『平凡人の手紙』の波紋 : 大正期文芸批評論の展開

抄録

作家が文壇という関係構造の内で認知される仕方には、作品それ自身のインパクトの他にも、様々な要因が考えられるであろう。この論稿では、有島武郎の文壇登場時の問題として、「平凡人の手紙」が引き起した論争を、当時の文学情況を踏まえ、文献を通して考察してみた。とりわけ、その論争が批評の方法をめぐる論議へと発展していく点に注目し、大正六年前後の批評観の諸相を点検して、批評が自立した営為として思考されるようになる過程の一端にも触れた。このことで、論争を有島の個人史から把握するのではなく、彼を受け入れた側の集団的な幻想の問題として措定できたのではないかと思う。