中東レビュー
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政治経済レポート
GCC諸国に依存するヨルダン経済
齋藤 純
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2020 年 7 巻 p. 24-28

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1. 近年のヨルダン経済と外部環境

シリアやイラクなど中東地域における政治的不安定は、相対的に政情が安定しているヨルダン経済にも深刻な影響を及ぼしている。ヨルダンは、1948年及び1967年の中東戦争、1990年湾岸戦争、2003年のイラク戦争など隣国の戦争や紛争発生の度に多数の難民を受け入れてきた。2011年3月に発生したシリア内戦以降も、多数のシリア難民が流入し現在約130万人の避難民を受け入れている(2020年1月14日付、AFP1)。天然資源に恵まれないヨルダンでは、経済の基盤となる国内産業も脆弱であり、慢性的な財政赤字を抱えているところに、長年の難民受入政策が政府財政と国民経済にさらなる負担を強いてきた。

1989年に陥った財政危機後、国際通貨基金(IMF)の構造調整プログラムを通じて政府部門の縮小、外資導入と貿易促進を通じた民間部門の拡大を進めた結果、2004-08年には6-8%以上の高成長を達成する経済改革の成果を上げてきた。しかし、2008年の国際金融危機の影響を受け、現在経済成長は伸び悩んでいる。深刻な財政危機を改善するために2016年にIMFから3年間で7.2億ドルの融資を受け、経済・財政改革プログラムを推進してきた。しかし、食料・燃料・電気などの料金の値上げや所得税と法人税の増税など国民生活に負担を強いる改革策は、2018年5月に反政府デモを発生させる結果となり、当時のハーニ・アル=ムルキー首相を退陣に追い込んだ。IMFの推計によると2019年のヨルダンの実質GDP成長率(予測値)は2.2%であり、ヨルダンと同様に石油輸入国であるエジプトとレバノンが2019年以降回復すると予測されていることと比較すると、ヨルダンの今後の経済見通しは明るいとは言い難い(図1)。

注:ヨルダンおよびレバノンは2017年以降、エジプトは2018年以降のデータは予測値。

出所:IMF, World Economic Outlook Database, October 2019より筆者作成

ヨルダン経済の困難は、貿易や海外からの投資や援助といった海外資金に依存していることに根本的な原因があり、これらの外部資金を確保し安定的に拡大することがヨルダンの持続可能な経済成長のための条件となる。ヨルダンは1923年のトランスヨルダン首長国の成立以前から委任統治していた英国の軍事的・財政的支援を受けており、国家運営はこれらの支援に支えられていた。1946年の独立以降のヨルダンの軍事的・経済的の支援は英国に代わり主に米国の役割となった(Alon, 2007)2。また、諸外国や国際機関から多額の政府開発援助を受けており、日本や米国をはじめとする先進国諸国からの援助資金もヨルダン社会と経済を支えてきた。中東地域においては、ヨルダンと長年経済関係を持ち、近年主要な外部資金源となっているのはサウジアラビアやアラブ首長国連邦(以下、UAE)をはじめとするGCC諸国である。これらの国々は、ヨルダンとの貿易取引、直接投資、海外援助、労働者送金などを通じて経済面での相互依存関係を強めている。

本レポートでは、近年のヨルダンとGCC諸国間の経済関係および資金移動動向の変化について分析を試みる。

2. GCC諸国との経済関係の変化

貿易取引における湾岸諸国への依存度

ヨルダンのマクロ経済の特徴の一つは、外部経済への依存度が高いことである。ヨルダンの2017年の名目GDP401億ドルのうち輸出額が136億ドル(GDP比34.0%)、輸入額は229億ドル(GDP比56.9%)であり、貿易総額は対GDP比で90.9%を占める。この比率は地域の石油輸入国であるエジプトの45.1%、レバノンの69.2%と比較しても高い。国内の消費支出、設備投資、政府支出に比して輸出および輸入などの外部経済に大きく依拠するヨルダン経済は、結果的に貿易相手国の経済動向に大きく影響を受けることになる。

ヨルダンの主要輸出国は米国、インドに次いでサウジアラビア・UAE・クウェートなどのGCC諸国が占める3。加盟国間で関税を完全撤廃する大アラブ自由貿易協定(GAFTA:Greater Arab Free Trade Area)が1998年に締結されており、GCC諸国・周辺アラブ諸国との物品貿易が促進されてきたが、地域の不安定化に伴いレバノンやイラク、パレスチナなど周辺アラブ諸国への輸出が大きく増減する一方で、GCC諸国への輸出は2012年以降18-31%を占め安定的な輸出相手国となっている(図2)。貿易におけるGCC諸国への依存度の高さは、輸入についても同様のことが言える。主要輸入国には、サウジアラビアをはじめとして中国、米国、ドイツ、UAEが続く。総輸入額に占めるGCC諸国の比率についても、18-28%を占めており、ヨルダンの財・サービスの対外取引がGCC諸国に大きく依存している。ヨルダンの石油輸入は、1990年湾岸戦争から2003年のイラク戦争までは優遇価格で調達できるイラクに大きく依存してたが、イラク原油の輸入停止の後はサウジアラビアが最大の石油供給国となった。サウジアラビアはヨルダン経済の支援のため2005年までヨルダンに対して石油を無償提供していた(岡室, 2016)。現在、ヨルダン向けのすべての石油、石油製品はサウジアラビアからの輸入に頼っており、無償提供の代わりに二国間援助を通じた財政支援を行っている(国際協力機構, 2018)4

出所:IMF, World Economic Outlook Database, October 2019より筆者作成

直接投資における湾岸諸国への依存度

国内の経済開発のための資金調達に困難を抱えるヨルダンにとって、海外からの資金調達とりわけ直接投資の導入は重要である(2018年6月10日付け、Arab News5 )。世界銀行のWorld Investment Report 2019によると、2018年にヨルダンに流入した直接投資フローは9.5億ドルであり、2016年の15.5億ドル、2017年の20.3億ドルと比較すると縮小している。しかしながら国内の総固定資本形成の12.2%を占めており、国内設備投資における海外資金の貢献は大きい。このヨルダン向け直接投資においてもGCC諸国の貢献は大きい。fDi Intelligence社6のデータによると、グリーンフィールド投資の分野では2003-15年に総額434.6億ドルの投資が行われたが7、このうちGCC諸国の金額は合計で214.8億ドルと49.4%を占めた8。同期間にヨルダンに投資を行った主要企業には、アブダビの不動産投資会社Al Maabar International(109億ドル)、ドバイの政府系不動産開発会社Emaar Properties(14億ドル)などが挙げられており、GCC諸国の対ヨルダン投資は不動産分野が中心的な分野と言える。2017年3月には、サウジアラビアとの間で30億ドル相当のサウジ-ヨルダン投資会社の設立を含む経済関係強化のための複数の投資協定を締結しており、サウジアラビアのさらなる投資を呼び込むことが期待されている。

労働者送金における湾岸諸国への依存度

ヨルダンは国内市場が小さく労働需要も限られるため、海外へ多数の労働者を送り出している。それに伴い、就労先の国からヨルダンに多額の資金が送金される。この労働者送金がヨルダンの家計を支えている。2017年の海外からの労働者送金総額は44.2億ドルであり、GDPの10.9%を占める。労働者送金の送金元はサウジアラビアとUAEが中心であるが、GCC諸国からの送金額は送金総額の約70%を占める(図3)。

出所:World Bank, Migration and Remittances Dataより筆者作成。

3. おわりに

ヨルダン経済がGCC諸国との経済関係に大きく依存している半面、GCC諸国も積極的にヨルダン経済をサポートすることで、ヨルダン経済のみならず地域の政治的・経済的安定化に寄与してきた。特に国内の避難民支援や国民生活の安定化(食料価格や燃料価格の安定化のための補助金政策など)のために必要なヨルダンの財政資金も国際援助に大きく依存していることが指摘される(岡室, 2016)。ヨルダンは成立当初から英国や米国、日本などの先進国からの資金を、国内の主要部族や国民に補助金として分配することでハーシム王家の権力維持を保ってきた(Alon, 2007)。2018年5月の反政府デモ後に発足したウマル・ラッザーズ新内閣を支援するために、サウジアラビア、UAE、クウェートが5年間で25億ドルの財政支援を速やかに決定した(2018年6月12日付、Arab News)。またサウジアラビアは、ヨルダン政府がサウジ開発基金に対する1.1億ドルの債務のリスケジュールを行い、ヨルダン財政の支援を行っている(2018年12月16日付、Arab News)。サウジアラビア・UAEと対立を強めるカタルも2018年6月に対ヨルダン投資、プロジェクトファイナンス、雇用創出を含む5億ドルの援助パッケージを発表した(2018年6月13日付、Reuters)。

地域の不安定化により発生した多数の避難民を受け入れるヨルダンを、サウジアラビアやUAEなどのGCC諸国が財政面・投資面から支援することで、地域情勢のさらなる悪化をかろうじて緩和していると見ることもできよう。しかしながら見方を変えれば、資金を拠出するGCC諸国の政治情勢や経済動向の変化如何では、ヨルダン支援に大きな影響が及びうる。近年のヨルダンのイラン・カタルに対する外交政策の変化は、これらの国々への対立姿勢を鮮明にしているサウジアラビアとUAEとの経済関係を変化させる可能性を内包している(2019年3月28日付、Arab News)。GCC諸国間の対立の激化や2019年1月に発足した「東地中海ガス・フォーラム(EMGF)」は、現状のヨルダン経済のGCC諸国依存を変化させる可能性を含んでいる。しかしながら、ヨルダン経済の外部依存性は一朝一夕に解消されるものではなく、シリア・イラクなどの周辺国の不安定が継続する以上は、当面はサウジアラビア・UAEなどの相対的に安定的な資金供給国であるGCC諸国に頼らざるを得ない。したがって中東地域の安定化のための大きなカギの一つは、ヨルダンとGCC諸国経済との相互依存関係の堅持にある。

(2020年2月25日脱稿)

地域研究センター 齋藤純

本文の注
1  https://www.afpbb.com/articles/-/3263289 (2020年2月3日アクセス)

2  Alon, Y. (2007). “Bedu Amir or Constitutional Monarch? The Struggle for the Nature of the Emirate, 1921-1924,” The Making of Jordan - Tribes, Colonialism and the Modern State (pp. 37–60). London; UK: I.B.Tauris.

3  2018年のヨルダンの輸出総額のうち、上位10位は、米国(27.6%)、インド(10.9%)、サウジアラビア(10.8%)、イラク(10.5%)、UAE(4.2%)、クウェート(3.8%)、パレスチナ(2.5%)、カタル(2.2%)、インドネシア(2.0%)、エジプト(1.8%)であった。

4  国際協力機構. (2018). 「ヨルダン及びパレスチナと周辺地域における物流や貿易に係る情報収集・確認調査」.

5  https://www.arabnews.com/node/1319106 (2020年2月3日アクセス)

6  https://www.fdiintelligence.com/ (2020年2月3日アクセス)

7  fDi Intelligence社データによると、2003-15年のヨルダン向けグリーンフィールド投資の総額434.6億ドルの分野別内訳をみると、不動産(41%)、石炭・石油・天然ガス(30%)、化学(9%)が主要な投資先であった。

8  GCC諸国での内訳は、UAEが154億ドル(35.4%)、サウジアラビアが26.0億ドル(5.9%)、バハレーン19.9億ドル(4.6%)、クウェート11.2億ドル(2.6%)、カタル3.6億ドル(0.8%)、オマーン1300万ドル(0.03%)であった。

 
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