抄録
【はじめに】重度の肩鎖関節脱臼の治療として最近では高齢者だけでなく若年者に対しても保存療法が選択される場合があるが、肩鎖関節脱臼の肩甲帯運動の客観的な報告は少なく、運動療法の意義について充分知られていない。今回、保存療法が選択された重度肩鎖関節脱臼1症例に対し、上肢挙上時の肩甲帯の動態分析および肩甲帯周囲筋の筋電図学的分析をおこない、若干の知見を得たので報告する。【症例紹介】26歳 、男性 。であった。X年2月スノーボードから転落し、左上半身を強打。左肩鎖関節脱臼(Tossy分類:_III_度)、と診断される。X年3月当院リハビリ目的で通院開始。 【理学療法評価】関節可動域(自動):右肩屈曲140°、外転100°。疼痛は外転時に肩峰周囲に生じた。【動態分析】上肢挙上は肩関節屈曲と外転とし、下垂位から30°毎に正面からX線撮影を行った。下垂位における肩甲棘内側端、下角、肩鎖関節の位置を基準としてX軸を水平線、脊柱に接近する方向を+、離れる方向を-とした。Y軸は垂直線とし、頭方を+、尾方を-とし、各部位の移動方向及び移動量を測定した。健常群(n=6)のデータと比較した。【結果】肩鎖関節:肩関節外転では早期からY軸およびX軸ともに健常群と同様であった。肩甲棘内側端:屈曲では90°まで健常群と同様の軌跡であったが、120°ではX軸に関して健常群と異なる方向に移動した。外転は早期でX軸+方向及びY軸-方向に過剰に移動し、外転角度を増加させてもその位置に留まる傾向であった。【筋電図学的評価】外転角度増加に対し僧帽筋上部線維の筋活動は低下した。反対に僧帽筋中部線維の筋活動は外転角度増加に対し漸増した。【考察】症例は僧帽筋上部線維の筋活動が低下しているにもかかわらず鎖骨挙上が可能であった。僧帽筋上部線維の筋活動低下があるにもかかわらず鎖骨挙上が可能であった理由として僧帽筋中部線維が外転早期から筋活動増加しており、肩甲骨上方回旋に関与すると考えられるが、上方回旋により肩峰を上方化させることで鎖骨を押し上げ、鎖骨挙上を可能にさせたと考える。そのため外転動作時中に肩峰付近で衝突する感覚があり疼痛の要因になったと考える。動態分析結果では外転時に肩甲棘内側端がX軸+方向(脊柱に接近する方向)に過剰に移動し、外転角度を増加させてもその状態にとどまる傾向が示された。健常群では外転早期に僧帽筋中部線維が活動し、外転後半で筋活動低下し、僧帽筋下部線維の筋活動が漸増することで肩甲骨上方回旋運動を可能にさせている。症例は僧帽筋中部線維の筋活動が漸増することで肩峰の位置を上方にとどめることに関与し、この作用が優先されるため上方回旋運動が困難となり外転制限を来したと考える。肩鎖関節脱臼では僧帽筋上部線維により積極的に鎖骨挙上をおこなうと肩鎖関節脱臼を助長する可能性があり、僧帽筋上部線維を抑制させながら上肢挙上をおこなうことで肩甲帯周囲筋に異常な筋活動が生じやすくさせ、運動機能低下や疼痛の原因になりうる可能性が示された。