民族學研究
Online ISSN : 2424-0508
民族医療の領有について(<特集>民族医療の再検討)
池田 光穂
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2002 年 67 巻 3 号 p. 309-327

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抄録

先住民社会に存在している薬草や治療技術の総体としての民族医療を、グローバルな資本主義の流通形態から解放する。これが本論文の目的である。人類が享受している医薬品の多くが先住民における利用にもとづくものであったことは自明の事実であるが、今日では歴史上の逸話にとどまり、人類全体が受けてきた便益に対する償還が検討されることは稀である。この理由を、筆者は近代医療の確立とともに生起した民族医療的知識の独自性と見なされている「非近代医療的性格」の主張であると考え、この主張が近代医療に付与されている知的財産権の概念を民族医療に付与しなかった根拠になったと考える。民族医療は、土地固有の知識と実践の体系であるという説明は、薬草が薬局方として成立したり、その有効性が近代医療によって証明されるという近代医療との相互交渉という歴史的証拠から、立論の限界が生じる。また近代医療は、民族医療の要素を取捨選択しながら領有することで、医療概念を確立してきた経緯ゆえに、近代医療そのものが民族医療に対して排他的な知的独立性を主張することにも限界が生じる。それゆうに民族医療の知識形態を知的財産として捉える立論の可能性を検討する必要が生じる。近代医療は民族医療を領有することを通して人類に便益をもたらしてきたという事実を認め、これまでの知的所有権に関する報酬の概念を拡張しつつ、その償還に関する方法が提案されてきた。人類学諸理論が、これらの実践的問題に対する法的および社会的整備に寄与する可能性は大きい。

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© 2002 日本文化人類学会
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