抄録
【緒言】
近年、理学療法領域にて運動連鎖を考慮した運動療法が諸家より提唱されている。それによると大腰筋は外乱動揺の主たる制御要素、歩行立脚後期の動的安定要素など臨床的に興味深い報告がなされている。今回、大腰筋・中殿筋の重心動揺制御能に着目し、各々のエクササイズ(以下Ex)が重心動揺にどのように影響するかを検討したので報告する。
【目的】
片脚立位動作時における大腰筋・中殿筋の重心動揺制御能を確認し、両者を比較することで機能的差異について明らかにする。
【対象】
下肢に既往のない健常成人19名(男性9名・女性10名・平均年齢25.9±3.7歳)であった。
【方法】
片脚立位動作時の重心動揺を重心動揺計(アニマ社製)で測定した。測定項目は1)Ex非実施2)大腰筋Ex後、3)中殿筋Ex後とし、各項目をランダムに施行した。測定は30秒を3回実施し、測定間に30秒の休息を入れた。各項目間に5分間以上の休息を入れた。片脚立位動作は目線の高さにある3m前方の一点を注視させ、挙上脚は股・膝関節屈曲90度とし、両上肢は体側に下垂位とした。大腰筋Exは腸骨に手を当て、体幹及び骨盤を中間位に保持した端座位で、股関節屈曲位で3秒間保持・3秒間休息を10回施行した。中殿筋Exは側臥位にて股関節30°外転位で3秒間保持・3秒間休息を10回施行した。各項目間の重心移動距離(総軌跡長・左右軌跡長・前後軌跡長)平均値を算出し比較した。統計処理は対応のある1要因分散分析を用い、有意水準を5%とした。
【結果】
総軌跡長は非実施群131.0±33.1mm、大腰筋群123.7±31.1mm、中殿筋群129.5±30.0mmであり、非実施群と大腰筋群間に有意差を認めた。左右軌跡長は非実施群92.7±22.3mm、大腰筋群88.4±22.0mm、中殿筋群89.1±21.2mmであった。前後軌跡長は非実施群75.7±21.7mm、大腰筋群69.7±20.0mm、中殿筋群73.4±19.9mmであり、非実施群と大腰筋群間に有意差を認めた。
【考察】
前後方向制御の結果は、大腰筋の股関節後方圧迫力からの大腿骨頭の内方圧縮応力増大・重心位置の正常化・胸腰筋膜機能向上作用から、腹腔内圧上昇や脊柱のアライメント修正機能などが反映されたものと考える。左右方向制御の結果は、片脚立位動作の影響により挙上側と支持側の大腰筋が解剖学的に、筋張力及びベクトルが不均衡な状態となり重心制御能に制約が生じたためと思われる。
一方、中殿筋は一般に前額面において体平衡を保持すると考えられ、左右軌跡長は有意に減少すると推測したが、減少傾向はあるものの有意差はなかった。これは、大腿骨頭の内方への圧縮応力を高めるには外転筋群と内転筋群の共同作用が重要であることと、明らかな筋力低下のない健常者に関しては中殿筋Exのみでは姿勢制御能に反映されにくかったと推測する。
今後各々の特性を考慮しExの方法・負荷量・回数等を検討していく必要がある。