在する。
一方,それらがすべて日常生活において見過ごされているばかりではない。時には被援助者が無意識のうちに発する非言語的情報や,被援助者を取り巻く周囲の文脈等から,周囲の人々が異変に気づき援助が必要と判断される場合もある。潜在的援助者が,被援助者の不安や悩みに起因する「ごくわずかな非言語的情報」に対して気づくとき,潜在的援助者は相手に関する何らかの認知や思考過程を通して判断を下していると考えられる。しかし援助行動の先行研究において,Taylor et al.(1997)の「欲求への知覚」や高木(1998)の「他者の問題への気づき」に該当する部分である最初の「気づき」そのものに焦点を当てた先行研究は少ない。さらにこれまでの先行研究は,被援助者の援助欲求に対して潜在的援助者の「気づき」が起こったのち,その後の援助行動までの過程を検証する目的から,被援助者が置かれている困難な状況が参加者に明示的な状況設定が多い(緊急性の高い場面設定である,教示文で被援助者が置かれている状況があらかじめ説明されている等)。現実の支援場面における実践的な「気づき」を達成するためには,潜在的援助者にとって非明示的,つまり被援助者の不安や悩みの表出が「低い強度で表出」されている場面を先行刺激として設定する必要がある。
本研究では,相手の不安や悩みの表出が明確でなくとも(低強度での表出であっても)気づきにつながる状況において,その際の潜在的援助者の思考内容を探索的に調査し一定の特徴を抽出することで,わずかな不安や悩みの兆候に対して気づく感覚が生じるための方略を検討することを目的とする。
なお本研究において気づく対象となる感情は,櫻井他(2011),登張(2003),鈴木・木野(2008)の共感性研究を参考に,ネガティブ感情の中でも感情認知者の向社会的行動が促進される「他者の苦痛に関連するもの」に限定する。つまり「怒り」は除き,「不安」,「緊張」等の張り詰めた感情や,「落胆」,「哀愁」等の沈んだ感情となる。それらの感情が表情や動作等のモダリティから低強度で表出された刺激映像を予備実験にて作成する。
調査対象とする「初期の気づき」の心的過程における位置づけ調査対象の「気づき」の定義にあたり,本研究ではDavis(1994 菊池訳 1999)の「共感の組織的モデル」を参考とする(付録3)。Davis(1994 菊池訳 1999)は個人の特性としての共感(特性共感)から,共感の喚起(状態共感)を経て,実際の援助や社会的行動に至るまでについて包括的な心的過程のモデルを提唱している。その大枠は①先行条件(見る側・相手・状況の特質),②過程(共感的な結果が生み出される特定のメカニズム),③個人内的結果(相手に対しての外的行動としては現れないが,見る側の者の中に生じる認知的・感情的反応),④対人的結果(相手に向けられる行動的反応)の4つの要因から構成される。このモデルにおける②過程はa)原始的な循環的反応,b)運動的マネ,c)古典的条件付け,d)直接的連合,e)言語媒介的な連合,f)役割取得と,Eisenberg et al.(1991)が提唱したg)ラベリング,h)複雑な認知的ネットワークが含まれる。
Hoffman(2000)はa)~f)の前6つを「共感的覚醒の様式」と表現し,この6つの共感的覚醒の様式について,必要とする認知的活動の複雑さにより3種に分けている。a)とb)を複雑な認知的処理を必要としない「非認知的過程」,c)とd)を見る側に最低限水準の認知的複雑さは必要とされるが認知的な活動が少ない「単純な認知的過程」,e)とf)を高度な認知的活動を必要とする「高度な認知的過程」としている。Eisenberg et al.(1991)のg)ラベリングは「単純な認知的過程」に,h)複雑な認知的ネットワークは「高度な認知的過程」に相当するとされる(Davis, 1994 菊池訳 1999, pp. 18–19)。本研究で検討する「初期の気づき」は高度で複雑な認知的過程ではなく,他者が不安や悩みの兆候をわずかに表出している状況を潜在的援助者が視認し,それに対する反射的な思考を調査することを想定しており,共感的覚醒の「単純な認知的過程」がその状況に近い。そこに含まれるd)直接的連合についてHoffmanは「(見る側が)他人がある情動を経験しているのを見るとき,その状況での相手の表情や声,姿勢,そのほかの手がかりが,この情動と結びついた過去の状況を思い出させ,そのことがぼくらの中にその情動を引き起こす」(Davis, 1994 菊池訳 1999, p. 46)としている。同様に「単純な認知的過程」に位置づけされているEisenberg et al.(1991)のg)ラベリングは,「見る側が相手の手がかりに気づき,この手がかりの意味について基本的な知識だけをもとにそれを解釈する」とし,例えば「誰かがへの字に曲がった口(相手の手がかり)を見ること,そしてこうした表出が不幸を意味するのを知っている(基本的な知識)こと,この2つから見る側は相手の感情状態を推測することができる」(Davis, 1994 菊池訳 1999, p. 240)としている。Hoffman(2000)の提唱とは異なり見る側の情動喚起まで言及せず感情の推測という表現にとどめているが共感の組織的モデル内での位置づけは近似している。
また「共感的覚醒の様式」が,潜在的援助者の能動的な意識か,受動的な意識かを確認する。松尾・松下(2008)は臨床心理学的視点から共感理論を概観し,Hoffman(2000)の共感的覚醒(共感喚起)について,臨床心理学で重視される能動的に相手の内的世界を理解していく方法としての共感(気づく)のみならず,受動的に自然と相手の気持ちが感じられるより広い意味での一般的な意味での共感(気づくに加え気になるも含む)と述べた。本研究で検討する「初期の気づき」は必ずしも臨床的場面のみならず一般生活場面も想定しており,能動と受動の区別はつけ難いことから,双方を包括する後者の意味での共感的覚醒とする。
以上より,本研究で調査とする「初期の気づき」はHoffman(2000)の「共感的覚醒」の「単純な認知的過程」の段階に相当し,それは松尾・松下(2008)の定義に伴い「気づく」と「気になる」の双方を含む。それはHoffman(2000)の「自身の情動の喚起」やEisenberg et al.(1991)の「相手の感情の推測」等潜在的支援者の中で相手に対する種々の思考過程が開始された段階とする。その段階の一定の思考の枠組みが最終的な「初期の気づき」の判断に影響を与えると仮定し,その思考内容を探索的に調査する。
本研究で取り扱う「初期の気づき」の類似概念にinterpersonal accuracy(他人の内面の状態,特性,またはその他の個人的属性について正確に推論する個人の能力)があり,組織的モデルでは③個人内的結果の「対人的な正確さ」が相当する。組織的モデルでは「相手を認知した後に生じる見る側(潜在的援助者)の内的な反応が出た結果」とされており,感情的要素として共感的関心等の「感情的結果」と,認知的要素として帰属判断等の「非感情的結果」とに分類される。そのような内的反応は,助けを必要としている人が明確に援助を求めていることがわかる場合(支援者が他者にはっきりと言語化して援助を求める,表情や仕草から明らかに苦悩を表出している等)は,見る側に何らか内的反応(結果)は生じやすい。しかし本研究で扱う気づきの対象は,低強度の感情表出(援助要請が不明確で曖昧,非明示的)であり,必ずしも明確で正確な対人関係上の判断がなされるとは限らない状況を想定している。その場合は,潜在的援助者が被援助者のわずかな徴候を認知し「よくわからないけど何か気になるという感覚が生じる初期段階を経て,他者をやや強く意識し始める状態」が「初期の気づき」に相当すると考えられる。つまり「初期の気づき」は,対象を認知した直後,すぐに共感的関心等の③個人内結果まで即座に到達「しない」ような援助の必要性が不明確な状況でも起こると考えられる。
以上から本研究での「初期の気づき」は,interpersonal accuracyや「対人的な正確さ」を含む③個人内結果とは区別する。「初期の気づき」は,他者を意識すること,つまり「相手に何となく注意を向け続け,相手に関するさらなる追加情報を得ようとする潜在的援助者内での心的過程」の出発点といえる。
調査対象とする初期の気づき(共感的覚醒)を促進する要因の検討本項では共感的覚醒が生じる①先行条件について考察する。組織的モデル内では「個人の先行条件」として生物的能力,個人差,学習歴を,そして「状況的な先行条件」として状況の強さ,見る側と相手との類似性を挙げている。「状況的な先行条件」の状況の強さは,本研究では「低強度の感情表出」を実験刺激とする想定であるが,実験参加者の特性(「個人の先行条件」の個人差)によって気づきが達成されないことも想定し,本項では「個人の先行条件」の操作を試みることで気づきが高まる方策を検討する。
組織的モデル内での個人差の定義は「ある共感的なエピソードにおいて,ある共感的な過程や結果を経験することについて,見る側の資質にどのくらいそれをする可能性があるか」としている(Davis, 1994 菊池訳 1999, p. 55)。本研究で扱う初期の気づきは「よくわからないけど何か気になる感覚が生じ他者をやや強く意識し始める状態」と表現したが,これを個人の資質として測定する尺度は,辻(1993)の他者意識尺度に相当する。
辻はFenigstein et al.(1975)による自己意識理論を参考に独自の他者意識理論を構築し,他者意識は現前する他者への意識と回想や空想中の他者への意識(空想的他者意識)に分かれ,さらに前者はその内面への関心(内的他者意識)と外面への関心(外的他者意識)に分かれるとした。その上でDavis(1994 菊池訳 1999)の共感性尺度(ファンタジー,同情的関心,視点取得,個人的苦痛の4因子からなる)との関係を調査し,内的他者意識と同情的関心の間に0.395の相関を,そして視点取得との間に0.327の相関を報告した(辻,1993, p. 168)。つまり共感生起の背景には他者の内面を意識する個人特性が関与していると考えられる。内的他者意識尺度の具体的項目は「人の気持ちを理解するように常に心がけている」や「人のちょっとした気分の変化でも敏感に感じてしまう」等のように,必ずしも相手の不安や悩みだけがフォーカスではなく相手の内面全体を包括的に意識する内容ではあるが,他者の内面に意識を向ける点は共通しているため,内的他者意識は他者の不安や悩みへの気づき(共感的覚醒)に関連すると考えられる。さらに辻(1987, 1993)は「自己の内面への関心が強い人は,他者についても内面への関心が強い」と仮説を立て,大学生を対象とした調査で自己の内面への関心(私的自己意識)と他者の内面への関心(内的他者意識)に相関があることを示し(辻,1993, p. 162),内面への関心には自己,他者にかかわらず共通の主観的視点や認識態度が含まれていると主張した。
本研究では,実験操作で私的自己意識を高めることで,私的自己意識と相関のある内的他者意識を高め,それが他者の悩みに対する「初期の気づき」に至る可能性を検討する。Fenigstein et al.(1975)は,自己意識を自己に注意を向けやすい傾向である「特性」と,状況的に喚起される「状態」とを区別した(辻,1993, p. 51)。自己意識が状況的に喚起された状態は「自覚状態」と呼ばれ,Buss(1980)の自己意識理論によると,自覚状態は私的自己に注意が向けられた私的自覚状態と,公的自己に注意が向けられた公的自覚状態に分類される。そして私的自覚状態を高める誘導因は,自分自身の心を客観的に見つめる内省,生活を振り返る日記書き,顔のみが見える程度の小さな鏡,さらに夢想や瞑想の行動を上げ,加えて公的自覚状態を高める誘導因は,自分自身を注視する人の存在,全身が写る大きな鏡等を報告している(Buss, 1980; 押見,1992, pp. 88–91)。さらに自己意識の特性と状態との関連について,辻(1993)は「自己意識の特性について明らかにされたことは,ほとんどがそのまま誘導因によって喚起される自己意識の状態についてもあてはまる」(p. 93)とし,操作的に自覚状態に誘導した研究を概観した。結果,自覚状態では「その状況での適切さの基準」を意識し,自身の現状を「基準」と比較することで,自覚状態でない人と比べ他者に親切に行動したり違反行為を抑制する等,行動に変化が生じると複数の報告を上げている(水田,1987; 中村,1984; Scheier et al., 1974; 戸田他,2010)。特性による自覚状態への誘導のされやすさの個人差は存在するが,いずれにしても誘導因にて操作された状態は実際の行動に変容をもたらす結果が得られている。
本研究では私的自覚状態を高める誘導因として,「自分自身の心を客観的に見つめる内省」と「顔のみが見える程度の小さな鏡」を採用する。前者は参加者自身の内面を振り返る内容のアンケートにて,参加者自身の気分,感情,動機,自己評価への注意の焦点づけを試みる。後者は実験装置に小さな鏡を配置することで対応する。以上の操作にて自覚状態を高めることで私的自己意識と内的他者意識を高め,結果として低強度で感情表出された実験刺激に対する気づきが高まると仮定し実験を行う。
研究の目的以上から本研究では,被援助者の援助要請が不明確で曖昧な状況を想定し,不安や悩みの表出が明示的ではない対象への気づきに焦点を当てる。特に気づきの初期の段階に着目し,組織的モデルにおける共感的覚醒の「単純な認知的過程」の視点から検討を行う。
潜在的援助者が相手のわずかな不安や悩みの徴候を認知した際,①初期の気づきの判断に影響を与える特定の思考の枠組みを探索的に調査すること,さらに②自覚状態を高めることで初期の気づきが達成されやすくなると仮説を立て実験にて検証を行うこと,以上の2点を本研究の目的とする。
本研究のテーマである「被援助者の表面的な援助要請が不明確で曖昧な状況」を設定するためDavis(1994 菊池訳 1999)の組織的モデルの先行条件における「状況の強さ」を検討する。状況は「見る側にある反応を引き起こすという点で多様であるが,あまりに強力な状況に直面した際はそれ以外の状況的変数や資質的変数等はその重要性を失い,あまり強力でない状況の場合には他の変数が大きな役割を持つ」としている(Davis, 1994 菊池訳 1999, p. 17)。初期の気づき(共感的覚醒)を喚起する刺激映像や周囲の条件があまりに明示的であると実験参加者の思考内容等他の要因から受ける影響が弱くなるため,非明示的な刺激映像を作成する。本研究の気づきの対象であるネガティブ感情の表出強度を調整した刺激映像を作成するにあたり「ネガティブ感情の背景にある身体的な軸」と「ネガティブ感情表出のモダリティ」の2点を検討する。
ネガティブ感情の背景にある身体的な軸冒頭にて,本研究で取り扱うネガティブ感情は「他者の苦痛に関連するもの」とし,「不安」,「緊張」等の張り詰めた感情や,「落胆」,「哀愁」等の沈んだ感情と定めた(櫻井他,2011; 鈴木・木野,2008; 登張,2003)。James(1884)の末梢起源説やSchachter & Singer(1962)の二要因説では感情と身体反応の相互関係が指摘されており(鈴木,2019, pp. 81–89),本研究ではHans Selyeのストレス学説(Selye, 1936)を参考に,身体反応の視点から「不安」や「落胆」等のネガティブ感情の表出形を定義する。Hans Selyeはストレス学説(Selye, 1936)において,生体が外部から外傷や疾病,あるいは怒りや不安等の精神的緊張(ストレッサー)を長期的に受け続けた時,それらの刺激に適応しようと生体に一定の反応が起こる汎適応症候群(GAS: General Adaptation Syndrome)を提唱した。この概念では外的誘因から不安や緊張等の張り詰めた感情が生じ,その後に身体反応として心拍数の増加や冷汗,筋肉の緊張等の他のストレス反応が引き起こされるとしている。生理学的にはストレスに直面した結果,自律神経系の交感神経が興奮しアドレナリンが分泌され,闘争や逃避に迅速に対応できるよう備えるための機能とされる(Cannon, 1929; 藤村,2019, pp. 162–163)。本来は交感神経が興奮した後に副交感神経が作用し心拍数が正常値に戻り筋が弛緩しリラックスすることで身体に休養が得られ生体ホメオスタシスが維持されるが,汎適応症候群はストレスが対処されないまま長期的に持続した場合に生じるとされ,その際の生体反応は警告反応期(ショック相,反ショック相),抵抗期,疲憊期に区分される。警告反応期(反ショック相)や抵抗期はショック直後から持続時期にかけて身体の防衛反応(血圧の上昇・体温の上昇・血糖値の上昇等)が高度に現れる時期であるが,疲憊期はストレスの長期化や過剰な負荷により抵抗力が低下していく時期である(付録4)。つまり警告反応期から抵抗期においては緊張感を持ちある程度の活力は維持できるが,疲憊期に差し掛かると徐々に疲弊し,次第に身体が衰弱することとなる。前述の感情表出の個人差を考慮すると厳密な1対1対応は必ずしも規定できないが,情動理論における身体反応と感情との関連を考慮し,おおむね,防衛反応が高度な警告反応期や抵抗期に「不安」や「緊張」等の張り詰めた感情が起こり,抵抗力の低下した疲憊期に「落胆」や「哀愁」等の沈んだ感情が生起すると想定し,本研究で作成する刺激映像についても「緊張」と「疲憊」を2つの軸を設定して,以下に述べるネガティブ感情の表出形を区分した。
ネガティブ感情表出のモダリティ不安や悩みを抱える人のネガティブ感情が何らかの形で外見的に表出される場合,想定される観察可能な表出モダリティは,姿勢,表情,動作,服装,髪型,声等が考えられる。しかしこれらの表出形をすべて刺激映像に取り入れると実験参加者が獲得する情報量が増え,いわゆるわかりやすい(表出強度が高い)ネガティブ感情となるため,本研究で採用するネガティブ感情表出のモダリティは,無音声で,姿勢,表情,動作の3種類のみに絞り,それぞれにおいて「緊張」と「疲憊」を演技した刺激映像とした。(その他のモダリティの削除理由は付録5–1参照)
各モダリティについて,先行研究を参考に刺激人物に対し以下の指示を行った。表情の「緊張」の演技は「目や眉間に力を入れ眉をひそめるような」と指示し,表情の「疲憊」は「顔の力を抜き瞼を半分閉じ,軽く開口する」よう指示した(付録5–2参照)。姿勢の「緊張」は「肩や手に軽く力を入れる硬直した姿勢」を取るよう指示し,緊張の「疲憊」は「力を抜き肩を落とし猫背もしくは椅子にもたれかかるような姿勢」と指示した(付録5–3参照)。動作の「緊張」は,不安を感じたときに体の一部を細かく動かす形で表出される反復的な非接触動作であるself-manipulation(Rosenfeld, 1966)を参照とし,「ソワソワした動き」や「貧乏ゆすり」等を表現すべく「腕や足を落ち着かなくさする,そわそわする,貧乏ゆすりをする等,細かく速い動きを繰り返す」と指示した。動作の「疲憊」は,同様に不安が高まったときに手で体の一部を触れたり両足を擦り合わせるような自己の身体への接触動作であるself-touch(三輪・根本,1994)を参照とし「ゆっくりと緩慢な動きで,顔や髪に触れたり,腕を組んだりする」と指示した(付録5–4参照)。
刺激映像の撮像以上のように決定したネガティブ感情の表出形について,実験者を含む3人を刺激人物の候補(人物A:男性,人物B:女性,人物C:男性)として,姿勢,表情,動作の3つのモダリティごとに表出している映像を撮像した。映像は,表情が映写されている面積を広くとることと,姿勢と動作がバランスよく映写されていることを考慮し,立位ではなく座位にて映写した。刺激人物の頭から両膝までの上半身を中心に,撮影者側から見て刺激人物が左斜め45度の方向を向く姿で撮影した(Figure 1, 2)。ネガティブ感情の演技は,最初に,姿勢,表情,動作の各モダリティについて前述の刺激人物への教示指示の通り1つずつ演じるように指示した。例えば姿勢について「緊張」か「疲憊」の演技をしているときは,他の表情や動作については何も演技せず,平常時の自然な表情や動作を取るように指示した。これを姿勢,表情,動作のいずれかの1モダリティごと,「緊張」と「疲憊」をそれぞれ演じた映像を6種類撮影した。次に,姿勢,表情,動作のうち2モダリティを演じるパターン(例えば姿勢と表情のみ等)を12種類撮影した。最後に全3モダリティについて「緊張」か「疲憊」か演じるパターンを8種類撮影した。この26映像(ネガティブ感情映像,番号2~27番)に加え,ネガティブ感情を表出していない5種類(ニュートラル映像2種類:映像番号1N1と1N2,笑顔等ポジティブ感情映像3種類:映像番号1P1, 1P2, 1P3)を加え,刺激人物1人あたり31種類の映像を撮影した。撮影にはSONY製ビデオカメラレコーダー(型番:HDR-CX590V)を用いた。それぞれの映像において約10秒間の演技を撮影したなか,目的とする感情が適切に表出されている部分を3秒間ずつ選別し,全映像の長さを3秒にて統一した。また映像内の音声はすべて削除した。映像編集にはWondershare FILMORA9(ver. 9.5.1.8)を用いた。
1. まず刺激映像の評定過程を記述する。作成した刺激映像からネガティブ感情の表出が明示的な映像を除外するため,A地方公立大学の大学院生7名を評定者とし予備実験を行った。刺激人物の候補3名についてそれぞれ31映像(1N1, 1N2, 1P1, 1P2, 1P3, 2~27)を作成したため,予備実験にて選定対象となった映像は93映像となった。それぞれの映像を観察し,「落胆や哀愁等の疲憊し沈んだ感情」から,「不安や緊張等の張り詰めた感情」までを軸とし,それぞれの感情が弱,中,強のどの程度の強度で感じられるかについて,予備実験調査票を用いて(付録6–1参照),7件法:高度の沈んだ感情(評定値:−3),中等度の沈んだ感情(−2),弱い沈んだ感情(−1),何も感じない(0),弱い張り詰めた感情(+1),中等度の張り詰めた感情(+2),強い張り詰めた感情(+3)にて評定するよう指示した。各映像の提示順は,エクセルのRAND関数による乱数を用いて,評定者7名全員の提示順がランダムとなるようカウンターバランスを取った。映像映写用機具として実験者側:VAIO株式会社製ノートパソコンVAIO SX14(型番VJS141C11N)と,参加者側:Philips社製モニター(型番221S6QHAB/11)をHDMIケープルで連結し,モニターを挟んで対面式の配置とした。実験時指示はMicrosoft PowerPointにて,刺激映像はMicrosoft映画&テレビアプリにて映写した。
2. 次に評定結果を示す。全93映像について評定者7名の評定値の平均x̅を求め,−1.5≦x̅≦−0.5,もしくは0.5≦x̅≦1.5の範囲となる刺激映像を選択した。x̅<−1.5,もしくは1.5<x̅の範囲の映像はネガティブ感情の表出が明示的(ネガティブ感情の強度が強い)と判断し除外した。また評定値平均が−0.5<x̅<0.5である映像は,認知する側からネガティブ感情の表出がほぼ感じられない(非ネガティブ感情)と判断し除外した。さらに評定者間で沈んだ感情と緊張した感情の評定差が著しい映像を除外する目的で全映像について分散値を求め,分散が2以上の映像を除外した。また評定者により演技が不自然と判断された映像も除外した。評定者にて選定された低強度ネガティブ感情表出映像は,人物A(男性)が11映像(2番,3番,4番,6番,8番,9番,10番,14番,17番,20番,26番),人物B(女性)が10映像(6番,8番,9番,10番,11番,12番,18番,19番,20番,26番),人物C(男性,実験者)が6映像(3番,4番,9番,10番,19番,26番)であった(付録6–2)。このうち選定された低強度ネガティブ感情表出映像が最も多かったこと,また全映像中のなかで不自然と判定された演技映像が最も少なかったことから人物Aの11映像を評価用映像として本実験で採用した。また非評価用のダミー映像として,人物Aの映像からネガティブ感情を表出していない5映像のうち演技が不自然と判定された1P1映像を除く4映像(1N1, 1N2, 1P2, 1P3)と,ネガティブ感情の表出強度が高いと判定されネガティブ感情表出が明示的である3映像(12番,21番,22番)の計7映像を採択し,最終的に本実験で用いる18映像を決定した。以下,低強度のネガティブ感情が表出された評価用映像は「評価映像」と表現する。またダミー映像のうち,ネガティブ感情が表出されていない,ニュートラル映像とポジティブ感情表出の4映像は「NP(Neutral-Positive)映像」と表現し,ネガティブ感情の表出が明示的な3映像は「明示映像」と表現する。以上でネガティブ感情の表出の強度が「NP映像」<「評価映像」<「明示映像」となり,本研究の「初期の気づき」の対象となる映像は「評価映像」のみとした。刺激の提示順序はカウンターバランスを取るためエクセルのRAND関数による乱数を用いて3パターンの順列を作成し,評価映像は2, 3, 5, 6, 8, 9, 11, 12, 14, 15, 17番目に,NP映像は1, 7, 13, 18番目に,明示映像は4, 10, 16番目に配置した(付録6–3)。
本実験実験前準備1. A地方公立大学の授業において「大学生の他者意識に関する調査」(付録7参照)として辻(1993)の他者意識尺度調査のためのアンケートを実施し,アンケート後に参加希望者が任意でメールアドレスを記載する形で本実験参加のリクルートを行った。リクルートは2020年10月8日,10月12日,10月27日に行った。結果,アンケートに回答した108名のうち,53名から本実験参加の同意を得た。
2. 参加者の元来の特性として内的他者意識の高低が結果に与える影響を考慮し,リクルート時に調査した他者意識尺度の下位尺度のうち,内的他者意識の平均値が操作群と統制群で偏らないよう群分けを行った。具体的には自覚状態を高める操作を行う「操作群」と「統制群(非操作群)」について,それぞれの映像提示パターン1~3の枠を設定し,内的他者意識が高いと判定された参加者から均等に割り当てた(Table 1)。最終的に各群の内的他者意識の平均点は操作群M=27.26(SD=4.65),M=27.35(SD=3.63)となり,t検定で有意差がないことを確認した(t(49)=.076, p=.940)。統計解析はIBM SPSS Statistics ver. 24を使用した。
群 | 映像映写パターン | 人数(人) | 内的他者意識平均点(点) | t検定(対応なし) |
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操作群(n=27) | パターン1 | 9 | 27.26±4.65 | t(49)=.076 p=.940 |
パターン2 | 9 | |||
パターン3 | 9 | |||
統制群(n=26) | パターン1 | 9 | 27.35±3.63 | |
パターン2 | 8 | |||
パターン3 | 9 | |||
計:53 |
3. 次に操作群への自覚状態への操作方法を記述する。前述のように私的自覚状態を高める誘導因として「自分自身の心を客観的に見つめる内省」と「小さな鏡」を採用した。「内省」のための操作としては参加者自身の内面を振り返る内容のアンケートを用いた。実験参加者の注意の焦点を自身の身体過程や気分,感情に向けるため(押見,1992, pp. 88–91),それらの項目が含まれているものとして桂他(1980)の簡易ストレスチェックリストの30項目をA. 体調面の確認のアンケート(付録8参照)として実施した。また動機や自己評価の振り返りについては,参加者の大学生が想像しやすい生活上の身近な不安の有無を確認する内容の大学生活不安尺度(藤井,1998)を一部使用したが,同尺度はその性質上,参加者自身の「不安」に焦点を当てており,参加者がネガティブな側面のみに焦点づけられ実験結果に影響を及ぼす可能性があることから,平石(1990)の自己肯定感尺度も一部援用し,それぞれの尺度の因子ごと偏りが生じないよう配慮した。最終的に,大学生活不安尺度10項目,自己肯定感尺度10項目を抜粋し,計20項目のB. 生活面の確認のアンケート(付録9参照)とした。A.とB.のアンケートを映像視聴前に参加者に実施させることで自覚状態を高める操作を試みた。また「小さな鏡」については実験時操作群に対してのみ幅29 cm,高さ19 cmの鏡を参加者の左前方に配置した。
実験実施1. 調査は2020年10月15日から11月19日の期間に,A地方公立大学の資料室と廊下で実施した。実験場所と機具の配置についてFigure 3に示す。幅2.8 m×奥行き4.9 mの資料室に幅150 cm×奥行き60 cmの机を2つ並列に配置した。実験者の存在が参加者の公的自意識(例. 人の目に映る自分の姿に心を配る等)に与える影響を最小限にするため,参加者が資料室内で実験を行っている間,実験者は参加者から姿が見えない位置(実験室の外の廊下)から遠隔で参加者に指示を与える配置とした。
映写用機具は実験者側VAIO株式会社製ノートパソコンVAIO SX14(型番VJS141C11N)と参加者側Philips社製モニター(型番221S6QHAB/11, 21.5インチ)をHDMIケーブルで連結し,実験時指示はMicrosoft PowerPointで,刺激映像はMicrosoft映画&テレビアプリで映写した。音声機具は実験者側Lenovo社製ノートパソコンIdeapad 120S(型番81A4002BJP)と参加者側Lenovo社製デスクトップパソコンIdeacentre AIO 310(型番F0CL000PJP)を学内無線LANにてインターネットに接続し,Zoom ver. 5.3.1を用い実験者と参加者が双方向的にやり取りできる設定とした。Zoomは自己フォーカスが高まることを予防するため映像はオフの設定とし,マイクとスピーカーのみ使用した。
2. (a)実験前,操作群の実験時にのみ参加者の左前方に小さな鏡を配置した。参加者が着座する際に「モニターと参加者の顔までの距離を参加者間で均一とするため,概ね鏡に自分の顔が写る場所に椅子を調整して座って下さい」と指示した。統制群の実験時には小さな鏡は外し,同位置にティッシュ箱を配置した。(b)実験の初めに,まず学生にとって身近な日常生活場面として「下校時刻の駅」という状況に関する文章を実験者が音読した。教示文は「あなたは学校から下校するところです。電車で帰宅するため駅に向かい,発車の時間よりやや早めに駅に着きました。電車が来るまで少し時間があったので改札手前の待合室で待っていたところ,以下のような様子でベンチに座っている男性の姿があなたの視界に入りました(このあと映像で映写します)。その男性の様子を見て,あなたが少しでも『何か気になる』もしくは『心配』と感じ目に留まった人(映像)をチェックしてください」と音読した。音読は参加者が刺激人物の置かれている状況をイメージしやすくすべく,パワーポイントで「駅」と「待合室」のイメージ写真をパワーポイントにて提示しつつ行った。(c)次に本番前の回答の練習を行った。練習用7映像のうち概ね半分程度の映像をチェックするように教示し,予備実験で除外した人物Cの刺激映像7種類を,映写時間3秒,映写間隔3秒にて連続映写し回答の練習を行った(付録10)。(d)操作群の参加者に対してのみA. 体調面の確認(付録8)とB. 生活面の確認(付録9)のアンケートを行った(この時点では,参加者には実験手順の一環として「本番前の確認項目」と説明し,実験終了後に操作目的であることを伝えた)。(e)本番の回答として,まず本番用の18映像のうち「概ね半分程度」をチェックするように教示した上で,予備実験で作成した人物Aの刺激映像18種類を,映写時間3秒,映写間隔3秒にて連続映写した(「概ね半分程度」と指示した理由として,本研究は「低強度の感情表出」が対象であり明示的な刺激が少ないことで参加者にとって目に留まる映像の数が極端に少なくなる可能性を考慮し,チェック数の目安を提示した。一方で「18映像のうち9映像をチェックする」のように数値を厳格に定めることで参加者が残りのチェック可能映像数を過度に意識し映像視聴に集中できなくなる可能性も考慮し,チェック可能な映像の数を厳格に定めず「概ね半分程度」とした)。参加者が全映像についてチェック–非チェックの判断を下したことを確認し次に進んだ(付録11)。(f)次に(e)でチェックした映像について,評定尺度法にてその強さを5件法で評定するよう教示した。具体的に「気になる」もしくは「心配」の度合いの強さを「気になる度(心配度)」として説明し,“少し気になる程度”を1点,“少し心配”を2点,“心配”を3点,“かなり心配”を4点,“非常に心配”を5点として,参加者の主観的な感覚で回答するように伝えた(チェックされなかった映像は評定値0点とした)。さらに(e)で「気になる」もしくは「心配」と判定した理由と,その強さの評定値の理由を,自由回答欄に記入するよう教示した。回答は本番1でチェックされた映像を1映像ずつ改めて映写しつつ回答させたが,第一印象での感じ方を調査することが目的であるため,「初見の段階で自分自身がどう感じてチェックしたかを思い出しながら回答ください」と教示した。(g)次に(e)でチェックされなかった映像(評定尺度法にて「気になる度」の評定値が0点に該当するもの)についてその理由を聴取した。問いの趣旨として「チェックが付けられなかったことについて正解や不正解を判定するものではなく,参加者が刺激人物を見たときに思ったこと,考えたこと,感じたことについて,自由な回答を収集すること」が目的である旨を説明した。(f)と同様にチェックされた映像を1映像ずつ改めて映写し,初見の段階でどう感じたかを思い出しながら回答するように促した。しかし(f)と異なり,本設問ではチェックがつかなかった映像について確認するため,参加者から何も回答が得られない可能性も想定された。したがって参加者が回答しやすいよう,映像を再映写後に各映像の演技ポイント(表情,姿勢,動作)の概要を,回答内容に影響を与えない程度に簡潔に説明し,その後に参加者が口頭にて回答するインタビュー形式にて実施した。NP映像は刺激人物に対してネガティブ感情の演技を指示していないため,NP映像にチェックが付かなかった場合は参加者の負担を考慮し回答は尋ねなかった。回答内容は参加者の許可を得た上でZoomの録音機能を用いて録音し,実験終了後に実験者が文字に起こした。(h)操作チェックとして,操作群にのみ鈴木(2020)が作成した自意識尺度10項目版(self-consciousness scale-10: SCS-10)を援用した実験中の私的自意識と公的自意識について振り返り確認するアンケートを実施した(付録12)。(i)デブリーフィングとして,実験の全過程が終了後,全参加者に対し研究の背景や目的について概略の説明を行った。本実験の目的は「映像視聴に対する正確な視点を問うことではなく,低強度の感情表出に対する日常的な自然な視点や思考を調査すること」が目的である旨を伝えた。最後に実験者・指導教員の連絡先について説明と情報提供を行い,実験終了とした。
倫理的配慮本実験リクルート時,データは研究目的以外には使用しない旨を明示した。アンケートの回答と本実験への参加は自由意志に任されており不都合がある際は回答中止や参加同意の撤回が可能である旨,アンケートや本実験に協力しないことが成績評価に影響しない旨を説明し,強制力が働かないよう留意した。得られたデータは個人が特定されないようすべて統計的に処理することで倫理的配慮を行った。
評価映像の適正性の確認(Figure 4)実験終了後,評価映像が本実験の目的に準じ適正かを確認する目的で,評価映像,NP映像,明示映像ごと,チェックの有無の回答比率と気になる度評定値の平均を確認した。統計解析はIBM SPSS Statistics ver. 24を使用した。全参加者53人が18映像を評価し954回答を得られ,うち評価映像に対する回答数は583回答,明示映像は159回答,NP映像は212回答であった。NP映像は212映像中161映像(75.9%)でチェックなし(気になる度=0点)であった。明示映像は159映像中142映像(89.3%)でチェックあり(1点もしくは2点以上)であった。評価映像は583映像中344映像(59.0%)がチェックなし,239映像(41.0%)がチェックありであった。したがって評価映像はチェック「なし」または「あり」の一方に偏らず低強度ネガティブ感情表出の刺激映像として適切と判断した。
映像種類ごとの気になる度評定値の平均は,NP映像M=0.48(SD=1.06),評価映像M=0.90(SD=1.30),明示映像M=2.08(SD=1.12)であり,各映像種類の特性に準じた平均値を示した。また一元配置分散分析にて5%水準で有意な主効果を認め(F(2, 951)=81.6, MSe=1.51, p<.05),Bonferroni法による多重比較にて各群同士の有意差を確認した(p<.05)。効果量をグループ間平方和と平方和の合計から算出しη2=.146(効果量大)となった(水本・竹内,2008)。
全回答者数は53人(女性:49人,男性:4人),回答者の平均年齢は19.96±1.15歳であった。実験手順(d)の5件法の気になる度に対して954回答(53人×18映像)を得た。実験手順(d)(e)の理由に関する自由回答数は,回答を得なかった160(すべてNP映像)を除く794回答(評価映像583回答,明示映像159回答,NP映像52回答)を得た。
操作チェックの結果自覚状態を高めることで初期の気づきが達成されやすくなる仮説検証のため,操作群の自覚状態の変化を確認すべく操作チェック用SCS-10を操作群と統制群にて比較した。
結果,私的自意識5項目は操作群(n=27)ではM=19.70, SD=4.98,統制群(n=26)ではM=18.04, SD=5.37であり,操作群でやや高値であったが有意差は認めなかった(t(51)=1.17, p=.247)。また公的自意識5項目は操作群(n=27)ではM=17.11, SD=6.95,統制群(n=26)ではM=14.27, SD=4.17であり,有意傾向ではあったが明確な有意差は認めなかった(t(42.87)=1.81, p=.077)。操作チェックの結果から本実験の操作では自覚状態に誘導されなかったことが確認された。操作が不十分であったことから本研究の目的②の「自覚状態を高めることで初期の気づきが達成されやすくなる」との仮説は検証不可能と判断した。
自由回答と映像チェック有無との関係潜在的援助者がわずかな不安や悩みの徴候を認知した際の「気づきの判断に影響を与える思考の枠組み」について検証するため,参加者から得られた映像チェックもしくは非チェックの判断の根拠に関する自由回答を詳細に検討した。
自由回答内の独立変数の操作的定義(付録13)評価映像への583回答,明示映像への159回答,NP映像への52回答の,計794の自由回答内容について,辻(1993)の他者意識の概念を参考とし,思考の枠組みをカテゴリー化した。
外的他者意識は現前の相手の外面に現れた特徴への注意や関心を示す(辻,1993)とされる。本研究では実験で呈示した映像(刺激人物の映像そのもの)と実験の条件設定に関する情報(教示文で提示した状況説明)に該当し「外見や状況の観察に関する内容」とカテゴリー化した。これは全参加者に共通して平等に提示した情報であるが,どの部分に着目し,自由回答の中で言及したかは,参加者ごと,映像ごとに異なる。このカテゴリーはさらに「相手の外見的観察(刺激映像)」と「状況の考慮(パワーポイントによる状況説明)」に分けられ,前者に含まれる独立変数として「表情の観察」,「姿勢の観察」,「動作の観察」,「全体の観察」を,後者に含まれる独立変数は「時刻の考慮」,「場所の考慮」,「人数の考慮」を定義した(自由回答の具体例は付録13参照)。
内的他者意識は現前の相手の内面に対する興味や関心を示す(辻,1993)。本実験でも同様に,参加者が相手の内面に関心を示した結果,刺激人物内の内面(どのような気持ちか,何を考えているか等)を推測したと考え,「内面の推測に関する内容」としてカテゴリー化した。これは「実験条件で実験者が設定していない,参加者の刺激人物に関する推測(自由な思考)」が該当する。ここに含まれる独立変数として「行動の推測」,「思考の推測」,「身体の推測」,「心理の推測」,「特性の推測」を定義した。例えば,本実験の教示文ではあくまで「駅のベンチに座っている」という状況設定までであり「電車や人を待っている」という行動は教示文の中で参加者に提示していないため,参加者から「待っている」という自由回答が出た場合は,参加者は「行動の推測」を行ったと判定した。またこのカテゴリーには心理精神面の推測において「活気がない」「不安そう」等のネガティブな内容の推測のみならず「リラックスした感じ」「辛そうには見えない」等の非ネガティブな回答も存在するが,最初のカテゴリー化の段階ではネガティブ感情と非ネガティブ感情は同等に「心理の推測」として扱い,参加者が「相手の行動,思考,身体,心理,特性のいずれかの要素に着目し推測をしたこと」が確認されればこのカテゴリーに入るとした。
以上の「外見や状況の観察に関する内容」「内面の推測に関する内容」のような,他者に視点が向いた回答とは対照的に,参加者自身に視点が向けられた回答も得られたため,「参加者自身の体験等の想起」のカテゴリーも追加した。ここに含まれる独立変数は「自身の体験」,「自身の内省」,「自身の特性」,「自身の感情」を定義した。以上の操作的定義16カテゴリーのいずれかに該当するかについて,まず実験者自身が,実験中の参加者の発言の意図や文脈における意味に注意を払い,794の自由回答内の単語や文節を目視で検出し分類した。その後,カテゴリーの定義と分類の妥当性を担保するため,心理学的研究のトレーニングを積んでいる大学院生5名に協力を得て,16カテゴリーの操作的定義について,協力者から実験者の定義が妥当である確認を得た上で採用した。具体的に,複数のカテゴリーに属する可能性のある単語や文節を最初に実験者が抽出し(例. 何かあったのか→行動,思考,身体,心理等をすべて包括的に推測している可能性,リラックス→心理と身体の両方を推測している可能性),その単語や文節を参加者の回答全体の文脈も含め紙面で協力者に提示し,それぞれの単語や文節の分類が妥当か意見を聴取した。実験者の分類と一致しない意見が出た場合は協議の上で適宜修正を行った。さらに協力者間で意見が分かれ特定のひとつのカテゴリーに限定できないと判断された場合は,参加者は複数のカテゴリーを総合的に言及したと解釈し計上した。
操作的定義をもとにした各独立変数の想起数(評価映像内)は「動作の観察」が231回答で最多であり,「行動の推測」が185回答,「表情の観察」が161回答,「身体の推測」が142回答,「心理の推測」が142回答,「自身の体験」が100回答であった(付録13,表S4)。
一般化線形混合モデル(Table 2)評価映像に対する583回答について「映像チェックの有無」を従属変数として一般化線形混合モデルで解析した。評価映像に対するチェック(1)–非チェック(0)を従属変数とし,独立変数は以下のように設定した。まず評価映像への583の自由回答を前述の操作的定義に基づき独立変数を定義し,それぞれチェックの理由として考慮した場合,つまり回答時に言及し自由回答欄に書かれた場合を1とし,逆に考慮しなかった場合,つまり回答時に言及なく自由回答欄に書かれなかった場合を0とした。自由回答の独立変数16項目のうち回答数が10に満たなかった3項目(時刻の考慮,人数の考慮,自分の特性)は除外し「表情の観察」,「姿勢の観察」,「動作の観察」,「全体の観察」,「場所の考慮」,「行動の推測」,「思考の推測」,「身体の推測」,「心理の推測」,「特性の推測」,「自身の体験」,「自身の内省」,「自身の感情」の13項目を用いた。また刺激人物のネガティブ感情表出有無が実験参加者の気づきに影響する可能性を想定し,刺激人物の表情,姿勢,動作の演技について,刺激人物が演技をした場合を1,演技をしなかった場合を0とし,「表情演技の有無」,「姿勢演技の有無」,「動作演技の有無」の3項目を用いた。また量的変数として,「年齢」(実験参加者が社会福祉学部の学生につき学年を重ねることで実習等で他者の観察眼が磨かれ気づきに影響する可能性を想定),「内的他者意識尺度」,「外的他者意識尺度」,「空想的他者意識尺度」(他人への意識の向けやすさが気づきに影響する可能性を想定),「実験時の私的自意識尺度」,「実験時の公的自意識尺度」(自己への意識の向けやすさが気づきに影響する可能性を想定)の6項目を用いた。以上の計22項目を独立変数として一般化線形混合モデルにて解析した。解析にはEZR(64-bit)を使用した。結果,チェック(「気になる」と判定)されることへの有意な影響因子として,「表情の観察」,「動作の観察」,「心理の推測」,「年齢」,刺激人物の「動作の演技」の5つが特定された。またチェックされないことへの有意な影響因子として,「場所の考慮」,「行動の推測」,「身体の推測」,「特性の推測」,「自身の体験」,「実験時の私的自意識」の6つが特定された。
独立変数 | Estimate | Std. Error | z value | Pr(>|z|) | ||
---|---|---|---|---|---|---|
自由回答内容 | 外見や状況の観察に関する内容 | 表情の観察 | 1.90555 | 0.29936 | 6.365 | 1.95E-10*** |
姿勢の観察 | 0.05692 | 0.42261 | 0.135 | 0.892863 | ||
動作の観察 | 1.19327 | 0.27266 | 4.376 | 1.21E-05*** | ||
全体の観察 | 0.64025 | 0.56785 | 1.128 | 0.259527 | ||
場所の考慮 | −2.04851 | 0.62338 | −3.286 | 0.001016** | ||
内面の推測に関する内容 | 行動の推測 | −1.30593 | 0.27343 | −4.776 | 1.79E-06*** | |
思考の推測 | −0.22575 | 0.42641 | −0.529 | 0.596516 | ||
身体の推測 | −0.97318 | 0.29542 | −3.294 | 0.000987*** | ||
心理の推測 | 0.82495 | 0.28207 | 2.925 | 0.003448** | ||
特性の推測 | −3.98119 | 1.15146 | −3.458 | 0.000545*** | ||
実験参加者自身の体験等の想起 | 自身の体験 | −2.62039 | 0.471 | −5.563 | 2.65E-08*** | |
自身の内省 | −22.817 | 512.002 | −0.045 | 0.964455 | ||
自身の感情 | 0.17733 | 0.90307 | 0.196 | 0.844323 | ||
参加者の属性・特性 | 年齢 | 0.28134 | 0.11033 | 2.55 | 0.010772* | |
他者意識尺度 | 内的 | 0.04835 | 0.03544 | 1.364 | 0.172512 | |
外的 | 0.07204 | 0.04808 | 1.498 | 0.134036 | ||
空想的 | −0.04322 | 0.05336 | −0.81 | 0.417886 | ||
実験中の自意識尺度(操作チェック) | 私的 | −0.11579 | 0.02787 | −4.154 | 3.26E-05*** | |
公的 | 0.04452 | 0.02302 | 1.934 | 0.053147 | ||
刺激人物の演技 | 表情の演技 | 0.43419 | 0.26336 | 1.649 | 0.099226 | |
姿勢の演技 | 0.51489 | 0.26873 | 1.916 | 0.055366 | ||
動作の演技 | 1.36438 | 0.30449 | 4.481 | 7.44E-06*** |
*** p<.001, ** p<.01, * p<.05
多重共線性の確認にて独立変数間の相関係数を算出し|r|>0.7の強い相関を示す独立変数は存在しなかった。内的他者意識と私的自意識はr=.411の正の相関を示し,内的他者意識は他に外的他者意識(r=.319),空想的他者意識(r=.325),公的自意識(r=.366)とそれぞれ弱い正の相関を示した(p<.001)。表情の観察と刺激人物の表情の演技との間にr=.207の弱い正の相関を示し,動作の観察と刺激人物の動作の演技との間にr=.445の正の相関を示した(p<.001)。自由回答内では,場所の考慮と自身の体験がr=.286,行動の推測がr=.259の弱い正の相関を示した(p<.001)(Table 3)。
独立変数 | 表情の観察 | 姿勢の観察 | 動作の観察 | 全体の観察 | 場所の考慮 | 行動の推測 | 思考の推測 | 身体の推測 | 心理の推測 | 特性の推測 | 自身の体験 | 自身の内省 | 自身の感情 | 年齢 | 内的他者意識 | 外的他者意識 | 空想的他者意識 | 実験中の私的自意識 | 実験中の公的自意識 | 表情の演技 | 姿勢の演技 | 動作の演技 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
表情の観察 | — | .110** | 0.009 | 0.070 | −0.045 | −.116** | 0.011 | 0.007 | 0.070 | −0.075 | −0.067 | −.086* | .096* | −0.047 | −0.044 | −0.006 | 0.016 | 0.005 | −.096* | .207** | −0.001 | −.115** |
姿勢の観察 | .110** | — | −.120** | −0.079 | −0.011 | −0.020 | −0.016 | −0.040 | 0.051 | .194** | 0.064 | −0.007 | −0.003 | 0.021 | −0.010 | −0.018 | 0.021 | −0.006 | −.083* | −.136** | .136** | −.294** |
動作の観察 | 0.009 | −.120** | — | −0.072 | −.112** | −.145** | 0.014 | −0.059 | −0.059 | −0.013 | −0.034 | −0.009 | 0.001 | −0.028 | −0.044 | 0.003 | 0.019 | 0.081 | −0.014 | −0.042 | 0.031 | .445** |
全体の観察 | 0.070 | −0.079 | −0.072 | — | −0.038 | −.088* | −0.020 | −0.038 | −0.056 | −0.058 | 0.001 | −0.032 | .152** | 0.049 | 0.029 | 0.046 | 0.003 | −0.052 | −.085* | −0.003 | 0.052 | .091* |
場所の考慮 | −0.045 | −0.011 | −.112** | −0.038 | — | .259** | .164** | −0.043 | 0.018 | −0.007 | .286** | .140** | −0.050 | −0.069 | 0.022 | 0.057 | 0.043 | 0.000 | 0.078 | −0.049 | −.133** | 0.002 |
行動の推測 | −.116** | −0.020 | −.145** | −.088* | .259** | — | .095* | −0.078 | −0.069 | −0.079 | −0.017 | 0.068 | −0.005 | 0.003 | −0.023 | −0.029 | −0.056 | .095* | 0.066 | −0.045 | −0.079 | −0.067 |
思考の推測 | 0.011 | −0.016 | 0.014 | −0.020 | .164** | .095* | — | −0.033 | .131** | −0.007 | −0.007 | −0.045 | 0.048 | −0.010 | 0.016 | 0.029 | −0.002 | 0.011 | −0.018 | −.094* | −.158** | 0.073 |
身体の推測 | 0.007 | −0.040 | −0.059 | −0.038 | −0.043 | −0.078 | −0.033 | — | −0.052 | −.143** | −.110** | −0.020 | −0.075 | −0.006 | −0.019 | −0.021 | −0.002 | −0.008 | 0.005 | .212** | 0.042 | 0.063 |
心理の推測 | 0.070 | 0.051 | −0.059 | −0.056 | 0.018 | −0.069 | .131** | −0.052 | — | −0.042 | −0.057 | −0.020 | 0.017 | 0.001 | −0.050 | −0.027 | −0.052 | −0.060 | −0.077 | 0.004 | 0.015 | −0.020 |
特性の推測 | −0.075 | .194** | −0.013 | −0.058 | −0.007 | −0.079 | −0.007 | −.143** | −0.042 | — | .115** | 0.018 | −0.033 | 0.015 | 0.013 | −0.049 | 0.061 | −0.067 | 0.052 | −.173** | .122** | −0.079 |
自身の体験 | −0.067 | 0.064 | −0.034 | 0.001 | .286** | −0.017 | −0.007 | −.110** | −0.057 | .115** | — | 0.071 | −0.060 | −0.017 | −0.030 | 0.069 | 0.016 | −.104* | −0.022 | −.096* | −0.018 | −0.053 |
自身の内省 | −.086* | −0.007 | −0.009 | −0.032 | .140** | 0.068 | −0.045 | −0.020 | −0.020 | 0.018 | 0.071 | — | −0.018 | 0.070 | 0.045 | 0.071 | −0.029 | −0.034 | 0.009 | −0.076 | 0.057 | −0.052 |
自身の感情 | .096* | −0.003 | 0.001 | .152** | −0.050 | −0.005 | 0.048 | −0.075 | 0.017 | −0.033 | −0.060 | −0.018 | — | 0.004 | 0.042 | −0.042 | −0.001 | −0.041 | −0.071 | −0.041 | 0.022 | −0.010 |
年齢 | −0.047 | 0.021 | −0.028 | 0.049 | −0.069 | 0.003 | −0.010 | −0.006 | 0.001 | 0.015 | −0.017 | 0.070 | 0.004 | — | −0.066 | −.224** | −.095* | −0.039 | −0.081 | 0.000 | 0.000 | 0.000 |
内的他者意識 | −0.044 | −0.010 | −0.044 | 0.029 | 0.022 | −0.023 | 0.016 | −0.019 | −0.050 | 0.013 | −0.030 | 0.045 | 0.042 | −0.066 | — | .319** | .325** | .411** | .366** | 0.000 | 0.000 | 0.000 |
外的他者意識 | −0.006 | −0.018 | 0.003 | 0.046 | 0.057 | −0.029 | 0.029 | −0.021 | −0.027 | −0.049 | 0.069 | 0.071 | −0.042 | −.224** | .319** | — | .322** | .089* | .264** | 0.000 | 0.000 | 0.000 |
空想的他者意識 | 0.016 | 0.021 | 0.019 | 0.003 | 0.043 | −0.056 | −0.002 | −0.002 | −0.052 | 0.061 | 0.016 | −0.029 | −0.001 | −.095* | .325** | .322** | — | 0.044 | .264** | 0.000 | 0.000 | 0.000 |
実験中の私的自意識 | 0.005 | −0.006 | 0.081 | −0.052 | 0.000 | .095* | 0.011 | −0.008 | −0.060 | −0.067 | −.104* | −0.034 | −0.041 | −0.039 | .411** | .089* | 0.044 | — | .351** | 0.000 | 0.000 | 0.000 |
実験中の公的自意識 | −.096* | −.083* | −0.014 | −.085* | 0.078 | 0.066 | −0.018 | 0.005 | −0.077 | 0.052 | −0.022 | 0.009 | −0.071 | −0.081 | .366** | .264** | .264** | .351** | — | 0.000 | 0.000 | 0.000 |
表情の演技 | .207** | −.136** | −0.042 | −0.003 | −0.049 | −0.045 | −.094* | .212** | 0.004 | −.173** | −.096* | −0.076 | −0.041 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | — | −.261** | −0.069 |
姿勢の演技 | −0.001 | .136** | 0.031 | 0.052 | −.133** | −0.079 | −.158** | 0.042 | 0.015 | .122** | −0.018 | 0.057 | 0.022 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | −.261** | — | −0.039 |
動作の演技 | −.115** | −.294** | .445** | .091* | 0.002 | −0.067 | 0.073 | 0.063 | −0.020 | −0.079 | −0.053 | −0.052 | −0.010 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | 0.000 | −0.069 | −0.039 | — |
値はピアソンの積率相関係数 * p<.05, ** p<.001
一般化線形混合モデルで「動作の観察」,「動作の演技」が特定された理由を確認する目的で,刺激人物に指示した動作の演技の有無ごと,映像チェックの有無の割合を比較するためχ2検定を実施した。結果,動作の演技ありにおけるチェックありの比率(50.4%)は演技なし(24.5%)と比較し,有意に高い結果となった(χ2(1)=37.3, p<.001)。さらに動作の演技ありの群について,緊張演技と疲憊演技ごとの映像チェック有無の割合を比較するためχ2検定を実施したところ,動作の緊張演技のチェックありの比率(65.3%)は,動作の疲憊演技(13.2%)と比較し,有意に高い結果となった(χ2(1)=82.1, p<.001)。統計解析はIBM SPSS Statistics ver. 24を使用した。
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一般化線形混合モデルで特定された「心理の推測」は自由回答数142回答であったが,全回答が冒頭で定義した櫻井他(2011)の「向社会的行動が促進される他者の苦痛に関するネガティブ感情」ではなく,カテゴリー化の段階で怒りやリラックス等の本研究の対象外の感情も含まれている。したがって「他者の苦痛に関するネガティブ感情」と「それ以外の感情」とに分類し,それぞれについて映像チェックの有無の割合を比較した。結果「他者の苦痛に関するネガティブ感情」は142回答中91回答であった。91回答において,映像チェックありの比率(64.8%)は,チェックなし(35.2%)と比較し,有意に高い結果となった(χ2(2)=25.6, p<.001)。
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そして「他者の苦痛に関するネガティブ感情」を推測した91の自由回答を探索的に分析したところ,回答に共通するパターンとして「非断定的表現」が多く用いられており,このパターンが参加者の気づきにつながる仮説が想定された。したがってKekidze(2003)が定義する非断定的表現(「ようだ」,「めいた」,「げ」,「そうだ」,「かもしれない」,「ぽい」)が回答の語尾に含まれているか確認した。結果,映像チェックありの59回答において,非断定的語尾にて表現された回答の比率(81.4%)は,非断定的語尾ではない回答の比率(18.6%)と比較し,有意に高い結果となった(χ2(1)=17.8, p<.001)。統計解析はIBM SPSS Statistics ver. 24を使用した。
本研究は「不安や悩みを抱える人への初期の気づき」のテーマのもと,Davis(1994 菊池訳 1999)の組織的モデルを参考に,実際の援助行動に至る前の共感的覚醒,さらにその中の「単純な認知過程」に該当すると考えられる限られた部分に焦点を当て実験を行った。自覚状態を高めることを目的とした小さな鏡と内省アンケートによる効果は確認されなかったが,評価映像と明示映像に対するチェック有無の理由を自由回答で確認したことで,参加者の思考内容を聴取することができた。その自由回答内容をカテゴリーに分け質的に調査した目的は,低表出強度ネガティブ感情に対し実験参加者から反射的に出された多様な自由回答において,どのような思考の枠組みがチェックの判断に影響をもたらしたかを探索的に調査することにある。刺激人物を視認した瞬間に,参加者が想起し自由回答の中で言及,そして影響因子として特定された思考内容は,その判断において重要な意味をもつ。
以下の考察では,仮説検証の自覚状態への操作誘導が困難であった理由を検討した後,一般化線形混合モデルで特定された判断に影響を与えた複数の独立変数から,僅かな不安や悩みの兆候に対して気づく(気になる)感覚が生じるため必要なことを考察する。
まず自覚状態への操作自体が困難であった原因を検証する。今回は自覚状態への操作として小さな鏡と内省アンケートを用いた。小さな鏡は,参加者の体型や座る場所に影響されず顔が確実に写るよう幅29 cm,高さ19 cmの大きさのものを用いた。これは公的自覚状態が高まるとされる全身が写る程の大きな鏡や三面鏡ではないが(Buss, 1980; 押見,1992, pp. 88–91),それでも顔周囲の髪型や首もと等も含め顔の周囲も写されることで自分の内面以上に外見的な側面に注意が払われ,私的自覚状態より公的自覚状態が高まった可能性がある(結果にて操作チェックにて公的自意識にのみ有意傾向あり)。先行研究で実証されている私的自覚状態のみ高めるためには,より顔にターゲットが当てられるよう更に小さい鏡を用いる必要性や,視線を鏡から逸らしても自身の声等の刺激が耳から入ってくるよう聴覚的な刺激も併用する必要性も検討される(水田,1987)。また内省アンケートは,自己意識理論の誘導因(Buss, 1980; 押見,1992, p. 89)による「注意の焦点」を参考として自己の心身や生活全般に向けられるよう構成したが,受動的に質問を受け回答するアンケートのみでは自身の現在の状態に目を向けることに止まり,認識の対象として自己を深く意識させる(中村,1984)ためには不十分であった可能性がある。参加者が積極的に自分の考えや生活を振り返ることができるよう,記述式の自由回答欄を設け「自身の健康や生活において気になっていること」や「改善しようと試みていること」等を深く思考し記述を促す等の方法の誘導方法が必要と思われた。
次に,一般化線形混合モデルで明らかになった「気づき判断に影響を与えた独立変数」から不安や悩みの兆候に対して気づく(気になる)感覚が生じるための方策を検討する。
まず独立変数「表情の観察」は従属変数に影響を及ぼすz-scoreは6.365であり,全変数の中でもっとも影響が大きい要因として特定された。表情は表出側の性別や年齢といった生物学的属性,口の動きが示す発話情報,さらに情動や意図,関心等,多くの心理的状態に関する情報が発せられる。さらに普遍性という特徴から異文化間で言語コミュニケーションが困難な場合も一定の情報のやり取りが可能である(髙木,2005)。表情からは多くの情報が表出されることは経験的に学ばれ,認知側の立場になると他者と相対した際に相手の感情を推測するため最初は表情に着目することが多い。表情を意識し着目することは平時の人間の行動として自然であるが故に,本実験でも参加者が日常生活で行っている様式と同じように,最初に「少しでも何か気になるもしくは心配と感じ」と教示された後,反射的に刺激人物の表情に着目したと考えられる。一方,表情と異なり動作は,見る側の「動作の観察」に加え,刺激人物の「動作の演技」も抽出された。相関係数においても,参加者の「表情の観察」と刺激人物の「表情の演技」との相関は.207と弱い相関であることに対し,参加者の「動作の観察」と刺激人物の「動作の演技」との相関は.445と表情に比べて高い相関を示している。刺激人物の表情の演技は,動作の演技と比較し参加者の着目度との関連は低い。これは,表情は認知側の主体的な観察の要素が大きいことに対し,動作は認知側の主体的な観察のみならず「刺激人物の演技が認知側に観察させた」という,認知側にとっては受動的に気になるという流れも想定される。
刺激映像作成の予備実験では,表情,姿勢,動作の3種の演技にてそれぞれ「緊張」と「疲憊」を設定した。動作における「緊張」は不安を表わす動作として先行研究を参考にself-manipulation(Rosenfeld, 1966)といった「ソワソワした動き」や「貧乏ゆすり」等の体の一部を細かく速く動かす反復的な非接触動作が多く含まれた一方,「疲憊」では力が抜けた状態をイメージし,緩慢に顔や髪に触れたり腕を組んだりするself-touch(三輪・根本,1994)が多かった。映像チェックについてそれぞれの割合は「緊張」が映像チェックあり65.3%,なし34.7%に対し,「疲憊」はあり13.2%,なし86.8%と有意な差を認めた。緊張の演技のような素早く反復的な動きは,静止やそれに近い状態と比べ目に留まり気になると判定されやすい傾向である。人の注意の特徴として,静的刺激より動的刺激に視覚的注意が向きやすいことは先行研究でも述べられている(Franconeri & Simons, 2003)。
以上から,僅かな不安や悩みの表出に対する気づきの場面において,人は「表情」には主体的に注意が向きやすく,「動作」は「緊張」等細かい動きの場合には受動的であるが注意が引かれやすい特性が想定された。そこで,本研究では注意が引かれ難い結果となった「姿勢」や「疲憊の動作」等のような静的刺激に対してはどのようなアプローチを取れば気づかれやすくなるかについて検討する。ここで「心理の推測」が正の影響因子として抽出されたことに着目する。「心理の推測」は本研究で対象とする「低強度のネガティブ感情表出」に最も近い思考の枠組みであるが,結果で示したように「心理の推測」がなされた自由回答142のうち「他者の苦痛に関するネガティブ感情」が推測されたものは91回答であった。そのうちチェックされた映像は59回答(64.8%)にとどまっている。参加者が相手の心理面を推測し何らかのネガティブ感情があると推測した場合でも,必ずしも全例が「気になる」と判定してはいなかった。この原因を探るため「心理の推測」の自由回答の語尾にある「やわらげ」の表現の有無に着目した。Kekidze(2003)は「話者は,断定しようと思えばできるにもかかわらず,その表現の強さを避けるためにあえて非断定的な表現を選ぶという方策」として,「ようだ」「めいた」「げ」「そうだ」といった言語が「やわらげ」の表現として用いられるとした(Kekidze, 2003)。このような助動詞が「他者の苦痛に関するネガティブ感情」を推測した91回答それぞれの語尾に付けられたか確認したところ,91回答中チェックされた59回答のうち,48回答(81.4%)が「ようだ」「そうだ」の助動詞(「緊張しているよう」,「不安そう」等),もしくは「~なのか」という疑問形による結び(「何か不安な事があるのか」等)であり,8割が「やわらげ」も含め非断定的な語尾であった。一方,91回答中チェックのない32回答においては非断定的な語尾は12回答(37.5%)にとどまった。
この非断定的な表現からは,ネガティブ感情は推測しているものの,参加者の思考の中では,まだ「相手は他の感情も抱えているかもしれない」と推測が継続されている可能性が示唆される。つまり刺激人物が抱える問題に対して参加者が「まだ結論を下していない」状態である。この「よくわからないけど何か気になるという感覚」が,以降,他者をより強く意識して観察を継続することにつながると考えられる。海外との比較においても,日本人は感情表出の程度が弱い表情から,複数の感情を同時に読み取る傾向が高いとされている(髙木他,2019)。このように,最初の視認時に「おや?」と違和感を感じ,直ちに結論を出さず相手について不明な情報が存在する可能性を体験し,自身に湧き上がった疑問から追加の情報を得ようとする思考の流れが想定される。現実の日常生活では目に映るすべての情報を詳細に吟味することは困難であり,本実験の低表出強度の刺激のような小さな違和感は早々に「問題ない」と結論されがちであるが,このような相手に対する疑問と関心を持ち続ける姿勢が,気づきに繋がった1つの要因と思われる。
木村他(2017)は心理療法における「査定」はクライエント理解の判断基準として有効性であることを認めつつ,それ自体が独り歩きして安易に「診断したり」「わかったような気になったり」する危険性についても述べている。「査定」は「わからないこと」を更に理解し共感することに努めようとする「セラピストの姿勢」によって,初めてその効力を発揮する。本研究はセラピストが行う心理療法のような臨床場面のみならず広く一般住民も視野に入れた日常生活場面を想定しており,多忙な現実の中では自身と関連の少ない他者に対し必ずしも関心を持ち続けられるとは限らないが,本研究の知見の一般化のためには支援者(気づく側)自身のセラピスト的な姿勢や意識を高める手法を検討する必要がある。例えば初期教育において認知ソーシャルトレーニング(宮口・宮口,2020)等で他者の置かれている状況を包括的に想像する訓練を行い,広い視野をもって他者に関心を持つ姿勢を体得すること等で,気づく側の「気づきの幅」が広がることも期待される。
最後に,参加者特性としての「年齢」は実験対象者の経験の側面が大きいと考えられる。本研究の対象は前述のとおりA地方公立大学の学生であったが,年齢を重ねるほど実習や授業において他者の観察眼が洗練されていく教育過程内にある。そのような経験は若年時には意に介さなかった問題に対しても新たに疑問や関心を持つための判断材料となりえるため,学習の重要性が示唆された結果と考えられる。
本実験の場面設定は現実の対人支援場面の全体像からごく一部を抜粋した設定であり,実際には本実験で設定したシチュエーションの前後にも連続的な援助行動の過程が存在する可能性は考慮されるべきである。また刺激人物が表出したネガティブ感情の外見的情報は部分的であり,現実では,より目立つ服装や髪型,声のトーン等が存在することも考慮されるべきである。
本研究は「対人支援場面の一部の抜粋」や「部分的な外見的情報」のという,現実場面の一部のみを切り取り気づきのための条件を設定する過程において,主題である低強度のネガティブ感情表出映像を作成したことが大きな特徴である。その反面,低強度のネガティブ感情表出映像の多くは「気になる」と判定されない可能性も危惧され,参加者に対してチェック可能映像数を「概ね半分程度」と指示した。結果,気になると判定されるべき映像が気にならないと判定されたり,その逆の可能性も推察される。「気になる」と判断した理由が気づきに先行したものであることを担保するため「初見の段階で自分自身がどう感じてチェックしたかを思い出しながら回答ください」とも教示したが,一部は刺激の再提示時の後付けの理由となった可能性もある。この区別が困難であることは本研究の限界と考えられる。
さらに本実験の刺激映像は中年男性という外見上の特徴を有しており,実験参加者の9割以上は若年女性であった。仮に刺激映像が高齢者であった場合は,より「心配」という感情が想起されやすい可能性もある。今回の「中年男性に対する若年女性の気づき」という構図の他,「高齢男性に対する中年男性の気づき」や「小児に対する高齢女性の気づき」等,性別間や年代間の組み合わせはさまざまなパターンが想定されるため,それに伴い結果も変動する可能性も考慮すべきである。
1) 本論文は,2020年に岩手県立大学社会福祉学研究科に提出した修士論文の一部をもとに書き改めたものである。論文の作成に当たってご指導頂きました遠山宜哉岩手県立大学名誉教授に感謝申し上げます。