蝶と蛾
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ベトナム産ニセビユゴマダラの1新亜種
尾本 惠市舟橋 彰男
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2004 年 55 巻 3 号 p. 203-208

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抄録

コムラサキ亜科の珍種ニセビユゴマダラは,従来ヒマラヤ南部から中国西部の地域より知られていたが,最近,ベトナム北部のHa-Giang市付近でオス2頭が発見された.アカホシゴマダラと同所的に産することは初記録である.比較の結果,既知の4亜種とは明瞭に区別されるので,ここに新亜種Hestina nicevillei magnaとして記載する.主な特徴は,著しく大型(前翅長48mm;他の亜種では41mm以下)で,表面の黒色部が大幅に縮小していること,さらに後翅外縁部に一個のごく微小な赤斑が認められることである.本種は,同所的に産するゴマダラシロチョウ(Aporia agathon)と斑紋が酷似する.このことは,後者が有毒物質によって鳥に忌避されると考えられるため,ベーツ式擬態の好例とされる(Morishita,1997).しかし,今回の発見地ではゴマダラシロチョウは発見されず,同属では唯一A.gigantheaを産するのみである.この種は,大型かつ黒色部が少ない点で亜種magnaとやや類似するため,擬態のモデルとしての可能性がないとはいえない.一方,亜種magnaは,同所的に多産するアカホシゴマダラの白化型(f.mena)と形態的に酷似する.ただし,ニセビユゴマダラは後翅外縁の輪郭の相違に加えて,後翅裏面基部および内縁部に鮮やかな黄色紋が存在することによってアカホシゴマダラと区別される.亜種magnaの後翅に痕跡的赤斑が認められる点は,本種では初の例で,アカホシゴマダラとの系統的近縁性を物語る.今後の調査によって同地からゴマダラシロチョウが発見されれば,それは大型で白色部が拡大した形態をもつことが予想される.しかし,もし発見されない場合には,亜種magnaの斑紋形成にとって上述の2種の蝶が,擬態のモデル(A.giganthea)ないし収斂現象(アカホシゴマダラ)などの可能性を含め,何らかの役割を演じたとも推定される.この仮説に対する問題点は,これら両者が春(3-5月)に出現するのに,亜種magnaは夏(6-8月)に採集されたことである.しかし,Ha-Giang付近の比較的高地ではf.menaが6月にも採集されているので,両者が無関係とは言い切れない.亜種magnaの特異な形態の起源という興味ある課題を解決するためには,野外調査による生態観察が必要である.

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© 2004 日本鱗翅学会
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