蝶と蛾
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アカタテハ属の分子系統と色彩パターン進化
大瀧 丈二木村 悠一山本 晴彦
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2006 年 57 巻 4 号 p. 359-370

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抄録

冷却ショックあるいはタングステン酸(蛋白質テロシン・フォスファターゼ阻害剤)によって蛹を処理すると,成虫の翅に一連の特徴的な色彩パターン修飾が誘導される.タングステン酸処理によって誘導された修飾系列と同じように,色彩パターンの相違をもとにして-特に相対橙色領域値を基準として-アカタテハ属Vanessa数種を直線的に並べることができる.これらのことから,冷却ショックあるいはタングステン酸に感受性のある分子経路が,アカタテハ属の種分化に関与しているのではないかと提案されている.その意味で,アカタテハ属内の系統関係を明確化することは,種分化のメカニズムを的確に捉えるための基盤となる可能性があり,非常に興味深い.本論文では,ミトコンドリアのNADHデヒドロゲナーゼ・サブユニット5遺伝子およびシトクローム・オキシダーゼ・サブユニット1遺伝子のDNA配列を基にしてアカタテハ属内の系統関係を明らかにすることを試みた.狭義のアカタテハ属に属する7種は二つのグループに分けられた.一つはV. indica, V. samani, V. dejeanii, V. dilecta, V. buanaから構成される「indicaグループ」で,もう一つはV. atalantaおよびV. tameameaから成る「atalantaグループ」である.indicaグループは,橙色領域が極めて広いV. samaniから橙色領域が極めて狭いV. dejeaniiまで,様々な相対橙色領域値を持つ種から構成されている.同様に,atalantaグループも,橙色領域が広いV. atalantaと狭いV. tameameaから構成されている.橙色領域の広さが明確に種によって異なる現象は狭義のアカタテハ属ではみられるが,その近縁属であるヒメアカタテハ属Cynthiaなどではみられない.このような結果を考慮し,アカタテハ属は,属内のグループなどの系統的制約を受けず,橙色領域を拡大または縮小するように二方向へ進化する性質を持ち,そのことが種に特徴的な色彩パターン形成において重要な役割を果たしたと推測することができる.

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© 2006 日本鱗翅学会
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