蝶と蛾
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樹脂含有植物を寄主とする非近縁の三群の蛾,ヤママユガ科の2属とフサヤガ亜科
Richard S. PEIGLER杉 繁郎
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1986 年 37 巻 1 号 p. 45-50

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抄録

ある昆虫がなぜ特定の食草を撰好するのかという問題は,鱗翅関係者にとっても興味深い問題である.本文では,互に近縁でない3群の蛾が,世界的な規模で,系統的に脈絡のない属または科の植物を食卓としている事例を指摘して,その意義を述べておく.3群の蛾とは,アジア,北アメリカ,ヨーロッパ南部,アフリカに分布をもつヤママユガ科の.Actias(オオミズアオ属;Graellsia,Argemaを含める),新大陸特産のヤママユガ科の一属Citheronia,ならびにヤガ科の一亜科Euteliinae(フサヤガ亜科)である.これら3群の蛾の地域ごとの食草撰択の範囲を第1図に示した.考察の対象とする植物群はウルシ科,カンラン科,シクンシ科,カキ属(カキノキ科),フタバガキ科,クルミ科,フウ属(マンサク科),フトモモ科およびマツ属(マツ科)の9群を示してある.個々の食性の一次資料は引用を省略し,主な出典をあげておく.新大陸のオオミズアオ,Actias luna(L)は,フウ属やカキ属を欠く分布域の北部ではコナラ属,シデ属,ヤナギ属,カエデ属,カンバ属などにつくが,これらの植物は南部にも多いのに拘らず食草となっていない.一方アフリカや熱帯アジアのActiasはウルシ科を食草として用いているが,日本や北アメリカではこの科につくことがない,世界的にウルシ科を主食とするフサヤガ亜科では北に向うに従ってコナラ属[コフサヤガ]やカエデ属[ニッコウフサヤガ]が食草として利用されるようになる.予期に反してこの亜科がクルミ科につく例がないが,このことは他の2群と異なる主要な相異点である.筆者は北アメリカ産のフサヤガ亜科の一種の艀化幼虫にオニグルミ属とウルシ属を与えたが,すぐに死んだ.しかしこの蛾の幼虫をフウ属で採っている.マツ属など針葉樹もまたヤママユガ科の食草となる.Actiasの中国西部産の一種[A.dubernardi OBERTHUR]とヨーロッパ産の一種[A.isabellae GRAELLSイサベラミズアオ],それに北アメリカ東部のCitheroniaの一種はマツ属の固有種に転化している.この転換は,たぶん洪積世の氷期に利用可能の植物群が滅んだことを反映しているのであろう.南アメリカではCitheroniaの食草としてヒノキ科の記録もある.これら一見脈絡のない食草系列に共通する特性を検出する仕事はなお残された問題であるが,雌蛾の産卵と幼虫の摂食を刺激する物質をこれら植物が共通していることは確かで,これらのすべて又は大部分が,樹脂を生産する植物群であることに関係しているにちがいない.LARSSONの著書では,琥珀やコパルの源泉を論じ,落葉樹で樹脂を分泌するのは主にマメ科植物に多く,その他カンラン科,オトギリソウ科,ウルシ科,フタバガキ科などに見られることを述べ,またマツ属は常緑樹中での主要なもののひとつであると記している.マメ科はCitheroniaの食草ではないが,この科はCithroniaの属する亜科Ceratocampinae全体の主要な食草である.以上のリストに筆者らはさらにフウ属(Liquidamber,属名の意味のとおり)を加えたい.ウルシ科のRhus copallinaもその学名の意味に樹脂性が示されているし,カエデ属は,メイプルシラップとして周知の砂糖を作る樹脂源として北アメリカ西北部でひろく利用されている.最後に東南アジアのスズメガ科の一属Ambulux(=Oxyambulyx)ホソバスズメ属の食性の範囲も本文で記した3群と共通することを知ったので付記する(杉私信).

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© 1986 日本鱗翅学会
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