2ヶ国のコークス炉工場周辺地域に居住する,喫煙習慣のない事務作業員の多環芳香族炭化水素(PAHs)への曝露について,PAHsの代謝産物として知られる尿中1-hydroxypyrene(1-OHP)濃度を測定することで評価した.対象は北九州市(日本)より10人,タイグエン市(ベトナム)より20人の非喫煙事務作業員とした.Jongeneelenらによる高速液体クロマトグラフィ(HPLC)法を参考に測定条件を最適化し,PAHsの代謝物である尿中1-OHPを測定した.用いた測定法は,少量の検体と短時間のインキュベーションで測定が可能で,検出下限値は0.00448 ng/mlと非常に低く,実用的で高感度だった.尿中1-OHPの中央値は,ベトナム(0.417 ng/mg creatinine)が,日本(0.069 ng/mg creatinine)の約6倍と有意に高かったが(P < 0.001),いずれも遺伝毒性のリスクとなる基準値を大きく下回り,健康に及ぼす影響は低いと考えられた.また,両国の測定値とも非工業地域の非喫煙住民を対象とした先行研究と比較して高く,工場排気による空気汚染が重要なPAHs曝露の原因であることが示唆された.性別や生活習慣の違いによる有意差は認めなかった.