教育学研究
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公教育と市場 : 相互連関とその再編
小玉 重夫
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2000 年 67 巻 3 号 p. 269-280

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抄録

戦後日本の教育学は、公教育と市場との内的な連関を十分認識してこなかった。本稿ではまず、近代の公教育と市場との福祉国家を媒介とした内的な関係に注目し、次に、そうした福祉国家の転換を概観すると共に、福祉国家の解体に伴う公教育と市場とのオールタナティヴな関係について検討する。市場は、自らの再生産を保証することができない。したがって、人間のサブシステンスを再生産するための装置の導入を必要とする。アルチュセールが定式化したように、それらの装置の主なものは、福祉国家に支えられた近代家族と近代公教育である。これらの再生産システムはまた、ハンナ・アレントによって「社会的なるもの」と呼ばれている。1970年代以降、そうした福祉国家に支えられた再生産システムは、危機に直面していく。そうした情況の中で、二つのアプローチが、理論的、政治的な表舞台に浮上する。一つは、共同体主義のアプローチである。これは、福祉国家によって支えられた近代家族と近代学校が担ってきた人間のサブシステンスの再生産を、共同体のなかへ埋め戻していこうとするものである。もう一つは市場主義的なアプローチ、あるいは、リバタリアン(自由尊重主義)的なアプローチである。これは、福祉国家への依存を批判し、諸個人の自己決定を復権させようとするものである。だが、これら二つのアプローチはいずれも、福祉国家によって表現されていた古い公共性に代わる、新しい公共性を視野に入れることができていない。そうした新しい公共性を追求しようとする論者に、ボウルズ=ギンタスがいる。ボウルズ=ギンタスは、1996年に、「市場、国家、共同体のための新しいルール」を提案した。この提案において彼らは、平等主義的な戦略はこれまで大げさに強調されてきた税を通じての市場からの産出の蹂躙を棄却しなければならず、また、集中化した所有という結果を弱める方向に政策を転換しなければならないと、主張する。このような議論を通じて、彼らは、新しい公教育のシステムとして学校選択を導入する。ボウルズ=ギンタスによって導入された学校選択のシステムは、公教育の私事化とは考えられていない。むしろ、新しい公共的なシステムとして考えられている。この視点は、日本における戦後の民主主義と公教育を再構築するためにも、重要な視点である。

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