抄録
1977年11月から12月にかけて,パラオ諸島コロール島周辺に点在する海底洞窟において手網および籠網で採集されたカニ類はクモガニ科のSchizophrys dahlak GRIFFIN & TRANTER,ワタリガニ科のCarupa ohashii(オオハシカルパガザミ),Charybdis paucidentata (A. MILNE EDWARDS),Laleonectes nipponensis (SAKAI)(ナキガザミ),ケブカガニ科のLentilumnus latimanus (GORDON),Pilumnus sp.の合計6種であった.ケブカガニ科の2種は塊状の普通海綿および石灰海綿の小孔内に生息する種である.なかでも,L. latimanusは豊富で,すべての個体を標本として採取することは実質的に不可能であった.洞窟外に生育する海綿を調べたわけではないので断定はできないが,このカニは“洞窟性”ということよりも,むしろ“海綿共生性”と考えた方がよさそうである.クモガニ科のS.dahlakは大型で,紅海南部からのみ知られていた種である.各地の磯から浅海に広く分布するノコギリガニS. aspera (H. MILNE EDWARDS)とは甲の輪郭が幅狭いことや甲面,とくに胃域が滑らかであることなどで容易に区別される.
ワタリガニ科の3種はいずれも稀種である.オオハシカルパガザミは1993年に琉球列島南部の海底洞窟産の標本に基づきカルパガザミ属として2番目に記載された種で,色彩が特徴的である.Charybdis paucidentataはペルシャ湾,紅海およびインド洋西部からのみ報告がある種である.他のイシガニ類とは明らかに形態が異なり1種だけでGonioinfradens亜属を形成する.甲の前側縁は同大の鋭い4歯からなり,前2歯の後縁に小さな副歯がlつずつある.また,このパラオ産の標本では第3,4歯間に痕跡的な歯が残っている.ナキガザミはインド西太平洋海域に広く分布しているようであるが,記録回数が少ない種である.甲の側縁の下側に発音のための顆粒が並んでいる.大西洋にごく近縁の種が生息しており,発音器をもつことだけでなく,色彩までよく似ている.しかし,いずれの種においても,採集深度の記録だけで,生息環境に関しては記録がない.
これら3種のワタリガニ類は近縁種に比較して極端に記録が少ないことから考えて,主たる生息地は洞窟内と考えられる.しかし,これらのカニ類が洞窟の外に出ないということではなく,餌を求めて洞窟外に出ることもあるであろうし,あるいは岩の隙間など“洞窟的環境”にすみついている可能性もある.いずれの種も歩脚が著しく長いのが特徴的で,洞窟内での生活に適応していると考えられる.