2023 年 58 巻 Supplement 号 p. s103_1
眼科領域で治療対象となる視覚系は、角膜や水晶体などの光学系と網膜および視神経からなる神経系に大別出来る。このうち、角膜については提供眼による角膜移植、水晶体については人工臓器である眼内レンズによる移植治療が標準治療として確立しており、一般に視機能を再建することが可能である。一方、中枢神経系に属する網膜と視神経については、ひとたび細胞が変性してしまうと機能を再建することは不可能とされてきた。しかし、近年の幹細胞研究の進歩に伴いこの常識は覆され、幹細胞治療による網膜の再生医療が実現しつつある。我々は、加齢黄斑変性の患者に対してヒト初の人工多能性幹(iPS)細胞治療となった自家iPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)移植を行い、iPS細胞治療の安全性と一定の有効性を確認した。次いで、iPS細胞治療の一般化を目指して、より幅広く臨床実施が可能と思われる他家iPS細胞ストック由来RPE細胞をHLA主要6座マッチした加齢黄斑変性患者に移植し、他家iPS細胞ストックの実臨床での有用性を示した。さらに、遺伝性網膜変性疾患を対象に他家iPS細胞ストック由来神経網膜オルガノイド移植を行って一定の有効性を確認し、現在はRPE不全症に対する他家iPS細胞ストック由来RPE細胞紐移植の臨床研究を進行中である。本講演では、iPS細胞を用いた網膜再生医療の現状と課題、そして今後の展望について概説したい。