2025 年 27 巻 4 号 p. 264-268
材料の秩序相間の相転移は,材料科学および統計物理学の観点から注目を集めてきた.興味深い例として,マルテンサイト変態とそれに伴う双晶構造の形成がある.これは原子や分子が拡散を伴わず協調的に運動することで,ある結晶相から別の結晶相へ移行する現象である.近年,様々なソフトマテリアルでもマルテンサイト変態が実験的に観測されている(ソフトマルテンサイト変態).しかし,数多くの分子が関与する複雑な内部構造のため,その変態ダイナミクスの直接的な解明は困難であった.本研究では,連続体シミュレーションと分子集合構造学習パッケージMALIOの協働により,ソフトマルテンサイト変態の解明を試みた.
相転移は,ミクロな構成要素の挙動だけを観察しても理解できない代表的な創発現象であり,統計力学の基礎的な研究課題のひとつである.秩序構造の時間変化や再構成を理解することは,数学や物理学にとって学術的に興味深いだけでなく,材料設計や加工の観点からも極めて重要である.通常の相転移や相分離は拡散を伴うが,マルテンサイト変態は結晶を構成する原子の拡散を伴わない集団的運動の結果として生じ,結晶対称性の変化を引き起こす.変態後の結晶は異なる方位をもつ結晶格子を共有するように配列し,これらが一つの面を共有する.このような共存構造は双晶構造と呼ばれる.マルテンサイト変態と双晶形成は学術的関心にとどまらず技術的にも重要である.例えば,鋼材はマルテンサイト変態によって高い強度と靭性を得ることができる.
近年,特定の結晶対称性をもつソフトマテリアルにおいてもマルテンサイト変態と双晶秩序化が注目を集めている.両親媒性分子やブロック共重合体の立方相における双晶境界は電子顕微鏡によって明瞭に同定されている[1–3].キラル液晶の立方相であるコレステリックブルー相は,ソフトマルテンサイト変態の興味深い例である[4].ブルー相は配向秩序のトポロジカル線欠陥(ディスクリネーション)の規則的な配列を特徴とし(図1),その間にはあらゆる方向にねじれ変形を伴う局所秩序(二重ねじれ)が存在する.熱力学的に安定な立方ブルー相にはBPI(体心立方構造)とBPII(単純立方構造)が存在し,BPIIはダイヤモンド結合に似た四方向の接合をもつディスクリネーションを形成する.BPIIの安定温度範囲はBPIより高い.(注:以下,簡単のためにBPIおよびBPIIの格子を結晶格子と呼ぶが,これはメソスケール構造として結晶対称性をもつことを意味する.BPI,BPIIは依然として液晶である.)

先行研究では,顕微鏡観察や数値計算によってBPIIが協調的かつ拡散を伴わない再編成を通じてBPIへ変態することが示された[4].さらにX線散乱実験によって双晶BPI格子の相対的な配向が同定され[5],可視光の強いブラッグ反射を利用したコッセル図法によって同様の双晶挙動と電場応答も報告された[6].しかしながら,これらの研究が明らかにしたものは主に双晶境界の静的な構造であり,ソフトマルテンサイト変態のダイナミクスは依然として十分に理解されていない.上記の数値計算はBPIIからBPIへの拡散を伴わない性質を示すにとどまり,双晶構造の形成は扱われていなかった[4].散乱実験は静的な情報に限られ,実空間における双晶境界の詳細構造の情報も得られていなかった[5, 6].最近の電子顕微鏡研究は部分的な洞察を与えたが,依然として課題が残されている[7].
ソフトマルテンサイト変態のダイナミクスの解明は,理論的にも数値的にもチャレンジングなテーマである.まず,ダイナミクスを微視的スケールで明らかにするには個々の原子ではなく分子集合体の協調的運動を追跡する必要がある.しかし,ブルー相の単一の結晶格子内でさえ107個程度の分子を含むため,多数の結晶格子が関与する双晶形成を対象とした大規模分子シミュレーションは現実的ではない.次に,変態中の双晶構造の同定および双晶境界の識別も課題となる.原子結晶の双晶境界においては,異なる格子方位をもつ結晶格子が単純に原子を共有する.しかし,ソフトマテリアルにおけるメソスケールの秩序構造―今回のケースでは107個の分子からなる二重ねじれやディスクリネーションを含む複雑な構造―が双晶境界でどのように接続されるかは,はるかに非自明な問題である.
以上の困難を克服し,ブルー相におけるマルテンサイト変態および双晶形成のダイナミクスを解明するために,本研究では連続体シミュレーションと分子集合構造学習パッケージMALIO[8]との組み合わせによる解析を実施した.
ここでは連続体シミュレーションの概略のみ示す.詳細は文献[9]を参照のこと.まず,構成分子である液晶の配向秩序を二階のテンソル秩序パラメータ
前述のとおり,ソフトマルテンサイト変態中の双晶構造の同定および双晶境界の識別は,現象を理解する上での大きな課題である.これを解決するためにMALIOを用いた.MALIOは,構造秩序パラメータに基づいて複雑な構造内に隠れた局所構造を同定する機械学習パッケージである.MALIOはアルゴリズムを含む構造秩序パラメータの有望な概念を実装・テンプレート化し,データセットの均質性を適切に考慮している.区別したい構造がMALIOに入力されると,テンプレート(定義関数)に基づいて多数のパラメータ候補の値のデータセットが生成される.このデータセットはMALIOに実装された戦略的スキームによって処理され,構造を最もよく区別する構造秩序パラメータが選択される.特筆すべき点として,学習に用いる相転移前後の構造が平衡状態の温度ゆらぎを適切に含んでいる場合,MALIOは温度ゆらぎにはロバストかつ構造変化には鋭敏な構造秩序パラメータを選出する.
今回,我々はBPIとBPIIの構造の違いを特徴付けているディスクリネーションに注目し,MALIOに学習させた.上述のとおりBPIIはダイヤモンド結合に似た4方向の接合をもつディスクリネーションを形成する一方,BPIはこの接合の破断によって特徴づけられるとされている(MALIOに入力したBPI,BPIIの単結晶のディスクリネーション構造に関する詳細は文献[9]を参照のこと).MALIOが選出した最良のパラメータは
本稿では,双晶形成を解明するためにMALIOに実装された新機能について紹介する.MALIOに実装されている構造秩序パラメータ(注:MALIO関連のドキュメントでは局所秩序パラメータ(LOP: Local Order Parameter)と呼称している)はすべてスカラー量で定義されたものである.よって,相転移中に現れる構造が転移前と後の構造のどちらに近いかを判定する客観的な指標にはなり得るが,判定した構造の配向方向を規定するものではない.

局所配向方向は,注目すべき局所構造の「慣性モーメントテンソル」を計算し,そこから抽出される.以下に手順を示す.(i) 質点(本研究では連続体の格子点)
| (1) |
ここで
| (2) |
ここで
| (3) |
| (4) |
ここで
(iv)
前節の解析手法に基づいて,BPIIの完全格子からBPIへのマルテンサイト変態および双晶形成のダイナミクスを解析した.図3はその代表的なスナップショットである.誘導時間の後,BPI-xが核生成する(図3(a).注:ここではBPI-yも対になって核生成しているように見えるが,すぐにBPIIに戻ってしまう).核がBPI-xドメインとして成長すると,それに隣接してBPI-yドメインが形成される(図3(b)).さらに成長すると,BPI-xとBPI-yが交互に形成され,対角線方向に沿った双晶面を境界としてストライプ状に分離される(図3(c,d)).このストライプの幅は自由エネルギーに基づいたマクロな理論解析とも整合した(詳細は文献[9]を参照).すなわち,ソフトマルテンサイト変態によるBPI双晶境界の形成は,BPIの成長過程における格子歪みの蓄積によって引き起こされるというのがマクロ側からの説明である.

一方BPIへの転移は,ミクロにはBPIIのディスクリネーションがもつ4方向の接合の破断によって特徴づけられるとされている.実際,図2で見られるBPIのディスクリネーション形状は明らかにBPIのそれとは異なっている.しかしながら,図2はBPI接合の破断のダイナミクスを明瞭に示してはいない.そこで我々は,BPI局所構造を特徴付ける構造秩序パラメータ

本稿では,連続体シミュレーションとMALIOの協働により,ソフトマルテンサイト変態と双晶形成のダイナミクスの詳細を明らかにした.これまでの実験・シミュレーションではほとんど静的な情報しか得られていなかったが,本研究により実空間におけるディスクリネーションの再構成の過程が可視化された.特に,ディスクリネーションの接合点が変態の起点となり,その後のネットワーク再編成が双晶BPI格子を生み出すことは,これまでの理論的推測を裏付ける重要な発見である.
我々は,連続体シミュレーションとMALIOの協働というアプローチが液晶ブルー相に限らず,ブロック共重合体やコロイド結晶など他のソフトマテリアルにおける構造転移の研究にも応用可能であると考えている.
最後に,本稿では特にMALIOでどのようなことができたかに焦点を絞ってお伝えしたつもりである.その分,ソフトマルテンサイト変態のいくつかの重要な側面,すなわちBPI双晶ドメイン形成過程の温度依存性や,BPI双晶からBPII完全格子へのほとんどヒステリシスのない復元などの解説に紙面を割くことができなかったことについてお詫びしたい.これらの詳細は文献[9]に記載されているため,ご興味のある方はご一読いただけたら幸いである.
高橋はJSTさきがけJPMJPR22O6の支援を受けた.福田はJSPS科研費JP21H01049,JP23K20831,およびMEXT物質・デバイス領域共同研究拠点の支援を受けた.
〔経歴〕2012年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了,同年慶應義塾大学理工学部機械工学科に所属.2015年産業技術総合研究所に入所.2025年から現所属.〔専門〕統計力学,ソフトマター〔趣味〕旅行(ご当地グルメ目当て),愛猫のお世話.
福田 順一(博士(理学))〔経歴〕1999年京都大学大学院理学研究科課程修了.日本学術振興会特別研究員PD,JST ERATO横山液晶微界面プロジェクト研究員,産業技術総合研究所研究員,同主任研究員を経て,2017年から現所属.〔専門〕ソフトマターの統計物理学,計算物理学.〔趣味〕音楽鑑賞,近現代アート鑑賞.