2025 年 27 巻 2 号 p. 90
私が研究の世界に飛び込んだ2005年頃には,すでに分子動力学(MD)が広く普及しており(一方で量子化学計算は計算機スペック的に今ほど普及しておらず),分子シミュレーション討論会に参加すると花形はMDであった.リアル原子系の取り扱いが増えてきて,原子・分子のダイナミクスを理解することに何よりも重点が置かれていたように思う.それから約20年が経った今でも,討論会で一番多く目にする手法はMDである.
対してモンテカルロ法(MC)にはMDより長い歴史があるものの,不勉強な私にとって当時はどうしてもMDの方が面白く感じられた.MCでは統計的なアプローチを重視しているために,扱う対象が粒子集団にもかかわらずダイナミクスを捨ててしまっていることに残念な印象があった.たまたま趣味で行っていたゲーム作りのスキルを活かして,シミュレーション結果を自前のアプリで可視化していたが,やはりダイナミックに動くMDは映える.MCの統計的なアプローチと可視化というのは,あまり相性が良くないとも感じた(もちろん当時からMCにも粒子がダイナミックに動き回るものは存在するが).何よりも,当時のMDの“万能感”は凄かった.
しかし,そんなMDの万能感も,時代が進むに連れて随分と薄まってきた.固体材料においては,リアル原子系のポテンシャルモデルの発達が不十分なままである点も,MDの万能感を薄めた要因と思う.量子化学計算が普及したことで相対的にMDの再現性が低く見えているというのもある.とはいえ,やはり最大の要因は,コンピュータのクロックが上がらず,超並列やGPUの方向へ進んだことで,MDの計算速度が現実的に停滞したことである.並列化は扱える粒子数を増やす方向には役立ったが,計算可能なステップ数の向上には効果が薄い.
また,計算規模が大きくなると,ミクロに起因する仕組みからマクロな現象を説明しようという潮流が強くなってきた.ミクロな過程の中でも重要なダイナミクスの情報を残しつつ,適度な規模で考えられる粗視化することが求められる.MDだけでは前に進めない,その過程でMC法の魅力が見えてきた.
MCとMDとを上手く組み合わせることで,お互いの利点を生かし,欠点を補い合うような方法が度々提案されている.本特集でご執筆いただいた長岡先生のレッドムーン法,岡崎先生の新規動的(dynamic)MC法,三浦先生のハイブリッドモンテカルロ法はダイナミクス由来の情報を上手く残しつつ,長時間・大空間スケールへと導いている.また,松尾先生のグランドカノニカルMC法では,MDでは扱いの難しい事柄だからこその取り組みが強調されている.末席ながら私の担当した動的(kinetic)MC法でも,MDとの結合により汎用性の向上が期待できる.
共通して言えるのは,本特集のモンテカルロ法の新展開とは,MC単独ではなく,MDを意識することで見出されたMC法の新しい展開となっている.これが予想以上に多様で興味深い内容となり,編集委員としてとても嬉しい.本特集の企画趣旨にご賛同いただき,貴重なご寄稿を賜った執筆者の先生方に深く感謝申し上げる.本特集が,読者諸氏にとって有益な知見や新たな視点を提供する一助となれば幸いである.
〔経歴〕2009年名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了,2010年核融合科学研究所助教.2015年より准教授(現職).〔専門〕プラズマ-物質相互作用.〔趣味〕ガンダム,木工,F1鑑賞.