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【目的】
大腿骨近位部骨折の受傷機転の大半が転倒であり、再転倒予防は理学療法の重要課題である。転倒の予測因子として、転倒経験や転倒恐怖感、歩行能力などが報告され(征矢野 2009)、これらの因子が相互に影響して転倒リスクを高めるとされている(Rose 2009)。近年、直立二足歩行ロボットの研究から、立脚後期における転倒回避戦略が注目されている(石井 2012)。我々の先行研究においても、転倒恐怖感と立脚後期の踵挙上・股関節伸展角度に関連性も認め、これを、Forefoot Rockerを基盤とした転倒回避戦略を反映した結果と考察した。しかし、前述した先行研究では、立脚後期のみの検討であったため、転倒恐怖感と歩行特性との関連性が、立脚後期に限局したものか、立脚期全体に共通したものかといった観点では、検討の余地を残していた。本研究の目的は、大腿骨近位部骨折術後の立脚期全般における股関節運動と転倒恐怖感との関連性を明らかにすることである。
【方法】
対象は転倒により大腿骨近位部骨折を受傷し、観血的治療が行われた16名とした(女性16名、平均年齢82.0±7.3歳)。対象の選定は、杖歩行が自立または監視で可能な者とした(自立9名、監視7名)。
立脚期の股関節運動の計測に際して、最大速度での5mの直線歩行を課題とし、デジタルカメラ(CASIO社製EXILIM EX-ZS10)で、歩行中の矢上面映像を5試行撮影した。撮影した映像を、VirtualDub-1.9.11を用いて静止画に変換した後、ImageJ1.45を用いて関節角度を計測した。関節角度は、受傷側立脚期の初期接地(IC)、立脚中期で両下腿が交差する区間の50%(MS)、立脚後期の対側下肢接地直前(TS)の3つの時点で、上前腸骨棘、上後腸骨棘、大転子、大腿骨外側上顆に貼付したマーカーを指標に計測した。得られたデータをもとにIC~MS(立脚期前半)、MS~TS(立脚期後半)、IC~TS(立脚期全体)の角度変化量を算出した。
転倒恐怖感は、征矢野らの転倒予防自己効力感(FPSE)を用いて評価した。FPSEは動作10項目の「転倒せずに行う自信の程度」を、4段階で調査するもので、点数が高いほど転倒恐怖感が少ないことを示す。
統計処理は、立脚期前半・後半・全体の股伸展角度とFPSEの関連性を、データの正規性を確認した上で、Pearsonの積率相関係数で検討した(統計ソフト:R-2.8.1、有意水準:危険率5%未満)。
【結果】
FPSE総点と有意な相関を認めたのは、立脚期全体(r=0.61)と立脚期後半(r=0.72)の股伸展角度で(いずれもp<0.05)、立脚期前半(r=0.43)の股伸展角度とFPSE総点は有意な相関を認めなかった。
【考察】
立脚期全体の股関節運動範囲が転倒恐怖感と関連していることが明らかとなったが、立脚期を前後半に分類した検討では立脚期後半の股関節伸展運動のみが転倒恐怖感と有意な関連性を認めた。立脚期後半の股関節伸展運動は、前方への推進に際しての上体の保持と対側下肢の歩幅調節に貢献するとされている(Perry 2007,石井 2012)。また、転倒恐怖感や1年後の転倒の有無は、最大一歩幅に影響を受けることが報告されている(征矢野 2009)。今回の結果は、立脚後期の股関節伸展運動が、歩幅調節やその基盤となる姿勢制御と関連して、転倒恐怖感に影響を及ぼす可能性を示唆するものと推測される。
以上の事から、大腿骨近位部骨折術後の、立脚後期の股関節伸展運動を主体とした、立脚期の股関節運動範囲に着目した理学療法が転倒リスクの軽減に貢献できる可能性が示唆された。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は、当院倫理審査委員会で承認を得た上で実施した(承認日:平成25年2月22日)。なお、全ての対象者に書面で同意を得た上で研究を行った。また、本研究で開示すべき利益相反はない。