抄録
【はじめに】
老健での集団体操では、ADLの重要な要素の一つである立ち上がり訓練を行っているが、日常生活上での改善に至らないケースは多い。今回、立位・立ち上がりで介助を要する症例の姿勢制御に着目し、アプローチを行い動作獲得に至ったので報告する。
【症例紹介及び理学療法評価】
80歳代男性。診断名:両第1趾・右第2趾基節骨開放骨折。現病歴:平成21年1月受傷。他病院で約4ヶ月間リハビリを行われ、同年4月に当施設入所。既往歴:平成15年に左肩骨折(C5,6areaに麻痺)、平成20年に脳梗塞(右片麻痺)、腰部に手術後の痕跡(手術歴不明:後弯)。なお本発表の主旨を口頭・書面にて説明し、本人に同意を得た。FIM:52点。圧痛:両足底筋膜・足部リスフラン関節(VAS7/10)。MMT(右/左):大殿筋(2/3)、大腿四頭筋(3/4)下腿三頭筋(0/2)。
【姿勢・動作分析及び臨床推論】
立位は介助で膝関節伸展・股関節軽度屈曲位にし、両足部では第1趾背屈位、前足部・距骨下を過剰に内反位で、足関節背屈筋群の過剰な筋活動が観察された。また、福井らの身体重心仮想点の診方から身体重心は足部後方にあり、左手で手すりを引っ張る動作が見られた。立ち上がりも介助で同様に股関節屈曲位で前方重心移動が出来なかった。
立位・立ち上がり困難の理由として、身体重心を足関節前方に移動させる要素の欠如、股関節伸展モーメント(モーメント以下m)不足・足関節底屈mの反力を利用できないと考えた。また、骨折、腰部疾患、疼痛への感覚過敏による逃避行動により足関節制御不足と支持基底面(以下BOS)が足部後方のみであった。以上の点で前上方への重心移動を股・足関節制御で行う必要な要素は、足関節底屈m、膝関節伸展m、股関節伸展mである事と足部のBOS拡大を考えた。
【アプローチ】
大殿筋・内側広筋・下腿三頭筋の筋力増強訓練、立位で疼痛が出ない範囲内での重心移動訓練、足部モビライゼーション、前足部の固有受容器への入力と剛性を高める訓練を実施。アウトカムは、正常姿勢にどれだけ近づいたか(重心位置の変化)とFIMに着目し、入所時と入所後4ヶ月時点を比較。
【結果・考察】
立位・立ち上がりは自立、FIMは初期52点から71点となった。立位の身体重心は足関節前方を通り、股関節伸展m、足関節底屈mを作り出せるようになり、立ち上がりは股関節制御での前上方移動、足関節制御での前方移動可能となった。両方で前足部の疼痛軽減により逃避行動も減少、足部の剛性向上がBOS拡大に繋がった。本症例は、疼痛回避や前方転倒を防御する為、股関節制御でのパターン化した動作を学習したと考えられる。今回のように重複障害を有する場合、どの制御を有効に使い欠如しているかの見極めが大切である。単に立ち上がりの反復運動は、逆にパターンを強調し有害となる事も考慮する必要性がある。