抄録
東アフリカにおいては山地は比較的降雨に恵まれた農業の潜在生産性の高い地域である.しかし, 人口増加による土地不足のために, 集落や耕地の山麓への拡大が各地でおこってきた.本稿では, タンザニアのウルグル山塊の北側斜面における山麓への移住を検証し, 耕地の分布の変化との関連を考察し, それにともなう農業の変容について論じた.集落や耕地が山麓に展開したのは最近のことで, 山麓の集落のほとんどが30年以内に形成されていた.また, 耕地の山麓への展開も集落の形成時期と相前後していた.山麓や中腹の耕作は, 高地にまだ開拓の余地があるころから, 余剰産物を生産するために疎開林帯の中にモザイク状に始められた.しかし, さらなる人口増加によって, 山麓や中腹を耕す人が徐々に増え, 多くの農家の耕地が高地から山麓に幅広く分布するようになっていったと考えられる.伐開可能な余剰地が急速に減少するなかで, 農業形態は現在のような連続耕作へと移行し, それにともなう地力低下は, 標高差を積極的に使った多様な作付をもたらした.こうした変化は押し出されるように標高を下げた地点における耕作の中で, 否応なく培われた知恵と経験によってなされたのである.現在, 山麓や平原部の畑では, 労働力の雇用に現金が使われる一方で, 化学肥料による施肥はおこなわれない.低地の不安定な降雨条件下では, 施肥による高収量を目指すよりも耕地を分散させて収穫ゼロを回避する方法を農民が選択したと見ることができる.この指向性は, 低地の環境の脆弱性に対する農民の危機回避意識に起因するといってよい.不安定な降雨と劣化した土壌のもと, 食糧の安定確保に対する強い意識が, 粗放な農耕と作付の多様化を生じさせたのである.