抄録
B型肝炎ウイルス(HBV)はヒトやチンパンジーに感染するが,その他のほとんどの動物種には感染できず,ヒトと系統発生的に最も近縁な旧世界ザルにも感染できない.HBVがごく限られた動物細胞にのみ感染するという現象は,ほとんどの細胞でHBV侵入を許さない「制限」がはたらくことに主に起因する.ヒト肝細胞では,細胞表面に高発現するナトリウムタウロコール酸共輸送ポリペプチド(human NTCP; hNTCP)がHBVエンベロープタンパク質のpreS1領域に結合し,HBV受容体としてウイルスの細胞内侵入を媒介する.一方で,例えば旧世界ザルのmacaqueが持つNTCP(mNTCP)はpreS1に結合することはなく,そのためmacaqueは感染から逃れている.しかし,hNTCPと96%以上のアミノ酸一次配列相同性を持つmNTCPがなぜHBV preS1との結合を回避できるのか,つまり,旧世界ザルにおけるHBV感染制限メカニズムの正体は不明であった.我々は,mNTCPのクライオ電子顕微鏡構造を取得し,これとhNTCP-preS1複合体構造を比較することで,mNTCPは本来の胆汁酸トランスポーターとしての仕事を疎かにすることなく,preS1結合からうまく逃げていること,その仕組みを明らかにした.2つの役割を担っているタンパク質が,動物種によっては1つの役割だけを放棄している,そのメカニズムのポイントを紹介する.