抄録
【目的】
多彩な病態から長期間寝たきり状態にある症例で頚部硬直を頻繁に経験する。このような症例では頭頸部が伸展位で強固に固定され体位交換時の介護量増加、誤嚥性肺炎の再燃、嚥下困難による食事の経口摂取困難など、多岐にわたる重篤なADL障害を伴う。我々は臨床上、頚部硬直に対して頭頸部可動域改善を目的に後頭下筋群のマニュアルセラピーを施行し、可動域の顕著な改善を経験している。今回、嚥下訓練時に従来から行われている頚部マッサージと後頭下筋群に特異的マニュアルセラピーを行ない、治療直後に頚部可動域と嚥下機能を評価し、効果を比較したので報告する。
【方法】
対象は寝たきり状態で嚥下機能障害により経口摂取不能な症例で頚部硬直を呈している10(男性6、女性4)例である。内訳は肺炎後廃用症候群7例、脳血管障害後遺症3例、平均年齢82±9.1歳であった。除外症例としてモニター管理等によりリクライニング車椅子乗車不能な症例、嚥下反射を認めない重篤な意識障害のある症例とした。方法は従来の頚部周囲筋マッサージ群(以下、従来群)5例、後頭下筋群に特異的マニュアルセラピー施行群(以下、特異群)5例に無作為に分類した。マニュアルセラピーは後頭下筋群に対して頚部伸展位での横断伸張10回、頚部屈曲位での横断伸張を10回、複合運動を用いた横断伸張左右10回を施行した。治療直後、リクライニング車椅子座位で、頚部可動域(他動的屈曲)と自然唾液嚥下時の喉頭挙上範囲、喉頭~舌骨間距離、喉頭蓋閉鎖の程度、咳嗽反射、ムセの程度を嚥下造影(videofluorography以下VF)を用いて測定し、両群間で比較した。
【結果】
(1)頚部可動域:特異群が従来群より有意(p<0.01)に改善した。(2)嚥下機能:喉頭挙上、喉頭~舌骨間距離、口腔咽頭通過時間、咳嗽反射、ムセの全てが特異群で従来群より有意(p<0.01)に改善していた。
【考察】
嚥下障害または誤嚥の危険因子には意識障害や認知障害、発声発語器官異常、呼吸機能異常、口唇・口腔内・咽頭知覚障害、顔面や口腔内麻痺、反射低下などの一次的阻害因子と、姿勢(頭頸部位置)異常、体幹の安定性低下や坐位バランス低下などの二次的阻害因子がある。今回、二次的阻害因子である頚部硬直に関して後頭下筋群に対するマニュアルセラピーを施行し、頚椎屈曲可動域改善と、嚥下機能も有意な改善を得ることが出来た。従来群より特異群で頚部可動域と嚥下機能が有意に改善したことから、頚部硬直症例は長期的な嚥下障害や呼吸状態悪化により、後頭下筋群の過緊張・筋短縮が生じ、頭頚椎可動域制限を引き起こす負の循環を呈しているものと考えられた。
【まとめ】
頚部硬直症例に対する後頭下筋群のマニュアルセラピーは体位交換時の介護スタッフの介護量の軽減、誤嚥性肺炎の予防、坐位保持時間の延長など多岐にわたるADL改善が期待される。