本邦では年間3,000人が子宮頸がんにより死亡している.子宮頸がんの大部分は性交渉を介したヒトパピローマウイルス(HPV)の子宮頸部への感染が原因で発症し,高リスク型のHPVに対するワクチン接種で予防が可能である.2013年6月,HPVワクチン接種後に神経系を中心とする「多様な症状」が発生するという報告を受け,積極的接種の勧奨が取り下げられ,本邦のHPVワクチンの接種率は対象者の1%に満たない状態が続いた.2022年4月に積極的接種の勧奨が再開となったが,HPVワクチン薬害訴訟が現在も進行中であり,国民のワクチンに対する懸念が払拭されない一因となっている.そこで,我々は原告団が提示した「多様な症状」の理論的根拠とされる実験論文を科学的に評価した.理論的根拠は,①分子相同性仮説,②アジュバント仮説,③マウスを用いた動物実験である.本論文では,①および③について科学的に重大な欠陥があり,HPVワクチン接種後に特定の神経障害が誘発される根拠にはならないことを解説する.2025年3月のHPVワクチンキャッチアップ接種の終了が迫る今,本論文がHPVワクチンに対する正しい理解を広めるきっかけとなり,ワクチン接種率の向上につながることを祈念したい.
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