抄録
【はじめに】
今回、認知症治療病棟において、他者を呼び止め漠然と何かを訴えようとしているが、伝わらないことで、徐々に大声・徘徊を呈する症例と関わる機会をもった。様々な活動に参加してもらうが落ち着かず、集団から距離をおいて過ごすことが多かったことに対し、小集団での活動を導入した。結果、若干ではあるが活動への集中や穏やかな対人交流が保てるようになってきた。今回、小集団での関わりを中心に、今後の方向性を踏まえて、考察を加え報告する。
【症例紹介】
A氏、90代女性。アルツハイマー型認知症。難聴あり。認知症老人の日常生活自立度判定基準Mである。18歳ごろ結婚し専業主婦となる。7男2女の母であり、70代前半に長男を病気で亡くしたころより、抑うつ・認知症症状が出現。重度認知症患者デイケアへの通所後、当院認知症治療病棟へ入院となる。
【介入方法】
1:様々な集団プログラム
2:小集団のプログラム(専業主婦であったことや食に対する関心が高いことから〔もやしのひげとり作業〕を導入。頻度は毎週1回、約30分。4~5名セミクローズド小集団活動。)
【経過】
第1期―様々な集団プログラム
棒体操では棒を投げ捨てたり、園芸活動においては花を食べようとしたりと活動への関心は向けられない。また、集団の中では落ち着かず、自ら車椅子を操作して場を離れることが多かった。
第2期―小集団プログラム
もやしを目の前にすると、迷わずにもやしのひげを取り、食べる部分と分けることができた。この活動には集中でき、昔の専業主婦だったころの症例の姿が思い起こされた。料理の話題では、演者が他者へと話題を広げ会話が繋がっていった。
【考察】
本症例は、何かを訴えようとしているが、伝わらず不穏となっていた。演者はその訴えをくみ取ることが出来ず、何らかのきっかけが作れないかと考え生活の場面や活動の中でかかわる機会を増やしてきた。模索しながらではあるが、専業主婦だったことを考慮し、昔から生活の習慣になっていたもやしのひげ取り作業を導入することで、これまでに見られなかった生き生きした表情の症例を見ることができた。既存の集団プログラムでは他者との交流が取りづらく、認知力の低下や難聴も伴っているため、活動そのものへの関心が向けられかったのではないか。対して、小集団プログラムでは、かつて行ってきた作業ということから触覚・視覚をとおして認識しやすく『もやし=ひげをとる』という一連の動作が引き出されたのであろう。また、参加者それぞれが同じ活動に取り組むという安心感は、必ずしも言葉の理解を介さずとも相互間交流に繋がるということがわかった。