抄録
阿蘇地域に生息するオオルリシジミ Shijimiaeoides divinus asonisの個体数は,その生息環境の変化により幾つかの生息地では減少傾向にある.本研究では,本種の発生や食草,蜜源植物相に及ぼす放牧圧の影響を明らかにするため,生息地の植生を明らかにすると共に,食草や蜜源植物の密度と本種の発生および密度について慣行的な放牧圧である草原と,高い放牧圧の草原,休牧中の草原について調査を行った.生息地は,毎春,野焼きが実施されてきた阿蘇地域の半自然草地である.本調査を実施し,得られた結果は次の通りである.(1)本種の生息地の植生と放牧の関係を調査したところ,阿蘇地域の慣行的な放牧圧である調査地では,ネザサ Pleioblastus chino var. viridisが最優占種であったが,放牧圧が高い調査地では,シバZoysia japonicaが最優占種であった.また,休牧中の調査地では,ススキ Miscanths sinensisが最優占種となり,放牧圧は,生息地の植生に影響を及ぼしていることが示された.(2)食草であるクララSophoraflavescenぶの被覆度(E-SDR,)は,高い放牧圧区に比べて阿蘇地域の慣行的な放牧圧で高かった.(3)クララの草丈は,休牧中の調査地において高い傾向が見られた.(4)クララの分枝数は,慣行的な放牧圧である調査地において多かった.(5)クララのクラウン面積は,慣行的な放牧圧である調査地において大きかった.一方,高い放牧圧では,クララのクラウン面積と草丈は小さくなる傾向が見られた.(6)本種の成虫は,5月上旬に出現し,6月中旬に見られなくなった.2007年の本種成虫の個体数は,4月から5月にかけての低温の影響を受け,2006年に比べて全ての調査地で低く推移した.(7)幼虫密度が高いとき,幼虫数は,調査地ごとに違いが認められ,幼虫の密度に放牧圧が影響を及ぼしている可能性が示唆された.(8)これまで野焼き,放牧を継続的に実施してきた草地で休牧すると,蜜源植物が増加し,本種の成虫数,部数を増加させることが示唆された.これらの結果から,阿蘇地域において本種を保護するために最適な放牧圧は,同地域における慣行的な放牧圧であることがわかった.