抄録
本稿では吉屋信子『花物語』から、作中舞台を外部社会からの避難所――〈聖域〉として描く「燃ゆる花」と「心の花」の二作を取り上げ、物語空間を分析した。それによって、従来制度補完的なテクストとされてきた『花物語』の制度攪乱的な一側面を明らかにした。
「燃ゆる花」では、舞台となる学校の寄宿舎が〈聖域〉の可能性を持っていたが、実際はシステムから疎外されつつ規範と結託した空間であり、制度に抵触しない表象を持っていた。しかし「心の花」では従来の制度補完的な物語構造を表層で反復すると同時に様々な位相で差異を生成し、システムの内部において規範を攪乱する〈聖域〉として、修道院という舞台を異化する運動がテクストに見られた。