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学術賞受賞寄稿
高分子材料系の大規模全原子分子動力学シミュレーションの実践的研究
藤本 和士
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2025 年 27 巻 1 号 p. 2-6

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1  はじめに

2024年度分子シミュレーション学術賞を拝受しましたこと,大変光栄に存じます.このたびの受賞は,横浜市立大学の岡崎進先生をはじめとする多くの先輩方からの温かいご指導のおかげです.また,共同研究を通じて多大な貢献をしてくださった学生の皆さんにも心から感謝申し上げます.さらに,本賞の選考にご尽力いただいた選考委員の先生方にも,深く御礼申し上げます.

分子動力学(MD)計算は,幅広い分野で多くの研究者に活用されています.私はその中でも,物質の化学性に注目し,不均一な物質が示す特異な現象を解明することを目指して研究を進めてきました.現実の物質はしばしば高度に不均一であり,この不均一性を的確に取り込むことが,化学性を探求する上で非常に重要です.このような挑戦に取り組むため,私は大規模なMD計算を駆使し,複雑な系の解析に注力してまいりました.こうした研究の基盤となるのは,計算機技術の飛躍的な進歩です.

私が博士後期課程に在籍していた頃,「京」コンピュータの稼働開始をきっかけに,分子シミュレーションの規模と精度は大きく向上しました.その後,スーパーコンピュータ「富岳」の登場により,さらなる計算能力が提供され,これまで解析が困難であった複雑な物質系にも挑戦できるようになりました.本稿では,今回の受賞理由となった研究内容について簡潔にご紹介するとともに,現在進行中の研究についても触れさせていただきます.

2  高分子衝撃破壊へのMD計算の適用

合成高分子の幕開けをどの時期にするかについては意見が分かれるところですが,合成高分子が登場してから概ね100年が経過しており,現在ではさまざまな場面で材料として使用されています.材料は使用条件を超える環境で使用された場合,思いがけない事故を引き起こす可能性があります.そのため,各合成高分子のガラス転移温度や硬さなどの物性値や使用条件が必ず報告されています.加えて,これらの物性や条件がどのような原理に基づいているのか,そのメカニズムに関する研究も行われています.特に,構造材として合成高分子を使用する場合には,破壊メカニズムを知る必要があり,その研究が盛んに進められてきました.具体的には,「どのような環境下で」「どのような形状の材料に」「どのような力が加われば」破壊が起こるのか,そしてその時の「破壊の様式(延性・脆性)」がどのようになるのかが調べられています.この破壊メカニズムを調べるために,引っ張り弾性試験やシャルピー試験,突き刺し試験,バルブ試験など,力の印加方法や強さを変える装置が開発され,高分子材料の強度が整理されてきました[1].さらに,これらの実験結果をもとに,ゴム材料ではアフィン網目理論[2]やファントム網目理論[3],Lake-Thomas理論[4]など,マクロな理論が確立されています.一方,樹脂材料では,脆性・延性を決定する要素として,副緩和[5,6],からみ合い密度[7],特性比[8]などの物理量が議論されています.特に,脆性・延性の分岐点である降伏現象については,多くの理論が提案されてきました[912].また,降伏条件についても複数のモデルが提案されており,その中でmodified von Mises criterionは,せん断降伏とキャビテーションの発生条件を数学的に予測するモデルとして広く使用されています[10].

このように,高分子のマクロな破壊メカニズムを解明するための実験的手法や理論的考察は大きな成果を挙げてきました.しかしながら,近年の高分子材料への要求はより厳しくなっており,薄くても強い材料が求められています.薄くなればなるほど,マクロ描像ではなくミクロな描像に基づいた議論が必要となります.これまでの破壊に関するミクロ描像は,先に挙げたマクロ試験の結果を基に構築されたものであり,想像の域を脱していませんでした.しかし,近年の装置の発展により,高分子破壊のミクロ描像を直接調べることが可能になりつつあります.たとえば,X線によるその場観察や中性子散乱,赤外分光による研究[1315]が盛んに行われています.

さらに,高分子破壊の分子論を明らかにするため,計算化学的手法を用いた研究も行われてきました.しかしながら,大部分の研究はKremer-Grestモデルのような化学性を考慮しない粗視化シミュレーションを用いており[16],分子論を完全に確立したとは言い難い状況です.そのため,私たちは化学的特徴を反映する全原子分子動力学(AA-MD)計算を用いて,ゴム[17]や樹脂[18,19]の高分子材料の衝撃破壊を研究しています.

2.1  系の作成

どのような研究対象であれ,AA-MD計算において初期座標の作成(モデリング)は最も重要であり,同時に非常に手間のかかる作業です.生体系では,CHARMM-GUI[20]などの優れたモデリングソフトが公開されており,比較的容易にMD計算を用いた研究を進めることができるようになっています.しかしながら,全原子高分子系におけるモデリング方法は未だ確立されておらず,「どのように模倣すれば高分子と言えるのか?」という点について大いに苦労しました.系を作成するたびに,実験研究者の方々から「それは高分子ではない.」という指摘を受けることもありました.その結果,表1に示すような納得できる構造を作り上げるまでに,足掛け3年を要しました.

表1 PMMAとPCの系の初期座標の条件.

PMMA PC
Expt. Calc. Expt. Calc.
Mw/Mn 1.9 90% of the Distribution 2.71 90% of the Distribution
Mn 58000 17700
Tacticity rr = 45, rm = 43, mm = 12 rr = 45, rm = 43, mm = 12 - -
Rg (Å/Mw1/2) 0.31 0.25 0.46 0.35
Ne * 46 45 4–7 7
Density (g/cm3) 1.2 1.1 1.2 1.2
Tg (°C) 110 186 149 167

*NeはZ1 code[23]を用いて計算した幾何学的なからみ合い長である.また,幾何学的なからみ合い長と粘弾性によるからみ合い長には約2倍の差があるとの報告[21]があるため,2で割った幾何学的なからみ合い長を表には示した.

さらに,破壊計算を行うために力場の選定にもこだわりました.ESR測定の結果,力学的破壊によって化学結合が切断されることが示唆されています.この特徴を正確に捉えるため,私たちは化学結合の切断を再現可能な力場を独自に開発しました[22].研究の中で,化学結合は結合端の結合角が開くにつれて切断エネルギーが小さくなることを見いだしました.この性質を反映させるため,化学結合のポテンシャル関数として以下のようなMorse型関数を提案しました.

2.2  引張破壊シミュレーションの結果

PMMAおよびPCの応力–歪曲線をAA-MD計算で求めたところ,PMMAは最大応力を超えた後,歪硬化を示しませんでした.一方,PCは降伏後に再び応力が増加し,歪硬化現象が観察されました.

PCでは降伏点を超えても空孔の形成は見られませんでしたが,延伸により歪硬化の途中から小さな空孔が生成されました.これらの空孔は延伸によって一時的に消滅したり再生成したりする挙動を示しましたが,最終的には1つの空孔が大きく成長し,系が二分されました.一方,PMMAでは最大応力点を超えた後に大きな空孔が形成され,この空孔が消滅することはありませんでした.このため,PMMAは最大応力を超えた時点で大きな空孔が形成され,これが破壊を引き起こす原因となりました.結果として,PMMAでは歪硬化が見られないことが明らかになりました.さらに,PMMAではε = 0.8の時点から化学結合が切断され始め,最終的には約30本の化学結合が切断されました.つまり,大きな空孔の形成が起こった後に化学結合の切断が始まることが確認されました.この結果から,PMMAの破壊において空孔形成と化学結合の切断は互いに独立して発生することが示されました.また,最終的に系が二分される際には30本程度の化学結合の切断が必要であることがわかり,この事実はESR測定によるラジカル発生の観測結果とも矛盾しません.

一方,PCでは歪硬化の途中(ε = 2.5)から化学結合の切断が始まることが明らかになりました.したがって,PCが二分される際にも化学結合の切断が重要な役割を果たすと考えられます.

これらのミクロな脆性破壊および延性破壊の結果を基に,マクロな描像について次のように考察することができます.マクロなPMMAはミクロなPMMAの連続体とみなすことができ,その中で最大応力に対して脆弱な箇所が一度壊れると,全体として破壊に至ります.一方,マクロなPCもミクロなPCの連続体とみなすことができますが,降伏点が低い箇所が降伏しても全体としては破壊に至らず,歪硬化によって耐えることができます.このため,系全体としては破壊せず,伸び続ける挙動を示します.

以上の結果から,現実系を模倣したAA-MD計算を用いることで,ミクロレベルでの脆性破壊と延性破壊の違いを明らかにすることができました.

2.3  PMMAとPCの分子論的違い

PMMAは引っ張りに対して断面積の変化があまり見られませんでしたが,PCは引っ張りによって断面積が縮小し,体積一定での変化に近い挙動を示しました.過去の化学性を考慮しない粗視化モデルの研究では,断面積一定で変化させた場合には脆性破壊を,体積一定で変化させた場合には延性破壊を示すことが報告されています[24].粗視化モデルの計算では,断面積一定または体積一定の計算条件を課すことで脆性と延性の違いが現れる仕組みになっています.一方,私たちの計算では,このような拘束条件を与えていません.つまり,分子種の個性の違いによって断面積一定または体積一定の挙動が自然に選択され,その結果として脆性破壊と延性破壊の違いが現れたと考えられます.

分子種の個性の違いをさらに明らかにするため,延伸方向へのオーダーパラメータとコンフォメーション変化を計算しました.オーダーパラメータP2(cosθ)=(1/2)3cos2θ1から計算しました.

θは主鎖の化学結合とZ軸とのなす角です.この結果,PCはPMMAに比べて引っ張り方向に対して配向しやすいことが明らかになりました.さらに,PCは容易に二面角を変化させ,trans構造になることも判明しました.実際にメルト状態での二面角の自由エネルギー障壁を計算したところ,PCの方が障壁が低いことが確認されました.これにより,PCはPMMAに比べてコンフォメーション変化が起こりやすく,それが引っ張り方向への配向のしやすさに寄与していると考えられます.

また,PCは系のからみ合い点の数がPMMAより多く,これによって力が系全体に均一に伝わると考えられます.以上の結果から,ミクロレベルでの延性と脆性の違いは,分子内部の自由度の動きやすさとからみ合い点の数の差によって生じたと結論づけられます.

3  圧縮破壊と成形加工によるタフネス化

衝撃破壊は引っ張り方向だけでなく圧縮方向にも応力が加わることが,有限要素法の解析から明らかになっています.この知見を踏まえ,引張破壊用に作成したPMMAとPCを用いて,圧縮破壊に関する計算を行いました[25].その結果,引張破壊では脆性破壊を示していたPMMAも,圧縮破壊では応力–歪曲線に降伏および歪硬化が見られることが確認されました.PCについても同様の結果が得られました.さらに,PMMAの応力はPCの応力に比べて大きく,この比率は実験値と良く一致していました.一見すると,応力–歪曲線の結果からPMMAとPCの挙動は類似しているように見えます.しかし,詳細にミクロ構造を調べたところ,両者の分子レベルの構造には顕著な違いがあることが明らかになりました.圧縮により,PCはベンゼン環を持つため平面方向にスタックするように配列することが確認されました.一方,PMMAではこのようなスタック構造は形成されず,ランダムな分子配置が維持されていました.

このような分子レベルの構造変化は,成形加工による高分子材料のタフネス化に寄与すると考えられます.成形加工の一つであるプレス延伸法は,温度を上昇させながら高分子材料を圧縮し,二次元方向に分子を配向させる手法です.実験的には,プレス延伸を施したPMMAは通常のPMMAに比べて最大で5倍の伸びを示すことが知られていますが,このメカニズムは未解明のままでした.

そこで,圧縮により二軸延伸されたPMMAのモデルを構築し,引張破壊計算を行いました.その結果,プレス延伸を施さないPMMAでは10%程度の歪みで大きな空孔(void)が形成され破壊に至る一方,プレス延伸を施したPMMAでは空孔が発生しても大きなvoidに成長することなく降伏し,延性破壊のような挙動を示すことがわかりました.

詳細な解析の結果,プレス延伸されたPMMAでは,もともと引張方向に配向していた分子鎖がさらに伸びやすくなり,伸びた鎖がvoidの成長を阻害していることが判明しました.この阻害作用によって,PMMAの脆性破壊が抑制され,延性破壊の挙動を示すようになったのです.

4  今後の展開

これまでは,バルク高分子の化学性を考慮することで,高分子破壊の分子論的理解を深めるとともに,成形加工を施すことによるタフネス化の起源を分子レベルから解明してきました.現在,この技術を展開し,戦略的創造研究推進事業(CREST)の「分解・劣化・安定化の精密材料科学」における戦略目標「資源循環の実現に向けた結合・分解の精密制御」の実現を目指し,「力学的安定性と選択的分解性を兼備した循環型高分子微粒子材料の創成」(研究代表者:鈴木大介氏,岡山大学)のプロジェクトの一環として,高分子微粒子系の力学メカニズム解明に取り組んでいます.

従来,高分子微粒子の力学特性については,平板押し込み試験の知見から,ガラス状高分子の微粒子であっても公称応力–歪曲線がゴム材料のようなS字カーブを描き,微粒子化によりバルク圧縮破壊とは異なる挙動を示すと考えられてきました[26].しかしながら,PMMA高分子微粒子を対象に600 Kから300 Kまでの冷却シミュレーションをMD計算で実施した結果,体積減少が一定ではないことが示され,微粒子状態でもガラス化が進行することが明らかになりました.

さらに,平板押し込み試験を模倣したシミュレーションを実施したところ,公称応力–歪曲線ではS字カーブが確認されましたが,真応力–歪曲線では降伏が見られ,ガラス状バルク高分子の圧縮破壊と同様の挙動を示すことがわかりました.この結果は,精密なモデル化により従来の仮説とは異なる新たな描像が得られることを示唆しています.

また,Nafion®中のヒドロニウムイオンの長時間ダイナミクスを精査した結果,3つの異なる運動モードが確認されました.これらのモードは,高分子ダイナミクスに類似した挙動を示しており,異なる分野の物理モデルとの間に新たな共通点を見出す結果となりました.

以上のように,現実系を模倣することで,化学性に基づく現象の理解が進むとともに,従来は異なる分野とされていた物理モデルとの類似性も明らかになってきました.今後,AA-MD計算を活用することで,「化学的特徴」を反映した物性研究がさらに発展し,新たな学術的知見の創出につながることを期待しています.

参考文献
著者紹介

藤本 和士(博士(工学))

〔経歴〕2012年名古屋大学大学院工学研究科博士課程修了.2023年から現所属.〔専門〕分子シミュレーション,物理化学,高分子化学.〔趣味〕読書,料理.

 
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