論文ID: 2024-003
The burgeoning population of individuals that experience poverty prompts an inquiry into the lack of expansion of income equality policies, exacerbating economic disparity. This study examines the life hardship claims of upper-class people in response to class privilege information. We conducted two experiments to investigate whether or not upper-class people in Japan are more likely to claim their life hardships when presented with class privilege information and whether or not claiming these hardships would result in decreased support for income equality policies. In contrast to expectations, neither experiment indicated whether class privilege information influenced claims of life hardship. One potential implication is that the upper-class in Japan do not perceive economic inequality as an inconvenient truth. Moreover, the results demonstrated that the more strongly they claimed life hardships, the less they supported redistributive policies.
格差社会と言われるようになって久しい。厚生労働省(2023)の令和3年所得再分配調査によると,経済格差指標の1つであるジニ係数において,再分配前の値である当初所得ジニ係数は0.5700であり,社会保障等による再分配後の再分配ジニ係数は0.3813である。平成8(1996)年時では,当初所得ジニ係数は0.4412,再分配ジニ係数は0.3606であるから(厚生労働省,2010),当初所得・再分配ジニ係数のどちらとも増加傾向である。厚生労働省(2022)の2022(令和4)年国民生活基礎調査によると,相対的貧困率は15.4%であり,1985年から緩やかに上昇傾向である。これはOECD諸国37ヵ国の上から10番目にあたり(OECD, 2022),日本は経済格差のみならず経済的困窮者の割合も多くなっている。
世代間資産移転である遺産は資産分配の不平等に大きな影響を与えているように,経済格差の維持・拡大は階層の世代継承的な再生産によってなされていると言えるだろう。経済的要因によるものだけではなく,親の学歴が子の学歴や収入,テレビ・読書習慣に影響するといったように(松岡,2019),文化資本によっても階層の再生産はもたらされている。そして,1985年頃から近年にかけて階層の再生産が増加傾向にある(橋本,2018b)。「親ガチャ」という言葉が2021年ユーキャン新語・流行語大賞のトップテンに選出され話題になったことから,階層の再生産が人々の共通認識になっている様子もうかがえる。その意味で上位階層の特権性は継続されており,経済格差の指標をみるに,その溝は徐々に大きくなっていると考えられる。
経済格差と健康格差との関連がみいだされてきており,ジニ係数が大きな地域ほど主観的健康感が低く(Ichida et al., 2009),非正規雇用者はうつ等の心理的健康状態の問題を抱えている人が多い(橋本,2018a)。経済格差がこれらの人間の尊厳や安寧に関わる問題にまで影響することを考慮すると,格差の拡大・維持を放置するのではなく格差是正について積極的に検討することが必要であろう。
特権情報に対する上位階層者の自己防衛的反応経済格差が維持・拡大している現状では,格差是正政策の拡充が求められる。格差是正政策を推進していくには世論を含めた大多数の合意形成が必要であるが,これまで蓄積された研究によると,上位階層者は他の階層よりも格差是正政策を支持しない傾向が見られる(橋本,2018a)。この心理メカニズムは,帰属理論(橋本他,2012)や社会的支配志向性(Social Dominance Orientation;以下,SDOとする(三船・横田,2018))の観点から検討されることがあったが,近年では特権受益者の自己防衛的反応によって格差の存在が顕在化されず,それが格差是正政策への賛意を低下させ得ることが明らかになってきた。
Phillips & Lowery (2020)によれば,高学歴者や高収入者といった上位階層者は,上位階層に属することによる特権についての情報に曝されたときに,自分の人生は特権によって優遇されたものではなく困難に溢れていたと主張することがわかっている。Phillips & Lowery (2020)の実験1では,アメリカの一流大学・ビジネススクールの学生を対象とし,参加者にこれまでの人生苦難の程度を評定させた。その結果,人生苦難を評定する前に学歴による不当な優遇について記載された文章を読んだ参加者の方が優遇に関する文章を読んでいない実験参加者に比べて,自らの人生がより困難であったと評価していた。実験4では,アメリカの世帯年収7.5–10万ドルの成人を実験参加者とし,7.5万ドル以上が世帯年収の分布の上位10%に該当すると提示された実験参加者は,世帯収入上位10%は不当に優遇されていると記載された文章を提示された場合,優遇に関する文章を提示されていない実験参加者よりも,仕事を懸命にしていると評定することが示された。これらの結果は,上位階層者は自身の特権情報に曝されると,人生苦難や努力を強調することによって自身の特権性を否定することを示唆している。
Phillips & Lowery (2020)は,自己肯定化理論(Cohen & Sherman, 2014)に基づく自己肯定化操作を行うことによって,特権情報提示に対する人生苦難の強調が自己防衛に起因していることを実証している。Cohen & Sherman (2014)によれば,人々は包括的な自己価値を維持しようとする動機を持っている。そのため,自己価値が脅かされた場合,自己価値の感覚を維持・回復しようとするために,提示文章の信憑性を低く見積もるといった自己防衛的反応を示す。そして,その脅威と無関係な個人の重要な価値について熟慮等を行う自己肯定化(Sherman & Cohen, 2006)によって自己価値を確認することができる場合,自己への脅威に対してより肯定的な反応を示す。Phillips & Lowery (2020)の実験5において,実験参加者は個人の道徳的な強さを記述する自己肯定化操作が行われた場合,特権情報提示群の方が提示なし群よりも人生苦難の強調が少なかった4)。この結果は,自身の特権の事実を突きつけられた際,上位階層者は人生苦難を強調することで自己への脅威に対して自己防衛していることを示唆している。
Phillips & Lowery (2020)は特権情報提示に対する上位階層者の自己防衛的反応を示したが,白人を対象にしたPhillips & Lowery (2015)では,さらに自己防衛的反応が格差是正政策への賛意に影響を及ぼすことがみいだされている。Phillips & Lowery (2015)の実験2では,アメリカの白人成人の参加者を,自己肯定化操作の有無と白人特権に関する文章提示の有無の計4群に分け(自己肯定化操作×特権提示操作の2要因参加者間計画),人生苦難の強調,自分自身が白人の特権を得ているという自覚,アファーマティブ・アクション政策への賛意に関する項目への回答を参加者に求めた。その結果,自己肯定化操作がなかった群において特権情報に対して人生苦難を強調することによって自身の特権の自覚が低下し,それによってアファーマティブ・アクション政策への賛意が低下することが示された。
Phillips & Lowery (2015)は白人を対象とした研究ではあるが,自己防衛的反応である人生苦難の強調が上位階層者にも見られていることを考慮すると,社会階層の文脈においても同様なことが見られると予想できる。つまり,上位階層者は,上位階層に属していることによって不公平に特権を得ているという情報を提示され自己脅威に曝されたときに,その脅威に対して自己防衛のために人生苦難を強調し,自身が受け取っている特権の自覚を低めることを通じて格差是正政策への賛意を低下させるだろう。
Phillips & Lowery (2020)によると,メリトクラシー(能力主義)規範がアメリカの文化的基盤に根ざしており,人々のメリトクラシー信念が基盤となって上位階層者の人生苦難強調を引き起こしているという。したがって特権情報に対する人生苦難強調の反応(努力の正当化)とメリトクラシー信念が関連していることが考えられる。白人特権情報に対して最も自己防衛的反応を示すのはメリトクラシー信念が強い白人であることから(Knowles & Lowery, 2012),メリトクラシー信念が強いほど人生苦難を強調することが予想できる。
本研究の概要これまでの議論を踏まえて,Phillips & Lowery (2020)の課題を2点挙げる。1点目は,知見の一般性の問題である。Phillips & Lowery (2020)で示されたことはメリトクラシー規範が根付いているアメリカでの結果であり,日本でも同様なことが見られるかどうかは不明である。したがって,どの社会においても上位階層者が特権情報に対して防衛的な反応を示すか,そしてその防衛的反応は自己脅威によるものなのかどうかについて検討が必要である。その際に,特権情報による人生苦難の強調に対してメリトクラシー信念が調整変数として働くことを考慮することで,メリトクラシー規範の社会に限定されない上位階層者の自己防衛的反応の理解につながると考えられる。2点目は,格差是正政策賛意への影響を検討していない点である。Phillips & Lowery (2020)では特権情報提示による人生苦難強調への影響の検討に留まっており,Phillips & Lowery (2015)で示されたような格差是正政策賛意への影響は検討されていない。上位階層者が特権情報提示によって人生苦難を強調するだけでなく,その帰結として格差是正政策賛意への影響を検討することは,格差是正政策拡充の合意形成を妨げる心理メカニズムの解明にとって重要である。
以上を踏まえて,本研究では以下の4つの仮説を検証する。
仮説1.上位階層者は階層による特権の情報に曝されると人生苦難をより強調する。
仮説2.特権の情報に対して人生苦難を強調する反応は自己に対する脅威に起因している。
仮説3.メリトクラシー信念が強い場合に特権情報に対して人生苦難を強調する。
仮説4.特権情報提示による人生苦難の強調によって個人の特権自覚が低まり,それによって格差是正政策への賛意が低下する。
本研究は日本の社会階層に焦点を当てているため,参加者は日本人の成人に限定した。また,Phillips & Lowery (2020)では実験4, 5で世帯収入を参加者条件にしており,本研究においてもこれに倣い世帯所得(収入)による基準で上位階層者を定義する。2022年国民生活基礎調査によると,平均世帯所得は545.7万円,中央値は423万円であり,世帯所得1,000万円以上は上位12.4%である。世帯所得1,000万円以上は,おおよそ上位10%にあたり,平均値や中央値と約2倍の所得差があるため,上位階層者と設定して問題ないと判断した。そのため,本研究では世帯所得(収入)1,000万円以上を上位階層者と定義し,実験参加者の条件とした。なお,研究1では世帯所得1,000万円以上を参加者条件としたが目標とする参加者人数に到達しなかったため,研究2では世帯所得よりも広範な要件である世帯収入1,000万円以上を参加者条件とした。
クラウドソーシングサイトを用いた実験を行い,実験デザインは自己肯定化操作(あり/なし)と特権情報提示操作(あり/なし)の2要因参加者間計画だった5)。本研究は,著者の所属機関に設置されている研究倫理委員会の承認を得た(承認番号P220058)。
方法参加者効果量fを.15と仮定し,有意水準.05,検定力.8と設定した上でG*Powerを用いて必要な例数を算出したところ,351名と算出された。短時間回答として除外される参加者を考慮して,実験参加者の予定数を400名と想定した。
実験にはクラウドソーシングサイトのCrowd Worksの登録者614名が参加した。そのうち,参加者条件の不一致,回答の途中離脱,分析の不同意,短時間回答,最小限化確認のためのIMC項目(三浦・小林,2018)の不適切回答者を分析対象から除外し,最終的な分析対象者は327名(男性:129名,女性:193名,回答したくない:5名,平均年齢=40.8,SD=10.0)だった。参加者はQualtricsを通じて回答を行った。
手続き参加者は,自己肯定化操作,特権情報提示操作の順に行い,その後下記の質問項目に回答した。自己肯定化操作は,特権情報提示に対する人生苦難の強調が自己脅威に基づいている反応であるかどうか確認することを目的としている。自己肯定化操作はPhillips & Lowery(2015,実験2)で用いている方法を参考に実施した6)。具体的には,自己肯定化あり群には9つの価値観や資質(例:友人や家族との関係性)を提示し,個人的重要性の順位づけと1位にしたものがなぜ重要なのか記述するよう求めた。特権情報提示操作は,特権情報によって自己脅威を与えることを目的としている。特権情報提示操作あり群の提示文は,Phillips & Lowery(2020,実験5)の提示文を参考にしつつ,日本社会の状況に沿うように作成した。また,Phillips & Lowery(2020,実験5)では世帯所得のヒストグラムも併せて提示しているため,この操作に倣い,厚生労働省(2021)の2021(令和3)年国民生活基礎調査のデータを基に作成した世帯所得分布のヒストグラムを特権情報提示操作あり群の参加者に提示した(Figure S1)。自己肯定化なし群および特権情報提示操作なし群には,それぞれ「『→』を押して次に進んでください。」とだけ提示した。
測定項目人生苦難の強調と個人の特権自覚はPhillips & Lowery (2020)の5項目(例:私の人生は苦難の連続だった)と3項目(例:私の人生には,いくつか有利な点があった)をそれぞれ用いた。メリトクラシー信念は,アファーマティブ・アクション政策への賛意と関連があるDavey et al. (1999)のPreference for the Merit Principle Scale(以下,PMPとする)の15項目を用いた(例:組織では,仕事をうまくやる人が上に行くべきだ)。これら3種類の測定項目は「まったく同意しない」から「強く同意する」までの7件法で評定を求めた。格差是正政策への賛意は,橋本他(2012)の貧困是正政策への賛意の5項目を2箇所変更して用いた。橋本他(2012)では派遣村に関する項目を使用していたが,派遣村の現状を考慮すると質問項目として適切ではないと判断したため,「正規と非正規雇用労働者との所得格差の是正(同一労働・同一賃金制度)」と入れ替えた。また,橋本他(2012)では職業訓練や就職に関する項目の対象を派遣社員としていたが,より対象の範囲を広げることを目的として,フリーターを追加した(フリーターや契約を打ち切られた派遣社員に対する優先的な職業訓練や就職のあっせん)。5つの政策に関する政府支出や取り組みについて,「今より減らすべき」から「今より増やすべき」までの5件法で評定を求めた。その他に,性別,年齢,世帯所得の回答を参加者に求めた。世帯所得は,「200万円未満」から「1,500万円以上」までの7件法で測定を行い,「1,000–1,500万円」,「1,500万円以上」を選択した参加者を分析対象とし,それら以外を選択した参加者はそこで実験終了とした。
結果本研究のデータ分析には清水(2016)によるHADon18_002を使用した。
人生苦難の強調(α=.88),個人の特権自覚(α=.69),格差是正政策への賛意(α=.73)の内的整合性を考慮した上で加算平均を変数得点とした。メリトクラシー信念(α=.54)は内的整合性が低かったため,尺度内で相関が低い3項目を削除し12項目の加算平均を変数得点とした(α=.64)。分析で扱った各変数と相関係数をTable 1に示した。
変数名 | Mean (SD) | 相関係数 | |||
---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | |||
1 | 人生苦難の強調 | 4.11 (1.23) | |||
2 | 個人の特権自覚 | 3.74 (1.18) | −.11* | ||
3 | メリトクラシー信念 | 4.83 (0.62) | .07 | −.02 | |
4 | 格差是正政策への賛意 | 3.45 (0.66) | .12* | .06 | −.02 |
*p<.05
仮説1, 2の検証を目的とし,独立変数を自己肯定化操作条件と特権情報提示操作,従属変数を人生苦難の強調として2要因分散分析を実施した。分析の結果,自己肯定化操作(F(1, 323)=0.37, p=.542, η2=.001),特権情報提示操作(F(1, 323)=1.43, p=.233, η2=.004),交互作用項(F(1, 323)=1.57, p=.211, η2=.005)のいずれも有意な効果は見られなかった。
仮説3の検証を目的とし,メリトクラシー信念,自己肯定化操作,特権情報提示操作,自己肯定化操作と特権情報提示操作との交互作用項,メリトクラシー信念と特権情報提示の交互作用項を独立変数,人生苦難の強調を従属変数として重回帰分析を実施した。人生苦難の強調に対するメリトクラシー信念と特権情報提示の交互作用項の有意な影響は見られなかった(β=.00, p=.982; Table S1)。
仮説4の検証を主目的とし,Phillips & Lowery (2015)の分析方法に倣い,自己肯定化操作と特権情報提示操作の交互作用項,人生苦難の強調,個人の特権自覚,格差是正政策への賛意の流れでの構造方程式モデリングを実施した。分析にあたって,性別と年齢で統制を行った。分析の結果,適合度が良いモデルとは言えず,特権情報提示操作による人生苦難の強調への影響も見られなかった(χ2(3)=7.223, p=.065, CFI=.626, RMSEA=.066, AIC=21.223; Figure S2)。続いて,メリトクラシー信念をモデルに追加した上で,自己肯定化操作,特権情報提示操作,メリトクラシー信念のそれぞれが人生苦難の強調以外にも影響を与える可能性を考慮して,個人の特権自覚,格差是正政策への賛意にも影響を与えることを仮定し,かつ自己肯定化,メリトクラシー信念が特権情報提示に対して調整変数して働くとした初期モデルで分析を探索的に実施した(χ2(0)=000, CFI=1.000, RMSEA=.000, AIC=72.00; Figure S3)。人生苦難の強調に対してメリトクラシー信念(β=.11, p=.044)のみ有意な影響があり,個人の特権自覚には人生苦難の強調(β=−.12, p=.025)と特権情報提示とメリトクラシー信念との交互作用項(β=.12, p=.023),格差是正政策への賛意には人生苦難の強調(β=.14, p=.013)が有意な影響を示していた。初期モデルから有意なパスだけを残して有意でないパスを削除していったところ,AICの改善が見られたものの人生苦難の強調に対するメリトクラシー信念の有意な影響が見られなくなった(χ2(10)=11.564, p=.305, CFI=.874, RMSEA=.023, AIC=63.706; Figure 1)。
Note. 各値は標準化係数を示す。*p<.05
2要因分散分析において人生苦難の強調に対する特権情報提示の主効果が見られず,構造方程式モデリングにおいても特権情報提示から人生苦難の強調への有意なパスが見られなかったことから仮説1は不支持であり,かつ自己肯定化操作と特権情報提示操作との交互作用が見られなかったため,仮説2も不支持であった。重回帰分析と構造方程式モデリングの結果から,人生苦難の強調に対する特権情報提示とメリトクラシー信念との交互作用項の有意な影響は示されなかったため,仮説3は支持されなかった。先行研究に倣ったモデルならびに各外生変数が複数のパスをもつモデルでの構造方程式モデリングの結果,特権情報提示から人生苦難の強調へのパス,個人の特権自覚から格差是正政策賛意へのパスが見られなかったため,仮説4は支持されなかった。一方で先行研究と同様に人生苦難を強調するほど個人の特権自覚が低下することが示された。また,予測とは正負が逆のパスとして,人生苦難の強調から格差是正政策賛意への直接的な正のパスも見られていた。この結果は,努力の肯定としての人生苦難の強調に,就労に向かう職業訓練や就労の準備期間としての失業手当を肯定する側面があったのかもしれない。さらに,個人の特権自覚に対する特権情報提示とメリトクラシー信念との交互作用が見られていた。これは,特権情報が提示された場合,メリトクラシー信念を強く持っている方が個人の特権を自覚しやすいことを示唆している。
続く研究2では,特権情報の内容を変更するとともに,メリトクラシー信念以外の個人差変数,富の再分配に関する政策を考慮した上で再度仮説を検証する。
研究1で使用した特権情報は「上位階層に属していることによる特権」についての内容だったが,児童手当制度の世帯収入額による制限等を考慮すると,日本社会の上位階層者が必ずしも階層による特権を感じているとは限らない。「親ガチャ」の流行を考慮すると,日本社会では階層の再生産の方が特権を象徴していると考えられる。そこで研究2では,特権情報の提示文を階層の再生産の内容に変更した上で再度仮説検証を試みた。
研究1では,世帯所得1,000万円以上を参加者条件として設定していることから目標の例数まで参加者を集めることができず,このことが仮説検証を困難にしている点もあったかもしれない。そこで研究2では調査会社の調査モニターを対象とする。調査会社の調査モニターは事前に世帯収入を登録しており,世帯収入1,000万円以上として登録しているモニターに対して直接募集をかけることができるため,全登録者向けに募集の掲示をしているクラウドソーシングサイトよりも十分な参加者数を集められると考えられる。
また,研究1では特権情報提示による人生苦難の強調に対してメリトクラシー信念の有意な影響が見られなかったことを踏まえ,メリトクラシー信念以外にも人生苦難の強調に影響を与えていると考えられる個人差要因を考慮する。たとえば,特権情報を提示されたとしても,階層格差を肯定している人は人生苦難を強調しないかもしれない。そこで,人生苦難の強調を規定し,かつ特権情報と人生苦難の強調の関連を調整していると考えられる要因として,階層社会を是とするSDO(Sidanius & Pratto, 1999)を考慮した上で仮説の検証を行う。また,再生産に関する特権情報を提示する場合,再生産自体を肯定している場合も特権情報に対して脅威に感じることはなく人生苦難を強調しないだろう。したがって,SDOと同様に階層の再生産を肯定する程度に関する項目を追加する。再生産の肯定はSDOと同じ作用が想定されるが,SDOは集団間の格差を肯定している程度である一方,再生産の肯定は再生産自体を肯定している程度であるため,異なる概念として測定する。加えて,所得税の累進度といった主に富の再分配として機能する政策は自己の功績との関連がより強く人生苦難強調とより関連すると考えられるため,社会保障に関する項目で構成されていた格差是正政策への賛意に富の再分配の機能を持つ政策の項目を追加した上で再度検証する。本研究は,著者の所属機関に設置されている研究倫理委員会の承認を得た(承認番号P230035)。
方法参加者Phillips & Lowery(2015,実験2)の効果量を参考に効果量η2を.02と仮定し,有意水準.05,検定力.8と設定した上でHADon18_002を用いて必要な例数を算出したところ,387名と算出された。短時間回答者の除外を考慮して,実験参加者の予定数を450名とした。また,研究1では目標としていた例数まで到達しなかったことから,参加者条件を世帯所得1,000万円以上から世帯収入1,000万円以上に変更した。
実験には株式会社クロスマーケティングの調査モニター959名が参加した。研究1と同様に,参加者条件の不一致,回答の途中離脱,分析の不同意,短時間回答,IMC項目の不適切回答者を分析対象から除外し,最終的な分析対象者は445名(男性:337名,女性:108名,平均年齢=54.9, SD=8.9)だった。
手続き手続きは研究1と同様に行った。実験参加者は,自己肯定化操作,特権情報提示操作の順に行い,その後以下の質問項目に回答した。研究2では特権情報提示操作あり群の提示文を階層の再生産の内容に変更した(Figure S4)。世帯収入のヒストグラムは,研究1で使用したヒストグラムの世帯所得という単語を世帯収入に変更した上で提示した。
測定項目人生苦難の強調,メリトクラシー信念は研究1と同じ項目を使用した。個人の特権自覚は研究1で使用した3項目に加え,再生産に関する特権情報に合わせるために,再生産の自覚に関する項目(例:子どもの頃の生活は,比較的に不自由のない生活だった)の3つを追加した。格差是正政策への賛意は,研究1で使用した5項目に加え,富の再分配に関する政策(例:所得税の累進度の強化)を4項目追加した計9項目を用いた。なお,研究2では5件法から7件法に変更し,選択肢に合わせるように質問項目の文言を一部修正した(例:「失業手当」から「失業手当の強化」に変更)。SDOは三船・横田(2018)の16項目を用いた。再生産の肯定の程度は,3項目(例:日本社会で階層の再生産があるのは,仕方がないことだ)を作成して用いた。これらの測定項目はすべて「まったく同意しない」から「強く同意する」までの7件法で回答を求めた。その他に,性別,年齢,世帯収入,個人収入の回答を求めた。世帯収入および個人収入は,「200万円未満」から「2,000万円以上」までの200万円間隔での11件法とした。研究1と同様に世帯収入1,000万円以上に該当する「1,000–1,200万円」以上の選択肢を選んだ実験参加者を分析対象とし,それら以外を選択した参加者はそこで実験終了とした。
結果人生苦難の強調(α=.89),再生産の自覚(α=.76),再生産の肯定(α=.77)の内的整合性を考慮した上で加算平均を変数得点とした。研究1と同様にメリトクラシー信念(α=.58)は内的整合性が低かったため,尺度内で相関が低い3項目を削除し,12項目の加算平均を変数得点とした(α=.68)。格差是正政策への賛意は,2因子構造を確認の上,研究1で使用した社会保障政策に関する5項目を社会保障政策への賛意(α=.72),研究2で新たに追加した再分配政策に関する4項目を特権是正政策への賛意(α=.72)とした。実験に用いたSDO尺度(三船・横田,2018)は,集団支配志向性(以下,SDO-Dとする)と平等主義志向性(以下,SDO-Eとする)の2因子性が示されているため(高野他,2021),本研究においても2因子性を想定した。2因子構造の確認的因子分析を実施し,SDO-Eに負荷すると予想していたがSDO-Dに負荷した項目(「どんな集団も社会において支配的地位を独占するべきではない」)を除外した上でSDO-D(α=.77)とSDO-E(α=.83)とした。本分析で扱った各変数と相関係数をTable 2に示した。
変数名 | Mean (SD) | 相関係数 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | |||
1 | 人生苦難の強調 | 4.03 (1.25) | |||||||
2 | 個人の特権自覚 | 3.85 (1.05) | −.21** | ||||||
3 | メリトクラシー信念 | 4.81 (0.56) | .09 | −.03 | |||||
4 | 社会保障政策への賛意 | 4.38 (1.01) | .04 | −.01 | .08 | ||||
5 | 特権是正政策への賛意 | 3.09 (1.23) | −.15** | .04 | −.16** | .19** | |||
6 | SDO-D | 3.83 (0.77) | −.08 | .14** | .03 | −.22** | −.15** | ||
7 | SDO-E | 4.07 (0.95) | .08 | −.03 | .01 | .48** | .24** | −.30** | |
8 | 再生産の肯定 | 3.98 (1.04) | −.13** | .18** | .01 | −.08 | −.01 | .46** | −.21** |
*p<.05, **p<.01
仮説1, 2の検証を目的とし,研究1と同様の2要因分散分析を実施した。分析の結果,自己肯定化操作(F(1, 441)=0.34, p=.561, η2=.001),特権情報提示操作(F(1, 441)=1.54, p=.216, η2=.003),交互作用項(F(1, 441)=0.82, p=.365, η2=.002)のいずれも有意な効果は見られなかった。
仮説3の検証を目的とし,世帯収入,個人収入,年齢,性別,SDO-D,SDO-E,再生産の肯定,特権情報提示とSDO-Dとの交互作用項,特権情報提示とSDO-Eとの交互作用項,特権情報提示と再生産の肯定との交互作用項で統制した上で研究1と同様に人生苦難の強調に対して重回帰分析を行った。その結果,メリトクラシー信念の有意な主効果が見られたものの(β=.10, p=.039),研究1と同じくメリトクラシーと特権情報提示の交互作用項の有意な影響は見られなかった(β=−.02, p=.713; Table S2)。
仮説4の検証を主目的とし,性別,年齢,世帯収入,個人収入で統制した上でメリトクラシー信念,SDO-D,SDO-E,再生産の肯定を含んだモデルを検討した。分析にあたって,SDO-D,SDO-E,再生産の肯定は互いに相関関係のある外生変数とし,社会保障政策への賛意と特権是正政策への賛意の間にも相関関係を仮定した。さらに,各外生変数が人生苦難の強調,個人の特権自覚,社会保障政策への賛意,特権是正政策への賛意に影響を与えることを仮定し,かつ自己肯定化,メリトクラシー信念,SDO-D,SDO-E,再生産の肯定が特権情報提示に対して調整変数して働くとした初期モデルで分析を実施した(χ2(0)=000, CFI=1.000, RMSEA=.000, AIC=240.000; Figure S5)。人生苦難の強調に対する特権情報提示(β=−.05, p=.241),自己肯定化と特権情報提示との交互作用項(β=.06, p=.238),特権情報提示とメリトクラシー信念との交互作用項(β=.02, p=.597)の有意な影響は見られず,また,個人の特権自覚の社会保障政策への賛意(β=.03, p=.510)と特権是正政策への賛意(β=.01, p=.820)への有意な影響も見られなかった。初期モデルから有意なパスだけを残して有意でないパスを削除していったところ,AICの改善が見られた(χ2(37)=56.794, p=.020, CFI=.962, RMSEA=.035, AIC=222.794; Figure 2)。人生苦難の強調に対してメリトクラシー信念が有意な正の影響をもたらしていた(β=.10, p=.042)。個人の特権自覚は,人生苦難の強調(β=−.20, p<.001),再生産の肯定(β=.13, p=.007),特権情報提示と再生産の肯定との交互作用(β=−.11, p=.023)の有意な影響が見られた。社会保障政策への賛意は,メリトクラシー信念(β=.09, p=.035),SDO-D(β=−.09, p=.046),SDO-E(β=.45, p<.001)の有意な効果が見られ,特権是正政策への賛意に対しては,人生苦難の強調(β=−.15, p=.001),メリトクラシー信念(β=−.15, p=.001),SDO-D(β=−.10, p=.035),SDO-E(β=.21, p<.001),特権情報提示と再生産の肯定との交互作用(β=−.10, p=.023)の有意な効果が見られた。
Note. 各値は標準化係数を示す。*p<.05, **p<.01
研究1と同様に,2要因分散分析ならびに構造方程式モデリングにおいて人生苦難の強調に対する特権情報提示の影響が見られなかったことから仮説1は不支持であり,自己肯定化操作と特権情報提示操作との交互作用が見られなかったため,仮説2も不支持であった。重回帰分析と構造方程式モデリングの結果から,人生苦難の強調に対して特権情報提示とメリトクラシー信念との交互作用項の有意な影響は示されなかったため,仮説3は支持されなかった。構造方程式モデリングの結果,研究1と同じく,人生苦難を強調するほど個人の特権自覚が低下することは見られたが各政策賛意への媒介効果は示されず,特権情報提示から人生苦難への有意な効果も見られなかったため,仮説4は支持されなかった。
本研究は,日本社会の上位階層者による特権情報に対しての人生苦難の強調,人生苦難の強調による格差是正政策賛意への影響について2つの研究を実施した。研究1ではPhillips & Lowery (2020)に則り上位階層に属するが故の特権の情報,研究2では日本社会により即していると考えられる階層の再生産に関する情報を特権情報として提示した。
研究1,2ともに日本社会の上位階層者では特権情報に対して人生苦難を強調することが示されなかった。Phillips & Lowery (2020)によると,特権情報に対する人生苦難の強調は,メリトクラシー規範に根ざした自己評価への脅威に基づいているとされているため,アメリカよりもメリトクラシー規範が弱いと考えられる日本社会では人生苦難の強調を引き起こすような自己脅威が生じなかったことが考えられる。本研究ではメリトクラシー規範の文化差を考慮してメリトクラシー信念を取り入れた。メリトクラシー信念は中点の4を超えていたことから(研究1:MPMP=4.83, t(326)=24.22, d=1.34, p<.001,研究2:MPMP=4.81, t(444)=30.42, d=1.44, p<.001),個人の中ではメリトクラシーがある程度受け入れられていると思われる。しかし,用いたPMPは個人がメリトクラシー社会をどれほど望んでいるかについての規範的尺度(~であるべき)であることについて考慮が必要である。メリトクラシー規範の逸脱によって自己脅威が生じるとすると,メリトクラシー社会であるべきだと望んでいる中で自分に特権があった場合よりも,世の中はメリトクラシー社会である中で特権がある場合の方がより自身の功績正当性が脅かされるだろう。本研究において,特権情報を提示しても人生苦難の強調に影響せず,さらに規範的尺度としてのメリトクラシー信念の調整効果も示されなかったことから,たとえ個人がメリトクラティックな社会を望んでいたとしても,現実社会がメリトクラティックであると認識されていない場合には,自己脅威は生じにくいのかもしれない。今後は,社会がどの程度メリトクラティックであるかという記述的尺度(~である)を用い(Son Hing et al., 2011),メリトクラシー社会であるという信念が強い場合に自己脅威に基づく人生苦難の強調が日本の上位階層者においても生じるかどうかを検証する必要がある。PMPを用いたことは,人生苦難の強調に対するメリトクラシー信念の直接的な影響が示唆されながらも,その効果が微弱だったこととも関連していると思われる。PMPは上位階層者と下位階層者との差が見られないが,記述的尺度は上位階層者の方が下位階層者よりも高い値を示すことから(Zimmerman & Reyna, 2013),記述的尺度としてのメリトクラシー信念の方が上位階層者の特権正当化とより関連している可能性が考えられる。
特権情報提示に対して人生苦難の強調がなされなかった理由のもう1つの可能性として,自己脅威は生じたが,特権情報の信憑性を疑う等,人生苦難の強調以外の方略で対処していたことが挙げられる。本研究では自己脅威の操作チェックを実施しなかったため,今後は,自己肯定化理論の知見を利用し,自己肯定化操作と特権情報提示を行った後に特権情報に対する受容性を評価させることで自己脅威が発生していたのかどうかを検証する必要があるだろう。
研究1では,人生苦難強調による格差是正政策賛意への直接的な正の影響が見られていた。しかし,研究2では,社会保障政策への賛意に対する人生苦難強調の影響は示されず,2つの研究を通して一貫した結果にならなかった。仮説検証に必要な目標例数まで到達させた研究2において,人生苦難の強調から特権是正政策への賛意に対して直接的な負の影響が認められた。生活保障が目的である社会保障よりも富の再分配に関する政策の方が特権や個人の功績との関連が強いため,特権是正政策への賛意の方が人生苦難の強調との関連が強いのかもしれない。このことは,メリトクラシー信念と格差是正政策への賛意との関連について,研究1では関連が見られず,研究2では各是正政策賛意にそれぞれ影響をしていたものの,社会保障政策への賛意よりも特権是正政策への賛意とより関連していたこととも整合的である。メリトクラシー規範がアメリカより相対的に弱いと考えられる日本においても,努力を正当化している場合には,富の再分配に関する政策を支持しないのだろう。また,人生苦難の強調が特権自覚を介さずに政策賛意に影響することはどちらの研究においても見られており,Phillips & Lowery (2015)で示された各認知の因果関係の経路についても再点検する必要があるだろう。
研究2の結果から,人生苦難の強調に対してSDOの影響は見られなかった。これは,階層社会を是とする信念であるSDOは個人の功績に注目する人生苦難の強調とは関連が弱いことを示唆している。SDOと各政策賛意との関連については,SDO-Dが各政策賛意に対して負の影響,SDO-Eは正の影響があった。SDOの2因子性を示したHo et al. (2012)によるとSDO-EはSDO-Dよりも社会保障や富の再分配とより関連することが示されており,SDO-Eの方がSDO-Dよりも各政策賛意とより関連していた本研究の結果は,Ho et al. (2012)と合致していた。また,SDOと社会福祉政策への賛意とが負の相関をしている三船・横田(2018)の結果とも整合的であり,本研究はSDOの研究知見を補強していると言えるだろう。再生産の肯定もSDOと同様に人生苦難の強調への影響が見られなかったが,個人の特権自覚に対する主効果と特権情報提示との交互作用,特権是正政策への賛意に対する特権情報提示との交互作用が見られていた。このことは,階層の再生産は致し方ないと考えているほど,自分自身の特権を自覚する一方で,特権情報提示によって特権の無自覚性が強まるとともに再分配に関する政策を支持しない傾向があることを示唆している。SDOと再生産の肯定は相関関係にありどちらも階層間格差の肯定を表す概念であるものの,人生苦難の強調に対しては異なる関連があることが示唆される。
研究1では目標とする例数まで到達しておらず,研究2は研究1と比べて男性の割合が多く平均年齢が高いため,例数欠如・サンプルの偏りが生じている。サンプルの偏りが結果に影響を与えている可能性があり,本研究結果の一般化可能性には限界がある。今後,複数の検証を重ねていくことによって,一般化可能性を見極める必要がある。
以下では本研究における2つの意義を順に整理し,考察する。
1点目は,経済格差における上位階層者の反応に注目したことである。既存研究では,上位階層者が格差をどのように認知しているかについての研究が行われてきたものの(橋本他,2012),格差の情報に対して上位階層者がどのように反応するかについての研究はなされてこなかった。本研究は,Phillips & Lowery (2020)とは異なり,日本の上位階層者は特権情報に曝されても人生苦難を強調しないことを示唆した。特権情報が自身の正当性を脅かす不都合な事実である場合,防衛的反応を見せるはずであるため,日本の上位階層者は特権の暴露を自己の正当性を脅かすものとは捉えていないことが可能性の1つとして挙げられる。
2点目は,特権情報提示に伴う人生苦難の強調による格差是正政策賛意への影響を検討したことである。Phillips & Lowery (2020)では特権情報提示による人生苦難の強調への影響の検討に留まっており,人生苦難の強調が格差是正政策推進の合意形成を妨げるかどうかについて検証されていなかった。仮説検証に必要な目標例数まで到達させた研究2では生活保護といった社会保障政策と所得税の累進度の引き上げといった特権是正政策の賛意への影響をそれぞれ検討し,人生苦難の強調から特権是正政策賛意への直接的なパスがみいだされていた。この結果は,所得税の累進度の引き上げ等の再分配政策においては防衛的反応である人生苦難強調を行うことで,格差是正政策拡充の合意形成が妨げられることを示唆している。また,特権情報提示による格差是正政策賛意への影響が見られなかったことも新たな知見になるだろう。橋本他(2012)は,格差是正に向けて不平等の情報を上位階層者に伝える必要性を提言している。しかし,本研究によると特権情報提示と格差是正政策への賛意とは結びついておらず,上位階層者に対して単に特権情報を提示するだけでは格差是正政策を拡充していくのは困難であることが示唆された。
どうしたら上位階層者から格差是正政策への賛意を引き出すことができるのだろうか。あくまで一時的な方略ではあるが1つのアプローチとして,集団イメージに対する脅威を高めることが挙げられる(Knowles et al., 2014)。集団イメージ脅威を喚起するには,各上位階層者が特権集団に属していることの認識を強め,そして,特権集団の特権性が非難されているということを認識させる必要があるだろう。今後,特権情報に対する上位階層者の防衛反応に焦点を当てた研究を積み重ねていくことによって,格差是正に向けた新たなアプローチを見つけることができるかもしれない。
本研究によって,日本の上位階層者は特権情報を自己の正当性を脅かすものとは捉えていない可能性がみいだされ,さらに,不平等の現状を伝えるだけでは上位階層者からの格差是正政策への賛意を引き出せないことが示された。当初ジニ係数は過去最高を記録した2014年の調査と同レベルの水準であり,日本社会における経済格差は極まっている。本研究を通して,日本社会における階層格差は根深く格差是正は険しい道のりであることが示唆されたが,格差継続・拡大の一因になっている上位階層者に注目し,彼ら彼女らの心理メカニズムを明らかにしていくことで,格差是正に向かっていくことができるだろう。
1) 本研究結果の一部は,日本社会心理学会第64回大会(2023)で発表された。
2) 本論文の一部は,第1著者が令和5年度に東洋大学社会学研究科へ提出した修士論文の一部を加筆・修正したものである。
3) 本稿の執筆にあたり,東洋大学の大髙瑞郁先生にご助言をいただきました。この場を借りて深く御礼申し上げます。
4) ただし,自己肯定化がなされた群以外では特権情報の影響が見られなかった。
5) 仮説2の検証にあたっては,自己肯定化操作を用いることで特権情報提示に対する人生苦難の強調が自己脅威に基づいていることを検証しているPhillips & Lowery (2015)実験2ならびにPhillips & Lowery (2020)実験5の実験設計に倣った。
6) Phillips & Lowery (2020)実験5では,特権情報に対する人生苦難の強調が自己脅威に起因しているかどうかの検証だけでなくシステム脅威に起因しているかどうかについての検証のために,自己肯定化操作とシステム肯定化操作を行っている。その際,自己肯定化操作とシステム肯定化操作の方法が同じになるようにしており,参加者に個人あるいは社会システムの道徳的な強さを2つ振り返って自由記述させている。本研究では,人生苦難の強調が自己脅威に起因しているかどうかの検証のみを行ったため,Phillips & Lowery (2015)実験2の操作方法を用いた。