アンサンブル
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特集「反応座標と遷移状態」
特集「反応座標と遷移状態」にあたって
森 俊文
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2025 年 27 巻 1 号 p. 7-8

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分子シミュレーションを行うにあたって,化学反応や大きな構造変化を伴う状態遷移など,高いエネルギー障壁に隔てられた2つの状態間の遷移はレアイベントと呼ばれ,通常のシミュレーションの範囲内で十分にサンプリングを行うことは非常に困難である.このようなサンプリングを行うために,様々な手法が開発されてきたが,依然として決定版といえる手法は確立しておらず,分子シミュレーションの手法開発における大きなテーマの一つとなっている.

このようなレアイベントを記述するにあたり,重要な概念として,集団座標(collective coordinate)と反応座標(reaction coordinate)がある.集団座標は系の持つ多数の自由度の中から少数の自由度に落とし込んで状態を特徴づけるのに使われるのに対して,反応座標は集団座標の中でも,特に反応物(または始状態)から生成物(または終状態)をつなぐ座標として定義される.また,反応座標に沿った自由エネルギー面の中で,自由エネルギーが一番高くなる点が遷移状態であり,遷移状態が正しく求まれば,反応速度やメカニズムを理解できると期待される.よりよい反応座標が得られれば,状態遷移のメカニズムの理解につながるので,反応座標をいかにして求めるかは昨今の大きなテーマであり,機械学習手法を用いた方法論開発も盛んに行われている.

今回の特集では,まず藤崎氏(日医大)に,機械学習を用いた反応座標探索の昨今の手法について紹介していただく.主成分分析などの従来手法からvariational autoencoder(VAE)などの機械学習手法までの流れを知るうえでも興味深い.

Rydzewski氏(Nicolaus Copernicus大学)には,反応座標探索のアプローチとして,spectral mapを紹介していただく.非線形性を効果的に取り込める機械学習手法の一つとして興味深い手法である.

金氏(阪大)には,コミッター解析と機械学習を組み合わせた反応座標探索手法を紹介いただく.コミッターは,統計的に遷移状態を評価する手法であり,あらかじめ集団座標を定義せず遷移経路をサンプリングした後,コミッターに基づき反応座標を決定することができるアプローチとして興味深い.

甲田氏(分子研)には,多次元空間の中で効率的に遷移状態と遷移経路を求める新たな手法について紹介いただく.始状態と終状態のみが分かっているときにそれらをつなぐ経路を求めることは容易でなく,シンプルなアイディアからこれを実現する方法は今後の幅広い展開が期待され,興味深い.

いい反応座標が求まった場合,次は反応の自由エネルギー面を求めることが課題となる.古くからよく用いられている手法として,アンブレラサンプリングがあるが,これはいくつかのパラメータに依存しており,そのパラメータをどう選ぶかはちょっとした問題である.満田氏(大阪公立大)には,このパラメータを自動的に決める方法について紹介いただく.彼らの方法を使うことで,より多次元の自由エネルギー面でもアンブレラサンプリングを行うことが可能となり,今後の展開が期待される.

中村氏(産総研)には,自由エネルギー面の課題となっている反応座標依存性についての新展開について紹介いただく.反応座標を変えると拡散係数が変わることなどから,自由エネルギー面からその裏にあるダイナミクスを正しく評価できるかは課題であるが,拡散係数を考慮して自由エネルギーそのものを再定義することで,この座標依存性を解決しようという試みは非常に興味深い.

このように,本特集は,反応座標と遷移状態の研究の最前線を概観できる内容となっている.今回の特集を通して,反応座標の選択にジレンマを感じておられる方の研究が発展する契機となれば幸いである.

著者紹介

森 俊文(博士(理学))

〔経歴〕2010年京都大学大学院理学研究科博士課程修了,Stanford大学,Wisconsin大学Madison校での博士研究員,日本学術振興会海外特別研究員を経て,2013年分子科学研究所・助教,2020年から現所属.〔専門〕理論化学,生物物理学.〔趣味〕テニス,将棋,チェス.

 
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