獣医疫学雑誌
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1)特別講演
新型インフルエンザ(パンデミックH1N1 2009)ついて
—発生からこれまで—
岡部 信彦
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2010 年 14 巻 1 号 p. 1-3

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抄録

20世紀に3回,通常の流行を超える大規模なインフルエンザの発生があったが,1968年の香港型インフルエンザの登場以来40年間,人類は通常と異なるインフルエンザの来襲は受けてこなかった。そこで新たなインフルエンザの地球規模での流行(パンデミック)への備えが,ここ数年,大きな関心を持って世界中ですすめられてきた。パンデミック対策の基本は,出来るだけ新たなウイルスの発祥を遅くし,発祥した場合には疾病の拡大を遅らせ,また拡大した場合には健康被害と社会の混乱を出来るだけ少なくするところにある。その対策は,医学・医療の分野だけではなく,公衆衛生的対応,そして社会における理解と取り組み,そしてこれらの組み合わせが必要である。さらに,これらの対策は新型インフルエンザ対策だけのためだけではなく,その他の新たな感染症あるいは既存の感染症のアウトブレイクへの対応に応用が可能であり,感染症対策全体の底上げとなるものである。
そのような中,今回メキシコにおいてこれまでに人類が経験したことがないインフルエンザウイルスが発生し,「新型インフルエンザ」とされた。このウイルスは北アメリカからヨーロッパ,アジア,そして南半球へと世界中に拡大した。わが国では,2009.5.9.に成田空港検疫で新型インフルエンザの患者が検知され,その後5.16.神戸市,ついで5.17.大阪府内での確定例の確認があり,兵庫県内,大阪府内の高校を中心にした集団感染が明らかとなった。地域での学校閉鎖や濃厚接触者に自宅待機を要請するなどの対策が行われ,そのために兵庫県内や大阪府内での一般社会への広がりはかなり抑えられた。しかし6月中旬頃から再び日本各地での発生が続き,8月頃に例年の12月のようなインフルエンザ様疾患の発生状況となり,10-11月に例年の冬のような様相となり,そして12月に入りようやく減少傾向となった。平成22年第4週における国内における累積患者数は推計約2000万人を超え,過去9シーズンのインフルエンザ(季節性インフルエンザ)の流行の最大であった2004/05シーズンの1800万人を超えたが,ピークの高さは季節性インフルエンザのそれを下回り過去9シーズンで第3位,流行期間も29週間と季節性インフルエンザより長引いた。
新型インフルエンザ(パンデミック)の発生にあたって,その対策の主眼は「流行の侵入を出来るだけ遅くし,侵入した場合には流行が一気に広がることを防ぎピークが高くなることを抑える。その結果として流行が長引くことはあり得る」であったが,流行が沈静化してみると,結果としては当初目指したものに大分近づいているかのように思える。
新型インフルエンザ患者の中には,重症肺炎や急性脳症発生例そして死亡例も発生している。しかし,わが国では推計される累計患者数2100万人(2010年13週)のなかで,厚生労働省に報告(2010.3.23まで)された死亡者数198人というのは,報告外の患者数が多数いるとは考えられるものの海外の多くの国に比して著しく少ない割合であり,人口10万対の死亡率は0.15であった。また,海外に比し妊婦の入院数,重症者が少ないのもわが国のユニークなところである。WHOからは妊婦の重症化などが警告され,わが国においても妊婦への新型インフルエンザワクチン接種は高い優先中と位置づけられたが,国内で妊婦の入院数は0.4%程度にすぎず,死亡例の報告もない。一方新型インフルエンザでも,わが国においては急性脳症がすくなからず発生しており,感染症法に基づいて届け出られたインフルエンザ脳症患者数は300例近くとなっている点は,重要視すべきところである。
わが国における入院者や死亡者発生の状況,妊婦の入院率などは海外に比してかなり低くなっており,国際会議・国際学会などでも注目されているところである。これは決して自然にそうなったのではなく,臨床医・公衆衛生担当者など関係者の努力,そして一般の人々の新型インフルエンザに関する関心の高さは大きな影響を与えているのではないかと考えている。
インフルエンザは,季節性インフルエンザであっても新型であっても,多くの人はほぼ自然に回復する。しかし膨大な人が毎シーズン発症している。罹患者が多くなれば,たとえその頻度は低くても重症者,合併症併発者,死亡者の数は増加する。殺到する軽~中等症患者の外来治療と,重症者を如何に速やかに救うかが,医療における大きな命題である。学校などにおいては,個人の回復・重症化予防と同時に,集団での感染拡大予防策もあわせて考慮しなくてはならない。(View PDF for the rest of the abstract.)

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