液体に強力な超音波を照射すると,超音波キャビテーションと呼ばれる気泡の生成,成長,圧壊を伴う流動現象が生じる.気泡が圧壊する際に,局所的かつ瞬間的な高温高圧場や衝撃波が生じるが,これらの作用は洗浄や加工,化学反応の促進など,広く工業的に応用されている.超音波キャビテーションは工学的に極めて重要な研究課題であるが,強い非平衡状態であることと,キャビテーション場がミクロスケールとマクロスケールを介在することなどが,その解析を極めて困難にしている.本稿では,分子動力学シミュレーションによる超音波キャビテーションの解析を紹介する.
固体表面と気液界面の交線である接触線が移動する際,前進側と後退側で接触角が変化することが広く知られている.これに加えて,非平衡分子動力学解析(NEMD)により,前進接触線と後退接触線で生じる熱的な差が明らかになった.液体のバルクについては粘性散逸により発熱することが予想され,同様に前進接触線では温度が上昇する一方,後退接触線では予想に反して温度が低下することが示された.本文では,NEMDを用いた熱輸送解析手法,および,後退接触線での冷却メカニズムについて紹介する.
近年の微細なものづくりやデバイス制御において,原子・分子スケールの熱流体輸送現象の解明と制御はますます重要になってきている.これまでに著者は古典分子動力学法に基づくオイラー型の場の輸送量の開拓を通して様々な熱流体現象に関する基礎的な研究を行ってきた.本稿では特に固体-液体界面の非平衡熱輸送現象に関する最近の研究に関して紹介する.
高温・高接触圧力といった過酷環境下での接触・摺動では,摩擦係数は固体表面間の化学的な相互作用に支配される.また,表面構造は力学的刺激により誘起される潤滑油の表面化学反応や材料表面の構造変化といったトライボケミカル反応に影響されることから,それらの理解が摩擦制御に不可欠である.本稿では,炭素系硬質膜及びセラミクス材料の超潤滑発現を支配するトライボケミストリーに関する最新の分子シミュレーション研究を紹介する.
細胞内の様々な生命現象においてタンパク質はその機能を発揮し,多くの役割を果たしている.このような機能を担うタンパク質自身はリボソームと呼ばれるタンパク質・核酸の巨大分子複合体により合成されている.タンパク質の合成過程においては様々な分子が関与することが分かっているが,核酸分子であるtransfer RNA(tRNA)が果たす役割は大きい.本研究においてはtRNA分子がリボソーム内においてどのように安定化されているかを理解するために粗視化分子動力学シミュレーションを実行し,解離経路上の自由エネルギー計算を行った.その結果,tRNAはリボソーム環境に存在しているいくつかの分子により安定化されていることが分かったが,その中でもリボソームタンパク質と呼ばれる分子に着目した.リボソームタンパク質のC末端領域に存在する荷電性アミノ酸残基はtRNAの安定化に重要な役割を果たしていることが分かった.このような知見は,リボソームという生命に普遍的に存在する分子を通じて生物における分子進化の理解に寄与することも期待される.
粗視化分子シミュレーションは,全原子シミュレーションでは到達できない時間および空間スケールの現象を解析するために有用なツールである.本稿では,生体分子系を対象に開発した粗視化分子力場について紹介する.粗視化分子力場の開発では,参照データとして全原子シミュレーションから取得したデータと実験データの両方を使用し,ボトムアップとトップダウンを組み合わせたアプローチを用いていた.完成した粗視化分子力場では,アミノ酸の膜透過自由エネルギーや膜表在タンパク質のアンカリング,膜貫通タンパクの二量化自由エネルギーなどの全原子シミュレーションによる計算値や実験値をよく再現することを確認し,膜タンパク系について定量的な解析が可能な粗視化分子力場の構築に成功した.
複雑な構造を持つ「不均一系」の内部で分子拡散により生じる物質輸送は,様々な材料や環境で生じる普遍的な現象であり,ミクロ機構の解明が色々な場面で求められている.しかしながら,全原子分子動力学シミュレーションにより直接現象を追跡することは,不均一系で生じる物質輸送の時定数が長いため困難である.そこで,全原子動力学計算と動的モンテカルロ法を組み合わせることにより新たな研究手法を開発し,不均一系で生じる物質輸送の研究を行ってきた.特に,高分子電解質膜におけるガス透過の経路などを明らかにしてきた.本稿では,開発した手法と高分子電解質膜への応用研究について概説する.最近では,より大規模な系に手法を応用するために,機械学習モデル展開の応用を提案している.この概要についても簡単に触れたい.
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