抄録
【はじめに】
CVA患者のADL拡大には、車椅子操作の獲得は重要であり、なかでもブレーキ操作は安全性の確保に必要不可欠である。その操作が自立できない背景として運動機能障害以外に高次脳機能障害の影響があり、その要因としては、半側空間無視や注意障害、行動の抑制障害がある。今回、車椅子ブレーキ操作を移乗からの一連の流れとして捉え、その手順獲得が困難、動作の反復練習を行なっても学習効果が認められないという視点から、手続き記憶の低下が影響しているのではないかと考えた。そこで、車椅子ブレーキ操作が非自立である症例に対して、手続き記憶の評価バッテリーである、ハノイの塔課題を行った。その結果と、他の高次脳機能障害検査を検討し、考察をおこなったので報告する。
【対象】
当院入院中のCVA患者5名で、運動能力は十分有しているにも関わらず、ブレーキ操作が非自立である2例(A群)と、ブレーキ操作が自立している3例(B群)である。全例男性で平均年齢62.2±5.4歳である。又、健常者49歳男性1例を比較検討とした。
【方法】
ハノイの塔課題の円盤設定を3枚とし、一日一回、定時に5日間実施した。それをビデオ撮影し、移動回数(回数)とストップウォッチにて所要時間(時間)の計測を行なった。また、両群にはそれぞれ、他の高次脳機能障害検査として、MMS、コース立方体テスト、線分抹消試験、Treil Making Test(TMT)、Modified Stroop Test(MST)、前頭葉評価バッテリー(FAB)を実施した。
【結果】
ハノイの塔課題では、A群の1名は時間が67秒から97秒へ、回数は20回から29回へと増加した。他の1名においても時間が112秒から154秒へ、回数は17回から23回へと増加し、最終日に最も低い数値を示した。B群では時間が94秒から24秒、243秒から20秒、19秒から11秒となり、回数は、初日にそれぞれ13回、17回、7回、2回目以降は7回で一定となった。健常者は日数経過と共に時間が58秒から38秒、回数は27回から17回へ徐々に減少した。MMSではA群が30点、21点、B群は2名が28点、1名が30点であった。コース立方体テスト(IQ)ではA群が78、68、B群が77、86、102であった。TMTは両群同様の時間結果であった。FABではA群2名共に11点、B群は13点、15点、16点であった。MST(印刷色を読む)ではA群35秒、33秒、B群では2名が21秒、1名が23秒であった。
【考察】
ハノイの塔課題では、B群・健常人では回数・時間共に減少、定常化したことから学習効果が見られたのに対し、A群では数値が変動し、改善が見られなかった。しかし、FAB、MSTの結果から非自立の2名では抑制障害の側面を捨てきれない。本結果からは、ブレーキ操作の獲得が困難である要因は、手続き記憶の低下だけとは断定できないが、手続きの学習を認めないという側面は明確となった。