哺乳類科学
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ベトナム中部とラオス中南部にまたがる中部チュオンソン山地系地域の生物多様性とその保護
濱田 穣
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2011 年 51 巻 2 号 p. 337-368

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抄録

ラオス中南部とベトナム中部にまたがり,南北に走るチュオンソン山地中部(北緯16.9–13.5度)とその周辺地域は,生物多様性が非常に高く,固有種や稀少種も多く棲息し,哺乳類の新種も見つかっている.それは,この地域が発達した山地を含めて複雑な環境を擁すること,氷期には複数のレフュージア(避難所)となったことなどによるものと思われる.多くの哺乳動物を含む動物や植物の生物学の解明には,非常に重要な地域である.この地域は従来,開発が遅れていたが,インドシナ戦争後に独立したラオスおよびベトナムは著しい経済発展を遂げつつあり,とくに市場経済の導入によって農林業の開発が急速に進んだ.それとともに山地・森林に住み,循環農業と非木材森林産物の採集などによる伝統的農林業を営んでいた,おもに少数民族(山岳民族)の住民を山から低地へ,森林から道路付近へ移住させる政策,あるいは伝統的農林業を規制する政策が実施された.小規模で自給自足的農業を営むこの地域の住民の多くは,両国において低所得層に入り,森林資源に依存している.両国の政府は中部チュオンソン山地系地域にかなりの面積の保全地域を設定し,管理官庁(委員会や事務所)が野生生物の保護と保全地域管理にあたっているが,遂行能力,装備と予算の不足から十分ではない.野生生物とその生息地を取巻く社会経済環境は,ベトナムとラオスにおいて正反対なところもあるが,小規模の低所得農民が多いことは共通している.現在,中部チュオンソン山地系地域では,盛んに水力発電施設や道路が建設されつつある.今後,農林産物の貿易自由化が進めば,ベトナムもラオスも世界的な農林業動向に組み込まれ,大規模企業的農林業が拡大し,野生生物の生息地が失なわれる.それとともに,農林業では生活を営めないうえに生業転換できない住民はやがて貧困化し,森林資源の取出し(伐採,狩猟と採集)や開墾などによって,中部チュオンソン山地系地域における野生生物の生息地は広範に失われるだろう.その結果として,固有種を含めた地域集団が絶滅し,野生生物の多様性が大きく損なわれるおそれがある.その打開のためには,周辺住民の森林資源の適正利用を含む生計の改善,保全地域外地域を含めた野生生物とその生息地の保全活動の強化が必要であるが,そのためには管理担当官庁の能力と装備の向上と予算の増大,周辺住民による管理への参与と民政や土地利用など保護に関係する政策立案への関与が必須である.これらの施策は官民に加えて,科学的な研究と実践を行うことのできる有識者(集団)であるところの大学や研究機関の関与が必須である.そして日本をはじめとする先進諸国は,そうした機関への協力が必要である.

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© 2011 日本哺乳類学会
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