アンサンブル
Online ISSN : 1884-5088
Print ISSN : 1884-6750
ISSN-L : 1884-6750
ソフトウェア紹介
RadonPy:高分子物性計算の完全自動化を支援するPythonライブラリ
林 慶浩
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 27 巻 2 号 p. 149-154

詳細
概要

データ駆動型の高分子材料研究に資するデータベースを構築するために開発された,分子動力学シミュレーションを用いた高分子物性計算の完全自動化を支援するPythonライブラリRadonPyを紹介する.RadonPyの開発コンセプトや機能を紹介するとともに,産学連携コンソーシアムによる世界最大の高分子計算物性データベースの共同開発や,RadonPyで生産したデータを用いたマテリアルズインフォマティクスの研究を紹介する.

1  ソフトウェアの開発コンセプトと意義

1.1  開発に至る背景

近年,マテリアルズインフォマティクス(MI)と呼ばれるデータ駆動型の研究アプローチが,材料科学分野に急速に普及している.データ駆動科学において最も重要なリソースはデータであるが,材料科学には依然としてデータが乏しい領域が存在する.特に表1に示す高分子材料分野では,データベースの不足が顕著である.現在,物質・材料研究機構が開発する文献情報データベースPoLyInfo[1,2]が世界最大規模だが,それでもデータ数は少なく,データ駆動型研究に資する体系的なオープンデータは,実質的に存在しないといえる.

表1 高分子物性のデータベース

データベース 概要
PoLyInfo 国立研究開発法人物質・材料研究機構が提供している学術文献から抽出したデータをまとめた高分子物性データベース.18,015種類のモノマーから重合されたポリマー群の物性データ367,711点を収録している.
Polymer Genome 24の出版物から抽出した実験データと第一原理計算で算出した物性値を提供しているプラットフォーム.データベースには,1,412種類のポリマー/有機材料の特性データが収録されている.
Polymer Property Predictor and Database CHiMaDが提供しているデータベース.文献から抽出した263件のFlory-Hugginsのχパラメータと212件のガラス転移温度のデータを含む.
NanoMine ポリマーコンポジットの組成,微細組織構造,プロセス,電子顕微鏡データ,物性値を含むデータベースならびにデータ共有のためのプラットフォーム
CROW ポリマーの熱物性データを含むデータベース.文献から抽出した実験データや定量的構造活性相関解析から算出した物性データを含む.
Polymers: A Property Database Wiley出版社の書籍“Polymers: A Property Database”の付録として提供されている高分子物性データ.
CAMPUS ポリマー9,236種を含む市販の材料特性データベース.

高分子オープンデータの整備が遅れている要因として,(a) データ取得コストの高さ,(b) 研究者のニーズが多様で共創が困難,(c) 競合への情報秘匿意識が強くインセンティブが働かない,の3点が挙げられる.このため,産学コミュニティによる体系的なオープンデータ創出は極めて低調であり,短中期的には大学や一企業が生成できるレベルのデータが,MIの標準データセットとして用いられると予想される.

そもそも革新的材料の周辺には既存のデータが存在せず,この未踏領域ではデータ科学の“内挿的予測”は機能しない.したがって,既存データを解析するだけでは,革新的な材料や新たな科学的知見の発見にはつながりにくい.つまり,データ駆動型材料研究における本質的な問題は,「データが存在しないこと」である.

このように,高分子材料分野のMI研究者は常にデータ不足に直面している.そこで,限られた実験データから有用な知見を得るため,simulation-to-real(Sim2Real)転移学習(図1)のような手法が重要となる.転移学習は,予測したいタスクに対し,関連する別タスクのモデルを活用する機械学習の方法である.Sim2Real転移学習では,シミュレーションで生成した大量のデータを用いて事前学習モデルを構築し,これを実験値の予測に活用することで,少ない実験データでも高精度な予測を可能にする.そのためには,シミュレーションデータを簡便かつ高スループットで生成できるツールが不可欠である.本稿ではそのために開発したRadonPyを紹介する.

図1  転移学習の概略図

1.2  RadonPyの開発コンセプトと意義

RadonPyは,「MIに資するシミュレーションデータ生成ツール」をミッションとして開発された,全原子古典分子動力学(以下,MD)による高分子物性計算を全自動化する世界初のオープンソースPythonライブラリである[3].このミッションを実現するため,RadonPyには次の要件を設けた.

(1)データ生成をハイスループット化するため,煩雑な高分子MDシミュレーションの全工程を完全自動化する.また,機械学習用データとしては高い計算精度よりもスループットを重視する.

(2)多様な計算資源での活用を想定し,必要なパッケージはすべてオープンソースソフトウェアとする.今後,AI向けスーパーコンピュータが普及する中,Gaussianのような商用ソフトの利用は困難と予想されるため,ライセンスに縛られず導入可能なことが重要である.このため,MDエンジンにはLAMMPS,DFTにはPsi4を採用した.さらに,必要なパッケージは全てcondaやpipで簡単にインストール可能なもので構成し環境構築を容易にした.

(3)MD計算に不慣れな実験系やデータ科学系研究者でも手軽に使えるよう,各物性に応じた計算プロトコルを専門家が実装した「プリセット」モジュール群を用意する.標準条件下でのシミュレーションを容易にし,物性や骨格に応じたプリセットのアドオン追加も可能とした.これにより,高分子MDのコモディティ化と,異分野研究者の参入によるオープンイノベーションを促進する狙いがある.

本稿では,RadonPyの機能に加え,産学連携コンソーシアムによる世界最大の高分子計算物性データベース開発や,RadonPyで得たデータを用いたSim2Real転移学習のMI研究の事例を紹介する.

2  RadonPyの機能

2.1  概要

高分子材料系の計算物性データベース創出を目的に,MDシミュレーションによる高分子物性計算を全自動化する世界初のオープンソースPythonライブラリ「RadonPy」を開発した[3](GitHub site[4]).現在は安定版(v0.2.10)と最新β版(v0.3 beta4)があり,本稿では基本的に最新β版を紹介する.RadonPyは,コアモジュール群と,調整済み物性計算プロトコルである「プリセット」モジュール群で構成される(図2(a)).ユーザーはPythonスクリプトからプリセットを呼び出すだけで,特別な条件設定なしに適切な物性計算を実行できる.バックエンドには,MD計算にLAMMPS,DFT計算にPsi4を採用し,分子情報の処理にはRDKitを使用している.RadonPyの分子オブジェクトはRDKitのMolオブジェクトを拡張したもので,RDKitの機能をそのまま利用可能である.

図2  (a) RadonPyのソフトウェア構成,(b) RadonPyの自動計算ワークフロー

RadonPyを用いたPythonスクリプトでは,高分子の繰り返し単位の構造,重合度,温度などの条件を入力とし,配座探索,電荷計算,力場割当,ポリマー鎖生成,セル構築,平衡・非平衡MD計算,ポストプロセスでの物性計算まで,MD計算の全工程を完全自動化できる(図2(b)).最新版では,熱物性,機械特性,光学特性を含む34種の物性自動計算アルゴリズムが実装されている.

MD計算条件は,PoLyInfoの1,070ポリマーの物性値との系統的な比較検証に基づいて設定された(図3).密度,熱伝導率,屈折率は良好な一致を示したが,定圧比熱(CP)はMD計算で過大評価された.これは古典MDに量子効果が含まれないためであり,このバイアスは後述するSim2Real転移学習により補正される.

図3  RadonPyの計算値と実験値の比較

2.2  初期構造モデリング

RadonPyでは,高分子の繰り返しユニットを入力として,高分子鎖を自己回避ランダムウォークアルゴリズムにより作成する.他の高分子鎖作成Pythonライブラリでは,ユニットを直線状に並べて共有結合を形成し,その後に構造最適化と短時間のMD計算を行う方式が散見されるが,この方法では初期構造の構造歪みが大きく,構造最適化により光学異性やcis/trans異性の反転が起こる問題がある.RadonPyでは,形成される結合ベクトルを事前に計算し,それに合わせてユニットを配置・結合し,その後ランダムな結合回転でランダムウォークを実行する.これにより異性体の反転を防ぎ,構造最適化ステップも不要としている.

自己回避は,原子間距離が閾値以下になる場合に結合回転をやり直すことで実現する.ただし,ポリスチレンのような環構造では,単なる距離判定だけでは共有結合が環を貫通する構造が生じ得る.これを防ぐため,RadonPyではMöller–Trumboreアルゴリズムにより,環構造面と共有結合の交差を判定している.

このような自己回避アルゴリズムにより,RadonPyはホモポリマーや各種コポリマー(ランダム,交互,ブロック,任意配列),後修飾による置換基導入,分岐ポリマー,ラダーポリマーなどを自動作成できる.生成された高分子鎖はランダムに配置・回転され,アモルファスポリマーの初期構造が構築される.複数成分の入力が可能なため,ポリマーブレンドや溶媒との混合系も作成できる.また,分子の長軸を指定軸に配向させることで,低分子液晶や高分子の配向構造にも対応可能である.

2.3  DFT計算

RadonPyでは,MD計算に必要な原子電荷をDFT計算により自動算出できる.DFTエンジンにはオープンソースの量子化学計算ソフトPsi4を採用している.最安定コンフォメーションの自動探索と構造最適化を実装しており,最安定構造に対してRESP電荷を全自動で計算可能である.

さらに,屈折率計算に必要な分極率の計算も実装している.TD-DFT計算にも対応し,UV-vis吸収波長だけでなく,密度汎関数摂動論に基づく分極率の波長依存性も計算可能である.

2.4  MD計算

MD計算には,有機化合物向けのAmber系汎用力場GAFF2を用いている.ただし,フッ素ポリマーでは密度を大幅に過小評価する問題があるため,有機フッ化物向けの修正力場[5]を採用している.

平衡化には,Larsenらが提案した加圧・減圧と昇温・降温を繰り返すプロトコル[6]を用いて高分子のパッキングを促進する.その後,5 nsごとにエネルギー・密度・慣性半径などの収束をチェックし,収束が確認されるとループを終了し,密度,CP,体積膨張係数,屈折率などの物性を算出する.

続いて,熱伝導率やTg計算など,非平衡MD計算に分岐する.熱伝導率の計算では(図4),セル中央と端部の運動エネルギーを交換して温度勾配を生じさせ,熱流束を駆動し,温度勾配と熱流束からフーリエの法則により熱伝導率を算出する.さらに温度勾配の直線性を確認することで自動的に計算の成否を判定する.他の非平衡MDによる物性計算は本稿では割愛する.

図4  非平衡MDによる熱伝導率計算

2.5  機械学習用の記述子計算

RadonPyには,MD計算に用いる分子力場パラメータに基づいた記述子が実装されている.これらのパラメータは原子間相互作用を反映する物理化学的な意味を持つため,機械学習に用いることでモデルに解釈性を付与できると期待される.またMD計算は,分子力場パラメータと原子座標を入力とし,物性値を出力する非線形変換と捉えられる.この点で,統計的な非線形変換である機械学習と構造的に類似しており,分子力場パラメータは物性予測の入力として有望である.

ただし,パラメータ数は分子ごとに異なり,一般的な機械学習の入力形式(固定長ベクトル)には適さない.そこで,カーネル平均埋め込みという統計手法を用い,分布情報を保ちつつ固定長化した「Force Field Descriptor(FFD)」を開発し,RadonPyに実装している[7].このFFDは,平均や分散などの単純な要約統計量よりも高い予測性能を示し,熱伝導率,比熱,線膨張係数などの物性予測において物理化学的な解釈性も提供できる[7].

2.6  その他ツール

RadonPyには,高分子のデータ科学を支援する便利なツールも実装されている.周期構造を考慮したSMILES化学構造の一致判定,ポリアミドやポリイミドなどの骨格クラス分類,主鎖・側鎖の抽出,N量体から単量体への変換などの機能を備えている.

3  産学連携コンソーシアムによるRadonPyとデータベースの共同開発

Sim2Real転移学習による高分子MIの実践・検証に向け,10万種超の分子骨格を含む世界最大級の高分子物性データベースの創出を第一マイルストーンとし,2022年10月にRadonPyとデータベースの共同開発を目的とした産学連携コンソーシアムを発足した(2025年1月時点で,1国研・7大学・37企業から約250名が参画).本事業は文部科学省「富岳」成果創出加速プログラムの支援によるスーパーコンピュータ「富岳」,および自然科学研究機構 計算科学研究センターの計算資源を活用して,膨大なデータを生産・蓄積している.プロジェクトのスローガンは「高分子材料物性の大地図の作成」であり,生分解性プラスチック,高熱伝導高分子,熱硬化性樹脂などの体系的データを構築し,脱炭素・循環型社会やサーマルマネジメントに資する新材料創製を目指している.

2025年1月時点で,約13万件(ユニークな化学構造で約8万種)のアモルファスポリマー物性計算を完了し,規模として世界最大のデータベースとなった.図5に示すように,データ生産過程で複数物性の同時分布が明瞭に観測され,物性間のトレードオフによるパレートフロンティアと,それを構成するポリマー構造の特徴について体系的知見が得られた.現状の実験技術では,これほどのスケールでの物質空間の網羅は困難である.

図5  約8万種のアモルファスポリマーのA:熱伝導率,B:密度,C:比熱,D:線膨張係数,E:屈折率,F:慣性半径,G:Tgの分布(対角パネル)と同時分布(非対角パネル)

また,生分解性ポリマーの開発を戦略目標の一つに定め,約5万件のセルロース誘導体データを作成した.このデータ集合をJST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)金沢大学拠点『再生可能多糖類植物由来プラスチックによる資源循環社会共創拠点』と共有し,既存のプラスチック樹脂を代替する生分解プラスチックの創製を目指している.

4  Sim2Real転移学習の実践・実証

4.1  Sim2Real転移学習による計算-実験値間のキャリブレーション

RadonPyのMD計算値には,時間・空間スケールの違いなどにより実験値との誤差が生じる.この計算と実験のギャップを,Sim2Real転移学習によって補正することを試みた.本研究では,RadonPyのMD計算データを元ドメインとした事前学習モデルを構築し,文献ベースの高分子データベースPoLyInfo[1,2]の実験値を目標ドメインとしてキャリブレーションモデルを作成した[3].図6に示すように,古典MDによるCPの過大評価(量子効果の欠如に起因)は,転移学習により補正された.さらに,実験値との相関が弱く,ばらつきも大きかった線膨張係数や体積膨張係数でも,推定精度の向上が確認された.

図6  Sim2Real転移学習による計算-実験間のキャリブレーション(引用元:文献[3])

高分子系には普遍的な計算条件が存在せず,計算資源の制約もあるため,全自動MDによる大規模データには偏りやばらつきが避けられない.今回の成果は,機械学習が不完全な計算モデルと現実とのギャップを埋める有力な手段であることを示している.

4.2  Sim2Real転移学習のスケーリング則の観測

シミュレーションデータの追加により実験値の予測性能がどう向上するかを示すため,Sim2Real転移学習のスケーリング則を観測した.理論解析により,シミュレーションデータ数nに対する実験値の汎化誤差が以下に示すべき乗則に従って減少すると予想されており[8],αは収束レートを表す係数で,最終的に到達可能な汎化誤差Cに向かって漸近する.

  
t e s t e r r o r = D n α + C

RadonPyのMD計算データとPoLyInfoの実験値を用いてスケーリング則を検証した[9].図7には,縦軸に実験値に対する汎化誤差(MAE),横軸にシミュレーションデータ数(対数スケール)を示す.全ての物性でスケーリングが確認され,Sim2Real転移学習は実験データのみの学習より予測精度が向上した.特に密度と屈折率では,nを増やすことでさらなる精度向上が見込まれる.一方,CPや熱伝導率では性能向上が頭打ちとなり,追加データによる効果は限定的だった.このようなスケーリングの観測は,目標精度に必要なデータ数や,計算リソース投入の判断における重要な指針となる.また,シミュレーションデータベースの現時点での価値や将来性を定量的に評価する有力な概念でもある.

図7  Sim2Real転移学習のRadonPy計算データ数に対する実験値の汎化誤差のスケーリングカーブ

4.3  RadonPyとベイズ最適化による光学用高分子の自動探索

RadonPyによる自動シミュレーションとベイズ最適化を組み合わせた高分子自動探索アルゴリズム「SPACIER」を開発した[10].本手法を用いて,高屈折率かつ高アッベ数を有する光学用高分子の探索を実施した.この2物性は経験的にトレードオフ関係にあるが,SPACIERによりその限界線上やわずかに上回る高分子骨格候補を多数発見した.さらに,合成可能性を考慮して選定した高分子について合成実験を行い,両特性を両立することを確認した.

5  まとめ

RadonPyはデータ駆動型材料研究のために開発されたという経緯から,その開発コンセプトや目的,機能,対象とするユーザー層など,これまでのシミュレーションソフトウェアとは異なるユニークなものとなっている.批判を恐れずに言えば,機械学習のデータ源という用途であれば計算精度はそこそこでよく,むしろスループットを優先しデータ数を増やすことこそが重要である.RadonPyにより生産されたシミュレーションデータは高分子材料分野における主要な基盤的データベースとなり,さらに様々な先端領域へ転移学習でブリッジしていくことで,高分子MI発展の礎になると信じている.

 謝辞

本研究はJST COI-NEXT金沢大拠点『再生可能多糖類植物由来プラスチックによる資源循環社会共創拠点』,文科省DxMT京大拠点『バイオ・高分子ビッグデータ駆動による完全循環型バイオアダプティブ材料の創出』,文科省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム『データ駆動型高分子材料研究を変革するデータ基盤創出』,JSPS科研費 基盤研究(C)(22K11949)により助成されている.また,計算は理化学研究所 スーパーコンピュータ『富岳』(hp210264)と自然科学研究機構 計算科学研究センター スーパーコンピュータ(24-IMS-C107)を利用した.

参考文献
著者紹介

林 慶浩(博士(工学))

〔経歴〕2014年東京工業大学理工学研究科博士課程修了,同年東京工業大学に入職,2020年から統計数理研究所に入所.〔専門〕マテリアルズインフォマティクス,計算化学.〔趣味〕日本酒と温泉.

 
© 2025 分子シミュレーション学会
feedback
Top