抄録
【はじめに】
帯状疱疹は皮膚症状が特徴的で神経分節の皮膚分布に沿って水泡が出現する。合併症として急性期の激痛に引き続き、皮疹治癒後に帯状疱疹後神経痛が生じることがある。今回、帯状疱疹ウィルス感染により左僧帽筋麻痺を呈した1症例を経験したので文献的考察を加えて報告する。
【症例】
59歳女性。利き手は右。主訴は咽頭痛と耳痛であり、近医を受診し帯状疱疹ウィルス感染を疑われ当院を紹介され、帯状疱疹ウィルス感染による多発脳神経麻痺(第7、9、10、11)と診断され入院となった。
【初期評価】
ROM:自動運動では左肩関節屈曲90°伸展10°外転90°1nd外旋0°内旋20°で他動運動では著明な可動域制限は認められなかった。MMTでは三角筋4、僧帽筋2、前鋸筋4、上腕二頭筋は5であった。左肩関節外転時に翼状肩甲を認め、レントゲン上では30°、60°、90°屈曲、外転方向への自動運動において左僧帽筋麻痺により肩甲胸郭関節は下方回旋位となっていた。また、左肩甲挙筋、左僧帽筋に硬結を認め疼痛が出現していた。日常生活動作では更衣、洗濯において困難であった。
【経過・治療】
発症より20日後より理学療法を開始した。自宅退院後は1週間ごとに外来フォローを行った。理学療法は関節可動域練習、筋力強化練習を実施し自宅でのセルフexとしてスリーパーストレッチ、カフexを指導した。徐々に可動域は改善され発症後7週後には左肩関節屈曲170°、伸展20°、外転140°1nd外旋30°内旋40°まで行えるようになった。日常生活動作は全て自立となった。
【考察】
今回の症例では発症後7週の経過で徐々に改善され日常生活においても左上肢が実用的な状態までに至った。理学療法を実施するにあたり僧帽筋麻痺の程度を把握することが重要と考えた。発症初期では不動による二次性の肩関節の線維化、癒着性関節包炎の予防に努めると同時に過度な自動運動による代償筋の過活動を抑制した。僧帽筋麻痺の回復に応じて自動運動時の負荷を高め、その肢位も坐位や立位など重力下での活動を促していった。僧帽筋麻痺を呈すると肩甲骨上方回旋時にforce coupleの破綻を来たす。僧帽筋麻痺によるforce coupleの破綻は失った筋の収縮力以上にその機能喪失は大きく僧帽筋の筋再教育が求められる。以上のことにより僧帽筋麻痺の回復に応じて肩甲骨におけるforce coupleの力学を念頭に置き関節、筋肉の運動機能回復に努め、経過に合わせた治療を行うことでより良好な予後に備えた理学療法が実施でき、自立度の高い家庭復帰に繋がったと考えた。