抄録
【はじめに】
手根管症候群に対する手術後に、反射性交感神経性ジストロフィー(以下RSDと略す)を発症し、非常に強い疼痛を訴える症例を担当した。疼痛に関する治療契約を通じたアプローチを報告する。
【症例】
42歳、女性、清掃業。H14.11より母指にしびれが出現。A病院にて手根管症候群と診断され、H15.1.16手術。H15.5.8腱の癒着が確認され再手術。H15.6.24、A病院を退院。退院翌日に主治医に無断で当院を自己受診。RSDの診断が加わりOT開始となる。
【初回時評価】
・主訴:手術ミスなのではないか。痛みがひどく、触れられたくない。手首が動かない。治療者への強い不信感が感じられる。
・感覚:手術による切開部位を中心にトリガーポイントが存在。軽い接触に対しても痛覚過敏が認められる。また刺激を取り除いても疼痛が残存する。
・姿勢:手関節背屈のROMはpassive0°、active-30°。疼痛刺激に対して屈曲反射が出現。トリガーポイントの保護のため、患側上肢を屈曲肢位で保持している。手関節屈筋群の筋緊張亢進が著名で、疼痛刺激だけでなく「触ります」といった言語刺激でも容易に筋緊張が亢進する。患側上肢の使用はほとんど認められない。
【経過】
<第1期:H15.6~>
OT室に入室するだけで、表情の硬化、冷汗が認められる。ROMexにおいて、疼痛と筋緊張亢進を繰り返し悪循環が生じている。この状況は現在に至るまでの治療者への不信感や治療に対する不安といった精神的緊張が起点になっていると考えられた。そのため治療契約にて疼痛が生じないよう治療を行うことを約束し、身体侵襲しないことを保証した。手関節背屈のROMはpassive0°、active-30°。
<第2期:H15.7~>
疼痛の訴えに共感し、治療契約にて身体侵襲しないことを保証したことで精神的緊張は緩和した。結果として疼痛の訴えは明らかに減少し、他動的な手関節背屈において被動抵抗が減弱した。しかしその効果は持続せず、治療後はすぐに患側上肢を屈曲肢位にて保持しており、患側上肢の使用頻度は極めて少ない。この時点での治療契約が治療効果上、限界に達していた。そこで治療の必要性と疼痛が生じる必然性について説明し、治療契約にて疼痛についての同意を得た。手関節背屈のROMはpassive15°、active0°。
<第3期:H15.8~>
トリガーポイントへの接触を開始し、痛覚過敏の抑制を図った。当初軽い接触でも疼痛を訴え、筋緊張の亢進が認められたが、徐々にトリガーポイントは縮小し、疼痛も軽減した。この頃より疼痛の有無だけでなく、疼痛の程度を自ら意思表示できるようになり、その情報を基にストレスローディングが可能となった。また患側上肢の屈曲肢位に大きな変化はないものの、家事などにおいて患側上肢の使用が増加した。手関節背屈のROMはpassive35°、active15°。
<第4期: H15.11~>
尺側手根屈筋の癒着剥離術が検討された。術後の手関節固定によって生じる関節拘縮や疼痛の必然性を説明し、治療契約においてその同意を得た。H15.11.25手術。OT再開後ROMexにおいて手関節屈筋群の過緊張は明らかに軽減し、疼痛の増強も認められなかった。患側上肢の屈曲肢位も改善がみられた。H16.2にはトリガーポイントはほぼ消失。患側上肢の使用頻度も増加、H16.3より段階的に職業復帰を進めている。手関節背屈のROMはpassive60°、active30°。
【まとめ】
RSDを発症し、強い疼痛を訴える症例を担当した。治療的介入であっても症例には侵襲刺激であり、治療は困難なものあった。そのため疼痛の訴えに共感的態度で接し、精神的緊張の程度に応じて疼痛に関する治療契約を結んだ。治療契約は治療上生じる疼痛の同意を段階的に可能にした。疼痛に対し強い拒否感を示していた症例が、最終的には疼痛の程度を自ら意思表示できるようになり、その情報を基にストレスローディングが可能となった。RSD患者には心理支持的アプローチが不可欠とされている。今回の治療契約が精神的緊張の緩和に有効であり、疼痛の軽減、筋の過緊張の抑制につながったと考える。