抄録
患者が語る病いの物語は、ひとつの作品として解釈することができる。そして、ひとつの文芸作品に対してさまざまな解釈が可能であるように、病いの物語にとっては社会学的な解釈がすべてであるというわけではないけれども、その物語から社会制度や社会的相互行為や社会的カテゴリー等々の痕跡を何ほどか読み取ったり、物語が何か社会的なものの産物であるように描くことができればわれわれの立場としては可とすべきであろう。しかし、患者の物語が患者自身にとって持つ意味を知るにはそれではまだ足らないものを感じてしまう。ここで対象としたのは、あるALSの患者さんが医療・介護の専門職者を前に語った病いの物語である。内容は明快であり、ALSについて若干の知識があれば理解できないものではなかった。以下ではほとんど触れないけれど、そこから見えてくる現代の日本社会や医療制度においてALSが抱える問題性もただちに明らかであると思われた。もっともそれを超えて通り一遍でない患者の意味世界を描こうとするのは驚くほど困難であった。幸いこのケースの場合は、患者さんに物語制作を促した保健師さんが関わっておられ、その方の持っている社会学とは異なる視点を知ることが可能であった。ここでは、それに導かれて、患者さんがどうしてこのような病いの物語に向かったのか、どのようにして物語を変成させていったのかについて、わずかながら描くことができたかもしれない。