抄録
【はじめに】
高齢者の転倒は骨折を含む多くの外傷の危険性がある。ヒトは日常生活を送る上で、歩行中に話すなど複合した課題を遂行している。このような環境下で動作を遂行するためには、自己身体能力の認識や、注意機能などによる情報処理能力が必要である。これらの低下は転倒発生の一要因となると報告されている。今回、自己身体能力認識の誤差と注意機能の関連性、またこれらが高齢者の転倒に与える影響について検討した。
【対象】
当院通所リハビリテーション利用者:30名
・非転倒群17名(男性6名、女性11名)
平均年齢:70.9±20.1歳
介護保険区分:要支援1(2名)要支援2(9名)要介護1(3名)要介護2(3名)
・転倒群13名(男性8名、女性5名)
平均年齢:74.6±8.6歳
介護保険区分:要支援1(4名)要支援2(5名)要介護1(2名)要介護2(2名)
転倒群は過去1年以内の者とした。また、HDS-R20点以下、Functional Reach Test(以下FRT)測定不可な者は除外した。
【方法】
評価項目は、FRT、自己身体能力認識の誤差の指標としてリーチ距離の見積もり誤差(Ereor In Estimated reach Distance、以下ED)、注意機能においてTrail Making Test-PartA (以下TMT-A)を評価し転倒群、非転倒群両群間にてMann-WhitneyU検定、t検定を用い比較・検討した。また、TMT-AとEDの評価項目の相関をピアソンの相関係数の検定、スピアマンの順位相関係数の検定、回帰分析にて検定を行った。
【結果】
転倒群、非転倒群間において、FRTでは有意差が認められなかった。しかし、TMT-A[P<0.05]・ED[P<0.01]は有意差が認められた。また、転倒群、非転倒群の両群のTMT-AとED間において相関が認められた(転倒群r=0.8、非転倒群r=-0.6)。
【考察】
先行研究により、FRTにおける身体能力認識の誤差や、注意機能の低下が転倒に影響することが言われている。
今回の結果より、転倒群は身体能力の認識、注意機能が優位に低下し、また、両群共に身体能力認識の誤差と注意機能に相関が認められた。身体機能認識の誤差は、「さまざまな情報を保持・操作しつつ答えを導く脳機能」であるワーキングメモリの低下により生じると考える。これは、情報は記憶されているものの、その情報を引き出す過程に問題が生じること、また、注意機能が低下することにより必要な情報を円滑に記憶できなくなることにより、身体能力の認識に誤差が生じていると考える。このことから、身体能力認識と注意機能の低下は関連し、高齢者の転倒リスクが高まることが示唆された。そのため、転倒予防として身体機能訓練のみでなく、注意・記憶などの認知機能訓練、自己身体能力認識の誤差を修正し能力を適切に把握してもらい、より在宅などの生活に近い環境での訓練が重要であると考える。