1989 年 38 巻 8 号 p. 65-74
今日、一般に流布している『春雨物語』の本文はすべて富岡本・文化五年本・天理巻子本等を取り合わせた混合本文である。それらのなかには、一作品で複数の稿本を底本としているものも少なくない。しかし、これは本文校訂の方法としても多くの疑問があり、また、こうした本文によって『春雨物語』の全体像をつかむことは不可能であると思われる。こうした観点から、従来不当に扱われてきた感のある文化五年本を基本テキストとしていくべきことを提唱し、あわせて、その本文としての価値についても、主として富岡本との比較を通して言及した。