フォーラム現代社会学
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論文
  • ―「よその子」に対する注意の会話分析―
    戸江 哲理
    2021 年 20 巻 p. 3-16
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー

    現代日本社会では子育てをめぐって、社会全体で支えるのが望ましいとする理念と、もっぱら親が担うのが望ましいとする理念の相剋があるという。そして、前者の理念を具現化した子育て支援の現場で働く人々ですら、この相剋から自由ではないという。では、子育て支援を利用する親どうしの場合はどうだろうか。本稿は、子育てひろばで子どもが「良からぬ」ふるまいをしたときに、誰がいつどのように注意するのかを詳らかにすることで、この問いに取り組む。検討の結果、次のことが明らかになった。よその子に対する注意は、親が注意する前は、子どものふるまいが危ないものでもなければ、弱いものに留められていた。また、子どものふるまいをはっきりと悪く評価する注意は、親が注意するまで避けられていた。そして、すでに親が注意して事態を収拾した後になされるそれらの注意は、むしろ子どもの将来的なふるまいに向けた注意である。しつけと呼んでもよい。母親たちはこうして、よその子を注意することを通じて子育て、あるいは子どもの社会化をサポートし合う、すなわち子育て仲間を「している」のである。よその子を注意することはできるが、それは親の意向を慮ってなされる必要がある―先ほどの2つの理念は、子育てひろばの母親たちの注意をめぐるふるまいにおいて、相剋しているというよりも絡まり合いながら併存している。

  • ―子ども観の社会史の視座から―
    野崎 祐人
    2021 年 20 巻 p. 17-30
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー

    家族・子どもの社会史研究の一部は、同時代の家族・子ども観を映し出す鏡として、実親と切り離された状態にある子どもに対する保護・養育のありようを研究対象に据えてきた。こうした研究は主に「家庭」概念の生成期である明治後期・大正期を対象として展開されてきたが、一方で実親と切り離された子どもに対する処遇が社会問題となった画期である敗戦直後の児童保護は看過されてきた。

    本稿は、敗戦直後の時期に戦災孤児・生活困窮児・精神薄弱児の収容・教育を目的として設立された滋賀県・近江学園の草創期の実践を、子ども観の社会史の視座から描きだすものである。その際、戦後の児童保護のありようをそれ以前のそれに対して特徴づける、心理学や児童精神医学の専門知の影響力の増大の一つの現れとしての知能検査の普及が、いかに子どもを分類する実践やそれに伴う子ども観に影響を与え変容させていったかに特に着目していく。

    創設当初の近江学園の実践に見られたのは、「戦災孤児・生活困窮児」「精神薄弱児」といった入園理由による分類にともなった固定化した子ども観であった。しかし知能検査の実施を契機にそれらの子どもへのまなざしは変容し、子どもを分類する実践も再考されるようになる。このように児童行政において一定の基準に従って子どもを分類するために導入された知能検査は、児童施設という現場においては子どもへのまなざしを絶えず更新する契機となっていた。

特集 2010年代の政治と権力―何が破壊され、何が生まれたのか?
  • 奥村 隆
    2021 年 20 巻 p. 31-32
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー
  • ―官僚制の変容―
    野口 雅弘
    2021 年 20 巻 p. 33-42
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー

    日本における官僚制をめぐる言説とその変容を検討することで、「2010年代の政治と権力」の特徴と問題について考察することが、このペイパーの目的である。

    1990年代の橋本行革以来、内閣機能の強化が図られてきた。公務員および公務員組織をバッシングして、政治的求心力を獲得するというのが、この時代の統治の特徴であった。エリートや既得権に対抗する下からの運動を「ポピュリズム」と呼ぶとすれば、「2010年代の政治と権力」は「官僚叩きポピュリズム」の力学で動いてきたといえる。

    菅首相は「縦割り」打破といっている。しかし、いま私たちが目にしているのは、不毛な「官庁セクショナリズム」による行政のアナーキーではない。むしろ問題は、首相やその周辺への「権力の偏重」であり、権力の私物化であり、気まぐれな政策(アベノマスク、GoTo)の垂れ流しである。

    かつて「リベラル」の課題は官僚制の「鉄の檻」(マックス・ウェーバー)に抵抗することだった。しかし今日、「官僚叩きポピュリズム」の結果、国家公務員採用試験の受験者は減り続け、若手官僚の離職も深刻になっている。官僚組織は「鉄の檻」ではなく、メンテナンスが必要な「脆弱な殻」という視点からも考察される必要がある。旧来のテクノクラシー(「官治」)批判の構図で議論を継続することはもはや適切ではない。

  • ―イデオロギー変容と政治コミュニケーション―
    倉橋 耕平
    2021 年 20 巻 p. 43-51
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー

    2010年代の政治研究の1つの特徴は右派ポピュリズムへの注目である。2010年代の政治において「何が破壊され、何が生まれたのか?」。本稿は、まず日本社会のイデオロギー変容を調査研究から確認し、その後で2010年代の政治コミュニケーションの特徴を検討する。

    90年代以降有権者のイデオロギー理解に保守-革新の差異が目立たなくなった。その結果、反エスタブリッシュメントのポピュリズム政党が登場することとなった。その象徴的な出来事の1つが、40代以下の世代では「日本維新の会」が最も「革新」であると調査に回答していることである。これはアカデミズムが定義する「革新」と一般社会の理解が異なることを意味している。

    この状況は「私たち/彼ら」の線を作り出すことを主流な方法とする(右派)ポピュリズムと非常に親和的である。実際、(ネット)右翼の用いる言葉は、しばしば「私たち」研究者が用いる意味とは異なり、特定の言葉の持つ従来の意味や歴史、文脈を無視して用いられている。しかし、「彼ら」は特定の言葉の使い方を共有する人たちとともに意味の節合と脱節合を繰り返し、党派(=新しい政治主体)を作り上げる。その結果、両党派の間の対話は著しく困難となり、「トライバリズム」が深まることになった。最終的に本稿では、対話や議論が不可能になり、党派や敵対性が重視されるとき、権力が前景化すると論じた。

  • ―「大阪維新の会」の地域政治の社会学―
    丸山 真央
    2021 年 20 巻 p. 52-65
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー

    本稿では、2010年代を通じて大阪府・市政で大きな影響力をもった「大阪維新の会」を素材に、2010年代の地方政治の構造変化の一端を明らかにする。戦後日本の保守政治の支持基盤のひとつに、都市部では町内会があり、自営業者層を中心に担われるさまは「草の根保守主義」と呼ばれてきた。町内会をはじめ、かつて政治的に力をもった中間集団は、政党にせよ政治家後援会にせよ、近年、凝集力の低下が指摘されている。のみならず、ポピュリズム研究で指摘されるように、ポピュリスト政治家は、こうした中間集団を回避して、マス・メディアやソーシャル・メディアを活用して有権者から直接支持を調達する政治コミュニケーションを展開している。維新の大阪市政でも、既存の町内会が「政治マシーン」と批判され、補助金制度の改革や新たな地域住民組織の設立が進められた。我々の調査によると、そうした地域住民組織政策のもとで、これまで「草の根保守」層の中核を形成してきた町内会の担い手層の一部が、維新支持者に鞍替えしつつある。しかしそれはまだ多数でなく、またその支持も必ずしも堅いものではない。維新は、中間集団に統合されない流動的な無組織層の支持を獲得する一方で、既成の保守政党を支えてきた固定層である「草の根保守」の制度的基盤を破壊して、「中抜きの構造」と呼ばれるような地方政治の新たな構造を生みだしてきた。2010年代の地方政治は、そうした新たな構造の上で展開してきたといえるが、同時に、そうした構造が孕むデモクラシーの課題も浮き彫りにしてきたと考えられる。

  • ─「実感」から出発する政治参加と民主主義
    西郷 南海子
    2021 年 20 巻 p. 66-76
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/07/08
    ジャーナル フリー

    本稿は、筆者の2010年代の市民運動(主には脱原発と安保法制反対)を振り返り、そのプロセスと到達点を考察することを目的とする。筆者の場合、活動の軸となっているのが、アメリカの哲学者ジョン・デューイ(1859–1952)の思想である。デューイは民主主義を、単なる統治システムではなく、生活の中でのコミュニケーションの問題としてとらえた。民主主義を間接民主主義中心にとらえるならば、何百万という有権者の中で一人ひとりの存在は取るに足らないほど小さく、かえって有権者としての意識を喪失しかねない。こうした状況に対してデューイは、民主主義のプロセス自体に重きを置き、民主主義とは他者とのコミュニケーションが自らの生活を豊かにするという信念をもつことであると説いた。

    この考え方は筆者に大きな示唆を与えた。たとえば、既存の社会運動では明確な目的を掲げ、そこへ向けて動員する人数を重視するが、それだけでは人々の参加は目的に対する手段に過ぎなくなってしまうという問題がある。つまりこの「わたし」が参加する必要がむしろ揺らいでしまうのである。そこで、あくまでもそれぞれの「わたし」の実感に根ざした運動を組み立てる必要が出てくる。これらの課題をふまえて筆者がどのような市民運動を展開してきたのか、具体例を見ながら考察していく。

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