抄録
タンザニア中南部に位置するキロンベロ谷は,面積約11600 km2の内陸氾濫原であり,多様な水環境に対応するように様々な種類の在来稲作が営まれている.近年,これらの在来稲作が拡大することによって,同地域は国内生産量の1割を産出する大産地となっている.本研究ではキロンベロ谷の在来稲作のうち,もっとも広くおこなわれている扇状地上の短期間の洪水を利用する稲作に注目し,その特徴を明らかにするためイネの生育にかんする調査をおこなった.扇状地上の稲作は,天水と洪水のみを巧みに利用しながら毎年安定した収量をあげている.したがって,本研究では稲作にかかわる在来技術の中で,特に水利用の工夫について焦点を当てた.調査の結果,この農法では,稲作地に畦が造成されておらず,籾は散播されていることがわかった.したがって,イネは洪水が起こるまで畑状態で生育し,生長に必要な水は降雨に依存せざるをえない.しかし,雨期の終盤に洪水が発生すると稲作地一面が一時的に冠水し,稲作に十分な水が供給される.イネがもっとも水を必要とする生育期間は穂孕期である.このため同地域の農耕民は洪水と穂孕期がうまく重なるように,播種期や品種の選択を注意深くおこなっており,こうした工夫により同地域の農業が可能になっている.また,洪水が穂孕期だけでなく幼穂発達初期にも発生すると,収量は大幅に伸び,無肥料でも1 m2あたり400 g(1 haあたり4 t)以上の籾を収穫できることも明らかになった.