抄録
農薬は生物作用をもち開放的に使用されるため,その悪影響を監視し防止する必要がある.我々は農作業従事者の農薬曝露調査を行ってきたが,土壌燻蒸剤クロルピクリンの施用は,彼らにとって危険な作業の一つであり,少なからぬ施用者が呼吸困難などを自覚していた.本報告では,農林水産省の「人に対する事故及び被害の発生状況」から,クロルピクリンによる周辺住民の健康被害状況の把握を試みた.2010−19年の10年間に121人の報告があり,年ごとの発生数はほぼ横ばいであり,月別にみると48%が5月に発生し,年齢別には広い世代にわたっていた.原因の80%がクロルピクリン処理後のフィルム被覆を怠ることによるものであった.自覚症状は,目痛(91%),喉痛(35%),頭痛(14%)の順であった.クロルピクリンを使用する場合,これまでは土壌施用後にポリエチレンフィルムで覆うことが通例となっていた.しかし,近年では,各地の農業技術センターにおいて,難透過性フィルムを用いた技術が開発されている.このフィルムによる被覆により,クロルピクリンを1/3程度に減量してもこれまでと同等の土壌消毒効果が得られ,かつ大気への露出を1/10以下に抑制することができるため,クロルピクリン曝露による健康被害のリスクを低減させることが期待される.実際に,徳島県のサツマイモ産地では難透過性フィルムの被覆が普及した結果,周辺住民からの苦情が減っているという報告がある.さらなる普及を望む.