抄録
本研究は,幕府御用絵師狩野晴川院の『公用日記』の検討を通して,江戸城の天保度西丸御殿および弘化度本丸御殿の障壁画制作の実態を明らかにするものである。検討の結果,以下の点が明らかになった。障壁画制作は,部屋の画題を「伺書」で決定した後,「伺下絵」を制作し,それが了承されて,はじめて実際の「張付」に取り掛かるという手順で行われた。制作に際しては,絵師の屋敷に「御絵仕立所」が建てられ,主にそこで制作が行われた。障壁画制作の他,「張付」の料紙の採択や,金箔・金泥銀泥の見積りと採択,「絵料」の見積りも絵師の仕事であった。絵師は,平面図や起し絵図から建築の内部空間を読み取って,障壁画制作を行った。