九州理学療法士・作業療法士合同学会誌
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気管切開下陽圧換気導入後の筋萎縮性側索硬化症患者における在宅呼吸リハビリテーションの経験
徒手的な腹部圧迫が有効な排痰法であった1例
*西中川 剛*向江 菜美*松尾 良子*俵 祐一*田中 貴子*神津 玲
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p. 58

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抄録

【はじめに】

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は進行性の神経変性疾患であり、呼吸不全に至る予後不良の疾患である。そのため、呼吸不全の増悪予防と身体機能の維持を目的にリハビリテーション(リハ)の適応となり、排痰法などのコンディショニングを中心とした呼吸リハ介入も推奨されている。今回、呼吸不全の進行増悪によって気管切開下陽圧換気(TPPV)による在宅人工呼吸管理導入後の訪問リハの継続によって、良好な経過をたどったALS症例を経験したので報告する。

【症例】

60歳台男性

診断名:ALS

現病歴:X年ALSと診断され、X+5年より身体運動機能維持を目的に訪問リハ開始となった。X+10年4月に誤嚥性肺炎を発症後、呼吸機能の維持を目的とした呼吸リハを追加した。同年8月より非侵襲的陽圧換気が導入となったが、11月にCO2ナルコーシスにて救急搬送され、TPPV開始および胃瘻を造設された。12月、自宅退院となり訪問リハ再開となった。

【理学療法評価】(初期評価)

身長168cm,体重65.0kg,BMI 23.0kg/m2

身体所見:胸郭柔軟性低下、両側下肺野の呼吸音減弱を認めるとともに,断続性ラ音を聴取した。

ALS機能評価スケール(ALSFRS-R)(点):7/48(唾液3、起坐呼吸4、その他0)

日常生活動(ADL):FIM(点)39/126(運動項目;14/91、認知項目;25/35)

【経過】

退院直後は吸引回数が頻回(夜間30分間に1回程度)であり,本人や家族の身体的および精神的負担が大きかった。そこで、側臥位での体位ドレナージや呼吸介助、呼気時における徒手的な腹部圧迫(腹部圧迫)などの排痰法を検討した。側臥位における1回換気量(ml)は安静時,呼吸介助手技,腹部圧迫にてそれぞれ330,360,430、同様に呼吸数(fpm)14,20,20、分時換気量(L/min)5,6,9と変化を認めた。また、側臥位以外の体位では、呼吸介助手技と腹部圧迫において換気量の増加には至らなかった。実際のリハ中においても、側臥位における腹部圧迫が最も喀痰量の多い有効な排痰法であった。さらに、この方法を家族や訪問看護師にも指導し、排痰法の統一を図った。その結果、吸引回数の減少(夜間3時間に1回程度)を認めた。X+11年5月にはスピーチカニューレを導入し、コミュニケーションの改善も得られた。また、離床時間の延長など座位耐久性の向上もみられ,人工呼吸器からの離脱時間も徐々に延長し,1時間から8時間となった。その後,現在まで1年以上にわたって呼吸器感染症や呼吸不全の増悪による入院は認めていない。

【考察】

今回、本症例において効果的な排痰法を検討し、その方法を家族ならびに患者に関わるスタッフで統一を図ったことによって、吸引回数の減少やスピーチカニューレの導入といった効果がみられた。本症例はCO2ナルコーシスをきたし,人工呼吸管理を要していることから呼吸筋の弱化および疲労を強く示唆した。今回、排痰の方法として呼吸介助手技の有効性は不十分であった。ALS患者は著明な肺活量および胸郭可動性の低下が特徴であり、本手技では有効な排痰に必要な換気量の増加が得られなかったことが要因と考えられた。一方、腹部への圧迫は,弱化した腹筋群の代用として呼気時に腹腔内圧を上昇させる方向に作用することで呼気の促進,すなわち呼気量および呼気気流の増大が得られ,有効な排痰法になったものと推察された。呼吸筋が弱化したALS患者では,徒手的な腹部への圧迫が有効な排痰法になり得るものと考えられた。

【倫理的配慮,説明と同意】

本症例報告に際し、ヘルシンキ宣言および人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に基づいて本症例に十分な説明を行い、発表の同意を得た。

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