抄録
海洋の観測によつて知られる諸要素を漁況や魚の生態の研究に対して, 如何にこれらを応用してゆくかは重要なことであるが, それには観測によつて知られた要素を, 漁業の如何なる基本的自然条件の解明に利用するかを先ず明瞭にせねばならない。
こゝでは, 漁況と海況の関係を知ろうとするのが目的であるが, それには漁業の対象とされる水族が, ひとつの有力なる海流系のなかでどんな生態系の構造要素となつているかを知るのを前提とし, そのために海の中の生態系の高次階層にある漁業対象を, 時と場合によつて取出して論議を試みることもした。
しかし, この論文では主として一応海洋の生態系の構造特徴を具体的にご把握する問題の一端について, 多少理論的に解析を試み, 海洋の生態系の特徴として構造の変化の要因が海洋構造の変動にあり, この海洋構造の変動が時間的に急速に作用することを述べ, そのような構造の例として渦動と九州近海の沿岸前線や躍層の季節的変化を示した。このような海洋構造と生態系の構造の結びつきは, 生態系の始源系列にごある物質が, 海中においてNonconservative propertyとして変動し, この分布が海洋構造の変動によること, またEonconservative propertyが植物Planktonの生産に直接結びついておるために, 海洋構造の変動はPlanktonの生産と直接変動関係があり, 且物質の移行が速い。それ故に, 海洋構造は, 海の生態系の空間構造を造り出す要因をなすものと考えられる。
そして, このような海洋の生産系では, Planktonの現存量は同化生態系の進行を示し, 著者が明らかにしたPlanktonに由来する有機懸濁物は異化生態系の進行の度合いを示すことを論じた。
漁況の空間的要素が海洋構造によつて支配され, またその潜在漁況が生態系の構造要素によつて支配されるという著者の考のもとでは, 漁況の具体的把握は生態系の解明によるところが大きいので, これを対馬暖流水系を対象にして, その考の基本的な問題の一部について論じた。特に生態系における非空間性構造の生起段階においてはPlanktonの増殖速度とその環境の要素の変動の要因をなす水塊の変質の速度が大きく, これらの速度が海洋の生態系においては重要な意味があり, 海洋構造と直接の速関をもつて変動する。即ち漁況が生態学的に解明され得ることを意味する。
また系における物質転移の測定のひとつとして, 生産力の判定のために行われている現在の方法では, 生態系の分離が充分でないために, 同化生態系と異化生態系の物質を混合して測定している場合が多いので, 著者は有機懸濁物の発生機構に関する研究にもとずいて, これら2の系をはつきり区別した基礎生産 (現在進行中の) の測定がなされねばならないことを述べた。